情報社会に「官」はいらない




現代日本の官僚制は「40年体制」と呼ばれるように、太平洋戦争に向かう戦時体制の時期にその基本的構造が確立した。当時の官僚はすでに、「革新官僚」と呼ばれた平民出身の偏差値エリートが主流となり官界を牛耳っていた。このため彼らの主張や思想は、労働者や農民など無産者に対し、強いシンパシーを持っていたところに特徴がある。このような事情から、戦時体制下の政策の多くは社会主義的ともいえる傾向が強く見られた。

無産者の味方という思想は、財産を持たない家に育った秀才にとってこれまた重要なエリートコースであった軍の将校の間でも強く見られた。この「失うもののないエリート」達の発想が、日本を無意味な戦争に走らせてしまったことは、すでにここで何度も論じた通りである。ファシズムは、現状の打破を求める無産大衆の熱狂的な支持があってはじめて成立する。無産者が権力を握ってしまった状況が、ファシズムなのである。

そういう意味では、ナチスの党名に「国家社会主義」が含まれているように、ファシズムと社会主義は親和性が強い。いわば、反共産主義の社会主義である。日本の官僚制は、そのベースにこういう社会主義性を取り込んだまま、高度成長期の中で生き残ってきたのだ。20世紀後半の霞が関の政策が、しばしば「官による指導」を重視して自由競争を否定する方向に走りがちだったのは、こういうルーツを持っているからである。

余談になるが、最近また再評価されている田中角栄氏の政策は、よく分析すると社会主義的な要素が極めて多いことがわかる。列島改造など、自由競争、市場原理へのアンチテーゼに他ならない。だからこそ、もともと社会主義的な色合いが強かった官僚達と親和性が高く、政官一体の「田中派政治」の実現につながったということができる。それが、最近の階層化論ブームの中で着目されているということなのだろう。

ここで注目されるのが「公共事業」である。「公共事業」の大義名分の一つは、所得の再配分である。公共事業に限らず、バラ撒き行政の多くは所得の再配分を大義名分として正当化が図られている。しかし、行政のような公的セクタが所得の再配分をしようというのは、まさに社会主義的発想である。こういうシステムは、社会主義的だから良くない。公的機関が所得の再配分をするのは、間違っている。

自由主義経済を採用するのであれば、所得の再配分まで含めて、市場原理の見えざる手に任せるべきである。経済主体が独善的・部分最適的な行動をとるのは、市場原理が充分に機能していないから起こることである。市場原理が貫徹したマーケットが成り立つためには、あらゆる情報がディスクローズされ共有されていることが前提となる。しかし、情報化が遅れていた産業社会の時代においては、そのような環境を実現することが難しかった。

しかし、今や情報化が進み、ネットワークとビッグデータの時代になった。このような環境を前提とすれば、市場原理を貫徹することが可能になる。情報社会と市場原理は親和性が高いのだ。官庁に代表される公的セクタが担ってきた機能の多くは、情報システムで対応できてしまう。それ以外の機能も、市場原理が貫徹していれば、民間に任せ市場原理に従って運営するのが、全体最適の実現につながる。

この点にまだ疑問を持っている人のために、もう少し説明を加えよう。情報社会において市場原理を押し進めていくと、情報のディスクロージャーや共有も同時に進んでゆく。その企業や個人が、どれだけ社会貢献しているかは、誰にも明白になる。このような環境においては、寄付、慈善といった社会貢献を行わない経済主体は、社会市民としての認定されず、市場からレッドカードを渡され、淘汰されることになる。

具体的には、社会貢献しない経済主体では、モノやサービスが売れなくなるのだ。すでに先進国ではCSRが重視され、企業ブランド価値の重要な構成要素となっている。ブランド価値の高いグローバル企業は、いずれも独自の社会貢献を行っており、それが世界的に評価されている。これは市場原理を前提としているからこそ、実現していることである。競争がなければ、高度成長期の日本企業のように、利益を身内のステークホールダーだけで分配して終わりにしてしまうからだ。

そう考えると、経済活動の中に官のような市場外のプレイヤーが紛れ込んでいるから、市場原理がうまく働いていないことがわかってくる。そもそも貧しい発展途上国の時には、「傾斜配分方式」のような政策も必要になるが、日本ではもはや官の役割は終わっている。行政改革や財政改革というレベルでは不充分。情報社会には小さい政府が似合う。情報社会には官はいらない。社会構造が変わったのだから、人々の意識も変わるべきなのだ。


(16/05/13)

(c)2016 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


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