頼るな!





無責任な日本人を象徴するエピソードは多いが、責任については「お上」に押し付けたいがために「お上」を頼るというのは、その典型的なものであろう。そもそも階級社会であった江戸時代においては、支配階級である武士は責任を取らなくてはならなかったが、その分被支配階級である庶民は武士に責任を押し付け、無責任を享受していた。まさに「旅の恥はかき捨て」「鬼のいぬ間の洗濯」である。

とにかくお上のお墨付きを欲しがるのは、その伝統が明治以降の庶民の間でも残っていたということだろう。お墨付きとは、相手が責任を取ってくれることを意味する。権力に対しては、「責任を取ってくれるのであれば、君臨していてもいいよ」というのが庶民の正直な感覚であろう。そのマインドはそのままに、責任を押し付ける相手が、支配階級としての武士から政府や役所に変わっただけのことである。

このような感覚は、今に至るまで全く変わっていない。「お上」の権威を信じているわけではない。イザという時に責任を押し付けられるからこそ、「お上」のプレゼンスを認めるし、お墨付きを欲しがるのである。政府による許認可も、それにより責任を押し付けられ責任を取ってもらえるという範囲においては、必要なものとして認めようということになる。その中身の良し悪しではなく、形式が自分達にとって都合がいいからそれを欲するのだ。

周知のように、これらの官庁による許認可は官僚の自己権益の源泉となっている。にもかかわらず、官僚達が自分達の権益を確保し拡大できるのは、それを求めている人達がいるからだ。官庁自体も組織として責任の在りかが曖昧になるようになっているので、許認可の結果に問題が起きたとしても、官僚自身はなんら責任を取る必要がない。そういう意味では、「お上」を求める人達と許認可を行う官僚とは、同じ穴の貉なのだ。

そもそも民間で行われる一般の商取引など、全て自己責任で行えば良いのだ。売る方も、買う方も自己責任。別に腐ったものを売ってもいい。買うほうがしっかり選んで、腐ったものを買わなけりゃ良いだけ。値段も自由。高ければ誰も買わないだけ。どこに政府のお墨付きで、責任を取ってもらう必要があるのだ。自分がしっかりしていれば、簡単に自分で責任を取れるのである。それで誰も困らないし、誰も迷惑しない。

昔、昭和30年代ぐらいまでは、冷凍冷蔵技術も進んでいなかったので、魚屋とかではけっこう店頭で商品の鮮度が落ちていた。早朝に市場から仕入れた時にはそれなりの鮮度でも、午後になり夕方になると、段々と鮮度が落ちてくる。それに合わせて、値段を下げる。お金持ちは、冷蔵庫を持っているので、朝のうちに鮮度のいい魚を高値で買って、自分の冷蔵庫に入れておく。自己責任で高いお金を出せるなら、鮮度の良い状態で食べることができる。

その一方で貧しい人は、夕方安くなった魚を自己責任で傷んでないか確かめて買う。多少傷んでいても、充分火を通せば食べられる。どこまでなら大丈夫かという度合いと、その見分け方をみんな生活の知恵として知っていた。そういう意味では、函館ではイカは朝食べるものだったという。晩飯にイカを食うのは貧乏人といわれた。しかし、それでも喰えるイカを選び分けるノウハウは持っていた。

もっというと、そもそも運送手段自体のポテンシャルが低く、産地から都会に運ぶのにかなりの時間がかかっている。サンマなど、北海道から無蓋車に氷と共にバラ積みされ、築地まで2日位かけて送られてくる。今でこそ、東京で青魚の刺身を普通に食べられるようになったが、1970年代ぐらいまでは、産地の漁港でなくては食べられなかった。生の塩焼きも難しく、アジやサバは干物で食べるのがほとんどだったのだ。

つまり、かつては背に腹は変えられず、マーケットは自己責任でやっていたのだ。だからこそ全部自己責任にすることは可能だ。実はそれが市場原理。市場原理とは、買い手主導の市場ということだ。買うほうに見る目があれば、全部無鑑査でも必ずうまくいく。それが一番市場原理に似合っている。自分に「審美眼」がないのを棚に上げて、政府とか公共機関にその責任を取ってもらおうという方がおかしい。

そもそもそんな「お上」などいらない。自分が責任を取りたくないために、そういう必要ないものに存在意義を与えてしまっているのだ。大きい政府を支え、それを正当化していうのは、人々の「無責任を求める心」である。悪循環はここから始まっている。ゴーストバスターズの「マシュマロマン」ではないが、大きい政府とは、無責任な人々の夢想が現実化してしまったものなのだ。官僚の跋扈は結果である。原因は、無責任な人々の心の中にあるのだ。

(16/11/11)

(c)2016 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


「Essay & Diary」にもどる


「Contents Index」にもどる


はじめにもどる