インサイトを発見する方法





前回述べたように、モノゴトを素直に見ることが出来ず、知識や理屈の上でしか捉えることができない人には、インサイトを発見することは不可能である。しかしそういう秀才以外にも、現状でウマくマーケットのリアルの姿が見えてない人はたくさんいる。そういう人は、インサイトを発見した経験がなかったり、発見する方法を知らなかったりするだけである。

確かに、インサイトを発見する方法などというのは、そのノウハウはどこにも書かれていない。一部の社会学系のフィールドワークを除くと、学校でも教えてくれないし、経験することもない。要は、自ら「インサイトを発見する方法を発見」した人しかインサイトを見つけ出すことが出来ないというのが現状なのである。しかし、その方法はそんなに難しいことではない。

そういうことなので、ここは一つ、どういうところに着目し、どういうところを深掘りしていけばインサイトを発見することが出来るのか、その手順を公開したいと思う。実は、インサイトを発見できる人は、別に難しく考えることなく、これをやってしまっている。それはわかってしまえば、決して難しいことではない。ここでは「振り込め詐欺が起こる理由」を見つけるまでを事例に、インサイトの掘り起こし方を見て行こう。

まず最初にやるべきは、「事実をじっくり見る」ことである。素直な目、まっさらな心で事実を見る。ここで大事なのは、まずやるべきことが「データを読むこと」ではなく、「ファクトを知ること」だということだ。最初のとっかかりは、定量データではなく定性データ。ファクトは定量情報ではなく、定性情報なのだ。その中から、特異点というか、特徴的なポイントを探すことが、まずやるべき仕事である。

振り込め詐欺の場合、まず気付くべきファクトは、「被害者はある年齢以上の女性に集中している」という店である。統計分析すれば、明らかに有意な差が出てくるが、この段階ではまだそこまで突き詰める必要がない。というより、一目瞭然なポイントでなくては、特異点とは言えないからだ。年齢がポイントになっているということは、その裏には年代効果か世代効果が働いていることがわかる。

ここからが、運命の分かれ道である。「シニアに被害者が多い」というと、単に年代効果と思いがちである。しかし、年代効果と世代効果は根本的の異なる。年代効果なら、出現率は年齢とともに連続的に増加する。世代効果の場合は、ある年代クラスタから突如として出現率が増加する。年代別被害者数は、5歳刻みでいえば「現在65歳〜70歳」のクラスタを境に、急激に増加している。

ここで、なにかコーホート的な世代効果が、事件の背景にあることに気付けば、問題はほぼ把握できる。電話を利用した犯罪であることと、世代効果にその原因の一つがあることがわかったなら、次に「現代日本における情報接触・メディア利用の意識や行動においては、世代効果が最も強く影響している」という事実を想起すればいい。これで、ほぼ仮説の骨格ができてしまう。

つまり「昭和20年以前の生まれの女性には、独特の電話観があり、それが振り込め詐欺を成り立たせる要因となっている」ということである。ここまでくれば、あとはその電話観とはどのようなもので、それが何に起因しているのかを突き止めればいい。ここから先は、通常の実験・調査と同じである。データが充実している分野なら、デスクリサーチで検証できるし、そうでなければ、検証のために必要にして充分な調査をかければいい。

70歳以上の女性が、電話がかかってきたときにどう感じるのか、それはどういう初期体験の刷り込みにより形成されたのか。それが量的に把握できる調査を設計すれば答えは出る。これは、通常のマーケティング調査と同じである。違うのは、調査設計以前にキチンとした仮説が出来ているかどうかである。調査というのは、仮説を証明するためにやるものであって、ひとまずデータを取ってみるためのものではない。

結論から言ってしまえば、この層は家庭に電話が普及する前に人格形成期を過ごしたため、「電話=特別な緊急連絡」というイメージが意識下に刷り込まれている。同年代の男性は、仕事などで電話を使う経験も多かったが、女性はそういう機会もすくなかった。当然のように、電話のベルが鳴った時点ですわ一大事と舞い上がっており、内容を冷静に聞く力が落ちてしまっているのだ。

振り込め詐欺を考えた人間は、ここまでインサイトを分析して手口を考えたわけではあるまい。周りにいたこの世代のお婆さんの電話への反応を目撃して、直感的に「これなら騙せる」と思ったのであろう。しかし、それでも充分立派な「インサイトの発見」である。インサイトは理屈ではない。ブラックボックスのままでも「ここを突けば、こういう反応をするだろう」という経験則がつかめれば立派なインサイトになるのだ。「これなら自分も発見できる」という気になった人も多いのでは。


(14/10/10)

(c)2014 FUJII Yoshihiko


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