PC疲れ




アメリカ大統領選挙の予備選で、共和党の候補者としてトランプ氏の快進撃が続いている。これについていろいろ論評している人は多い。識者の中には、トランプ氏を止めなくてはいけないという人もいる。それは当の共和党の内部でも、旧来のエスタブリッシュメントの中にかなり顕著にみられる傾向である。しかし、こういう意見はあまりにご都合主義といわざるを得ない。

ある制度やシステムがあり、それが自分の好む結果を出してくれる間は、礼賛し至上の仕組みと持ち上げるが、ひとたび気に食わない結果を出すと、否定したり無視したりしようとする。それは、その制度やシステムを良いものと認めているのではなく、自分にとって都合がいい結果が出るから尻馬に乗っているだけということを、自ら認めているようなものである。

トランプ氏の躍進は、ポピュリズムでも愚衆政治でもなんでもなく、民主主義が正当に機能し、ウマく民意を捉えた当然の帰結としてとらえるべきである。21世紀の先進国の大衆は、エスタブリッシュメントの政治家が上から目線で自分たちの都合に合わせて誘導しようとしても、容易には動かないぐらい、自分の価値観や行動規範を自信とともに持ってしまったのだ。

そういう意味では、トランプ氏の躍進を好ましく思わない人は、普通選挙に基づく民主主義を否定すべきなのである。筆者のように貴族政階級社会を至上の制度と考え議会制政治を全面的に否定しないまでも、少なくとも無責任な人達とノブリス・オブリジェを意識している人達とを区別することが可能になる、制限選挙による議会制度に基づく政治制度を指向すべきである。

それより、現状の議会制民主主義を肯定する政治家であるなら、なぜこのようなブームが起こったかをきちんと理解すべきであろう。選挙も上から目線が通用せず、有権者が自分の気分を主張するようになった以上、顧客の気持ちを原点に商品企画(政策決定)を行う「マーケット・イン」の発想が必要になっている。上から目線はプロダクト・アウトであり、顧客=有権者が離れてゆく結果しか生まない。

よく、アメリカにおける白人労働者層の階層化・貧困化をその原因に求める論調は多い。確かに、この10年ほどの環境が、引き金になっていることは確かである。しかしそれは火が着くきっかけになったということであり、そもそもの原因といえる爆発のエネルギー源ではない。それは、アメリカにおける「タテマエ」ともいえる「Politically Correct」の制度疲労に求めるべきである。つまり「PC疲れ」である。

80年代以降冷戦が崩壊し、アメリカが世界唯一の超大国となって以降、差別問題や人権問題は表面的には解消し、その面でも世界の先進国としての体面をキープするようになった。もちろん「金持ち喧嘩せず」で、エスタブリッシュの間ではこの問題はひとまず完全に解消したことは間違いない。しかし大衆レベルでは、この問題は「解決」したわけではない。「Politically Correct」を盾に、公共の場からは見えなくなっただけである。

個人的にはどんな差別感情や、妬み、恨みを持っていようと、表に出さず、仲良く平等にしようというのが、大衆レベルでの「Politically Correct」への対応である。日本における「タテマエとホンネ」のごとく、その感情はかえって人々の心の奥深くで、ひっそりと青白い炎を上げて燃え盛る類のものとなっていた。封印されてはいるものの、確実に燃え続けていたのである。

それでも経済が好調で、その分け前が末端まで感じられる間は、それが表に出てくることはない。基本的に大衆というのは、刹那的なものである。現状が楽しく幸せならば、余計なことなど考えない。すなわちあまり本気でそんなことは思わない「Politically Correct」を、曲がりなりにも機能させていたのは、景気の良さがそういうドロドロした感情を忘れさせ封印してきたからに他ならない。

人類の歴史を振り返ってみれば、心に余裕のある生活ができない限り、こういう「負の感情」を消し去れうのは不可能であることはすぐにわかる。そして、その社会に生きる人全員が、心に余裕のある生活ができるというのは、ユートピアの夢物語である。そういう社会は理想ではあるものの、極楽浄土のように現実社会では永遠に実現できない。最大の矛盾点はここなのだ。

ならば、答は二つしかない。民主主義を重視し、息苦しい「タテマエ」のない「ホンネ」をベースとした社会を構築するか。それとも民主主義を否定し、エスタブリッシュメントの強権発動を以て、人類の将来の発展を考えたサステイナブルな社会を実現するか。「Politically Correct」のまやかしが通じなくなった以上、これ二つのどちらを選択すrか、決定すべき時が来ているのだ。


(16/03/11)

(c)2016 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


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