「ブラック」の秘密




昨今は、「ブラック企業」なる称号が大流行である。確かに不当労働行為に近いことをやっている企業は今でも絶えないし、それは重大な問題である。しかし、若者が「ブラック企業」と呼んでいる企業には、かつての言い方なら「3K」だったり、仕事の内容が肉体労働系でハードだったり、自分の思っていたイメージと中の様子が違っていたりといった「失望感」を「ブラック」という言葉に託しているのではないかというモノも多い。

要は、自分にとってその仕事が楽しいのかどうか、やりたいのかどうかというのが、ブラックと呼ばれるかどうかのカギとなっているようだ。そういう意味では、低賃金・長時間労働の最たるものであるアニメーターや、映像コンテンツの制作現場などは、労働基準法どこ吹く風の職場であり、本来の意味での「ブラック企業」の最たるものに他ならないのだが、当事者からは一切そのような物言いがないのが象徴的である。

かつて高度成長の時代、日本はまだ貧しい社会だった。食うや食わずの人も多く、そういう人達は、食っていけるのならどんなに苦労しても歯を食いしばって頑張っていた。だからこの時代、日本人は低賃金・長時間労働も厭わず、「高品質を安く」をモットーに世界の工場としてメイド・イン・ジャパンのプレゼンスを世界に示した。日本企業の多くが、まだこの時代のメンタリティーを引きずったままである。

豊かで安定した今の若者の価値観からは、高度成長期の日本企業はすべて「ブラック認定」されてしまうだろう。古い体質が残っているといえば、そういうことになろう。しかし経済発展を遂げ、安定成長のサイクルに入った今でも、そういうワークスタイルが横行しているというのは、それなりに理由があるはずだ。問題は「ブラック」であることより、その構造的理由の方である。そこを改善しない限り、事態は好転しない。

なぜ今でも、長時間の3K労働になるのか。その秘密は「ブラック」と呼ばれるほどハードに働いても、そのアウトプットは至って低いところにある。長時間働いても、キツく働いても、大した付加価値は産み出していないのだ。すなわち、労働生産性が低いのである。低賃金の高度成長期なら、労働生産性が低くてもさほど問題にならないが、高賃金化した安定成長期になると、労働生産性が高くなくては帳尻が合わない。

これは、逆も真なりである。働く側も、労働生産性を上げるモチベーションが働かない。生産性が低いから、長時間労働になる。これではいつまで経っても、生産性は低いままである。いや意欲がないから、さらに下がるのだ。必要なアウトプットが得られないから、さらに長時間になる。そうすると生産性はもっと下落する。いたちごっこである。かくして、時間当たりにしたら最悪になる。この悪循環である。

ブラックがブラックたる理由は、ここにある。労働生産性が低すぎるのだ。グローバルに活躍する日本の大メーカーを、海外のグローバル企業と比較すると面白いことがわかる。工場の生産性は、世界の企業が日本の生産方式を取り入れようと躍起になっていることからもわかるように、今でも優位性がある。しかし、企業全体としての利益率は非常に低い。ホワイトカラー部門の生産性が、極端に低いからである。

この理由は、新卒者の就職意識を見るとよくわかる。仕事をしたいから就職する人より、組織に入って安定を求める人の方がまだまだ多いのである。だからこそ、失われた10年、20年となればなるほど、公務員の安定性が評価され、人気が上昇してきた。「甘え・無責任」な人達は、仕事をするのではなく、組織にぶるさがるのである。しかし、もはやそういう時代ではない。日本の企業が置かれている経済環境では、そういう「贅肉」を抱えられない。

シャープ然り、東芝然り、三菱自動車然り、かつての高度成長期の有力メーカーが経営破綻したり、不祥事を起こしたりしている。これも、「ぶる下がる」人を多く抱えた大企業が、その負担に耐え切れず、ガバナンスが崩壊しているから起こる現象である。もはや高度成長期の組織観や労働観は通用しないのだ。これが残っている限り、労働生産性は改善しないし、日本経済の抜本的な改革も不可能である。

幸い、この十年ほどを見る限りにおいては、気の利いたやる気のある若者は、大企業に入って組織人となることを良しとせず、自ら企業を目指す傾向が強い。これは、いい傾向である。「この指とまれ方式」で、やる気がある人は、どんどん勝手にやってしまえばいいのだ。組織にすがりたい人は、置いてきぼりにすればいい。そのほうが、日本の未来にとってはよほど良い。まあ、甘えの最後の砦として公務員が本当に腐ってくるだろうから、抜本的な行政改革が必要にはなると思うが。


(16/04/29)

(c)2016 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


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