21世紀の幸せ





このところ世界で起こっているいろいろな事象を見ると、その底辺に流れているのものこそ「20世紀的なものから、21世紀的なものへのパラダイムシフト」がついに待ったなしに現実のものとなっていることをまざまざと感じる。対症療法では対応できない、大きなうねりの変化が起こっており、現実に起こっているいろいろな出来事は、その大きな物語の変化によりもたらされたいわば枝葉の問題に過ぎない。

これは人間のあり方、人間としての生き方の変化である。ある意味、産業革命以降の近代産業社会が規定してきた人間のあり方は、200年以上にわたって続いてきた。その末期に生まれ育った我々にとっては、その価値観はあたかも人類が生まれて以来、万世変わらずに続いてきた唯一絶対なものであるかのように思ってしまう。しかし歴史を紐解けばそうでないことはすぐにわかる。そういう価値観が広まったのは、人類100万年の中で、たかだか200年である。

近代産業社会においては、蒸気機関、内燃機関、電力、原子力など、それまでの自然界の中で利用してきたものと比べて、飛躍的に強力なエネルギーをコントロールし、生産や移動・流通を爆発的に増大させることができるようになった。しかし、19世紀・20世紀においては情報処理技術はまだ未熟であり、ぐるぐる手まわしのタイガー計算機のような情報処理を補助する道具は生まれても、情報の記録や処理そのものは人間が行う必要があった。

このため、工場での機械の制御でも、オフィスでの伝票の処理でも、生産力の増大に対応するだけの情報を処理できるだけの頭数をそろえて、人間系で処理する必要が生まれた。これが、産業社会においては大企業が生まれ成長した理由である。このスキームの中で人間に求められたのは、ある既定の法則、すなわちマニュアルに従って定型処理をキッチリとこなすことである。そして、そういう人材を供給するために近代的な学校教育が生まれた。

なんのことはない、これはコンピュータにおけるソフトウェアとハードウェアの関係と同じである。ラインで動く組織では、与えられるミッションや命令、作業マニュアルがソフトウェア、人間の集団がハードウェアなのである。まさにコンピュータが発明され、ネットワーク化した情報処理が可能になると、人間系で処理していた業務は次々とコンピュータに置き換えられ「機械化」されていった。これはまだ我々の記憶にも鮮烈に残っている。

1970年代の銀行においては、キャッシュディスペンサーはすでにあったが、自行の口座からの預金引出しにのみ対応していた。他の業務は、全て窓口で人間が処理していた。そのため口座のある支店でしか対応できない業務というのもかなり多かった。ちなみに振込手数料に「電信」と「文書」があるのは、窓口の人間が他行への振込の連絡を電報で行うか、郵便で行うかというところが元になっている。それが、明治大正の話ではなく、たかだか40年前の話である。

そして、コンピュータとネットワークは高度化し、情報化社会が現実のものとなった。昨今「AIの時代」といわれるが、これは産業社会において人間系で対応しなくてはならなかった情報処理が、全て機械で処理できるようになったことを意味する。80年代の「ニューメディア・ブーム」の頃から情報化社会の夢物語は語られていたが、21世紀になってやっとそれが現実化するときが来たのである。

ただ、それが産業社会的な人間のあり方自体も否定してしまうものであることとは、多くの人が思いもよらなかったというだけでなのだ。産業社会の時代においては、「秀才」的な人間類型が一つの理想とされた。だがそれは、情報処理を人間系で行わなくてはならないという、生産力と情報処理力のアンバランスがもたらしたギャップを埋めるために求められた人間像である。今や、その存在意義のベースとなっている産業社会のスキーム自体が崩れようとしているのだ。

言われたことをきちんとこなす、頑張って過去の他人の知恵である知識を沢山貯めて、それをもとに物事を判断する。これはまさに、産業社会の理想であった秀才のコンピタンスである。だが今や、それは機械でもできる。機械の方が余程安く・早く・ウマくできる。「安い・早い・ウマい」、吉野家キャッチコピーを使っていた時代から、すでにコンピュータに関わっていた人間の間では、コンピュータのこの長所は「吉野家効果」と呼ばれていたのを思い出す。

こういう定型的な情報処理は、もう人間がやることではない。それしかできないのなら、あっさり「機械以下」の人間であると、自分の立ち位置を理解しなくてはならない。あまりに例外処理が多いとか、あまりに取扱量が少ないとか、機械で処理してはコスト割れする作業は、まだまだある。100年後はわからないが、今の労働人口が生きている間は何らかは残るだろう。機械から指示されて、機械の下僕になっても、人間の居場所はある。おそれしかできないのなら、それに甘んじるべきだ。

その一方で、機械を使いこなして機械ではできないことをクリエイトすることは、今まで以上に求められるようになる。ある意味人々がみな、事業主になり企業家になる時代なのである。機械を使いこなす人と、機械に使われる人。これは、パソコンが登場した1970年代から見えていた、未来の姿である。このWebの深いところにもいくつか当時のドキュメントが残っているが、少なくとも筆者は、社会人となって発言チャンスが与えられた80年代初頭から、ずっとそれを主張している。

それがいやだからといって、情報ラッダイト運動をやっても、その結末は歴史の示すところである。いやならならばどうすればいいか。それには、まず自立を図る必要がある。産業社会においては、組織にぶるさがっていきることができた。組織の側もそれを認めて許してきた。だから19世紀・20世紀においては、自立しないまま一緒を終わる人も多くいた。しかし自立できず自分を持っていない人間が、外側にいかに頼れるものを求めようと思っても、今やそれができる時代ではない。

自分が自分である理由を、自分の外側に求めることが甘いのだ。逆に言えば、これさえできれば自立できるし、これからの時代に機械を使う側の人間になれる可能性が生まれる。すなわち、自立とは経済的・物理的に他人の世話にならないことではない。自分のアイデンティティーを自分の中に持つことだ。自立の基本は精神的なところにある。自分は自分であると開き直れること、この気持ちを持つことが第一歩なのである。21世紀の幸せはそこにある。これは明日からでも、誰でもできることなのだ。


(16/12/02)

(c)2016 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


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