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脊髄小脳変性症と遺伝子検査
(田村智英子、全国SCD・MSA友の会ニュースに連載)

目次

第1回 遺伝子検査について考える前に
第2回 遺伝子検査のABC
第3回 遺伝子検査を受けるときの心構え
第4回 発症前遺伝子検査と家族の中での話し合い



第1回 遺伝子検査について考える前に

序にかえて−遺伝について知るのが怖いと感じていらっしゃる方へ

 脊髄小脳変性症などの患者様やご家族の方々の中には、遺伝について詳しい情報がほしいと思っていらっしゃる方もおいでになる一方で、遺伝については考えたくない、「遺伝」という文字を見ると怖くなる、といった方々もいらっしゃると思います。もちろん、この章を読み飛ばしていただいてもかまいませんが、今回から4回にわたる私の文章は、皆様が遺伝の心配とどのように向き合えばよいかを中心に書かせていただきましたので、怖いと思っていらっしゃる方にこそお読みいただきたいと願っております。

 普段、遺伝カウンセリングの中でいろいろな方々とお話ししていると、心配しなくてもよいようなことまで心配していらっしゃる方もおられます。また、しばらくお話しすると、「自分のおかれた状況について情報が整理できたら、不安な気持ちがやわらいだ」、「心配がなくなったわけではないが、何がどうなっているか理解できたら、なんだか落ち着いた」とおっしゃる方が少なくありません。これから、できるだけ皆様に「わかってすっきりした」と思っていただけるような内容を書いてまいりますので、どうぞよろしくおつきあいください。

はじめに−自己紹介

 私は、遺伝カウンセラーという仕事をしております。遺伝カウンセリングは、日本においては医師によってなされていることが多く、私のような医師ではない立場の者はまだ少ないのですが、米国には私のような非医師の遺伝カウンセラーが約2000人います。私も、米国で遺伝カウンセラーになるトレーニングを受けて帰国しました。現在、日々様々な疾患領域にわたって、「この病気は遺伝するのか」、「遺伝子検査を受けたほうがよいか」といったご質問にお答えしたり、「医師に言われて遺伝子検査を受けたが、結果にショックを受けてしまった、家族にどう話したらよいのだろうか」といったご相談に対応したりしています。脊髄小脳変性症は、遺伝性の場合もあれば遺伝性でない場合もあるので、遺伝医療に関わる者としてはしっかり学んでおかねばならない疾患のひとつであり、また患者様の数も比較的多いので、私自身これまで少なからぬ数の方々にお目にかかってきました。

 そうした経験を踏まえて、今回から4回にわたり、脊髄小脳変性症と遺伝子検査の基本的な考え方について、さらに、遺伝子検査を受ける際の心構えや、検査を受けた場合の結果の受け止め方、家族の中で遺伝について話し合うコツなどについて、お伝えしたいと思います。このような記事を書かせていただく機会をお与えいただきました友の会の皆様に心より感謝申し上げます。至らない点も多々あるかと存じますので、ご意見、ご質問等は、田村智英子まで、遠慮なくお寄せいただければ幸いです。

脊髄小脳変性症は遺伝するか?

 既にご存じの方も多いと思いますが、脊髄小脳変性症は、必ずしも遺伝性ではありません。疾患の名称や分類の仕方によって若干前後しますが、脊髄小脳変性症の方々の約30〜40%は遺伝性とされています。残りの60〜70%のケースは遺伝性ではありません。遺伝性でない場合、「孤発性」という言い方をすることもあります。また、多系統萎縮症(線条体黒質変性症、オリーブ橋小脳萎縮症、シャイ・ドレーガー症候群)は、通常、遺伝性ではないとされています。

 遺伝性の脊髄小脳変性症には複数の種類がありますが、種類によって、遺伝するパターンが異なることがあります。日本人に比較的多いとされているSCA3(マシャド・ジョセフ病)、SCA6、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)などは、親から子どもへ2分の1(50%)の確率で遺伝しますが、患者の両親は無症状の保因者で生まれる子どもにおいて4分の1(25%)の確率で疾患が見られるというパターンで遺伝する種類の脊髄小脳変性症もあります。遺伝学用語では、前者は常染色体優性遺伝形式、後者は常染色体劣性遺伝形式と呼ばれますが、「優性」「劣性」という言葉の意味は、遺伝子や病気が「強い」「弱い」といったことではありませんのでご注意ください。この他に、非常にまれですが、X連鎖性遺伝形式と呼ばれる遺伝のパターンを示すものもあります。

