「正しい」ヒトたち





かつて、「エラいヒトが権威を持って言うことが「正しかった』」時代があった。少なくとも日本においては、大衆社会化が進んだ20世紀初頭から中盤の時期がそうだったといえるだろう。このような時期においては、なるべく権威づけて、エラそうに見せることが、重要だった。そうすれば、論理とは関係なく、たとえ面従腹背であっても、権威さえあればその号令は天下に轟くことになる。

これは、政治や経済の分野において典型的にみられるが、この「黄金律」が通用したのはそれらの領域にに限らない。学問や論壇も全く同じ構造だ。このため「ジャーナリズムにおけるブランド」とは、内容の鋭さではなく、権威の大きさに基づくものとなった。アカデミズムも同じだが、エラそうな肩書きを持った「センセイ」のいうことが、一番権威があった。内容よりも権威。権威のある新聞の論調が「正し」く、権威のある大学の教授の学説が「正し」かった。

もちろん、みんなその内容を素直に受け入れたワケではない。だが、一応、タテマエとしては権威を受け入れたし、場合によっては権威を利用することも多かった。水戸黄門における「葵の御紋」、旧帝国軍人における「天皇の御威光」と同じで、社会構造が権威主義であれば、みんなが我田引水で、それを積極的に利用することにより、権威自体はそのポジショニングをキープすることができるとともに、権威自体も強化しつつ再生産できるわけである。

そういう意味では、庶民の多くは、権威そのものの正当性に疑問を持ちながらも、それがある面「利用しがいがある」ゆえに、権威に従っていたのだ。本来虚構であっても、みんながそれを必要とし、利用しようと思うならば、存在し続けることができる。まさに権威とは、砂上の楼閣であった。この構造は、権威の虚構性が誰の目にもはっきり見えるようになると、もはや続かない。従って、社会が権威を必要としなくなることが、なにより「権威」の存在を脅かすことになる。

20世紀末からの情報化の進展により、一般の人たちが何を考えているのか、何を求めているのか、互いにわかるようになった。その結果、自分と同じ考えかたをするヒトが、世の中にけっこういることがわかってきた。自分は一人じゃない。そうなると、正しさの基準が変わってくる。「自分と同じ考えかたをするヒトが正しいし、それと同じ自分も正しい」という気分になってくるからだ。そこには、一切権威必要ない。権威がなくても、みんなが「そう思う」のが正しいのだ。いわば、「正しさ」の民主革命である。

もちろん、それ以前から、人々は自分の身近には、自分と似た意見を持っている人はソコソコいたことはわかっていただろう。しかし、みんながそう思っているのか、自分たちだけがそう思っているのか。そう思っているヒトが全体としてどのくらいいるかがわからなかった。社会の情報化が進んで、一番変わったのはこの点。自分の意見を「発信できる」ようになったことではない。大衆同士が、互いの意見を「確認」できるようになったことが大事なのだ。

かつてのメディアの権威は、ある種の言論統制に基づき、市井の人々が何を考えているか、相互にわからないようにしたところから生まれたともいえる。ジャーナリズムは、日本においては、自由民権運動の政党の機関紙が原点だ。客観的な情報伝達ではなく、「メディアを持っている人」の意見を、声高に叫ぶものであった。これは日本に限らないが、ジャーナリズムの原点は、自分の意見を主張することろにある。それが、多くの人々から支持されるかどうかは関係ない。少数意見でも、大声で叫ぶのがジャーナリストの本分だ。

こういう時代だからこそ、ジャーナリズムは原点に返り、「正義」を振り回すのではなく、「自分の意見」を主張する存在となるべきだ。そもそも一次情報をそのまま伝えるのは、通信社(Wire service)の仕事であり、ジャーナリズムの役割はそれとは違うハズだ。人々が、ありのままの自分に、自信を持つようになった。ジャーナリストも、ありのままの自分の意見に、自信をもって主張すべきではないか。誰一人支持しなくても、自分が言いたいから言う。これこそ、ジャーナリズムの真骨頂ではないのか。

情報社会化とは、技術がヒトを変えたのではない。実は、ヒトの本質は、情報社会も産業社会も、なんら変わっていない。受信だけしていた人間が、急に情報を発信しだすこともない。変わったのは、多くの情報が参照可能になり、人々はみんな同じように生きている事実が共有され、現状を是認することができるようになった点だけだ。人に見せるための「ヨソユキの姿」ではなく、自然な姿が共有できるようになったのだ。技術は、人々が無理をせず、あるがままの自分に自信を持たせることに貢献しただけなのだ。


(09/12/18)

(c)2009 FUJII Yoshihiko


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