「腹をくくる」ということ





バブル期の日本企業のトップには、NECの関本社長やNTT真藤社長など、その当時は一世を風靡しながら、そののち末節を汚すことになり、その地位を追われてしまった経営者も多い。後知恵で批判されることも多いが、バブルの絶頂期における経営は、リアルタイムで考えれば、その時期における判断としては間違っていない。それどころか、バブルを追い風とし、単に「時流に乗った」以上の企業の成長や、企業ブランド価値の向上をもたらし、絶頂期を演出した名経営者といえる。

問題は、経済状況が変化した後になっても、舵を切り替えることができなかった点にある。確かにこれは、一義的には経営トップとしての本人の責任であるし、それゆえ経営トップとしては不本意な辞め方を強いられることになった。だが大企業は、ジェット戦闘機やレーシングカーのように、経営トップの意思だけで機敏にコントロールが効くものではなく、大型タンカーのように、舵操作をしても、慣性力が強すぎて、すぐには進路を変えられない存在であるコトも確かだ。

そう考えると、問題はそういう「天皇陛下」のご威光を必要とすると共に、バブル的経営を変えて欲しくないヒトたちが、大量に企業内にいた、あるいは、社員の多くがそういうマインドに囚われていた点にある。もちろん、その多くがトップの経営方針に呼応したフォロワーだったワケだし、そういう社員を採用した事実に対しても、トップとしての判断責任は存在する。こういうヒトたちが、慣性の働くまま、変化を求めないのなら、トップがいくら戦略を変えようとしても、組織がそれに対応することは不可能である。

日本型無責任組織が、「イケイケどんどん」にハマりやすいのは、戦前の帝国陸海軍の暴走が、何より如実に示している。そして、いったん暴走しだすと、ハードランディングしない限り止めようがないというのも、また戦時中の歴史が示す通りである。そして、実際当事者としてその渦中にいた人達は、もともと無責任なヒトたちなだけに、本当はまっ黒な戦犯であっても、「我関せず」を装い、あたかも「私「だけ」はやってない」という顔をしてシラを切るのが常である

戦後の日本を二分してきた、「戦前の社会を全否定し、戦後の社会との関連性を打ち消してしまう」史観にしろ、「太平洋戦争は正義の戦いであり、侵略ではない」史観にしろ、どちらも「自分には責任がない」という無責任性においては全く同じだ。無責任であることは、なによりも日本の組織人に共通して見られる習性である。それは、日本の企業や組織においては、誰もが「いいことは自分の貢献、悪いことは他人のせい」と嘯いていることからもわかる。

無責任組織でも、右肩上がりの時期なら、それなりに結果オーライ。何もしなくてもウマく廻っていく高度成長が続けば、それなりに「ご利益」の分け前にあずかれるので、責任を追及する必要など生まれないからだ。無責任でも、みんなハッピーである。しかし、一旦バッドサイクルに入ると、「天皇陛下の戦争責任」ではないが、無責任組織では、全ての責任を上に押し付け出す。大事なのは、ここで方針を切り替え、現場が責任を取る体制を作れるかどうかである。これこそがリーダーシップなのだ。

サラリーマン社長よりオーナー社長のほうが、危機が迫った状況でのリーダーシップに長けている。サラリーマン社長は、けっきょくは「無責任な社員」と同じ穴のムジナである。場合によっては、当人も一緒に逃げ出す可能性があることは、社員は百も承知だ。だが、オーナー社長は逃げようがない。逃げ出すことができない以上、最終的に、自分が責任を取る以外手はない。社員一人一人を説得しても、時代の流れにあう新たな方針を取らざるを得ない。

結局、リーダーシップの本質は、この「最後に腹をくくって全責任を負えるかどうか」というところにある。それができない人間では、いくら美辞麗句で社員をその気にさせるのがウマくても、危機に瀕したときに誰もついてこなくなる。特に、日本は名うての「甘え・無責任」な社会である。そういうメンバーを統率し、それなりのパフォーマンスを残すのは、一筋縄ではいかない。昨今、江戸時代の武士のガバナンスが評価されているのも、そういう側面が強い。

昨今、リーダーシップ教育ということがいわれるが、これはもはや教育で対応できるような知識やノウハウではない。まさにリーダーシップとは、人間としての生きかたの問題なのだ。リーダーシップを機能させるには、こういう「肝っ玉」を持って生まれ、それを鍛えぬいた人間を探し出し、トップに据えるしかない。こういう抜擢が、本質的に無責任な人間にできるワケがないではないか。日本社会の問題点があるとするならば、それは間違いなくここだ。


(10/11/26)

(c)2010 FUJII Yoshihiko


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