essay 817

抜け穴





日本においては、議員立法により法律が作られることは比較的少なく、政府・官僚主導で法案が作られ、与党の賛成多数を得て可決成立というパターンが多い。だから、大部分の法案は、官僚の作文だということができるだろう。ということは、必ず「ウラ」があり、その気を持って読めば、それは行間から透けて見えてくる。表向きのタテマエだけで、その法律を判断することはできないのだ。

それは具体的には、その法律を施行することにより、役所が管轄する新たな許認可利権が生まれたり、新たな天下りのポストとなる公益団体が作られたりといった、要は官僚の権益の拡大である。官僚としては、それを恣意的にやっていると思われたくないのでで、あくまでも法律に従って、それを施行するプロセスとしてやったというポーズを作りたい。したがって、法律の中に伏線としてそれを盛り込んでいるワケである。

そういう仕掛けがある以上、魚心あれば水心というか、そんな官僚の下心を読み取れる人が法律をよく読めば、連中がこれでどんな悪さをしようとしているのかが、容易に理解できる。法律を自分たちの利権構築の道具として使っている以上、完全な秘密主義にはできず、実はやりたいことは見えてしまっている。これでバッチリ人を出し抜いてゴマかしていると思っているアタりが、秀才の手口の幼くかわいいところでもある。

所詮は、法律なんてこんなものである。利権の道具なのだ。だから一般の民衆が、ハイハイとそれに無条件に従う必要など、サラサラない。まあ権力の側は、警察など「暴力装置」を持っているので、面従腹背は必須である。だが、本質的には従う必要はない。スピード違反の取締りがない時には、だれも制限速度は守らないし、飲酒運転の検問がなければ、みんな居酒屋にクルマを運転してゆくことは、ご存知の通りである。

しかし、こういうスキームを前提とすると、一歩進んだ「利用」が可能になる。一見完璧に理論構築されているように見える法律の条文も、よくみると、利権構築のための抜け穴が要所要所に埋め込まれている。いわゆる「官僚の作文」というヤツである。ちょっと見にはわかりにくく、特殊で婉曲な表現だが、ホンネとしてやりたいことがそれなりに書いてある。これが書かれていないと、法律を遵守した当然の帰結として利権構造ができてしまったという筋書きを作れないからだ。

これは、一般民衆の側からすると、法律にはかならず「抜け穴」がビルトインされているということになる。本来ならば許認可でなく届出でいいものを、わざわざ許認可制にして、その審議のための機関を作る。これが利権の基本である。ためにする許認可である以上、取ってつけたような理屈で条件を設定することになる。これはわざと道を曲げて関所を作ったようなものなので、そこには抜け道が作りやすいのだ。

かつてヘア解禁前では、グラビアの猥褻判断の基準は、ヘアまたは性器が写っているかいないかであった。これは、ヘアも性器も写っていなければセーフということである。このためエロ雑誌では、ヘアを剃毛した上でスケスケのパンティーを穿かせたグラビアや、やはりヘアを剃毛した上で割れ目ピッタリのスミ線だけかけたヌード写真といった「アイディア商品」が、次々と登場することになった。

ある意味これは知恵の競争であり、アイディアやクリエイティビティーをいたく刺激することになる。その結果として、その後のヘア丸出しヌードより、よほどエロくそそられるものを生み出したのだった。制度の隙間を見つけ出し、そこをつつきほじくりまわすことで、ドンドン新しいものを生み出す。まさにこれは、ハッカー精神そのものである。法律を「活用」するには、このような貪欲なまでのハッカー精神が何より大事なのだ。しかし、日本の法律家にそういう人材はいない。そこに問題がある。

いつも主張していることだが、弁護士が法律のコンサルタントとなるためには、法律や制度を、そのウラも含めウマく使いこなせる人材が必要だ。元来それは弁護士の機能の一つのはずだが、そういう発想ができる弁護士は少ない。人権派を気取るのもいいが、本来なら、もっとハッカー精神に富んだ、ルールをみると抜け穴を見つけたくなるような人が、弁護士になるべきだ。まさに、そういう人材でないと、法律は「活用」できない。

遵法精神の高い人が法曹界に進んでも、あまり意味はない。そういう杓子定規、ルール通りの解釈なら、コンピュータで充分代替できる。法律や判例の端々まで熟知した上で、その抜け穴を見つけ、その活用法まで指南する。これができてこそ、法律のコンサルタントたれる。まあ、これはもともとの発想や人間性の問題なので、もっとそういう人材が、法律を学ぶことが必要である。しかし、実はハッカー精神に飛んだ人材って、けっこう法律に興味がある人が多いんだよね。で、ちゃんと抜け穴見つけてる。ま、これがビジネスになればってことなんだけど。


(13/09/20)

(c)2013 FUJII Yoshihiko


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