バーストの秘密

基礎編 (その1)





・オールドレスポールの作られた年代
ギブソン・レスポールモデルには、いくつかのカスタムやジュニアなどのネーミングのついた色々なバリエーションタイプがあるが、ここでは最初に登場し、のちスタンダードと呼ばれるようになった、シングルカッタウェイで、マホガニーバックにメイプルトップをラミネイトしたアーチドトップボディーを持ったタイプについて見てゆく(以下、このタイプを「レスポールモデル」と略す)。なんといっても、もっともレスポールらしいレスポールが、このタイプだからだ。
レスポールモデルは1952年に市場にはじめて投入された。これは当時の人気ギタリストであり、楽器・音響関係の発明家であったレス・ポール氏のアイディアを元にしたソリッドボディーのエレクトリックギターである。これは、当時人気を集めつつあった新興のフェンダー社のソリッドギターに対抗するラインナップを欲していたギブソン社にライセンスされ、ギブソン社の持つフル・アコースティック・ギターに関する構造・製作面でのノウハウを入れて市販モデルとして完成した。
このように、レスポールは「ソリッドのフルアコ」として設計され、製作された。出てくるトーンのニュアンスも、フルアコのような幅広く奥深い、リッチな音色に特徴があった。ユーザーも、ジャズやブルースなど、これまでギブソン社のギターを愛用していた層がターゲットとなった。これはフェンダー社のギターが、スケールやボディーシェイプ、トーンニュアンス等の面でフラットトップギターを受け継ぎ、カントリー等のミュージシャンに人気があったのと好一対である。
そしてレスポールモデルは、1961年にダブルカッタウェイの後にSGと呼ばれるボディーシェイプにモデルチェンジされるまで、足掛け9年間に渡って生産された(モデルチェンジ以降も、レスポール氏との契約が続いていた63年までは、レスポールスタンダードと呼ばれていたが、ここでは対象としない)。この間に作られたレスポールモデルが、オールドとして珍重されているワケである。

・オールドレスポールのタイプ分類
アメリカにおいてはイヤーモデルという概念がある。日本でも、自動車については○○年式という概念があるが、アレと同じで、その業界で行われるトレード・コンベンション(自動車ショーなどの見本市)を境として「年度」を区切っている。流通経路が多様化した今日では、アメリカでも必ずしも年一回のモデルチェンジではなくなったが、レスポールモデルの登場した1950年代では、この原則はかなり明確だった。楽器の場合は、毎年7月に行われるNAMMショーでニューモデルが発表されるならわしだった。
厳密に言えば、たとえば1958年7月のショーで発表されるニューモデルは59年式になるのだろうが、楽器の場合は必ずしもそうではない。それはリアルタイムでは「何年式」という呼び方が定着しなかったこと、年代が重視されるようなオールドブームになってから、シリアルを頼りに「何年モノ」という呼び方ができてしまった(ギブソン社の場合、シリアルに直接製作年が入っている)ことに基づいている。従って、58年のショーで発表されたのが「58年タイプ」ということになる。
ちなみに、フェンダー社の場合は、シリアルから完全には製作年の判別が不可能なため、59年のショーから60年のショーの間に生産された仕様が「60年タイプ」と呼ばれることが多い。たとえばスラブ・ローズ指板で3プライピックガードのストラトは、59年のショーで発表され、59年に相当量出荷されているが、60年タイプと呼ばれているのがその典型だ。
これを基準に、50年代のレスポールモデルを分類すると次のようになる。

1. 52年タイプ(52年から53年半ばまで)
最も原型のレスポールタイプで、レスポール氏の指定した仕様に最も忠実なモデル。
ほぼ水平に近い(1度)浅いネックの仕込み角度と、独特のトラピーズテールピース&ブリッジが特徴的だ。これらはレスポール氏特有の「サスティンがあるクリアなトーン」を実現するための仕様といえる。ただ、その後のミュージックシーンの変化によるギター奏法の変化についていけず、現状では使いにくいタイプとなっている。
また、52年でも初期の物は、ご多分に漏れず試作品的な色合いが強く、ボディー厚やトップのカーブシェイプなど個体差がある。ピックアップはP90。コントロールノブはバレルノブ。フィニッシュはゴールドトップ。

2. 53年タイプ(53年半ばから55年半ばまで)
レスポール氏の意図には忠実だったが、ギブソン社のギターラインナップの流れからすると必ずしもしっくりこなかった部分を、より一般的な設計に改めたタイプ。具体的には、ネックの仕込み角度を他のモデルに近い3度に改めるとともに、ブリッジ/テールピースに新設計のスタッドタイプのバー・テールピースを採用し、サステインと歯切れの両立を図ったもの。
他の仕様は基本的には同じだが、これによりヴァーサタイルなギターとなった。52年タイプではそのままロック音楽に使うのはつらいものがあるが、53年タイプなら、いまもストックのまま使用可能というのがこれを物語っている。
53年タイプの中でも、53〜54の純53年タイプと、54〜55の54年タイプを比べると、前者のほうが重くネックも太い。これは、ボディー側のほうでサステインを補う意図があったのが、試行錯誤の結果、そこまでやらなくても問題ないという結論に至ったモノと思われる。

