***** 2002年10月5日 *****
(独り言)


 今度は急行「信州」と来たもんだ。165系を国鉄色に塗り直したん
だとかで、「なつかしの」シリーズで行脚することになるのであろう。

 「信州」といえば、小学生の時分、恐らく初めての碓氷越えをして軽
井沢に遊んだ帰りに、乗った列車である。「信州4号」・・・・・硬券
の指定席急行券が手元に残っていたりするのであるこれが。「無効」な
んてハンコが付いて。まだ国鉄も大らかだった時代である・・・。行き
は「あさま」で今思えば489系だったような・・・・・片方だけボン
ネットだったような気がするので。同行した同級生は、横川で青い機関
車を指差しながらしきりに「アプト式」と言っていたように思う(笑)。

 確かに横軽的「原体験」には違いない。違いないのだけど、急行「信
州」との縁はそれっきりでもある・・・・・まあ、微妙なトコロ。それ
と、「なつかしの」シリーズの波状攻撃にもちょっと冷やかだったり。
アレはアレ、コレはコレだよな、みたいな。そういやたしか長野「行」
新幹線開業の折、長野方で特急になって蘇ってたハズの、「信州」。

 でま、湘南色は好きだし、映える色だからざんげ岩から撮ろうかなー、
とか考えていたのだけど、ただ今日は用事があるので朝だけ鶯谷で済ま
せることに。ダイヤを見ればいつもの8:00発。また同時刻発車の
「スーパーひたち」と並ぶのでは、という、これまたいつものアレ。



 ちょっと時間があったので先に上野に寄ってみる。ソレと思しき人々
をチラホラと見かけるも、物品即売会が出ているでもなく、至極淡々と。
記念オレカ等も無い様子。

 ハタと思い至る。これ、高崎支社の企画なんだろと。来週の「あさま」
は東京支社の企画らしく、何かイロイロと用意しているようだから、要
するに「他所ん家の子供」など知ったこっちゃないのである。セクショ
ナリズム・・・・・最初の熊谷発「あさま」が受けた仕打ち(!)を、
次の上野発の「あさま」との差を、思い出すべきである・・・・・とい
うか、このシリーズ自体いー加減、惰性的。「あさま」のオレカももう、
どれがいつのやら見分けつかなくなりそうで・・・(苦笑)。



 鶯谷に降りる。跨線橋を見上げると、これから回送が来るところらし
く、数人の同志が大宮方を見つめてる。よしよし、間が無さそうなので
急いで戦列に加わる。やがて回送通過。構図はともかく光線まずまず、
そういやHMが小さいな・・・。

 さてお次はカーブ側。早速これという場所に陣取る。もう、並んでも
並ばなくても良いような気もするのだけど、とにかくまあ、撮るのであ
る。で、発車。どうか、どうだ・・・・・うーむ「ひたち」が先行、少
し遅れて「信州」がインから追い上げるも及ばづ、「ひたち」の先行を
許してしまう・・・・・終了。ふとサボが見え。あー、あれ近くで見た
かったな、などと。



 昼過ぎ用事が済んで、午後散歩がてら神楽坂・・・・・とはいっても
「のりもの倶楽部」だけど(笑)、そこで「RMライブラリー」最新刊
の碓氷線アプト前編を所望。お馴染みのカットに紛れ、むむこれはとい
うカットもチラホラ。むむこれは・・・・・いつぞや交博の企画展でご
一緒した方では。これまで直接お会いする機会無く・・・・・いつかこ
んな歴史を語るようなことが、己にもあるのだろうかなどと、ふと思っ
たり・・・・・大それたことを。本題の運転の歴史は実のところあまり
明るくなく、あとで調べ物するような時に資料として役立つ(まさにラ
イブラリー)といったつもりながら、時代を嗅ぐように写真を眺めるの
がまた、楽しみ。



(終)



補:出歩いている間にどうも段々風邪っぽくなり、結局翌日は出かけづ。