 ご自分やご家族の疾患が遺伝性なのか、遺伝性だとしたらどのパターンの遺伝形式なのかは、「脊髄小脳変性症と言われた」というだけではわかりません。家系内に同じ疾患の患者様がいらっしゃれば遺伝性とわかりますが、親族の病気の詳しい状態がわからない場合など、同じと思い込んでいても実は異なる疾患であることもあります。また逆に、遺伝性であっても、親子の発症時期や症状の程度がまったく同じとは限りませんし、親の症状が軽かったり別の病気で早く亡くなったりして気づかずにいる場合もありますので、家族に同じような症状の方がいらっしゃらないからといって遺伝性でないと断言はできません。

 ご自分やご家族の脊髄小脳変性症が遺伝性かどうか知りたい方は、何型のタイプかを主治医に聞くなどして確認してみましょう。SCA3、SCA6といった型名がわかれば、遺伝のパターンについて医師や友の会から情報を得ることができます。一方、型番のない脊髄小脳変性症であれば、遺伝性ではない可能性が高いと思います。あるいは、何型か知るには遺伝子検査が必要になる場合もあります。遺伝子検査を受けるかどうか考える際のポイントは、今後の回でお話しします。

ご自分やご家族の脊髄小脳変性症が遺伝するタイプだったら、あるいは遺伝しないタイプだったら

 「遺伝」という言葉にはどうも嫌な響きがあるようです。以前、ある別の疾患の患者団体の方が、「私たちの病気は遺伝ではないのに差別されてきた」とおっしゃっていて、多くの人々が「それは良くないですね」と聞いていたのですが、私は「はて、それなら遺伝性疾患は差別されてもいいということかしらん」と疑問に感じました。

 疾患が遺伝するかしないかは、大きな問題ではありますが、一方で疾患のひとつの側面に過ぎないのも事実です。遺伝しないタイプであっても疾患をもつご本人にとっての病気の苦しさは変わりません。あるいは、遺伝するタイプだとしても、それは誰かのせいなのではなく、生物学的な仕組みであって、誰かに責任があるわけではありません。家族の中に同じ疾患の方がいらっしゃる事で、「気持ちが通じてよかった」「親の生き様を見て自分も心構えができた」とおっしゃる方もいらっしゃいます。

 ご自分やご家族の病気が遺伝性であるかどうか情報を得ることで、遺伝性でないと知れば子どもへの遺伝の心配から解放されるでしょうし、遺伝性とわかった場合には、ショックも受けられるでしょうが、長い目で見れば、ご自分やご家族の状況をきちんと把握しておくことが役立つ場面も多々あると思います。同時に、ご家族の疾患が遺伝性とわかった場合には、その方の子ども将来発症するのではないかという心配も出てきます。そうした心配にどう向き合ったらよいかについても、今後お話ししていきたいと思います。

 いずれにしても、私たちは、自分や家族や周囲の人々の様々な疾患が遺伝であってもなくても、お互いに支え合い見守りあっていくことで、病気になっても安心して過ごせる社会にしていきたいものです。

次回予告−遺伝子検査のABC

 遺伝子検査は、遺伝かどうか調べる目的で行うとは限りません。脊髄小脳変性症以外の疾患の可能性も否定できないときに、きちんと診断をつけるために遺伝子検査が行われる場合もあります。そうしたことを含め、次回は、遺伝子検査で何がわかるか、遺伝子検査をどう考えたらよいか、お話しししたいと思います。



