セーフネットとモラルハザード





セーフネットは必要である。いかに自由主義や市場原理を重視する論者であっても、セーフネットそのものを否定するヒトはいない。結果の平等ではなく、機会の平等を重視するためにも、その「機会」に参加することができない者については、何らかの社会的フォローが必要であることは論を待たない。ある意味、セーフネットのミニマムな必要性については、コンセンサスがあると考えていい。

問題は、セーフネットの性質である。セーフネットとは、あくまでも例外で特別な処理だったり、一時的な緊急対応だったりすべきものだ。対象者も、例外的だったり、特別だったりしなくてはいけない。しかし、その対象者をむやみやたらと広げ、本来自助努力か可能だったり、必要だったりす対象者にまで拡大してしまうと、それが既得権化してi, モラルハザードをもたらすこととなる。

ちなみに、このモラルハザードというコトバ、日本の、特にジャーナリズム関係ではかなり誤用されているが、これは本来の意味である。本来の収入より、医療保険の補償の方が高くなると、みんな病気になりたがったり、仮病を使い出したりするというように、保険の補償が厚すぎると、加入者はかえってリスク選好形になってしまうことを示した言葉である。この場合もそれと同じく、セーフネットが厚すぎると、自助努力をしなくなる。

比較的審査の甘い地域で、特異点のように生活保護率が高まっている。これなども、典型的に、過剰なセーフネットが既得権化し、害悪を振りまき出したいい例だろう。しかし、長い目で見ると努力の意思を奪うという意味で、当人にとっても麻薬のような害があるにもかかわらず、既得権化した短期的な権益に目が眩み、どっぷりそこにつかってしまう。使ってしまえば、罪悪感も消えてしまうという次第である。

同様の傾向は、最近の「メンへルブーム」にも見出すことができる。メンタルに異常をきたした人たちの中には、確かにストレスで自我が崩壊し、治療が必要な人間も多いのが現状である。このような人たちには、直ちに救いの手を差し伸べる必要がある。しかし、実は死ぬ気になればやれるのに、隣のほんとにメンヘルで苦しんでいる人を見て、これはおいしいとばかりに、積極的にメンタルな「病気になってしまう」ヒトもいる。

「空気が読めない」若者が多いといわれる。相手の立場になってモノが見れない。相手の気持ちを思んばかれない。コミュニケーション力が問われる世の中の中で、コミュニケーションを苦手として、他人との人間関係がうまく作れない連中。相手がどう動くか読めず、オタオタしているうちに、相手とぶつかってしまう。ぶつかっても謝れない。そこで、自分がよけられないでぶつかったくせに、相手のせいにする。

実は、新型鬱の持つ「無責任ですぐヒトのせいにする」という特徴は、最近の20代の過半数があてはまる性質である。そういう意味では、コミュニケーションが得意で誰とでも関係性を構築できる、一部の「リア充」なヒト以外は、みんな新型欝の入門者であり、自称すればいつでもメンヘラーになれる候補者である。そっちの方が楽でおいしいと思うようになれば、手厚すぎる保険の補償と同じで、モラルハザードを招くだけである。

精神面での問題を先天的に持っているが、それから立ち直ろうとしても無理という人たちと、多少精神面での弱さを持っているものの、それを克服するどころか、おいしいので自分から病人になるという人たちを、同じように扱うわけにはいかない。機会の平等を享受できる人間は、結果の平等を受け入れる義務がある。健常者と同等の日常生活ができている人間が、都合のいいときだけ、保護や特例を求めるのは、虫が良すぎる。

しかし、そういう人間が多い。日本には「甘え・無責任」で、モラルハザードを期待している人間があまりに多い。それは、寄らば大樹の陰で脛を齧る主張しかしない「革新」政党が、かつて多くの票を集めていたことからもよくわかる。セーフネットを、権利としか見ていない人たち。そして、セーフネットをブラックボックス化して利権化する人たち。ここにもまた、おなじみの40年体制の共犯関係が見て取れる。

すべての社会保障、すべてのセーフネットは、その采配を政府が担う限り、利権化する危険を持っている。それなら、セーフネット自体も「民」が主体となって事業として行い、全てをディスクローズして運営するのが一番である。いろいろ問題はあるものの、保険システムが民間ベースで運営され、100年以上問題なく運営されている以上、技術的には可能である。問題は、既得権者が既得権を手放すかどうか。日本が「開国」できるかどうかは、ここにかかっている。


(11/12/23)

(c)2011 FUJII Yoshihiko


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