***** 2004年2月1日 ***** (独り言) 横浜高速鉄道みなとみらい線、2/1開業。白状すると、この日にそれを 迎えると認識したのは、ぢつわ年が明けてからだったとゆー(爆)。全くの、 ノーマーク。東横線もせいぜい渋谷〜武蔵小杉くらいしか乗らないし・・・・・ 本より片っ端から「イベントドリブン」という鉄でもなく。 しかし、一応は地元・・・・・とするには聊か無理があるが、まあ、県民 のよしみでちょっと、「ミーハーかましてよかですか?」とみなとみらい線 へ出かけてみた。 昨日(1/31)、桜木町の模様をニュースで見た。最後の電車を送り出 し、何故か判らないが駅員一同がお客と握手を交わし、そしてシャッターが 降ろされる・・・・・それっ、と獲物を狙うように、カメラは期待を込めて 駅員の目元に寄る・・・・・セオリー通りのまとめ方してんなーとか厭らし い見方をする私も私だが、あのわっしょいわっしょいといった調子のギャラ リーの中で、駅員氏の心中やいかに・・・・・現場に居合わせたわけではな いし他人様にどうこう言えた義理でもないケド、それはそれとして近頃思う ことに、シチュエーションに関わらずただ出かけては騒ぎたいだけなヤカラ、 多くね? W杯の時も、ニュースで見るどこぞの成人式も、どこかで同じトー ンが見え隠れしてるような・・・・・ありゃなんなんだろなあ。 恐らく1日限りであろう「横浜」行の東横線というのも気にならないでは なかったのだが、どうも足が向かなかったのも、偽らざる距離感、だったの かも知れぬ・・・。自分との距離、というものを結構、意識していたり。流 されない、天邪鬼でもない・・・・・なんか、そんなところで。 などと屁理屈こいたところで、でもミーハーかますのである。(ぉぃ 以前りんかい線スイカ導入の時に振り回されて懲りていたのだが、ちょっ と早めに起きて・・・・・今回は思うところあり京急の「横浜1DAYきっ ぷ」を所望。MM(みなとみらい)線も使えるようになって、今日がその初 日。向こうで2、3回乗り降りすれば元が取れる・・・・・ちぃ、券売機で もやっぱパスネットじゃ買えなかったか。 京急に乗って、横浜に着いたのは6時頃。今回も出遅れたろか・・・? 事前に、東急や横浜高速鉄道のサイトを見ていたのだが、発売の要領がよく 判らづ。定期券発売所で普段の営業時間に売るのか、早めに始めるのか、 「主な駅」ってどこなのか・・・・・開始時刻も枚数も不明。闇雲に突撃す るしかないのは気が進まなかったが、まあ、今日は東横線の散策も目的にあ るからと、気楽に構えることにする。 東横/MM線への案内を頼りに、まずは下へ降りる。ソレな気配無し。改 札横の部屋の人に訊ねると、パスネットはあるという。ある種の臭いを感じ た私は記念のですよねとあらためて念を押すと、それは上と言われ。コイツ 楽しんでやがるな? そこの階段を上がったところと、今来た道を指す。は ん?? 途中のフロアだったのかと思い、ひとつ上の階かと訊くと、上まで 上がり切れという。JRのところの階かと問い返せば、そうではないという ・・・・・ああ解らない。もう私には解らない・・・。 ともかくJRの階まで戻って、案内のプラカード持った人を捕まえて訊ね る。最初からそうすりゃ良かった・・・・・すると自由通路の反対側を降り れば良かったらしい。やれやれ。結局定期券発売所の前で、机出しての早売 り。行列は20〜30m程だったか。MM線のパスネットは既に切れている 由。東急のパスネットと、MM線の硬券セットだけあるという。ふむ。進む のが妙に遅いのに焦れながら待つ。前方で喚く声がしたので何だろうと見や ると、定期券発売所の営業時間より前から発売して、既にMM線分が切れて いることへの、今来た人の腹立ちであるらしかった。駅員氏もご苦労様です。 やがて順番が周り、パスネットと、折角なので硬券セットを所望。硬券は またまた国鉄の観光入場券よろしく横長で左に単色刷りの絵柄入りで、桜木 町で求めた東急のソレと、シリーズになってるような気が。あ、一緒に作っ たのかな。 一仕事終わったところで早速、ホームへ降りる。これがまた意外と、ガラ ガラ・・・・・まあ鉄もバラけるか。いよいよ前人未到のMM線・・・・・ もう一仕事、MM線のパスネットも押さえたいのだが、終点の元町・中華街 はどうも集中しそうな気がし、地味な駅が良いのではという我ながらシブイ 読みにより、まずは馬車道まで乗ってみることにする。 