第2回 遺伝子検査のABC

脊髄小脳変性症には遺伝性のものと非遺伝性のものがある

 前回、脊髄小脳変性症の30〜40%は遺伝性で、60〜70%は非遺伝性とお話ししました。非遺伝性の脊髄小脳変性症の原因は不明ですが、遺伝性の脊髄小脳変性症では、病気に関連した遺伝子に病的な変化が存在していてこの遺伝子の変化が症状の原因となっていると考えられています。変化した遺伝子は親から子へ一定の確率で伝えられ、それを受け継いだ子どもには疾患が遺伝します。ただし、家系内で病気が遺伝した場合、発症年齢や症状の進行の程度がまったく同じというわけではありません。また、遺伝性であっても親から子どもに必ず遺伝するとは限りません。遺伝性の脊髄小脳変性症には複数の種類があり、その種類によって遺伝のパターンが異なりますが、SCA3(マシャド・ジョセフ病)、SCA6、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)などは、親から子どもへ2分の1(50%)の確率で遺伝します。これは、子どもが4人いたら2人に遺伝するという意味ではなく、ひとりひとりの子どもにおいてそれぞれ2分の1の確率という意味です。したがって、親が患者で子どもが複数いるとすると、兄弟姉妹の一部に遺伝する場合もあれば、たまたま全員に遺伝する場合もありますし、ひとりも受け継がない場合もあります。

 ご自分やご家族の脊髄小脳変性症の遺伝性について知りたい場合は、主治医に相談したり遺伝カウンセリングの専門外来などを受診したりすることをお勧めします。

遺伝子検査で何がわかるのか

 脊髄小脳変性症の診療の一環として、遺伝子検査を考慮する場合があります。遺伝子検査には遺伝性の判定以外にもいろいろな目的があります。以下の@〜Bは代表的な例です。C、Dは特殊な検査で、これらの検査を考える際には遺伝カウンセリングの専門家と話し合うことが勧められます。

<遺伝子検査の様々な目的>
  1. 脊髄小脳変性症かどうか判断する
  2.  脊髄小脳変性症と似たような症状を示す疾患は少なくありません。症状から脊髄小脳変性症が疑われていても他の疾患の可能性も否定できないときに、遺伝子検査によってどの疾患か判定できる場合があります。

  3. 遺伝性か非遺伝性か判断する
  4.  患者の家族や親戚の中に症状のある人がいなくても、非遺伝性とは限りません。症状が軽くて気づかない場合や、別の病気と診断されている場合もありますし、脊髄小脳変性症と診断される前に他の理由で亡くなっている人もいるかもしれません。実際、家族歴のない脊髄小脳変性症の患者さんで遺伝子検査を行ってみると、実は遺伝性であると判明することが時々あります。

  5. 脊髄小脳変性症の型を判別する
  6.  遺伝性の脊髄小脳変性症には、SCA1、SCA2、SCA3(MJD)、SCA6、SCA7、SCA8、SCA10、SCA12、SCA14、SCA15、SCA17、DRPLA、16q-ADCA(SCA4)などたくさんの異なる型があります。遺伝子検査によって型が判明すると、型によって異なる症状の種類や進行の程度について、より詳細な判断や予測ができるようになることがあります。

  7. 患者の家族が将来発症する可能性があるか調べる
  8.  患者の脊髄小脳変性症が遺伝性のものとわかっており、その型も判明している場合に、その患者の血縁者に当たる方が、自分に脊髄小脳変性症が遺伝しているか将来発症する可能性があるか知る目的で受ける遺伝子検査は、発症前遺伝子検査と呼ばれます。これにより、現在症状がなくても、遺伝子の状態から遺伝の状況や将来の発症予測ができることがあります。

  9. これから生まれてくる子どもに疾患が遺伝しているか調べる
  10.  これは特殊な検査であり実施している事例は限られていますが、親が脊髄小脳変性症の患者である場合などにおいて、妊娠中の胎児の遺伝子を調べて脊髄小脳変性症が遺伝しているか確認する検査は、出生前診断と呼ばれます。また、日本では脊髄小脳変性症に関しては現在のところ行われていませんが、精子と卵子を体外で受精させ得られた受精卵を子宮に戻す前に遺伝子を調べて病気の原因となる遺伝子変化を持たないものを選んで戻す方法は、着床前診断と呼ばれます。

