***** 1168 sun3965 CUB 93/02/09 21:25 Re1167:いよいよ? 60 来るんですか、209系。 はあ。 ところで地元の本屋で「南武線物語」という本を見付けまして。 大正の終わりに「南武鉄道」が設立。苦難を乗り越えながらもようやく経営がの りかけたところに、昭和19年の国有化による買収。その後国鉄南武線としてJR の現在まで続く歴史を持っています。 昔は、私財をなげうって地元に貢献した人たちがいたんですね。しかし彼等はそ の経済的見返りを得る前に、国有化という挫折を味わされてしまう・・・。 南武鉄道が建設を始めるのに用地買収等で手間取っているうちに、後から認可を 受けた現在の東横線が通ってしまい、そこの立体交差をどっちが作るか、といった 問題で大いに揉めたそうです。また、新鶴見操車場の建設が決まり、南武鉄道の路 線の変更を強いられた、という話もありました。 ところで、南武鉄道が国鉄に買収された頃、当時の鉄道大臣はあの五島慶太。南 武鉄道の社員たちは、「あの時(東横線が結局高架化することになった)の仕返し だ!」と思ったそうです。実際には五島が大臣になる前から決まっていたようです が。 自らの無知をさらけ出してしまうと、五島慶太って、鉄道大臣をやっていたんで すね。それで、東急線が国有化されず、他の私鉄を吸収して「大東急」となったん でしょうか。うううむ。 開業当初の南武線は、運転士と車掌の「二人乗り」の時が多かったそうで。で、 夜、列車を停め、ライトを消して、沿線の梨をもいで食べたりしていたそうです。 のんびりしたものですね。(ぉぃぉぃ) それが、昭和の10年代、東京から広い敷地を求めて川崎に移転してくる工場が 増えだして(富士通や、日電など)急激に乗客も増え、客車が足りなくなる危機に あったことも・・・。そして、国有化・・・。 他にも色々書いてあったのですが、もし、戦後の「払い下げ運動」によって再び 「南武鉄道」になっていたら・・・なんて想像したり、いよいよ地元のこの路線に 興味を抱くCUBでありました。 CUB