列車が入ってきた・・・・・ん、このやたらと白い光は・・・・・ををを、 早速Y500系だ。シカーモ、記念の丸HM付! 時刻は6時半頃、出発式 (があったなら)から1往復くらいしたところだろうか。ともかく、初乗車 にしてコレ。無欲による勝利である(笑)。 先頭車はもっと押し合いへし合いなのかと思いきや、カブリ付きこそいる ものの他はほぼ全員着席といった程度。さて、着いた。エスカレータを上り ながらふと駅名標を見ると、「みなとみらい」。あれっ? なーんかボケて るみたい・・・(汗)。 ここでは桜木町から来る人が・・・・・と思うのだったが、降りてしまっ たものは仕方が無いのでとりあえず、パスネットの列に並んでみることに。 みなとみらいでは長いのではと思った行列も、むしろさっきの横浜より短く てあっという間に順番が・・・・ってすぐ前のおじさんが、硬券セットとパ スネットのセットと、どっちが価値があるのかなどと訊いてて終わらない。 そら、パスネットの方が値段が3倍もするんだから、そら「価値」は高いに 決まってんじゃんか(笑)・・・・・記念品というのは主観的価値と思うが なあ、などと近頃ブツクサ考えることが多いのは「老化」なのであろうかな どと自問しつつ、返答に困ってた駅員氏、ご苦労様です。 ともあれ、やれやれ、パスネットのセットも無事にゲットで、懸案はクリ ア。あとはまったりと散策モードしてれば良い。馬車道、日本大通りと降り てみて、そして元町・中華街着。 早速突き当りを覗き込んでみると、すぐに壁、配管か何か通っている。そ の気になればこの先いつでも掘れるのだろうけど、少なくとも「含み」を残 した風には、とりあえずはなっていない。 にしてもこの、天井の高さ。島式ホームと2本の線路を、大きな一つのアー チが覆う。カッコイイ。これでシャンデリアのようないちびった蛍光灯が下 がっていたら、御堂筋線(笑)。エスカレータに乗って振り返り、電車の屋 根の見える広々空間を俯瞰気味に、広角でぱちり。 改札横の窓口は行列も無かったようだけれど、ひょっとして売り切れたの かもしれない。券売機ではレギュラーのパスネットを売っていて、ををそう だ今日の日付が入るんだ、と2種類あるのを所望・・・・・ぢつわ1/30 に桜木町だか高島町だかでそうやって買ったという話を聞いて、あー、と学 習したのである。各記念モノと、みなとみらいで手売りのレギュラーのを1 種類買っていたのも合わせると、今日だけでまた、¥7K分のストックが・・・ ・・・なかなか減らない道理。 選んだ出口が悪かったのか、これまで途中下車した各駅で花輪(笑)とか そういう飾り付けをでんでん見かけず、クールなのが横浜流かとも思ってい たのだが、逆サイの出口へ上がってみると、こちらには駅舎らしきものがあっ て、その壁にでっかく看板というかシールというか、開業を告げる表示。よ うやく「らしい」ものに出会って、ぱちり。見たところこの建物には、横浜 高速鉄道の本社機能も入ってる気配・・・・・大手はさておき、鉄道会社の 本社って意外と小ぢんまりしていることが多いような気も。なんだか慎まし く見えるけれどこれは「現場」が主体の業種ならではか。 また電車に乗り、新高島。上へ上がると、やたらと広い空の下に出た。こ こはこれから入植(!)が進むのであろう・・・・・こんな殺風景さもいず れ、懐かしい記憶となるのかも、しれない。 高島町へ歩く。一昨日の今日で、そうそう変わるものではないながら、横 の歩道橋から見る駅、当たり前だが全く人の気配の無いホームは、すっかり 生気を失っているように、見えた。その傍らを京浜東北線の電車が、足取り も軽く走って行く・・・。歩道橋を折り始めると、ソレと思しき人に新高島 駅の方角を訊かれ。つまりこちらもソレと思しきに見えた、ということかな。 高島町。ガード下の駅名標の取り除かれた四角い跡が、僅かに認められ。 鶴見線の国道に似た風情があると評した人がいてナルホドと思ったけれど、 コンクリートの構造物にあしらわれたアーチあたりに、昭和初期の線を感じ てみたりするのである。駅へ入る方向に進むと急ごしらえの塀が阻む。隙間 から覗き込むと、中は人気が無いものの灯りが灯っていて、改札口の変わり ない様子が見え。そこにはまだ、人を迎えた記憶が残っている。 ガード下の「高島そば」も閉店の張り紙。