遺伝子検査が実施できない場合や検査の限界も存在する

 遺伝子検査は、実施できない場合があります。特に前述のCの発症前遺伝子検査やDの出生前診断、着床前診断は、実施の是非に関して賛否両論あり、検査を行っている病院も限られていますので、希望すればいつでも受けられるわけではありません。まだ発症していない家族が発症前遺伝子検査を受けるべきかどうか、あるいは出生前診断や着床前診断についてどのように考えるべきかについては、次回詳しく述べたいと思います。

 また、前述の@〜Bの目的で既に症状のある患者さんに対して行われる検査においても、限界があります。遺伝性の脊髄小脳変性症にはたくさんの型があるので、患者さんの症状によって候補として考えられる複数の型の原因遺伝子をまとめて検査してどれに当てはまるか調べることもありますし、脊髄小脳変性症以外の候補疾患の遺伝子検査を同時に行うこともあります。しかし、すべての病院で脊髄小脳変性症の遺伝子検査を実施しているわけではありませんし、実施している病院でも多くの場合、全部の型の遺伝子を調べることは行われていません。したがって、遺伝子検査を受けても、調べた範囲では検査にひっかからず答えが出なくて結局わからずじまいとなるいことも珍しくありません。脊髄小脳変性症が疑われる患者さんに対してどこまで突き詰めて遺伝子検査を行うかは、担当する医師によっても考え方に幅がありますし、当事者の方々にも「そこまで知りたくない」あるいは「できるだけ詳しく知っておきたい」など様々な気持ちがあると思われますので、ご本人やご家族のご希望を伝えながら主治医とよく話し合うことが大切です。

 なお、脊髄小脳変性症の遺伝子検査には、現状では健康保険の適応がありません。料金は病院によって異なり、研究として調べるために無料で行われている場合もあれば数万円以上の費用がかかる場合もあります。

遺伝子検査では何を行うか

 遺伝子検査は通常、採血によって行われます。血液中の白血球のDNAを抽出し遺伝子配列の状況を調べますので、結果が出るまでには1ヶ月以上時間がかかることが一般的です。

 遺伝性の脊髄小脳変性症にはいくつかの型がありますが、それぞれ、原因となっている遺伝子は異なります。たとえば、SCA3ではATXN3遺伝子(MJD遺伝子と呼ばれることもある)、SCA6ではCACNA1A遺伝子において、病的な変化が存在しています。遺伝子検査では、それぞれの患者さんによって候補と考えられる遺伝子を調べて、病的な変化が存在しないかチェックします。

 遺伝性の脊髄小脳変性症では、多くの場合、病気の原因となっている遺伝子の特定の部分において遺伝子を構成しているDNA文字暗号の配列のうちある3文字が繰り返している部分があるのですが、この繰り返し数が増えていることが病気の原因となっています。たとえば、SCA3の原因遺伝子においては、CAGという3文字が繰り返されている部分があるのですが、正常な人の多くはこの繰り返しの数が44回未満であるのに対し、SCA3の症状を呈している患者では繰り返し数が52回以上見られると言われています。繰り返し数が45〜51回の場合は、症状が見られたり見られなかったりします。遺伝子検査では、こうした繰り返し配列の数を調べます。なお、繰り返し数の正常範囲は、脊髄小脳変性症の型によって異なり、また、同じ型でも教科書や専門家によって若干異なりますので、上記はひとつの目安です。

次回予告

 今回は、遺伝子検査の基本についてお伝えしました。次回は、遺伝子検査を受けるかどうかの考え方、検査を受ける際の心構えや、結果の受け止め方などについて書いてみたいと思います。



第3回 遺伝子検査を受けるときの心構え

 過去2回にわたり、脊髄小脳変性症の30〜40%は遺伝性であることや、遺伝子検査で何がわかるか、検査の限界などについてお話ししてきました。そこで今回は、遺伝子検査を受けるかどうか考える際のポイントについて述べたいと思います。

その遺伝子検査がどのような意味を持つか理解する

 遺伝子検査の同意書に署名するかどうか決める際に、まず大切なのは、その検査によって何がわかるのか、それがわかったことによってどんな影響があるのか、主治医とよく話し合い、理解しておくことです。患者には、わからないことがあれば質問し、納得いくまで繰り返し尋ねる権利があります。「ゆっくり考えたい」「家族と話し合ってから決めたい」といった気持ちも、遠慮なく医療者に伝えましょう。

