経営のパラダイムシフト





今の時代、企業の目的や事業の目的、経営の目指すものは何かと経営者に問えば、十中八九「経済的規模の拡大」という答が帰ってくるだろう。しかし、これは自明の理だろうか。昨今、「サステナビリティー経営」が叫ばれている。しかし欧米的なサステナビリティー理論では、「トリプル・ボトムライン」の中にも、サステナビリティーを実現するベースとして、利益や売上といった財務的な目標が上げられている。果たして、それとは違うパラダイムに基づく経営というのは、ありえないのだろうか。

三井、住友、鴻池など、江戸時代の豪商家の家訓においては、浮利を追わず、資本を毀損せず、家名を傷付けず、家の永続性と最重視する。いわば、経営ビジョンにおいて、短期的利益の最大化にオプティマイズせず、企業価値・ブランド価値を拡大するとともに、サステナブルな経営を行なうことを主張している。オーナーの人格により体現される「家」と、ビジネスとしての事業とが一体化されているからこそ、金が金を生むコトが目的ではなく、社会のよき隣人としての企業の存在をなにより重視していたのだ。

金融主義というか、売上や利益といった財務的な指標を拡大し極大化するのが、経営の目的であり、企業の目的である、というのは、事業を行なう組織体としての企業にとっての、永遠の真理ではない。それはあくまでも「近代産業社会」特有の経営目標なのである。企業の目標はそれ以外にも有り得る。そして、財務指標だけが目標となっていた「近代産業社会」自体が、人類史の中では特異点のような時代なのだ。

たとえば、「企業活動そのものが文化を生み出す」という目標も考えられる。バブル期のような「ためにする社会貢献」や、昨今のCSR活動のように、本業とは別に社会的な活動をするのではなく、その企業の提供する商品やサービス自体が、人々の心を豊かにし、人々の暮らしを明るく幸せにするかどうかが、企業活動の目標となる。これは別に、「フジテレビ」とか「吉本興業」とかいった、エンタテイメント関連のソフトコンテンツ企業のことではない。

即席ラーメンを作っていても、生活者がその製品を「おなかを満たす」ために食べるのではなく、他のラーメンでは得られない、その企業の製品だけが与えてくれる「幸福感」を得るために食べるのであれば、そのラーメンは「幸せのためのツール」である。その時点で、値段は関係なくなる。結果として、価格競争しか差別化の手立てがない他社の製品より高くても売れ、結果として高付加価値化するかもしれない。だが、それは目的ではなく、結果でしかない。

ある意味、テーマパークなどは、その尖鋭的な存在だろう。旧来の「遊園地」とテーマパークの違いは、売上や利益に直接つながるような、定量的に捉えられる差別化ポイントしか持っていないか、もっと定性的な、お客さんの「ココロ」に訴えるポイントで差別化しているかというところにある。これはまさに、企業の目的が「お客さまが喜ぶこと」にオプティマイズしていることを意味する。逆に旧来型の「遊園地」が、経営として立ち行かなくなった理由もそこにある。

そういう意味では、すでに情報社会に突入している以上、「近代産業社会」的な財務指標だけを捉えた経営では立ち行かない領域が増えてきているとも言える。昨今流通では、都心型の百貨店の経営が難しくなっている。同様に、GMS的な業態も苦境にある。その一方で、大型のショッピングモールは、それなりに繁盛している。これも、「モノを買いに来る」場には、人々が寄り付かなくなったが、「行くことを楽しむ」場には、それなりに人が集っていると考えれば、容易に理解できる。

これが大切なのは、お客さまの心を豊かにし、暮らしを明るく幸せにする経営を行なえば、結果的に企業が回転するだけの収入は得られ、企業体としての維持・継続が可能となる点にある。企業を維持できるだけの売上は、経営を進める上では必要だが、社会のパラダイムが変わり、売上や利益を直接的に求めなくても、企業の目的としての「企業活動そのものが文化を生み出す」ことにオプティマイズすれば、それは自動的に結果としてついてくるものになるのだ。

生活者は、企業人が考えるより先に行っている。人間というのは、環境適応力が高く、変化に合わせて進化するのだ。すでに若者は、20世紀的な「近代産業社会」のパラダイムにはない。だが、あわてることはない。西欧社会ならイザ知らず、日本社会には「近代産業社会」とはことなるパラダイムに対応した、何百年もの事例がある。もしかすると、情報社会におけるサステナブル経営については、先人たちが江戸時代から実践していたことが、大いに活きるきるかもしれない。ここにこそ、21世紀的意味での「Japan As No.1」の可能性があるのだ。


(10/02/12)

(c)2010 FUJII Yoshihiko


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