経済組織の原点





東日本大震災の後、日本の社会に起こった変化は、いろいろと指摘されている。その中のひとつに、組織のあり方がある。そもそも画一的な「お役所」はさておき、民間企業においては、常に他社をベンチマークし横並びしかできないところと、危機だからこそ他とは違うオリジナリティーを発揮できるところに、はっきり分かれてきた。ある意味、組織としての底力がはっきりと浮き彫りになったということができる。

この違いを検証してゆくと、企業におけるこの体質の違いは、どうやら個人事業がルーツにあるかどうかにかかっているように見受けられる。創業者を今でもトップにいただく企業や、その一族がプレゼンスを発揮している企業はもちろん、創業者の精神が社風として受け継がれている企業は、こういうときだからこそ、自分達のルーツに立ち戻り、自分達らしさを発揮しようというモチベーションが働く。

その一方で、上からの「官製事業」のように、最初から組織決定によって資金と人員を集めてはじめた事業は、こういう「社風」のような草の根的な精神広がりが薄く弱い。景気のいいときにはこの差は表に出てこないし、資金力やリソース確保力といった面では、場合によっては落下傘形の企業のほうが強いことすらある。しかし、一旦逆風が吹き出すと、こういう組織の組織力の弱さがあらわになる。

さて、こういう組織力の問題は、企業だけでなく、国家においても表れる現象である。「開発独裁」型の戦略を取っても、ウマく波に乗り、経済発展がテイクオフできる国と、独裁者とその親類縁者だけが良い思いをし、国全体の経済が潤わない国とがある。先進国がいくら援助を行っても、それだけでは経済発展に繋がらない。この違いも、開発独裁体制に入る以前に、その国で個人事業者が発達していたかどうかにかかっている。

開発途上国においては、近代的組織は軍隊だけということも多い。したがって、政権の基盤が軍隊にある軍事政権になることも多い。しかし、だからといって軍国主義の独裁政治を行うとは限らない。軍人出身の政治家が、民主的な政治を行い、国民の意識を高めて国の発展につなげることも多い。米国だって、20世紀の半ばぐらいまでは、軍人出身の大統領がいたではないか。問題は、軍隊そのものではない。

個人事業者が未熟なところに、突如近代的な組織としての軍隊が導入されると、国民が、自ら問題を解決しようという意識を持つ前に、組織に頼ることを覚えてしまう。「組織頼り」「親方日の丸」の意識が蔓延してしまえば、結局全員が「寄らば大樹の陰」になり、分け前に預かろうという人こそ多いものの、自らリーダーシップをとって発展させていこうという人材が現れない。これでは、自律的な経済発展が望めるわけがない。かくして、政治腐敗だけがはびこることになる。

経済学、経営学においては、イデオロギーとは関係なく、その歴史観において大きく二つの流れがある。一つは、歴史発展の流れを一軸のリニアなものととらえ、発展の違いを、単にそのステップの前後関係として捉えるものである。これは主として、マルクス史観や発展段階説など、経済学において顕著に見られる。もう一つは、発展するものとしないものとの間に、質的な違いを捉え、その契機となるものを重視するものである。

これは、マックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を嚆矢とするが、その後、主として経営史学のほうに受け継がれる。「企業家精神」の重視したシュンペーターの理論が典型だが、マネジメントのリーダーシップを重視し、それをフォローアップする経営学には親和性が高く、昨今流行りのドラッカーの理論にもきちんと受け継がれている要素である。しかし、これは経営学だけにとどまらない。

そもそも、合理的組織における経済運営という意味では、企業も国家も変わらない。P&Gやトヨタといったグローバル企業は、その経済基盤においても、傘下の人員数においても、並みの「国家」を大きく凌駕している。グローバル企業とは、単に経済活動の「場」が世界全体であるというだけではなく、世界における存在感が、国レベルの規模に達している組織という意味もあるのだ。

こう考えてゆくと、21世紀というグローバル化・情報化の時代に至って、この論争に結論が出たということができる。健全な経済発展の原点は「個人事業主」の存在と、その事業発展への意欲である。コレが原点にある企業なら、あえてCSRとか叫ばなくても、本業の発展自体が社会に対する貢献になるし、その活動の成果が文化として評価されるものとなる。目標がなく、文化もない組織には、存在意義はない。もっとも、日本の企業には、そういう組織のところがまだまだ多いのだが。


(11/05/20)

(c)2011 FUJII Yoshihiko


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