「若者のなんとか離れ」のウソ




この10数年ほど、「若者のなんとか離れ」という物言いが定番の流行語になっている。若者のクルマ離れ、若者の酒離れ、若者の音楽離れ云々。確かに昭和の時代から漫画ブームを称して「若者の活字離れ」などといわれていた。そういう意味では、古代エジプトから語られていたといわれる「最近の若い者は」と同じで、ベースには「年寄りが若い人たちが理解できなくなった」というディスコミュニケーションがあるのだろう。

そういうディスコミュニケーションは、まさに人類の歴史と共にある。世代が変われば、刷り込まれた常識も、背負っている価値観も違う。前の世代にとって目新しかったものは、後の世代にとってはあって当たり前。それを前提として動くからこそ、時代は前に進むし、人類は進歩するのだ。ある意味、若者批判がなくなったら、それは人類が進歩をやめてしまうことなのだ。老人から批判されてこそ、若者のアイデンティティーがあるといえる。

しかし、最近語られている「○○離れ」には一つの特徴がある。それは、多くの場合マーケティングに関連して使われていることである。ある商品やサービスについて、若者層の売上やユーザー数が減っていることについて、「○○離れ」といわれているのだ。これは、ディスコミュニケーションの精神論とは異なる。売上やユーザー数は定量データである。ましてやビッグデータの時代。定量データは容易に把握し分析することができる。

だが、世の中で語られている「○○離れ」はそのほとんどが観念論・精神論であり、客観的なデータをもとに統計的分析を行って導かれた結果ではない。これではいけない。言葉が一人歩きにしてしまう。「若者のなんとか離れ」の正体は何なのか、気楽にこの言葉を使う前に、キチンと分析してみる必要がある。これだけ語られているのだから、若者層のマーケットが縮小しているのは間違いないが、その実態を正しく捉えなくてはならない。

筆者は10年ほど前、「若者のクルマ離れ」が語られ始めた頃、「クルマ離れ」の実態がどういうものであるのか生活者インサイトの分析を行ったことがある。「クルマ離れ」は「若者のなんとか離れ」が語られ始めた嚆矢である。その当時から、世間での「クルマ離れ」の語り方の中に「最近の若い者は」的な「道徳論」を感じ、強い違和感を覚えていた。だからこそ、せっかくの機会を生かし「なんとか離れ」の実態を統計的に解き明かしてみた。

確かに若者層、たとえば20代男女におけるあるジャンルの商品の売上高や販売数量を時系列で比較すれば、減少していることは事実である。しかし、それだけをもって「若者のなんとか離れ」と判断することはできない。それは、日本社会においては「少子高齢化」の進行が歴然と起こっているからだ。若者の数が減っている以上、若者市場はシュリンクする。別に「離れ」ていなくてもシュリンクする。さらに高齢者数が増えている以上、マーケットにおける若者のシェア自体が小さくなっている。

ここで大事なのは、若者市場の縮小がほぼ若者数の現象によってもたらされてものなのか、それ以上に若者がその商品やサービスを利用しなくなっている影響が出ているのかを判別することである。これが統計的センスであっる。しかしこれを判断するには、高度な統計学の知識はいらない。高校の数学程度の素養で充分である。すなわち若者市場全体が大きいか小さいかを見るのではなく、たとえば「若者1000人当たりの販売額」といったように、母数を一定にして比較すればいい。

こういう数値で比較すれば、ほとんど変化がないことがすぐわかる。ビッグデータを活用し統計的処理をすれば、若者層における市場規模の減少は、その8割以上が「人口減」で説明されてしまうことを立証できる。10年前の調査ではそうだった。しかし、そこまでやることはない。ちょっと割り算をした上で比較すれば、一目瞭然である。しかし、これができないのが日本のジャーナリストや文系の学者なのだ。それが、まことしやかに語られてしまうというのだから、本当に困りものだ。

これより先、面白いインサイトはたくさんあるのだが、それは「業務で知り得た秘密」になるので、ここでは公開できない。しかし「なんとか離れのウソ」は、どんな公開データを使っても、一回割り算を行う手間を惜しまなければ誰でも立証できる「周知の事実」である。人口の多い自治体は、総犯罪発生件数も多くなる。しかし治安の目安となるのは、「人口1000人当たりの犯罪発生件数」である。これがわからないようでは、どんなにデータがあっても宝の持ち腐れ。ビッグデータが云々という前に、こういう基本的な数字の読み方のセンスを磨かなくては、何も始まらないのだ。


(16/04/15)

(c)2016 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


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