飲み物の自販機も、既に止めら れていた。高島町は静かに、その記憶と共に消え行くのを、待っていた。 線路沿いに、桜木町へ向かう。聞くところによればこの東横線跡は、遊歩 道か何かにされるらしい。壁の落書き共々、高架ごと消えてしまうという・・・ ・・・ときにこの落書き、最近のものは明らかに違うだろうけど、あまりに 殺風景で通る人の評判も芳しくなかったので、誰かに依頼して描かせたのが 始まりではなかったっけか。20年くらい前に、そんな話に接した気がする のだが・・・・・こういう絵が日本じゃまだ目新しかった頃。たしかに、桜 木町付近よりも高島町寄りに来ると、一本調子ではない結構丁寧な絵が残っ ていたりするのだが。 そんな落書きと横浜市バスをからめたりしつつ、合流してくる貨物線も気 になったりしつつ、そろそろ桜木町駅。歩きながらホームを窺うと、こちら の自販機は照明も点いて、まだまだ稼動中の様子。死へ向かう中でまだ活動 する細胞が残っているような、そんな風に見えた気も。道路側の壁にあった 駅名標は1文字ずつ板で塞がれ、正面入口はシャッターの前に大分間合いを 持たせて、ロープが張られ、ガードマンが立つ。時折様子を見に来た人が写 真を撮ったりするのに混じって、ぱちり。 スタートが早い今日は、一日が長い。三菱みなとみらい館でも覗こうかと、 JRを潜ってMM地区側へ。高架歩道の手前に観光案内所のような小屋(?) があり、なんとなしに覗いてみて目に止まったのが、都市公団のポスターパ ネル。 (抜粋) ”新しい都心にふさわしく、「みなとみらい21線」の建設 が15年度完成を目指して進められています。” ・・・いつのなんだろなこれ。 そこに、出来る駅というのが紹介されていて、それがまだ仮称だったりす る。最終的に命名された名と比べてみると・・・、 高島 → 新高島 みなとみらい中央 → みなとみらい 北仲 → 馬車道 県庁前 → 日本大通り(県庁・大さん橋) 元町 → 元町・中華街(山下公園) 命名されたカッコ内は副名称とやららしく、盛り込みきれなかったといっ たところか。仮称はあくまで仮称であったことは承知ながら、命名の経緯に ついては、少々興味深いところでは、ある。そういや元町と中華街で引っ張 り合っていたような・・・。 丁度10時になったところで、開館のみなとみらい館。宇宙開発からトン ネル掘削から、自社関連だけでこれだけ成り立つのだからさすがは三菱重工。 「プロX」最多出場(数えたわけではないが多分そう)も伊達ではない(笑)。 で、乗り物コーナーの交通博物館に負けてないDF50試作機模型にウハウ ハ。この頃は新三菱だったかな・・・。 桜木町に戻って、地下鉄へ。あちこちの「東横線」がらみの消し方をなに げに見ていたのだったが、シールで塞ぐ物あり、塗り潰す物あり、そしてこ の地下鉄の改札前、床に大きなシールを貼る広告・・・・・「踏み絵広告」 と呼んでいるけれど・・・・・のタイプの乗換案内では、思いっきり切り抜 いてあった。床に刃を立てたのであろうか。なかなかワイルドな。 伊勢佐木町で中古カメラ店を流し、また地下鉄乗って今度は上大岡。京急 百貨店には「赤い電車」のコーナーが出来ており。デモのNゲージのコント ローラー、最近は音も出せるらしく、京急名物ドレミファ起動音が仕込んで あったのは秀逸(笑)。ベタな駅名標キーホルダー、なんと全駅ある。シカー モ、今日「県立大学」に改称した「京急安浦」、お早めにどうぞとある(笑)。 ふーむ、あまりベタなグッズは好みではないながら、全駅揃えているとい う気迫には敬意を表したい(笑)。最初川崎大師を買おうかと思ったのだが、 六郷土手とか梅屋敷というのも良いアジ出してるよな、安針塚というのも渋 いねえ、などと迷いつつ結局、八丁畷に落ち着く。ついでにダイカスケール と呼んでしまうが実は違う「トレーン」に700系で「AMBITIOUS JAPAN!」なんぞ入った限定品があり、ついつい所望。Nゲージで出る と思ってたのだが・・・・・誰かデカールくらい、作ってそうだな。 そんな寄り道がありつつ、京急で横浜。また中古カメラ店に寄りつつ、東 白楽まで歩いてみようかと。特に神奈川のあたりのトラス鉄橋は、よく覚え ている場所だけに、電車が走っている頃に撮っておかなかったのが、少々悔 やまれた。完全ノーマークだったのだから、致し方ない。 