恵まれないことと、マイノリティーとは別




社会そのものが貧しい間は、マジョリティーもマイノリティーも皆貧しいことでは共通であった。貧しい同士だからこそ、あたかも一つしかないの食い物を取りあうように、生存権を賭けて激しい差別が生まれる。これは貧しいことのマイナス面であるが、同じ境遇の中で志を同じくする者同士の連帯感は、その分一層高まり、より強固に闘争に立ち向かえるという面ではメリットといえるかもしれない。

しかし、社会が成熟し豊かになってくると、マイノリティーの中でも「階級分化」が起こってくる。マイノリティーではあっても、いろいろな面で社会的な成功をおさめた人と、劣悪な環境の中に置かれたままの人が現れてくる。これは実は、マジョリティーの側でも同じである。すなわち、マジョリティーかマイノリティーかという軸と、成功者か取り残されたものかという軸は、互いに独立なのである。

アメリカの黒人運動は、その典型的な例だろう。60年代の公民権運動の時代まで、熾烈な人種差別により、多くの黒人には成功のチャンスがなかった。従って、社会の壁を打ち破ろうというモチベーションに関しては強力な一体感があり、それが強い社会的な影響力を生み出した。その結果、少なくとも機会の平等においてはいわれのない差別は徐々に改善され、黒人層にも高学歴で資格を取得する人や、自ら事業を起業する人も現れてきた。

その中から成功者が登場するようになると、高学歴高所得な「黒人中産層」が生まれることになる。この階層分化は、マジョリティーで起こっていたそれと全く相似形である。意識や行動という面から見ると、人種の差よりも「中産層vs.貧困層」という対立の方が大きくなる。80年代以降、情報化とともに経済のソフト化が起こり、アメリカの産業構造が一変すると、ますますこの傾向は顕著になった。

黒人中産層の中からは、かつでは考えることもできなかった共和党支持者も顕著に現れるようになる。しかし、黒人大統領が登場したからといって人種問題が解決していないのは、10年代に入ってからのアメリカでの差別事件や暴動の発生をみればすぐにわかる。まさに、黒人の貧困層は、貧困問題と人種問題という全く別の二つの問題からプレッシャーを受けている。この二重構造を当人が理解し、それぞれ何に対して闘うのか自覚しなくては、なにも解決できないのだ。

ところが日本においては、なぜか恵まれないことと、マイノリティーであることをあえて混同して、弱者ぶることで救いを求めようとする人が多い。セクシャルマイノリティーには、多くの場合恋愛において悲しい思いをせざるを得ない。しかし、へテロの恋愛においても恋愛弱者はいる。恋愛弱者は非常にかわいそうな存在ではあるが、セクシャルマイノリティーではないし、社会的には「差別を受けている存在」と認定されていない。

あるいは単なるメンヘラーなんだが、それをマイノリティーのせいにする人がいる。マジョリティーの中にもメンヘラーはいるし、そっちの方が母数が多い分絶対人数は多い。そういう「単なるメンヘラー」は、自分がメンヘラーになったことを、誰のせいにも、何のせいにもできないのだ。出口・はけ口がないという意味では、そっちの方がよほど悲惨ではないか。当事者間では、そういう「逆差別」的な見方がないとは言い切れない。

差別は言語道断であることは間違いない。だが、人権を尊重するとは、障害のある人も健常者も、何も差を作らず平等に扱うことである。当然ハンディキャップには配慮する必要があるが、障害のある人を格別に優遇することではない。ところが、イベントとかをやると、手帳をふりかざし、障害者なのに、なんで優遇しないのか、と声高に主張する人がやってくる。これでは、マイノリティーの利権化だ。

55年体制下の左翼は、「体制」側を恫喝して「バラ撒きにあずかる」コトをその活動の目的としてきた。「金よこせ」の組合活動がその典型だろう。特に相手が役所になると、役人の事なかれ主義、前例主義もあり、マイノリティーの存在自体をアンタッチャブルにして、バラ撒きでお茶を濁してきた。右肩上がりの高度成長の時代は、自転車操業でそれをやっても充分ゴマかせた。しかし、安定成長が20年続くとそうは行かない。後ろ倒しのツケが、とうとうまわってきたのだ。

現状において「二重苦」に苦しむ人達は、自らの置かれている構造を客観的に捉える必要がある。問題ごとに、闘うべき相手も、勝ち取るべき成果も違うのだ。当然、連帯すべき相手も異なる。これを混同している限り、何の解決も生まれない。そしてこの二つを別々に捉えるということは、とりもなおさず自分たち自身が自らの主張を押し付けるだけでなく、世の中の多様性を認め、多様な主張に耳を傾けることが前提となる。真の解決は、そこからしか生まれないのだ。


(15/10/16)

(c)2015 FUJII Yoshihiko


「Essay & Diary」にもどる


「Contents Index」にもどる


はじめにもどる