オトコとオンナのラブゲーム





いろいろな意味で、木嶋佳苗被告の引き起こした「結婚詐欺・殺人事件」が、世間の話題になっている。かつては、男女間の連続殺人事件というと、あの大久保清事件のように、男の殺人犯が、女性を殺すというものがほとんどだったのが、女性による連続男性殺人事件というのも、草食男子と肉食女子という昨今の男女の力関係を反映して、ワイドショーとかでもネタにしやすい。

とはいうものの、もともと日本は女系社会であり、女性のほうが圧倒的に強い立場にあるのが特徴であった。近世以前の社会でも、武士という支配階級の中でこそ、男性系の論理がまかり通ったが、大多数の庶民、特にその中心を占める農村では、女系大家族を基本とした共同体が、社会構造の基本となっていた。夜這い等の習慣に代表されるように、親といえば母親であり、男性は共同体の一構成メンバー以上のものではない。

確かに、明治以降の近代化の過程では、男権社会を基本とした社会構造が作られた。だがそれとて「強い女からのアジール」として、男性パラダイスが作られたという傾向が強い。そういう事情があったからこそ、タテマエとしての父系制、ホンネとしての母系制という二重構造は、脈々と日本社会のあり方を規定してきた。戦前のコメディーなどでも、女房の尻に敷かれる恐妻家といったネタはよくあるが、それは当時からそういう家庭が多かったことを如実に示している。

それでも高度成長期までは、この二重構造の棲み分けが続いていた。政治や経済といった上部構造においては、男性主義が色濃く表れていた。しかし1970年代以降、経済の成長により先進国の仲間入りをしたこともあり、欧米流の男女同権意識が日本でも定着し始める。もともと女性が強かったところで、「男女同権」になれば、女性のほうがダントツに強くなるのは当たり前である。かくしてこれ以降、いろいろな分野で、社会が女性を中心として廻るようになる。

そういう中で、男女の恋愛関係においては、80年代から女性上位が目立ってきた。恋愛において女性の強い立場が確立したのは、80年代末のバブル期のことだ。当時流行語となった、アッシー君、メッシー君、ミツグ君がその典型だろう。女性が色目を使えば、男は競って奢り、尽し、捧げる。はっきり言って、バブル期のイケイケ女性は、結婚詐欺、恋愛詐欺と紙一重であったが、それが許され、奨励されていた。かくして、男のコは、女のコに奉仕する立場になった。

高度成長期の高級クラブにおいては、お店の女性が、カウンセラーよろしくお客の男性に「癒し」を与え、それゆえに高額の料金の支払いも辞さなかった、という構造があった。この時代でも、企業戦士の男性は、家に帰れば妻に頭が上がらない。子供たちも妻の味方で、家に居場所がない。だからこそ、家には帰りづらく、互いに会社の交際費を使い、夜な夜な高級クラブに繰り出したという次第だ。今から考えれば、決していいことではないが、そこにいたのが「あわれなオトーサン」だったのは間違いない。

しかし、バブル期以降は、夜の街の男女関係も大きく変化した。90年代以降の水商売の典型といえる「キャバクラ」では、逆にお高くとまったキャバ嬢を、男の客が努力して落とそうとする「擬似恋愛ごっこ」が主流である。苦労して、汗をかいて、それでも報われないかもしれないゲームに、大枚をつぎ込んでいるのだ。まさに、選ぶ女性、選ばれる男性という構図が基本になったからこそ、それをシミュレートするゲームが成立するようになったといえるだろう。

さて、木嶋容疑者の事件である。これが、全国の女性に与えた希望は極めて大きい。彼女は、日本のほぼ全ての女性に「結婚できるチャンス」があるコトを自ら示した。結婚できない女性は、自ら遠慮してしまってチャンスを潰しているか、高望みしすぎてほどほどのチャンスを逃してしまっているか、どちらかなのだ。男としてのレベルはともかく、自分から果敢にアタックすれば、結婚できる相手は間違いなくいる。その一方で、男はひたすら待つしかない。

つまり、草食女子は、自分からチャンスをムダにしているのだ。草食女子と肉食女子の違いはどこにあるか。草食女子が相手のリアクションを気にしすぎて意志が「ブレる」のに対し、肉食女子は自分の思うところを迷わず突き進んで意志が「ブレない」。男性でも同様だが、コト恋愛関係においては、女性のほうが失敗してもリカバー可能な分、リスクが少なく、肉食路線をとりやすいのだ。もう迷うことはないだろう。女性なら、突進すれば、必ずチャンスはある。ただ、甲斐性のある「いいオトコ」は、全体の三割もいないので、これをゲットできるかどうかは保証の限りではないが。


(09/11/13)

(c)2009 FUJII Yoshihiko


「Essay & Diary」にもどる


「Contents Index」にもどる


はじめにもどる