神奈川宿を見下ろす山の上の、張り出したお寺の辺りからカーブする高架 をぱちり。高架はそのままにということもなかろうが、今後どうするのだろ ・・・・・この山を貫くトンネルも、どうするのだろ。 山の反対側へ降りて、トンネル側のオーバークロスより反町駅を見下ろす。 高島町同様、そこには生気の無いホームが伸びるばかりなのを、ぱちり。線 路脇の坂を下り、国道1号線に接する駅改札前へ回り込む。ナルホド、改札 まではそのままで、改札を入ったところで地下へ誘導されるようになってい る。今の改札口がこのまま残されるのかどうかは判らないが、すぐ前の歩道 橋より、電車の来ない高架と、駅名標等々からめてぱちり。この辺りの国道 1号線というのも、横浜新道へ向かう際に通る道で馴染みがあるといえばあ るのだが、うーむむ、ここも電車が走っているうちに来れば良かった・・・。 さらに高架沿いに進む。真下をトンネルが通るため、基礎を弄る必要もあっ たろう。高架は仮設的な風情。そのうちゴゴゴゴと電車の音が聞こえるよう になる。高架下の工事現場の、下への作業通路から響いてくるらしかった。 さらに進んで、ついに坂を上り下りする電車の姿を見る。ナルホド、高架の 真下にスロープを造っておいて、1/30の終電後に上の本線の桁を取り払っ て線路を繋ぎ直すだけ、というところまで進めておいたわけか。無論、桁を 取り除いた後に架線も張る。横からスロープが出来ているのかと思ったら、 そうではなかった。さすがは、いつぞや大倉山〜菊名間で、一夜にして直上 高架へのスロープを成して切り替えた東急。あの時はジャッキで降ろしたの だっけか。 まだ新年会シーズンと言えなくも無い1月の、給料日後の金曜の夜である。 JRが遅れて接続待ちというのもシビアだろうし、終電間際に人身事故でも 起きたらこれは際どいところではなかったか。大雪でも降った日にゃ、どう なっていたことか・・・・・そう考えると、他人事ながらゾクゾク。今回、 「空白の1日」たる1/31は予備にしておいたのかもしれないけれど、最 早歌舞伎の早変わり、いやいや鉄道土木の軽業師。 感嘆を伴いつつ、ぱちり。 #どこぞの会社もこれくらいの気迫見せたらんかえ。(ぉ やはり見に来ている地元のご婦人方の会話を横で聞くともなしに聞いてい ると、1/30の現場は早くから通行規制を敷いて準備が進められていたそ うな。綿密な段取りを組んで、一発でキメる・・・・・そこに戦慄を覚えて しまふのには、本能的な何かが、あるんだろか? ゾクゾク。 ご婦人方の話は続き、早速元町・中華街へ行ったところ激混みで、エスカ レータで上った先でエスカレータから降りるのさえ難儀なほどであったらし い。今日私が見たのはせいぜい9時頃までの様子。見かけた客層もかなり鉄 分豊富であった。その頃はガラガラだったが、その後、堅気衆(笑)がわさ わさと押しかけてきたようである・・・・・ひゅー、先行逃げ切りだったか。 手前に資材を入れたりして撮るも、手応えが納得行かないので次の下りを 待っていると、今度はなかなか来ない。その間に上りばかり3本程立て続け に来る・・・・・もしや、そんなんでダイヤ乱れてるのか? 高架を潜って山側へ行くと、公園からまさに電車が昇り降りするところが 間近に見え。たしかに車内は結構な混みよう。そろそろ曇って日も暮れかか り、条件厳しい中で撮り続け・・・・・くぅぅ、道草し過ぎたか? 東白楽まで歩き、これで廃線跡をほぼ見届けたなと一応の納得をして、東 神奈川へ出て帰った。新線はまだ乗っていない。いずれ乗ることになるだろ うけど、廃線跡の今後が、ちょっと気になる。道路のオーバークロスも早々 に撤去するのだろうけど、それだけで周囲の雰囲気も、がわりと変わるハズ である。その辺りも含めて、せめて「その後」くらいは気にかけておこうか と、思う。 いつも近場がノーマークであること、浜川崎線の101系を見送る時に思 い知った筈なのだが、相変わらずネズミ以下の学習能力である。今後もまた 近くのどこかで何かが起こるのだろうけど、ギリギリで結局動くくらいなら、 早めに慌てておけと・・・・・近頃鶴見線あたりをちびちび始めているが、 実感としてはこれも、手遅れな感は否めづ・・・・・経験からすると、独り で手遅れと思い込んでいるような場合、意外と残せる気もするのだけれど。 ともかく、今回の東横線とMM線の一件で、何か教わった気はする・・・。 (終)