遺伝子検査のメリット、デメリットは、受け取る人によって異なる

 遺伝子検査について考える場合は、検査を受けることのメリットとデメリットを考えることが望ましいと一般的に言われています。しかし、何がメリットで何がデメリットであるかは、受け取る人によって異なります。たとえば、診断を確定することはメリットになると医療者が考えても、結果によって治療方針が変わらないのなら患者側には大きなメリットはないと思う人もいます。一方、患者に直接のメリットがなくても、医療者と良好な関係を築くために協力することが有用だと思う人もいるでしょう。また、遺伝性がはっきりした場合、その心理的影響をデメリットと考える人がいる一方で、「はっきりさせたほうがかえってすっきりする」「将来の人生設計に役立つ」といったメリットをあげる人もいます。こうした感じ方は、家族の中で異なることもありますし、同じ人でも時間の経過とともに気持ちが変わるかもしれません。

 また、同じメリット、デメリットであっても人によって重みが異なり、今そのことが何より大事だと感じられる場合もあれば、メリットではあるが後回しでもよいと感じたり、デメリットだがあまり負担にはならないと思えたりする場合もあります。遺伝子検査とは別に、普段の生活や人生において大事なことがあってそちらが優先ということもあるかもしれません。

 したがって、遺伝子検査を受けるかどうか考える際には、ある人にとってはメリットに思えることもデメリットになることもあればその逆もあること、それぞれがどの程度重みを持つかも各人の状況によって異なる可能性があることを念頭において、頭を柔らかくしてよく考えてみることが大切です。同時に、検査を受けなかった場合のメリット、デメリットについて考えることも重要です。さらに、頭で考えるだけでなく、こうした項目を紙に書き出しておくと、整理する上でも役立ちますし、後から見てふり返ることもできて有用です。

診断確定のための検査を提案されたとき

 脊髄小脳変性症の診療においては、診断確定のために遺伝子検査が行われることがあります。類似の疾患と区別することにより、治療方針や今後の病気の進行の見通しが違ってくる可能性があるからです。主治医がこうした診断確定目的の検査の話をするときには、強制することはないとしても、「遺伝子検査をしてみませんか」と勧められるかもしれません。その際、患者側が検査を断ることは可能です。しかし、患者としては、大きなデメリットがなければ医師の提案に従おうと思う人もいるでしょう。

 こうした場合、主治医の提案に従って検査に同意することは悪いことではありません。ただし、遺伝子検査の結果は、検査を受けた人や家族が検査前に想像していた以上に心に重く響くことがありますので、事前に心の準備をしておくことが大事です。すなわち、診断がつくことによって、治療法がないことや今後の病気の進行あるいは遺伝の可能性についてよりはっきりとわかり心理的ショックを受けるかもしれないことは認識しておく必要があります。同時に、診断確定により自分にどんなメリットがあるか考えておくことも重要です。診断が確定することによる患者・家族のメリットとしては、疾患にあった形で適切な対応が可能になる、疾患にあった情報を集めることができる、疾患名が決まって患者会に参加できるようになる、医療費助成を受けるための難病申請に役立つといったことがあげられます。また、たとえ心理的ショックを受けたとしても、状況がはっきりしてある意味すっきりしたと感じる方も少なくありません。このように、「主治医に言われたから」と漫然と検査を受けるのではなく、「なるほど診断をはっきりさせるために検査をするのだな」「それによって自分にもメリットがある」と検査の意義を認識した上で検査を受けることにより、診断を聞いて心理的ショックを受けても、「でも、わかってよかった部分もある」と思えるようになります。

 医師と話し合う際には、現時点で診断はどの程度しぼられているか、遺伝子検査でどこまではっきりするか、検査を受けても結論が出ない可能性はあるか、診断がはっきりしたら治療方針が変わることがあるか、といったことについてよく説明してもらいましょう。また、診断確定のための検査を提案されても、「今はまだそこまではっきりさせたくない」「進学や就職や結婚などの話が落ち着くまで待って欲しい」といった気持ちがあれば、そのことを医師に伝えて検査を待ってもらうよう話し合うことも大切です。

