発見力





昨今、というよりバブル崩壊後は脈々とそうなのだが、ヒットを生み出せない、トレンドを読めない、などという愚痴がよく聞かれる。では、かつてはトレンドを読んでヒットを出せていたのかというと、決してそうではない。高度成長期は、ベースが貧しくモノのない社会だったので、何でも商品を供給すれば売れたし、ちょっと気の利いたモノなら、飛ぶように売れたというだけのことである。

要は、日本のマーケティングにおいては、トレンドを見切る必要がなかったのだ。しかし、トレンドを読むのが難しいかというと、目のつけどころがよく、ツボさえ押えていれば、そんなことはない。それは、トレンドというのが、ある程度ヴォリュームのある集団の中で現れる現象だからである。マクロ的事象であれば、統計理論から考えて、かなりの確率で将来の動向を読みきることができるからだ。

たとえて言えば、こういうことだ。種目が何でもいい。AチームとBチームが対戦する。ある試合で勝つ可能性は、Aチームが7に対して、Bチームが3とする。ミクロ的に、特定の一試合でどちらのチームが勝つかという予測は、統計的には難しい。それは、特定試合の勝敗は勝つか負けるかのデジタルであり、シュレディンガーの猫ではないが、「7割勝って3割負けた状態」が存在しないからだ。

しかし、AチームとBチームが年間50試合行った場合の、年間での戦績ということなら、統計的に有意な範囲を示して予測が可能だし、それは試合数が多くなればなるほど、限りなく7対3に近づいてゆく。サンプルが多いモノについてのマクロ的な予測は、統計的予測値に収束してゆく。だから、特定個人の死ぬ時期は予測不能でも、社会全体での年間の死者数は予測可能だし、だからこそ生命保険がビジネスとして成り立っている。

そうなるとポイントは、目のつけどころと、ツボの押えかたである。仕事柄、過去30年、日本のマーケッターをいろいろ見てきたが、およそこの問題に関しては3つのタイプに分けられる。まず一番問題なのは、そもそも情報すら収集しようとしないタイプだ。街を歩いていれば、それだけでもいろいろな情報が手に入る。テレビでもインターネットでも、情報メディアからも得るものは多い。

それだけでなく、自分はM2、M3のオヤジでも、妻や娘に聞きさえすれば、女性に関するかなり的確な情報は取れるはずである。この場合、たとえば娘個人の嗜好を聞くのもいいが、学生ならクラスや学年全体で何が流行っているのか、どういうタイプの嗜好をしている人間がどのくらいいるのかというように、所属する集団の傾向を聞くようにすれば、定性的なトレンドはほぼつかむことができる。その子にマーケッター的センスがあれば、定量的な傾向値もつかめるだろう。

こういう努力を怠って、誰かに教えてもらおうとしても、その情報を活用することはできない。大事なのは情報そのものではなく、その情報をもとに戦略を立てることだからだ。問題の解き方を学ばすに、答えだけ丸暗記しても、何も応用が効かないのと同じだ。昔は、トレンドスポットの見学ツアーとか、トレンド情報のニュースレターとか流行ったが、昨今は、さすがに世の中の情報化が進んだせいか、こういう人は減ってきている。

この先は、少なくとも情報を持っている人たちである。その中に、トレンドをつかめるヒトと、つかめないヒトがいるのだ。世の中のインタラクティブ化とともに、トランザクション情報の蓄積が進んだため、データが希少だった時代から、一気にデータ余りの時代となってきた。それとともに、今度は情報を集めないマーケッターではなく、目の前にあふれる情報を読みとれず、あたふたとしているマーケッターが問題の中心となってきた。

はっきり結論を言ってしまうと、これは「発見力」の差なのだ。「発見力」とは、音感、リズム感、身体能力などのように、生まれついた天性の才能である。1の情報から10を読みきるヒトがいる一方で、10の情報から1しか読み取れないヒトもいる。もうこれは、50m走のタイムのようなものである。もちろん、発見力のあるヒトが、さらにその能力を伸ばすためのトレーニングというのはある。しかし、ないものは補えない。

1を見て10を知るヒトなら、その知った10をもとに、今度は100を知ることができる。「発見力」のトレーニングとは、こういうものである。したがって、そもそも最初の「見切り」がなければ、手も足も出ないのだ。しかし、あきらめることはない。情報を集めている人なら、コロンブスの卵ではないが、発見力のあるヒトの指摘を受け入れ、理解することは可能だ。暗号の解き方を教われば、それ以降は解読できるようなものだ。

ビッグデータなどといわれるが、これからの時代、世の中のデータ余りは一層加速する。それとともに、データを見る前からトレンドがわかっている「目利き」が求められる。その能力こそ、「発見力」なのだ。どんな分野にも、発見力を持った人材はいる。しかし、それを重用してこなかったというだけだ。これからは、この「発見力」を持った人材を確保し、その能力を充分に活用することが重要になる。


(11/12/16)

(c)2011 FUJII Yoshihiko


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