Gallery of the Week-Feb.03●

(2003/02/28)



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Roman Singer Recent Works
資生堂ギャラリー 銀座

独特の世界を持つインスタレーションで、世界の主要な展覧会に名を連ねるスイス人アーティスト、ローマン・シグネール。これは彼の、日本・アジア地区における初の個展となっている。このところ、資生堂ギャラリーは、アートのボーダーラインギリギリのクセ玉で攻めてくる企画が続いている。これもまた、キワどいコース、もしかしたら、ストライクゾーンの外側かもしれない、アートとはなにかという問題提起となる要素を含んだ作品を提示する。
六点展示された作品の中でも、ヴィデオ等に記録されたパフォーマンスアートと、蔡さんではないが、火薬を利用したパフォーマンスで作られるオブジェ。このあたりは、まあ、誰が見てもアートの範囲であろう。問題なのは、模型のヘリコプターが出てくる2つの作品である。風を送り、模型のヘリコプターの回転翼を廻すインスタレーションと、模型のヘリコプターにテレビカメラを積み、月面地図をそのカメラで写すインスタレーションである。
自分が模型を作ったりするせいもあるのだろうが、「模型」をどうとらえるかについては、けっこうナーバスである。「月面中継」がもしアートだとするならば、松本謙一氏の鉄道模型レイアウト「D&GRN鉄道」で、超小型ヴィデオカメラ搭載車を走らせ、それを中継した映像はいったい何なのだろうか。それを企画したのが「とれいん」誌ではなく、名のある現代アーティストだったらどうなのだろうか。あるいは、「三日間レイアウト」の企画を、模型関係のコンベンションであるJAMの会場ではなく、アート系のギャラリーでやったらどうなるのか。
鉄道模型業界関係者以外にはわかりにくいネタを出してしまって申し訳ない。ここで基本的に言いたいのは、その違いなど、やってる本人にとっては全く異なるわけではなく、受け手の側がどういうレッテルを貼るか、というだけのことだ、ということである。それらしい理屈や説明をつけて、もっともらしくアートを語ることが一番むなしい。結局それが21世紀のオキテということなのだろう。



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セーヌ左岸の恋 エド・ヴァン・デル・エルスケン
東京都写真美術館 恵比寿

かつて写真は、その名の通りジャーナリズムであった。その画像は真実であり、真実を伝えることに写真の存在意義が見いだされていた時代が長くあった。しかし、フィルムに定着された画像は、実はそれが写し取った現実からは自由である。画像に結像するに至ったリアリティーと、写真を見るヒトが感じとるコンテクストとは、別に同じでなくていい。これが「常識」となったとき、カメラマンはフォトグラファーとなり、写真は現代美術の重要な手段となった。まさに、写真を「真」から自由にするムーブメントの代表がエルスケンであり、その象徴的な作品がセーヌ左岸の恋である。
一般に、ビッグネームの有名な作品というのは、その展覧会を見に行っても新しい発見があることは少ない。すでにあふれるような情報があり、自分にもあふれるほどの体験がある分、それを再確認したり、あるいはその作品から派生して拡がる個人的な思い出、たとえば、その作品を初めて見た時代に起こったことを、もう一度とらえなおしたりとか、そういった感想になることが多い。しかし、今回のエルスケンはちょっと違う。見ていていろいろと新発見がある。
それは結局、50年代のパリの勢い、ということになるのだろう。なみ外れたパワーを秘め、怒濤のような時代の波に洗われていた当時のパリのオルタナティブ・シーン。とにかく写真の粒子に入り切らないほどの「情報」が、画面からあふれ出てくる。その勢いがあったからこそ、リアルを越えたコンテクストも創り出せた、ということに気がついた。それとともに、団塊の世代とか、ぼくらより上の年齢の人達には、なぜかパリに惹かれコダわっているヒトが多いのも、そのせいなのだろう。写真には、撮った人間の意思を越えた「時代の霊」が写ってしまうのだなあ、とつくづく思った。



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みたけさやか カエル歯展
artist in 銀座

今回は、ちょっと趣を代えて、個人的な知り合いの個展を紹介したい。リクルート、メディアファクトリーで活躍の後、現在はフリーのデザイナーとして活躍する みたけさやか さんが、学生時代から描きつづけてきた自作のキャラクター「カエル歯」をメインに据えた展覧会である。歯のようなカタチをしたカエルなのか、カエルの様中たちをした歯なのか、とにかく抜けた奥歯からカエルの目が飛び出ているような可愛いキャラクターである。
「自分で作りたいモノを全部作ってしまった」と語るように、キャラクターグッズの如く、ポストカードやポスターはもちろん、フィギュアから、クッション、トートバッグまでマルチに展開。それを会場で即売している。コミケ等では、個人的に創ったキャラクターでファンシーグッズを作り、それを売っている例もあるが、あれをアート化してしまったものと言えばいいのだろうか。
さらには、このキャラクターを使って、「子供たちに愛される歯医者」のためのCI、VIの提案を、歯科医院向けのコンサルタントと組んで展開してゆきたいという。ある意味では、20世紀的なフレームであるアートとデザイン、商業と同人といった「ジャンル」が無意味化している時代ならではの作品と言える。要は、どう展開するかではなく、中身なのだ。



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大日蓮展
東京国立博物館 上野

千葉が生んだ、日本史上最大の偉人といえば、日蓮上人をおいて他にない。鎌倉仏教が追い求めた、市民社会に通じる仏教のあり方、日本の民衆社会に根ざした仏教のあり方に対し、決定的な答を出した業績は、今も輝いている。それはその教義をベースにした信仰が、現在もいろいろなカタチで「生きた宗教」として人々の心を支えていることからもわかる。
さて、今回の展覧会は日蓮宗の立教開宗750年という節目にあたり、数々の美術作品を中心に、その業績や存在を見てゆくモノである。日蓮宗といえば、日蓮自筆のお題目を曼荼羅とし、本尊にしている寺が多いことからもわかるように、偶像崇拝的な要素から遠く、現世に根ざした宗教活動というイメージがある。確かに、日蓮上人の独特の気合いあふれる筆跡は、仏像や仏画とは違った意味で、エネルギーを与えてくれる。
しかし、宗門に帰依した多くの芸術家や武将たちは、それなりにイメージの世界を築き上げた。信心深い人々の中には長谷川等伯、尾形光琳といった有名なヒトも多く、改めてその後の時代における影響力を感じさせる。鎌倉以降の南北朝、室町、戦国、江戸時代までの美術史として見ても充分見せるだけの作品が揃っている。その分、宗教そのものに即した展示の要素は薄めになっているが、それは現行憲法の規定があるから仕方ないことであろう。



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