社会的ストックの充実





日本においては、江戸時代以来の最適化された社会のあり方があった。それは、経済・社会的なシステムから、道徳やイエの制度までを含む、広範な体系である。しかし、産業革命の成果を受けて、19世紀の末からグローバルに沸き起こった大衆社会化の波は、いやおうなく明治以降の日本を包み込んだ。それとともに、日本の伝統的な社会のあり方は、近代的な各種の制度との間に矛盾をきたすようになった。

21世紀となった今から振り返ってみれば、日本社会に起こった20世紀を通した変化とは、このパラダイムシフトに対応し、世の中の制度やシステムが組み替えられる一連の流れと捉えられる。有産者と無産者というあり方から、個人としての賃金給与者というあり方へ。大家族から核家族へ。いろいろな転換が完成したが、これらは社会的ストックの蓄積と組み替えという視点から、統一的に捉えることができる。

たとえば、20世紀後半の日本においては、長らく住宅建設が誘発効果も含めて内需の柱となっており、GDPに占めるシェアも極めて高いものとなっている。もともと日本においては、江戸時代から建築物の耐用年数が低いという特徴があり、容易にスクラップ・アンド・ビルドを繰り返すことで、街並みが新陳代謝してきた。しかし、この時期においては、農村から都会へ大量の人口移動があり、それが住宅需要のインフレを引き起こしていた。

しかしそれは、戦後のベビーブームに基づく生産年齢の人口増と、集団就職に代表される、高度成長による産業構造変化に対応した人口移動に対応するためのものであった。したがって、都市部への人口集積が進むとともに、少子高齢化といわれるように人口減少が顕著な時代となると、構造は一変する。ライフステージの変化による住み替え需要はあるものの、人口より住宅の方がおおい状況では、新規の住宅建設需要、宅地開発需要は生まれない。

それどころか、遠距離で立地の悪いところから、かつてのニュータウンが衰退し、独居老人だけが住む「限界集落」となり、最後にはゴーストタウンとなってしまう現象も、顕著なものとなってきた。工場跡地などを利用して、都心部で進む高層マンションの再開発も、新たな住宅需要ではなく、確実にその需要の分、日本のどこかで廃屋を増やす結果となってしまっている。椅子の方が多くなっては、椅子取りゲームは成り立たないのだ。

これもまた、かつては不足していた社会的ストックが充分に蓄積され、既存のモノを使い廻すだけで、ニーズを満たせるようになったことの表れである。というより、ストックが不足している状態が異常なのであり、経済力の向上を利用して社会的ストックを蓄積してこそ、本当の「豊かな社会」といえるのである。ヨーロッパの主要都市に行けば、今でも19世紀から20世紀初頭に作られた社会的ストックが機能している。

そう、インフラの整備に汲々としている状況下では、まだまだ文化を育てる余裕は足りない。経済成長の最中では、一部の篤志家がノブリス・オブリジェとして文化を保護育成することはあった。岩崎家の静嘉堂文庫や五島家の五島美術館などが保有する、日本の貴重な古書のコレクションは、財閥の文化事業であった。昨今中国の金持ちが、オークションで中国の歴史的書画を買い戻している。

しかしこの時代においては、大衆一人一人が文化を支える余裕はない。だからこそ、ある種スノッブでエスタブリッシュな文化が強調され尊重されるのだ。社会的ストックの充実にリソースを割かなくなって良い時代となってこそ、広い基盤を持った文化は生まれる。そういう意味では、篤志家による文化財の収集もまた、ある種の社会的ストックの充実を図る活動の一部ということもできるだろう。そして、そういう大衆が生み出す文化は、エリート的な文化とは一味も二味も違うものとなる。

これを考える場合も、「社会的ストックの蓄積と組み替え」が成し遂げられたという視点がポイントになる。今までの変化の大きかった20世紀という時代は、100年スパンの変化の渦中にあり、人類にとっては特異点のような時代であった。その時代の記憶や常識を捨て去り、その結果として生まれた新たな時代にいかに早く適合して行くかが求められている。そして、その時代は、今までほどには変化の速い時代ではないのだ。


(11/10/28)

(c)2011 FUJII Yoshihiko


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