日本人の二つの顔





ステレオタイプでモノを見るのは好きではないのだが、世の中一般では、日本人は「生真面目で勤勉」であるといわれることが多い。批判でも賞賛でも、海外から指摘される特徴となっている。確かに今でもマクロ指標で国際比較すれば、有給休暇の取得率が極めて低い反面、残業時間や年間労働時間は極めて長く、高度成長期のような「モーレツ」ぶりこそ影を潜めたものの、まだまだその傾向は顕著に見られるということだろう。

それだけでなく、うつ病などのメンタルヘルス問題の発生率や、自殺率の高さなども世界の中では目立っている。これも、受け流したり躱したりするのが下手で、何でもガチンコで正面から受け止めてしまう人が多いからこそ起きる問題である。そういう意味では「生真面目で勤勉」だからこそ起こる現象といえるだろう。そういう意味では、果たしてフィリピンにうつ病の患者はいるのだろうか。知りたいところである。

その一方で、一転タガが外れるとやりたい放題のご乱行をはじめるのもまた日本人の特徴である。まさに「旅の恥はかき捨て」「鬼のいぬ間の洗濯」とばかりに、人が見ていないと思うと、遠慮のカケラさえなくなってしまう。それだけでない。周りに人がいても、みんなが見ていても、文化や習慣の違う外国だと、チェックされていると思わないのか、ほとんど「人の目がない」状態となってしまう。

昨今、中国人観光客のマナーの悪さが世界各国で問題になっている。確かに、グローバル化した21世紀の常識からすると問題が多い。しかしそこでやっていることは、かつて1970年代に日本が豊かになり海外旅行が自由化された頃、日本人旅行者がやっていたこととさほど変わらない。「農協ツアー」「ジャルパック」などと呼ばれる団体旅行がブームになり、世界各国で痴態を演じまくったことも、ある世代以上の人なら記憶の中に残っているだろう。

その後80年代になって個人旅行が盛んになっても、ヨーロッパのブランド店でYENパワーを武器にブランド物を買い漁る様子など、まさに「元祖爆買い」である。たかが3〜40年前、当時の平均年収も現在の中国と変わらない以上、人のことを非難できる筋合いではないだろう。また企業の海外進出が盛んになると、海外駐在員たちはエコノミックアニマルとして顰蹙を買ったが、同時に「買春アニマル」としても悪名を馳せた。

勤勉な日本人、羽目を外す日本人。一見矛盾するようだが、これはどちらも日本人の日本人らしい顔である。この両面を持つことこそ、日本人らしさといえるだろう。実はこの現象、全く同じメンタリティーが、環境によって正反対の行動としてあらわれてきているのだ。その秘密を解くカギは、日本人特有の宗教観にある。すなわち、世の中の万物、全てのものに神が宿るという「八百万の神」である。

「八百万の神」を信じることは、自然界のあらゆるものを大切にし、敬意を払い、共存共栄を図るという意味では、エコロジカルでサステナブルな思想である。しかし見方を変えると、視野に入るすべてのものが神となると、神に対して死角がないということになる。すなわち、常に360度・24時間、周りから八百万の神にチェックされている。それは、一神教的な神と自分との一対一の契約という考えとは全く異なっている。

すなわち、これだけ神の目が光っているのなら「キチンとやらないと、すぐに見つかってバチがあたりそう」ということになる。これが、日本人の倫理観の基本である。「生真面目で勤勉」なのは、あらゆるものに宿っている神が、常に厳しく目を光らせているからなのだ。決して自分で自分を律するのではない。他人の目が厳しかったり、八百万の神に監視されていたりするから、マジメになるのである。日本人が働き過ぎに陥りやすい理由がここにある。

しかし、八百万の神がおわしているのは、瑞穂の国だけというのが日本人の宗教観にはあるようだ。だからこそ、八百万の神が宿らない地へ行けば、一気に解放されバクハツしてしまう。海外、特に一神教系の国に行くとご乱行に及ぶことになるのは、これが理由である。江戸時代には自分達の信じる神は、祖先や自分の生まれた土地に結びついていたので、よそのクニ、たとえば国内でもお伊勢参りとか行くと、やはり一気に解放されバクハツしていた。

同様に、自立・自己責任で行動できる人が少なく、甘え・無責任でしか行動できないというのも、周りに八百万の神がおわすので、自分がしっかりしなくても容易に頼れる環境の中にいることを考えればわかりやすい。がっちりと染みついたこの「八百万の神」頼りの意識や行動を、そう簡単に変えることは難しいだろう。しかし、色々な問題の源泉がそこにあるということがわかれば、対応は取りやすいし、そこから抜け出すことも容易だろう。「八百万の神」も罪作りなものである。


(17/01/20)

(c)2017 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


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