頼るヒト





「天は自ら助くる者を助く」という、英語のことわざがある。これ自体は聖書からの引用ではないが、その発想自体は、近代西欧社会を生み出したプロテスタンティズムの精神と見事に合致している。実際、アメリカ人のほとんどが、この言葉は聖書からの引用だと思っているらしい。神から与えられた現世の試練に耐え、それを全うしてこそ来世で救われる。この予定説の発想が、西欧近代社会の基盤となった。

与えられた環境の中で精一杯頑張るのが、プロテスタンティズムの精神である。頼る一方、貰う一方というのはありえない。そういう意味では、「セルフヘルプ」というマインドが、西欧近代社会の基盤となっていると言うこともできる。もっとも聖書は宗教改革以前からあり、カトリックでも、プロテスタントでも使われいてる。そう考えると、聖書自体にこの言葉が入っていないのは当然かもしれない。

したがって、セルフヘルプの発想は、自己責任の発想でもある。見てみぬフリをしていれば、そのうち誰かがやってくれるだろう。面倒くさいことは、他人に押し付けてしまおう。これらは、日本では実によく見られる発想だが、突き詰めれば、いかに自分がやらずに済ますか、責任を追求されないように逃れるかということになる。まさにこのような責任逃れの発想は、セルフヘルプと相容れない。

そこにあるのは、自分で道を開く努力をせずに、誰かに便乗して、美味しいところだけいただこうという発想だけである。セルフヘルプはまた、自らリスクを取ることでもある。そのベースにあるのは、「リスクを取らぬものに、リターンなし」という考え方だ。日本人の多くが「ことなかれ主義」に安住し、リスクに近寄ろうとしない。それでリターンだけいただこうというのだから虫が良すぎる。これもまた、セルフヘルプを知らないからこそ成せるワザだ。

しかし、ここで何度も検証してきたように、少なくとも江戸時代の上級階層、武士はもちろん、豪商、地主層には、セルフヘルプの発想はあった。彼らの多くは、本来の意味で「勤勉」なマインドを持っていた。それが明治維新以降の近代化の原動力となったのは周知のところである。問題なのは、本来の勤勉さを身につけていたのが、有責任階級のみという点である。もっとも、武士にも無責任な輩はけっこういたのも確かだが。

しばしば、日本人は勤勉だったと語られている。しかし、そこにはトリックがある。庶民が勤勉に見えたのは、貧しかったからなのだ。貧しい社会では、必死に働かなくては食っていけない。これは、高度成長で豊かな社会が実現する昭和後期までつづく。まさに、今テイクオフ期にある新興国の人々が、極めて勤勉に見えるのと同じである。新興国の人々とて、経済が成長し、安定的に豊かな社会になったときどうなるかは、その時にならなくてはわからない。

しかし貧しい時代でも、日本人が決して「根が勤勉」とはいえなかったことは、その習性を詳しく見ればわかる。それは、ヤバくなるとすぐ逃げる点である。庶民の生活の知恵といえばそうなのだが、日本人の庶民は実に狡猾である。ある意味、お上があって、それに対しては面従腹背というスタンスが、江戸時代以来の庶民の生き方なのだ。こういう発想をする連中は、とても勤勉とは呼べない。

ある意味、大衆とはそういうものかもしれない。となると、問題は権力構造の方である。階級社会だった19世紀までは、支配階級と庶民とは、それこそ生まれも育ちも違った。大衆社会化した20世紀に入ると、様相が変化する。庶民層出身の人間が、偏差値エリートとして、権力の中枢にまで入り込んでくる。権力を持つ側も、それを利用しようとする側も、頼るメンタリティーを持つ人間ばかりになってしまったのが、20世紀以降の日本社会である。

権力の座にある以上、決めなくてはいけないし、責任を取らなくてはいけない。権力の座にあるものが自助努力をするからこそ、道が開け人々がついてくる。民主主義体制下における権力構造の基盤はここにある。君主が聖人君子だからこそ、人々の尊敬を得て崇め奉られるのと同様、権力者は、誰よりもセルフヘルプを実践するからこそ、大衆の支持を集められる。いわば、大衆に代わって社会全体の自助努力を実践するからこそ、権力が与えられるのだ。

今の日本では、それがない人間が権力の座についているからこそ、バラ撒きの利権システムをフル稼働させないと、人々がついてこない。政治や行政はもちろんだが、民間企業でもその傾向は強い。社外のステークホールダーより、社員のことを優先して考える日本的経営者など、その典型だろう。近代社会の基本は、自助努力をする人間だけが財や権力を持てるところにある。組織というものは、これが貫徹していれば、罰則で縛り上げなくとも、ガバナンス、コンプライアンスが自然に成り立ってしまうのだ。


(14/02/14)

(c)2014 FUJII Yoshihiko


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