検査を受ける本人だけの問題にとどまらないことがある

 遺伝子検査では、結果により、兄弟姉妹や子どもなどへの遺伝の可能性が明らかになる場合があります。若年で発症した子どもの遺伝子検査によって、患者の親が将来発症する可能性が示されることもあります。自身の診断を確定すると同時に遺伝性も示す結果を受け取った患者は、家族にいつどのように遺伝の話をするのか考えねばなりませんし、それを知った家族は、それまで患者のことだけを心配していたのが自分自身のことも心配になってきます。したがって、遺伝子検査を受けるかどうか決める際には、検査により遺伝性が明らかになった場合に疾患が遺伝する可能性があるとされる血縁者は誰と誰であり、その人たちとどのように話をしていくのかといったことについても、検査前によく考えておくことが重要です。

家族が遺伝子検査を受ける本人に代わって同意する場合

 遺伝子検査を受ける人(被検者)が未成年であったり認知障害などがあったりする場合には、家族が代理で同意書に署名することがあります。こうした場合、被検者にも、理解力に応じてできるだけ説明する努力が大切です。また、本人に代わって同意する家族は、自身の気持ちで決めるのではなく、被検者本人の立場であったら同意するかどうか考え、被検者の最善の利益に基づいて決断することが重要です。特に子どもの検査に関しては、「親として知っておきたい」「親としては調べてほしくない」など親の気持ちで決めがちですが、親のために検査をするのではないことを肝に銘じ、子ども本人の知りたい、知りたくないといった気持ちも無視せずに、親子の間でよく話し合うことが大切です。

遺伝子検査を受けるかどうかは、そこにあるものを見るか見ないか

 遺伝子検査の結果は、確実なものとして重くとらえられがちです。しかし、検査を受けたことで病気が良くなったり悪くなったりはしないことも頭においておきたいところです。病気の原因となる遺伝子の変化が存在すれば、検査を受けても受けなくてもいずれ症状は進んでいきますし、検査を受けずにいても病気から逃げることはできません。一方で、検査を受けたことによって病気が進行するわけでもありません。したがって、遺伝子検査はそこにあるものを見るかどうかだけのことなのだと割り切って結果を受け止めていくことも、ときには必要です。

 ただし、人によっては、知らないでおきたい、事実に直面する勇気がないという気持ちを抱くのも自然なことです。心の準備が整っていない、調べないでおきたいと感じたら、慌てて検査を受ける必要はありません。逆に、症状から診断がほぼ確定している人などにおいては、「遺伝子検査で何か言われても今更驚かないだろう」とあまり深く考えずに検査を受けてしまい、結果を聞いて予想以上にショックを受けたり家族への遺伝の心配が生じたりすることもありますので、自分は大丈夫と思っても、検査を受ける前に様々な事についてよく考えて心の準備をしておくことが肝要です。

遺伝子検査の限界

 遺伝子検査には限界があり、検査を受けても結局わからずじまいに終わって、かえって落ち着かない気持ちになることもあります。また、はっきりした結果が出ても、その後の治療方針は変わらず、何のために検査を受けたのだろうと思うこともあります。遺伝子検査を受ける際には、こうした検査の限界についても、検査前によく整理しておくことが大切です。

次回予告

 最終回は、遺伝性の脊髄小脳変性症だとわかったらどのように受け止めるか、家族の間でいかに話し合うか、まだ発症していない家族が発症前遺伝子検査を受けるべきかどうか、出生前診断や着床前診断にも触れながら考えてみたいと思います。



