ありのままで





去年を代表するヒット曲といえば、ディズニーアニメ「アナと雪の女王」のテーマ「Let it go(ありのままで)」だろう。昭和の時代ならイザ知らず、その年を代表するヒット曲という存在自体がここ数年なかっただけに、一種の社会現象とさえいえる。ところで、「ありのままで」というのは、マーケティングの基本である。これはいつも言っていることであるが、マーケティングとは「いまあるあなたがが、一番自然で美しい」と顧客に対して思えることから始まるのだ。

少なくとも現代の日本においては、人々がフトコロが貧しいゆえに心も貧しくなり、無理に背伸びしたり、格好をつけたがる時代は終わった。今あるあなたのまま、そのままでいればいいんだと勇気づけることが、マーケティングにおいては、今一番大事なことである。だが時代のスキームが変わったのに気付かず、未だに背伸びをしたがったり、するのが当たり前だと思っている人は多い。

確かにかつての高度成長の時代は、「バスに乗り遅れるな」が基本だった。自分で何かをやろう、何かを起そうという気風は薄く、何をやるにしても「波に乗る、風に乗る」という、他人頼みが基本だったからだ。こういう状況下では、背伸びしていないとバスに乗り遅れる危険性が高い。また、右肩上がりなら、多少格好つけて無理していても、後付けで帳尻を合わすこともできた。その時代においては、こういう選択も決して間違いとはいえない。

さらに世の中全体が右肩上がりで成長を続けている時期には、多少無理しても上昇指向を持っていてはじめて、アベレージについていけるという面もある。しかし、それは全てテイク・オフ期だからなせるワザである。貧しい社会が経済発展を遂げている時期にしか通用しない掟である。だからこそ、時期をわきまえないと茶番になってしまう。ましてや、経済が発展した豊かな社会ではあり得ない生き方である。

現代の日本社会は豊かで安定しており、まさにそういう時期に到達している。とはいえ、現在日本に暮らしている人々の中には、バブルまでの高度経済成長期に育った人間もまだまだ多い。少子化・高齢化ということを考えれば、そういう人間の方が多いといえるだろう。だが人間、特に凡人にとっては、小さい頃に刷り込まれた常識は、なかなか書き換えられるものじゃない。しかし、世の中は変わってしまっているのだ。

今、40代半ば以上の、バブルの恩恵を受けた世代は、理屈でもいいから、時代の求める常識が変わってしまったことを理解すべきである。本当は、それを肌感覚で実感として感じ取り発見する感受性が欲しいところだが、そういうセンスを持っている人はどんなに多く見積もっても3割、それを自分として自覚し表現できる人となると、もはや1割以下である。それは高望みというものである。だから、知識でいいからわかって欲しい。

特に、秀才エリートほどこの事実がわかっていない。彼らは、現実を見たまま感じとる力がなく、知識として学んだ過去の延長でしかものを見れない。当然、新たに起こった変化を、自ら発見して対応する能力などない。彼らがかつてそれなりに存在感を持てたのは、世の中全体に上昇指向の求心力があり、上から目線の物言いに、それなりに反応してくれたからだ。

こういう視点から見ると、世の中のトレンドが「現状肯定型」になってきているというのは、決して悪いことではない。流石に若者たちは、そういう変化した時代の中で育ったので、事情がよくわかっている。都会に行って一旗上げるより、地元で慎ましく暮らしたい。そういうライフスタイルが若者らしい生き方だ。首都圏に出てくるのは、地元に仕事がないからしぶしぶであり、チャンスがあれば、地元に戻りたい。そういうのが今っぽいのだ。

高望みしない生活は、本人が幸せになるだけでなく、エコロジカルでサステナブルである。そのカギは、現状満足にある。我慢するのでもなく、無理するのでもない。自分が現状を幸福なものと思い、それに満足することができれば、環境負荷の低い生活を送れる。今の日本には、それで困らないだけの豊かさも社会インフラもある。国や社会のライフステージが高度成長期とは変わってしまったのだ。これはもう、引き戻すことはできない。

全てがネタになっている時代に、口角泡を飛ばして、正義や公正さについて議論したって、バカにされるだけ。自分でいじめられる材料を作っているようなもんだ。定量的に平等でなくても、「当人が現状に満足している」という点において平等ならば、何も問題ないではないか。老兵は去るべきである。時代錯誤になった、大時代的な価値観を大上段に振りかざすのも醜いだけだ。上から目線はあり得ない時代。個人の思想信条は自由だが、見当外れの意見の押し付けは、願い下げだ。


(15/02/13)

(c)2015 FUJII Yoshihiko


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