階級社会





ある社会が、階級社会か、階級社会でないかを決定付けるものは何か。それは、所得や資産の多寡といった、外的・定量的に把握可能なファクターではない。もちろん、それが階級性とある種の相関があり、測定しやすいからこそ、社会の構造を把握するための指標として使われているのだが、決して本質ではない。定量指標が、階級社会を決定付けているのではない。階級社会を見分けるための踏み絵となるもの、それは、そこに所属する人々の自己認識のあり方に他ならない。

すなわち、自分がその階級に所属し、それが社会的に固定されていることを、自ら認めているかどうか。そこに所属することを、自他共に肯定的に捉えられているかどうか。「階級の違いがある」ことが、階級社会の条件ではない。現代日本のような大衆社会でも、「階級」は歴然としてある。問題はあるかないかではなく、社会の構成員の誰もが、階級を運命として受け入れ、それを否定しようとしないコトである。これが、大衆社会との違いだ。

日本においては、階級社会的な要素は、昭和30年代の高度成長とともに忘れられたかのようだ。また、現代のグローバルスタンダードとなったアメリカでは、人種差別こそあれ、中世社会を経験しなかったため、最初から階級社会ではなかった。しかしヨーロッパの歴史ある国々では、今でも階級社会的な要素が色濃く残っている。その代表といえるのが、英国だろう。イギリスは、現代的な市民社会が高度に発達している一方、階級社会の要素もきっちりと残り、極めて特徴的な社会構造となっている。

イギリスの階級社会的側面は、労働者階級向けの大衆紙を見てみればよくわかる。それらの紙面では、上流階級やエリート層は、あくまでも揶揄したり、おちょくったりする対象である。しかし、それらの層に対する憧れは示さない。「俺たちとは違う人種」なのである。単純な上下のヒエラルヒーとしての階級ではなく、労働者階級には労働者であることの、誇りと自信が満ち溢れている。それを相互に持てるのが、階級社会なのだ。だからこそ、今の自分に肯定的な自信を持てる。

日本においても、昭和20年代頃までは、「けなげに生きる」生きかたが主流だった。高望みせずに、貧しいけど幸せに生きる生きかたが、庶民の理想であった。これはとりもなおさず、現状の階級構造に対し肯定的という、「階級社会」の特徴を示している。すなわち、戦後も昭和20年代までの日本は、明治以降に確立した、「近代階級社会」だったのだ。それが、昭和30年代に入り、高度成長がはじまるとともに、パラダイムシフトが始まった。

その典型的な例が、アッパークラスの生活をマネて「成り上がる」、上昇志向を示す層が出てきたことだ。この時代、太陽族、みゆき族のといった、「○○族」というコトバが流行した。これらの流行は、極少数の上流階級の若者がオリジネーターだが、担い手は上流階級の若者ではない。一般大衆の若者が、上流階級の子弟の格好や行動をマネすることで、彼ら・彼女らと自分達をオーバラップさせ、あたかも自分の階級が上昇したかのような感に浸るムーブメントだったということができる。

この時代になると、映画や小説でも、それまでの作品、たとえば小津監督の作品のように、手に入らない憧れとして、ちょっと距離をおいてアッパークラスを垣間見るような受け入れ方から、自らを主人公に重ね合わせて、自分自身が「なりきる」夢を見るような受け入れ方に変わってくる。一般大衆の間でも、「日本には階級はなく、所得さえあってそれを望めば、同じ生活ができる」という妄想が主流になってきたからだ。この違いが、階級社会から大衆社会への移行を示している。

妄想はさておき、本当に階級が変わるには、三代かかるといわれている。初代が、事業等で成功したとしても、手に入るのは、潤沢なキャッシュフローでしかない。二代目が、その剰余のキャッシュフローを資産化し、ストックレベルで富が富を生み出す構造を手に入れる。そして三代目になってはじめて、生まれたときから資産を背負った生活、その資産の重みと責任を受け継ぐ生活になる。ここまでくれば、確かに階級が変わったといえる。

いくらキャッシュフローが潤沢になり、表層だけマネたとしても、階級は変わらない。一朝一夕には追いつけないし、簡単にはなれないからこそ、階級なのだ。そして、その難しさを誰もが知り、わきまえているのが階級社会といえる。この、本質的な構造を無視し、所得さえ同じレベルになれば、誰もが同じ階層になる、と考えたことは、まさに高度成長の見せた白日夢であった。そういう意味では、所詮は夢であり、思い込みでしかない。階層化が進んだのではなく、平等な大衆社会の「化けの皮」がハゲただけなのだ。


(09/11/06)

(c)2009 FUJII Yoshihiko


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