デスクトップ化





パーソナルコンピュータがもたらしたメリットの一つとして、パソコンが高機能・低価格化し、広く普及したことにより可能となった、「デスクトップ化」をあげることができる。デザイン・製版作業のDTP、音楽制作作業のDTMなどが代表的だが、高機能なパソコンと、能力のあるクリエーターがいれば、自宅でもスモールオフィスでも、たちどころにスタジオやクリエーティブなオフィスになってしまうようになった。

これにより、これらの制作作業、その中でもとりわけプリプロ・ポストプロなどのように、スタジオや専用設備を借り、エンジニアやオペレーターなど多数の専門要員による人海戦術で対応しなくてはならなかった部分が、アーティストやアートディレクターといったクリエーター一人で処理できるようになった。作品である以上、クリエーターのコストは削減不可能だが、製作コストという意味では、それ以外のコストの方が大きい。

だから「デスクトップ化」の実現により、手際よく、ローコストで、スピーディーに作業ができるようになった。ディジタル化ならではの、「ウマい・安い・早い」の「吉野家効果」である。もっとも周辺作業を行っていたマーケットが縮小した分、見かけ上の市場規模は縮小した。しかし、作業自体の効率性は向上し、生み出す付加価値は高くなった。減収増益が実現したのだから、質的な構造改革を実現したということができる。

同様に、作業プロセスをパーソナルコンピュータに置き換えることにより、飛躍的に生産性が向上した分野は多い。ビデオや映像の編集においても、今やデスクトップ化は常識となっている。そういう基盤があればこそ、いわゆるロングテール向けの映像コンテンツや、果てはyoutubeや二コ動でおなじみの「おバカ映像」の隆盛がもたらされたのはいうまでもない。いわゆるアート系・創作系の領域は、この影響が特に大きかったといえる。

さて、もっと広い意味で「プロセスのコンピュータ化」を捉えてみると、意外なことに気付く。70年代から80年代にかけ、パソコンやLANといった、当時分散処理といわれていた、サーバ・ネットワーク型の技術を真っ先に取り入れたのは、CADやCAEといった、製造業の設計やエンジニアリングの領域だった。これらの手法により、自動車の開発に要する時間が飛躍的に短縮されるなど、大きな成果が得られた。

特に、日本メーカー得意の生産技術と結びつき、それまでのような安い小型車中心のイメージを脱し、高級車や、先端技術を駆使した車でも、競争力を持つようなブランド力を持つに至ったのは記憶に新しい。しかし、日本の製造業の悲劇は、せっかくの「プロセスのコンピュータ化」もそこで止まってしまい、それ以上のプロセス改善に繋がらなかったところにある。

実は、グローバルレベルで見れば、「プロセスのコンピュータ化」はその後一層進み、デスクトップ・エンジニアリングやデスクトップ・マニュファクチャリングと呼べる段階にまで達している。実は、ファブレスの本質は、アウトソーシングにあるのではなく、製造プロセスのデスクトップ化を実現したところにある。ある意味、それを流通サイドから構築したSPAも同じである。かつてのCADやCAEは、パソコンレベルで充分実現できてしまう。

あとは、それを使いこなす設計者・技術者がいれば、製造業はできてしまう。データさえあれば、その通り製造し組み立ててしまう業者は、世界中にいくらでもいる。クリエーターが、自室で音楽や映像作品を完成させ、あとは流通販売業者さえいればビジネスになるところまでフィニッシュできるのと同じように、コンピュータの中でヴァーチャルに製品を完成できれば、製造業のプロセスのキモを押えることができる。

問題は、こういうタイプの設計者・技術者が、日本では育たないというところにある。分野によっては、すでにこれに近いプロセスで製品を作って活躍しているヒトはいる。しかし、保守本流といえる製造業で、こういう発想が全くでてこない。それだけでなく、あえて他分野から、そういう領域を目指そうという人たちも出てこない(まあ、手作りカスタムカー工房みたいな世界は、それなりにあるが)。

「理系離れ」「技術離れ」を憂慮する向きもあるが、そこで想定されている「技術者」がこんなレベルのものであれば、それは「離れ」以前の問題である。それよりは、地道な技術教育や理科教育と関係なく、アイディアと発想一発で、製造業に挑む人材が生まれる環境の方が、よほど21世紀では意味がある。日本の人材に問題があるとすれば、そういうぶっ飛んだ発想からスタートする技術者がいないことだ。時代のインフラは、そういう人材が登場しうる、製造業のデスクトップ化をすでに実現してしまっているのだから。


(11/04/01)

(c)2011 FUJII Yoshihiko


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