ディスクローズとガバナンス





陸軍部隊と山賊、海軍艦隊と海賊の違いはどこにあるのだろうか。歴史的に見れば、この両者は、装備的にはあまり違いはない。今でも、内戦が続く地域などでは、ゲリラなのだか山賊なのだがわからないような武装勢力がある。その違いは、より大きな、主として政治的な目標達成のために、自制心を聞かせて戦略的に動けるのが軍隊である一方、目先の勝ちや獲物の獲得、自分の功利心といった短期的な成果を優先させるのが野武士や海賊というところにある。

さて、帝国陸軍と海軍の比較においては、権力中枢に近かった分、戦後の史観では陸軍を悪者にする一方、その反対に海軍は紳士的だったと評価する見方が多い。しかし、どっちかが悪玉で、どっちかが善玉という問題ではない。そもそも、対米戦争は海軍主導であり、陸軍にとっては米国は仮想敵ですらなかった。どちらにしろ、官僚体質の人間は、自分の方がうまくごまかせると思って、陰でコソコソ悪いことをする。そこは共通だが、そのやり方が違うだけなのだ。

陸軍は、その性質上、行動を周囲から見られている。作戦行動に入ってしまえば、完全な隠密行動は難しい。おいおい、チェックが入るのが前提の行動をとるようになり、既成事実作りに力が入る。一方海軍は、海の上にさえ出てしまえば、誰も見ていないし、チェックもない。すき放題、やり放題である。地上でトボケてさえいれば、だれも実態はわからない。大本営発表で、敵艦に対する架空戦果を吹きまくったのも、海軍である。

実際の作戦行動の部分が、完全にブラックボックスになり、自画自賛の評価しかなくなる分、実は海軍型の方が暴走する危険性が高い。ディスクロージャーが行われない分、ガバナンスがないのだ。そもそも日本の庶民特有の行動様式として、「旅の恥はかき捨て」的感覚がある。誰も見ていないところでは、「旅の恥はかき捨て」が発露するという意味では、海軍のほうがよりストレートにあらわれる危険性が高いことになる。

米海軍では、艦上では禁酒が徹底しているが、日本の海軍では、士官室に行くと酒がごろごろしており、機会あるたびにそれが出てくるという伝統がある。海上自衛隊の知り合いに話を聞くと、今でもその伝統は残っているらしい。これは、英海軍の伝統を受け継いだものとされているが、その「伝統」のルーツは、王の勅許を得たものの、英海軍とはもともと海賊だったというところにあるのだろう。

これなど禁止したところで、どうせ人が見ていなければやるだろうし、それならばルールの中に組み込んだほうが、脱法行為が横行して秩序が乱れるよりはいいだろう、という現実を制度化したものといえる。確かに、艦上で何があろうと、一旦洋上に出てしまえば、外からは誰からもとがめられることはない。唯一、同行している味方の艦船は、同じ穴のムジナなのだから、チェックされる心配はない。

良くも悪くも、徴兵制が機能していた分、帝国陸軍は日本社会の縮図である。そりゃ、理不尽な上官も、兵隊ヤクザもいただろうが、同じぐらいの数、良識的な将校も、紳士的な兵士もいただ。全体としては、正規分布である。とんでもないヤツがいたのは確かだし、そういうメチャクチャが目立つのも確かだが、それは組織が大きいということと裏腹の関係であり、その組織の成員全てがそういう連中ということではない。

それに対し、海軍はエリートを自称するくらい、粒が揃っている。将校はもちろん、兵士も自尊心が高い。しかし、その揃った向きが「旅の恥はかき捨て」だから問題なのだ。一旦変な方に動き出すと、誰も止められなくなる。それが艦単位で起こったりするのだから、目も当てられない。個別の功名心が先に立ち、戦果を争うがあまり、艦隊としての作戦行動ができなくなった例は、枚挙にいとまがない。

一方、艦内のできごとは外にはバレない、という安心感から、極めて脇が甘くなるのも特徴である。これとよく似た行動様式なのが、外務省の役人である。海外拠点での行状はバレない、という信念が行動の基本となっている。だから、頭隠して尻隠さずになる。在外公館の外務省の職員同士が、機密費で遊興していることはよくある。知っている外務省の官僚が、やっているところを目撃してしたことは、一度や二度ではない。

バレないと思っていても、国際化が進んだ現代では、どこにだって民間の日本人はいる。見る人は、ちゃんと見ているのだ。それだけでなく、脇が甘く無防備な分、何ら隠そうとしないので、見つかりまくって、バレまくりになるのだ。同様の問題は、日本企業の海外拠点でも起きている。チェックが甘い分、お手盛りや不祥事などが発生しやすい。この原因も、外務省の体質的問題を同じである。

とにかく、こういう体質は一朝一夕に変えられるものではない。日本人や日本の組織には、常にこの「旅の恥はかき捨て」的な行動がつきまとうと考えた方がいい。そして、それを無害化する最大・最高の方法は、ディスクロージャーである。見える化してしまえば、もうゴマかせない。そういう意味では、互いに見張り合って、相互チェックをかけるようにするのが最適である。良い悪い、好き嫌いは別にして、日本人にはこれしかないことは、歴史が示している。


(11/12/02)

(c)2011 FUJII Yoshihiko


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