3. 55年タイプ(55年半ばから57年半ばまで)
バー・テールピースでは正確なオクターブチェックが不可能だが、50年代に入ってからの音楽の多様化、ギター奏法の広がりは、エレクトリックギターに対し、より広い音域でより正確な音程を求めるようになった。これに応えたモノが、奇しくも1954年に揃って登場した、ストラトキャスターで採用されたフェンダー社のシンクロナイズド・トレモロブリッジと、ギブソン社のチューン-O-マチック・ブリッジだ。
チューン-O-マチック・ブリッジは、フルアコでは旧来の木製のブリッジをそのまま置き換えるカタチで使われたが、ソリッドモデルでは、同年に登場したレスポール・カスタムモデルではじめて採用された。その際、旧来のパー・テールピースを、パーツはそのままに位置をずらしてテールピース専用とし、直接トップに打ち込んだスタッドにブリッジを乗せるという手法が開発された。
これは正確な音程がえられる上に、弦高やテンションなど、ユーザニーズにあわせて微修正が可能なため、好評を博した。このためレスポールモデルでも導入された。 コントロールノブもトップハットノブに変更された。

4. 57年タイプ(57から58年半ばまで)
このタイプの特徴は、ギブソン社が新開発したハムバッキング・ピックアップの採用にある。ハムバッキング・ピックアップについては、これをお読みの読者の方々なら言うまでもないだろうが、電気系統に関してのエレクトリックギター発明以来の革命的なアイディアといえる。それだけでなく、ピックアップハイトやポールピースなど各部の微調整が可能なことにより、ユーザの個性やギターの個体差にあわせた微妙なセッティングが可能になったことも見逃してはならない。
さて、ハムバッキング・ピックアップの導入に関しては、ニューモデルとしてNAMMショーで一気に投入というカタチではなく、57年のアタマから、試作も兼ねた形でなしくずし的に導入された。従って57年上期の出荷分には、P-90モデル、ハムバッキングモデル、両者が併存している。これは、ハムバッキング・ピックアップに特化したセッティングが煮詰まっていなかったことと、すでにハムバッキングへのユーザニーズが出はじめていたことの両者に由来すると考えられる。実際、初期モデルでは、55年タイプそのままのボディーに、ハムバッキング用のキャピティーを開けただけのような仕様だが、後半には後のバーストにつながるネック、ボディーの仕様が固まる。

5. バースト(58年半ばから60年まで)
これらの流れを見てゆくと、50年代のレスポールモデルの変化は、当時の音楽シーンの変化によるエレクトリックギターに対するニーズの変化と、ソリッドボディーギターという新しい技術が熟成されてゆく過程にもとずく変化という、二つの要素のからみあったモノとして考えることができる。
その意味では、レスポールモデルの一つの完成形として考えられるのが、バーストだ。構造的な面では、57年タイプをもとに細かい改良を加えたものといえるが、ギブソン伝統の木工技術、フィニッシュ技術を活かし、当時まだふんだんにあった高質な材を使用した
贅沢なルックスは、まさにギブソンの伝統に基づくものであり、ギブソン・ソリッドギターの頂点と呼ぶにふさわしい。
もっともこのモデルチェンジ自体は、頭打ちになったレスポールモデルの売上を活性化すべく、ギブソン社のブランドイメージや経営資源を最大限に活かして行われたものであった。しかし、それ自体ある種の「成熟」を示しているといえないことも無い。ちなみに、レスポール・スタンダードと呼ばれるようになったのは、この58年モデルからである。

・オールドレスポールの生産本数
ギブソン社の記録によれば、各年次の出荷本数は以下の通り。

年次 1952 1953 1954 1955 1956 1957 1958 1959 1960
本数 1716 2245 1504 862 920 598 434 643 635

このようにオールドレスポールは、50年代全体を通しても9500本程度、一万本に届かない量しか作られていない。フェンダーギターが年間1万本以上、ストラトキャスターだけでも年間5000本以上作られているのとは大きな違いである。これは年次別集計だが、各モデルごとの本数を推計すると、以下のようになる。

52年タイプ 53年タイプ 55年タイプ 57年タイプ バースト
3000 3000 1500 500 1500

バーストは高々1500本程度、57年タイプを入れても、ハムバッカー付きのレスポールモデルは、2000本強しかこの世にない。世界に何人ギタリストがいるのかわからないが、レスポールとは、このくらい貴重なギターなのだ。



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