文化が生まれるとき





18世紀から19世紀においては、世界的にサロンで文化が作られた時代である。アーティストたちとそれを贔屓にするパトロンたちが一同に集う中から、新たな表現や作品が生まれ、それが次の時代の主流へと繋がっていった。しかし、20世紀に入り、世界的に大衆社会の時代が到来するとともに、少数の篤志家がアーティストを支えるのではなく、不特定多数からなるマーケットがアーティストを支えるようになった。

ここで問題になるのは、少数の目利きの篤志家によって支持されることと、マスの市場からし持されることとは、全く意味が違う点である。筆者は、1980年代のニューメディア・ブーム、マルチメディア・ブームの頃から、新しいコミュニケーションメディアの推移を見つづけてきた。そこでは、鳴り物入りで登場してきたワリに、成功からは程遠いというサービスが多く、一言でいって死屍類類であった。

最近でいえば、「セカンドライフ」のようなものが多いのである。しかし「フェイスブック」のように、それなりにヒットするものも中にはある。だが、ヒットしたサービスの利用実態を見ると、当初想定されていた内容とは大きく違ってきているものが多いことに気付く。それは、日本において「1000万ユーザを越えて普及する」ということの意味である。ヒットしたということは、中身が「マスにウケるベタなモノ」に換骨奪胎されたということなのだ。

ここでも何度か取り上げたが、メディアやコミュニケーションツールが、人間を変化させるということは、一般にはありえない。一部のアーリーアダプタたるトガった少数者は、新たなツールに合わせて変化することができる、稀有な人たちである。だから、アーリーアダプタになるのだ。しかし、それではマスに普及しないし、メジャーにはならない。大衆の側が、当初の想定とは異なるベタな使い方を見つけてはじめて、一世を風靡するほど普及する。

市場が受け入れ、育てるということは、とりもなおさず、送り手の側が使いかたや価値を決める「売り手市場」から、受け手の側が使いかたや価値を決める「買い手市場」にマーケットの構造が変わるということに他ならない。ここで大切なのは、アーリーアダプタの使いかたと、ヒットしてからのマス層の使いかたと、どっちが正しいかという二者択一ではない点である。それぞれ違う使いかたがあるのだし、どちらも意味があるのだ。

大事なのは、ターゲットとしてどちらを狙っているかである。先鋭的なユーザを獲得したいなら、数を狙ってはいけない。確かにマーケットは小さいが、その読みさえ間違えなければ、極めて高付加価値なビジネスモデルが構築できる。ヴォリュームを取りたいなら、上から目線ではいけない。めちゃくちゃトガってアバンギャルドな映像では、おバカ動画のようなアクセス数は獲得できないのだ。しかし、どちらの映像も意味があるし、存在意義がある。

しかしここでポイントとなるのは、才能を見つけ、育てる仕組みが違うことである。マスウケするものであれば、最初から市場に任せてしまっても問題ない。ユーザ参加の人気投票ランキングなど、その際たるものだろう。それでも、ウケるものは間違いなくウケる。だが、そこから先鋭的な作品や表現が出てくることはあり得ない。先鋭的な作品は、目利きにしか理解されないからである。

もともと、とんがった文化とはそういうところから生まれてくるものである。最初からメジャーなものなんてありえない。熱心なコアユーザが、採算度外視で手弁当でもやろうという意気込みを持って取り組むから、新しい世界が起ち上がってくる。まだ誰もやっていない、ユニークでオリジナリティーあふれる世界をインキュベーションするのは、少数の同好の士があつまるサロン的世界以外ない。

ぼくが限られた人生経験の中で実体験したものもいくつかある。たとえば、1970年代末の日本のパソコンソフトの創世紀を起ち上げた、天才プログラマたち。あるいは1970年を挟んで、歌謡ポップスでも洋楽コピーでもない、日本のロックを生み出したミュージシャンたち。これらのコアな世界を引っ張っていたのは、せいぜい2〜300人のコミュニティーだった。周辺にもう少し市場はあったが、フォロワーを入れても数千人という世界である。

日本の趣味マーケットは、今でもそのくらいのモノが多い。それだけでなく、今の日本には「小金持ち」が多い。小金持ちの風流人が200人も集まれば、いくらでも文化など創り出せる。趣味に10万円単位で金を使っている人は、それこそ掃いて捨てるほどいる。しかし、200人が10万づつ出せば、かなりキチンとした映画だって作れるではないか。コアなヤツは、集まれ。集まって金を出せ。文化とは、風流な金遣いから生まれるものなのだ。


(12/09/21)

(c)2012 FUJII Yoshihiko


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