第4回 発症前遺伝子検査と家族の中での話し合い

遺伝性の脊髄小脳変性症とわかったら、自分の気持ちといかに向き合うか

 自分や家族の疾患が遺伝性の脊髄小脳変性症と診断されると、多くの方はショックを受けます。脊髄小脳変性症という診断だけでもつらいのに、さらに遺伝性と言われて目の前が真っ暗になったように感じたり、遺伝は誰のせいでもないとわかっていても自分を産んだ親を恨みたくなったり、子どもを産んだことに罪悪感を感じたり、怒り、悲しみ、不安、混乱など、様々な気持ちが交錯します。こうした気持ちはやがて少しずつ落ち着いてきますが、心理学者は、気持ちの整理には通常2、3年はかかると言っています。その間、家族や友人や患者会の仲間が支えになったり、医療者の言葉に救われたりすることも多々ありますが、何より大切なのは、自分の気持ちと向き合い自分なりに状況を受け止めていくことです。しばらく考えないようにしていることはあったとしても、いつまでも自分の気持ちに蓋をしていると、かえって気持ちの整理に時間がかかってしまいます。気持ちを整理していくためには、自分の気持ちと向き合っていく以外の王道はありません。泣いたり怒ったり苛立ったりしながらも、少しずつ進んでいくことが肝要です。機会があれば、心理カウンセリングを受けてみることも有用です。

 遺伝性の場合、家族の中に複数の患者がいるため、経験や気持ちを分かち合ったり、情報を共有したりできるという利点があります。一方、血縁者の中で遺伝した人としなかった人がいる場合、互いをうらやんだり、遺伝しなかった人が自分だけ助かって申し訳ないと感じたりすることもあります。複数の患者の介護の問題や、親の症状を見てきた自分に同じ症状が出てきたときの衝撃もあるでしょう。家族の中で、気持ちにずれが生じることも珍しくありません。あるいは、家族とはいえ血の繋がっていない配偶者は、結婚相手の家系に伝わる疾患に直面して複雑な気持ちになるかもしれません。個人として、家族として、遺伝性の疾患をどう受け止めていくかは大きな課題ですが、遺伝カウンセリングなども適宜利用しながら、少しずつ状況を消化し受け止めていくことが大切です。

発症前遺伝子検査をどう考えるか

 遺伝性の脊髄小脳変性症の場合、家系内の未発症者が遺伝子検査を受けることにより、症状が出る前に疾患が遺伝しているかどうか知ることができます。この検査は「発症前遺伝子検査」と呼ばれます。発症前検査に関しては様々な意見があり、病院によって行っているところと行っていないところがあります。

 自分に遺伝しているのではと心配して発症前検査を希望する場合、心の準備が大切です。検査の結果、遺伝しているとわかると、覚悟していてもショックを受けますし、その後の人生における就学、就労、結婚、出産などの決断に影響するかもしれません。遺伝していないとわかれば安心する一方で、家族の中で自分だけ助かって申し訳ないという気持ちになるかもしれません。こうしたことを含め、自分や家族にとって、発症前遺伝子検査の結果はどのような意味をもつか、検査を受けることのメリット、デメリットは何かなど、じっくり考えて検査を受けるかどうか決めましょう(第3回の内容もご参照ください)。家族との話し合いも大事です。遺伝カウンセリングは、疾患や検査についての情報を確認するとともに、心の準備や家族の問題について考える機会としても利用できます。

 なお、未成年においては、本人に症状がみられない限り、発症前遺伝子検査は通常行われません(当人が成人してから、自分の意思で検査を受けるかどうか決める権利を保証するため)。また、妊娠後に胎児に遺伝しているかどうか調べる出生前診断や、体外で受精させた受精卵(胚)の遺伝子を調べてから子宮に戻す着床前診断は、成人になってから発症する種類の遺伝性脊髄小脳変性症の場合、日本ではほとんどの病院で行われていません。小児期に発症し重篤な症状がみられる可能性のある種類の遺伝性脊髄小脳変性症に対しては、病院は限られますが、出生前診断や着床前診断の相談に応じてもらえる場合もあります。こうした検査に関する詳細は、大規模病院に設置されている遺伝カウンセリング外来で相談することをお勧めします。

家族の間で意見が異なる際の話し合いのコツ

 遺伝子検査、特に発症前遺伝子検査について、親子や夫婦、兄弟姉妹などの間で意見が異なることがあります。たとえば、若い息子や娘をもつ親が「私は子どもに発症前検査を受けさせたくない、病気になるとしてもまだ先のことだし、これから結婚したり子どもをもうけたりするときに知らないでいるほうがいい」と主張するのに対し、子どもが「私は、自分に病気が遺伝しているか知った上で、結婚や出産などの人生設計を考えたい」と言うことがあります。そんなとき親が「あなたはまだ若いから未熟な判断しかできない、こういうことは親に従うべきだ」と言うと、子どもは「私はもう成人しているのだから自分のことは自分で決める」と言うでしょう。親は子どものために良かれと思って助言しているのでなかなか折れませんが、子どもを説得しようとすればするほど、子どもは「干渉しないで」と親との距離を置くようになります。このようにお互いに自己主張していると、話し合いはいつまでも平行線で、最後には喧嘩になってしまいます。それではどうしたらよいでしょうか。

