「世界」は作れる





最近のインターネットでは、必要以上に法律や規則が制定されたり施行されたりすることに関して神経を尖らせ過ぎる人が目に付く。極端な話、法律なんて表向きだけ守っていればいいんだし、アンダーグラウンドで勝手にやる分には官憲も手出しはできない。神経をとがらすのは、「自分がルールや法律を守る」ことを前提に行動していることの裏返しである。デフォルトで「法律を守る」国など、世界でも日本ぐらいのものである。

日本人には「お上」に忠誠心を持つ代わりに、バラ撒きの分け前に預かろうという精神が強い。面従腹背かもしれないが、少なくとも表向きは追従する姿勢を取る。しかし、世界的に見ればこういう人達は珍しい。そもそも庶民はお上の言うことを聞かないし、お上もそれを前提になんとか支配を拡げる方法を考える。日本のように、上から目線でモノを言えばひとまずは聞いてくれるというのは、あまりに能天気である。

たとえば中国では歴史的に「敵のスパイ」というものがいない。一部の高官を除くと、一般の兵隊にはそもそも忠誠心・帰属心がないので、良い条件さえ出せばほいほい寝返るからである。ウマいものをたらふく食わせるぞと言えば、弾を一発も撃たず、血の一滴さえ流さなくても、敵の兵隊が全員寝返って敵軍は兵力ゼロになってしまう。これこそ中原における中国の戦の極意であった。もっとも夷狄と戦う時だけは、しぶしぶドンパチやるのだが。

世界的に見ても米国やロシアなど大陸国家の大国では、「基本的に相手を信用しない」のを前提に人間関係や組織を構築するのに長けている。どうせ相手はどこかで自分を裏切るもの、手を抜いて命令した通りにはやらないもの、ということを前提にそれでも動くやり方をとれば、まかり間違って相手のロイヤリティーが上がった時には、極めて効率性が高まることになる。このあたりが、日本企業のホワイトカラーの生産性の悪さの理由の一つでもある。

こういう「ルール至上主義」の人からすると、オンライン化が進んでビッグデータが蓄積されると、全てが可視化されアンダーグラウンドでこそこそできるグレーゾーンがなくなってしまうと感じられるようだ。これは余りに短絡的でおめでたい考えだ。実態は真逆なのである。情報システムに詳しい人ならすぐわかるが、情報化が進むからこそ、かえってブラックボックスは増えるし、その分アンタッチャブルな世界がはびこりやすくなるのだ。

すなわち、情報化が進むと「オンラインで把握できることが全て」と社会全体が勘違いをし出すのだ。すでに実社会で起こっているように、ネット上の情報収集力が高くなるのに反比例するかのように、人間系での情報収集力はどんどん低下している。たとえば、警察の暴力団対策なども、人間系のアナログなネットワークで情報を集められなくなった分、暴対法など強面の強硬策で封じ込める戦略を取らざるを得なくなったのだ。

要はネットワーク化・情報化が進めば進むほど、オフラインにさえしてしまえば、オンラインに特化した情報力は手が及ばないのだ。80年代のハードSFとかの基本設定そのものだが、ある意味コトの本質をとらえている。個々人が生きてゆく上では、情報システムもネットワークも実は必要ない。あれば便利というだけである。その原点に戻れば、情報システムやネットワークの側からは絶対に見えない世界が容易に作れるのである。

こうやって見て行くと、なぜ「ルール至上主義」な人達が目立つようになった理由もよくわかる。実は、情報収集力のみならず、直接フェイス・トゥー・フェイスのコミュニケーション・ネットワークを作る力には、個人差が大きいのである。かつては、すべて人間系で情報処理を行っていたので嫌でも対応せざるを得ず、結果的に中間層の能力が底上げされ、全体としてのレベルが上がっていた。

しかし、その層が情報システムを利用する方に移行したので、日本人全体のコミュニケーション力が低下しているのだ。社会の情報化が進むと共に、「コミュニケーション障害」や「発達障害」が社会問題になってきたというのも、その原因の一つはここにあるのであろう。その結果、実際に自分で仲間を集めてコミュニティーを作る力も極端に低下してきている。仲間が集うにしても、SNSなどの仕組みに乗って付和雷同することしかできなくなってしまった。

もともと、日本人は既存のヒエラルヒーに乗るのは得意だが、新しい人間関係のスキームを作り出すのは苦手である。とはいうものの「生活の知恵」として、学校とか既成のコミュニティーとは違う「危険な同志」を集めてアンダーグラウンドのコミュニティーを作り、そこで楽しことをやっていた。治外法権化を守るために、秘密結社化するためのノウハウは持っていた。これを失ってしまった人達、身につけることができなかった人達が右往左往しているだけである。

自分達のやりたいことをやるのに、公的な規制など関係ない。ましてや公的なお墨付きや、公的な支援など全く必要ない。外から見えない秘密のコミュニティーを作って、そこでアンダーグラウンドで勝手にやればいいのである。そして人類はずっとこれをやってきた。そして、新しい時代のスキームやイノベーションは、そのアンダーグラウンドのインキュベーターから生まれてきた。そうアンダーグラウンドなブラックボックスを作り出す能力こそ、「世界」を構築する能力なのである。


(17/05/12)

(c)2017 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


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