***** 1997年2月7日 14:58:30 *****
[T:5947] Usui-Touge with EF58



 こんにちは、深町です。


 碓氷峠のいわゆる旧道(R18)、ここには、184だったかの
カーブがありまして、坂本宿の外れから始まって、その一つ一つに
番号の標識が立っています。「C=130」とかそういう具合。

 でね。

 クルマで幾度と無くここを上り下りしてる私なんですけど、同乗者
によっては、めっちゃ濃い会話になってしまうのでありました・・・。

 その会話ってのがですね・・・・・・、


 私:「さてこっから峠だよん・・・・・・はいCの1」
 同:「浜松ですね」
 私:「大宮工場で解体待ちのを撮ったですよ、川越線から(笑)」
 同:「やったやった(笑)」

 私:「Cの5」
 同:「鋳鋼製先台車」

 私:「Cの9」
 同:「正面のナンバーが少しズレてんですよねー」

 私:「32、欠番ですねい」
 同:「EF18ね」

 私:「35」
 同:「出ましたねえ、7つ窓。あちこちいじりまわしてあって」
 私:「いえいえ35号は結構原形保ってましたよ。高崎ですねえ・・・・・・
    で、Cの36。こっちは改造されまくり」
 同:「極めつけですね」
 私:「やっぱ米原のカマが良かったよなあ・・・・・」
 同:「そうそう」

 私:「47」
 同:「宮原?」
 私:「そう。大窓ヒサシ付。小学生の時撮ったですよこれ」
 同:「53号と並んで人気でしたねえ」

 私:「60」
 同:「浜松」
 私:「昔”紀伊・出雲2号”牽いてるの撮ったことあるっす
    ・・・・・・・・んでCの61」
 同:「何も言うことはないでしょう」
 私:「こないだの御召良かったっすね」
 同:「ねー」
 私:「新鶴見時代の写真があったりして」
 同:「それはまたレアな・・・」

 私:「65・・・」
 同:「広島型一体ヒサシ」
 私:「けど大宮工場改造」
 同:「そうそう(笑)」
 私:「66。竜華ですねえ。懐かし」
 同:「大窓ヒサシですね」
 私:「けどこないだ解体されちゃった・・・・・」
 同:「なんで今ごろ・・・・・」

 私:「88。東京ですね」
 同:「ヒサシが上向きなんすよね」
 私:「そう。スノープラウ付きっぱなしで・・・・・んでCの89」
 同:「こっちは下向き(笑)」

 私:「110。長岡だったかな高二だったかな」
 同:「上越型?」
 私:「小学生の時に上野で撮ったです。私撮った唯一の上越型」

 私:「Cの113。いやあこれはきれいでしたねー」
 同:「やっぱ米原でしょう」

 私:「125。宮原三兄弟ですねー」
 同:「127まで連番」
 私:「んで128、これ東京? スノープラウ付けっぱなしの」
 同:「あれー、129とどっちだっけぇ・・・・・」

 私:「171。宮原でしたねこれ」
 同:「新型テールライト」
 私:「んでCの172。宇都宮ですねえ。上野駅で雪付いてるの撮りましたよ」
 同:「今高崎にいますよねー、すっかり色褪せてて・・・・・」


・・・・・・・ラストの175からカーブは10ほど。こんな具合で峠越え
をしてしまうのでありました。

 あ、ここまで来てなんの番号だかわからない? うーん、これ、EF58
なんすよ。ゴハチが最後の定期運用を降りてしまうのに立ち会ってた連中っ
てのは、この辺は半ば「常識」だったんですねえ。61号の公式側の「日立」
の文字が変だというのも、「常識」でした。「鉄道ファン」編集部がこれを
知らなかったのは、意外や意外というわけで。(ぉ



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     深町 忠利  ふかまちただとし