 ここで理解しておきたいことは、検査を受けるか受けないかについては、最終的には検査を受ける当人の意思が尊重されるべきという原則です。未熟な若者であっても、成人している人に対して、他の家族が、検査を受けるようにあるいは受けないように強制することはできません。けれども、当人の意思が最優先であっても、他の家族の意見を聴くことは有意義です。したがって他の家族は、当人の考えを変えさせようと意見するのではなく、当人の意思を尊重しつつ、決断する際に家族の意見も知っておいてほしいという姿勢で話をします。当人にとっても、検査を受けて遺伝しているとわかった場合には自分の気持ちの整理に加えて家族の動揺も受け止めていかねばなりませんから、家族の反対を押し切って検査を受けてしまうのではなく、検査を受ける決意は変わらないとしても、家族の心情を知り自分の気持ちもわかってもらって、どんな結果が出ても家族で支えあっていけるように話し合っておくことが有用です。

 自分の意見を伝える際に、相手を批判すると、相手は攻撃されたと感じ防御に走ります。この批判と防御のやりとりがなされている間は、意義ある話し合いはできません。あるいは、意見の異なる相手に「こうしなさい」と強硬に迫れば、相手はますます拒絶するでしょう。実のある話し合いをしようと思ったら、意識して相手を批判することをやめ、相手を尊重し、こちらの考えを押し付けないことが大切です。

 たとえば、発症前検査を希望している子どもに対して親が、「私はあなたと意見が違うが、あなたはもう大人だし、あなたがよく考えて決めたことは尊重したい、その上で伝えておきたいのだけれど、私としては、遺伝子検査を急いで受ける必要はないのではないか、結婚や出産を考えるときに自分に病気が遺伝していると知っていると迷ってしまうから、知らないでいるほうが幸せということもあるのではないかと思う」と話してみてはどうでしょうか。すると子どもの側も、少し冷静に親の気持ちを想像できるかもしれません。そして親が、「はっきりさせておきたいというあなたの気持ちもわかる気がする、だから止める気はないけれど、遺伝しているとわかったら、好きな人ができたときにいつどうやって伝えるか悩むかもしれないし、子どもはいらないと思っても相手は子どもがほしいというかもしれないし、好きな人と結婚しないで身を引こうと思うかもしれないし、そういうこともいろいろ考えておかなくちゃね」と話し合いを深められれば、検査を受けたいという子どもの意思は変わらないとしても、子どもも「なるほど、検査を受けるにあたって、そういうことも考えておかなくては」と熟慮を重ねるでしょう。

 親子間だけでなく、夫婦や兄弟姉妹間での話し合いにおいても、相手の意見や気持ちを尊重しつつ、自分の気持ちも伝えて理解してもらおうという姿勢で話し合うことは大切です。相手を説得しようとすることを目指すのではなく、相手の意思を尊重しながらも、相手がその決断を下すまでの過程で家族の様々な意見を知った上で考えをめぐらすことができるようにこちらの気持ちや意見を伝えることが目的であると考えて、じっくり話し合ってみましょう。

おわりに

 これまで4回にわたり、脊髄小脳変性症と遺伝子検査について述べてまいりました。説明が至らなかったところも多々あるかと存じますが、最後までお読みいただきまして、本当にありがとうございました。難しい問題もまだまだありますが、今後、患者や家族、医療者が一緒になって議論を深めていくことができればと思います。


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この文章は、2009〜2010年に全国脊髄小脳変性症・多系統萎縮症友の会ニュースに掲載されました。

リンク、転載など自由ですが、その際には、『全国脊髄小脳変性症・多系統萎縮症友の会ニュース』からの引用であることを記していただければ幸いです。(田村智英子)