***** 2018年3月21日 *****
(独り言)


 青春18きっぷ。

 最後に使ったのは・・・・・シェルパくんの工事を定点観測して、それ
を見届けた頃ならば 13年ほど前、その後はちょっと記憶が無いが、とも
あれまたそのうちと言ううちに月日は流れ、今シーズンこそはと、買って
みた。早速先週末に、飯田線を乗り通してきたところである。

 それはかつての定番メニューだったが、他に、碓氷を越えて小海線回っ
ての一周、というのもその一つだった。峠越えとしな鉄は別料金になって
しまったが、今年の碓氷はこれで始めてみようか・・・。

 と。

 115系のさよなら運転、だと?

 となれば、ざんげ岩で迎えようか。これまで、節目とあればざんげ岩か
ら見届けてきた身としては、峠を越えた仲間達の中にあって、115系は定
期的に横川へ顔を出す、最後の役者であり・・・。

 是非に及ばづ。

 花粉まみれな中で息苦しさにマスクも出来ずひいこら登るのは気が進ま
なかったが、行かずに後悔するくらいなら行って後悔した方が・・・。

 などと言っていると、予報に傘マーク点灯。

 これは登れないな、やれやれ登れないのでは仕方がないな行かずに済む
か、とポロっともう一つのホンネが顔を覗かせ・・・・・飯田線の疲れが
まだ取れてない(汗)。

 と。

 傘マークが雪だるまに変わってる・・・・・ん゛ー、雪か。

 雪ならば・・・。



 というわけで、ざんげ岩に登る時間を場所取りに充てて、早朝の出立。
高崎線からもう、三脚だの脚立だのいるわいるわ。

 高崎乗換の合間に改札の外をちょっと偵察。コンコースでは物品販売の
支度中。この辺はまあいいかと、コンビニを覗くと、クリアファイルに
Suicaケースにと 115系さよならグッズが売られており、じゃあこれだけ
とキーホルダーを所望。

 信越線車内はもう鉄分過多状態(笑)で、それぞれ沿線のお立ち台を目
指して降りて行く。そのお立ち台を車窓から窺うと、これまたいるわいる
わ。

 107系の時はパッとしなかったらしいんだけど・・・。

 横川に着くと、残りの皆もどっと駆け出す。下横川の第十五中山道踏切、
今物凄かったんだが皆そこ目指すのか? キャパ大丈夫かいな。

 さて・・・。



 雪の予報で来たわけで、雪といえばと考えていたのが、正面から望遠で
圧縮で白く霞んだ絵面。折角のヘッドマークが鮮明に見えないようでは元
も子も、というのは重々承知、駅で撮って着いたらそのままフツーに撮れ
ば、という算段。

 で、ポジション候補は、桟橋ホームと化している行止り正面から、また
は最後の坂を上ってくる様子を 1番の高崎寄りの先から。入線は 3番だろ
うと思うのだが、折り返す間に定期列車のスジがないから、1番に入れる
ことも可能というのが悩ましい・・・・・なので確定情報がない限り、前
者はギャンブルになり、一方後者であれば、分岐の前で捉えられるから、
堅い。

 降りた電車とざんげ岩を絡めてみたりしつつ、まずは 1番の先へ行って
みる。先客はいたがまだ融通が利く塩梅で、挨拶などしつつ上り方を見や
ると・・・・・ん゛ー、見えん。ロクサンの切り離しをやってたあたりに
柵が設けられ、先の方まで入れなくなってるのが、致命的。

 ならばと本命の線路終端部へ。こちらも人は疎らで、挨拶がてら入線を
訊いてみると、制限のかけやすい 3番のようだとのこと・・・・・そうだ
競合だけでなくそういう理屈があるのだよ。皆側面も入れたいようで、3番
の真正面は完全ノーガード。

 シメシメ。

 パラつく程度だった雪がそこそこの降り方になってきて、濡れるの嫌だ
し場所取りも余裕だしと、一旦屋根の下に逃げる。次の電車・・・・・本
番 1時間前・・・・・が着くまでこのままだろうし、クルマで乗り付ける
人もおるまい。



 警備関係者や JR の人らがやってきて、準備を始め、3番ホームの立入
制限の案内放送が入り、これに安堵する。電車が着く毎に結構な人数が吐
き出され、いよいよ、その時。雪もバッチリ。

 警笛が聞こえ、白い霞の向こうに、見慣れた顔が現われる・・・・・ん?
あ゛あ゛っ、ヘッドマークが真っ白けだ。そうだよ雪の中を走れば、そう
なるわ・・・・・お立ち台の嘆きが、ここまで聞えて来そうである。

 一段落したところで乗務員さんだろうか、借りてきたのかデッキブラシ
で、ヘッドマークの雪を払い落とした。やれやれ。

 幕回しの小ネタも披露するとのことだったが、びしょびしょに濡れた機
材の世話でそれどころでなく、高崎側の先頭と、側面の「ありがとう115系」
のステッカーを収めるに留まる。返しはどうしようか、駅を出るところを
外から撮ろうか、などと考えないでもなかったが、最初と同じ場所から、
見送る頃にする。今度はヘッドマーク見えるし。



 やがて発車の時・・・・・思えば横軽廃止の前は、横川止まりの電車は
3番線で折り返していたのだった。廃止後に駅構内の配線を変えるまで、
暫くそれは続いていたが、その後は夜明かしの電車で埋まる深夜早朝を除
き、原則 1番の発着となっていた。

 つまり、日中 3番から 115系の上りが出て行く様は往時のそれと言え、
またそこでは叶わなかったようなアングルから、今こうして、見送ってい
る・・・・・最初で、最後か。

 通い慣れた終着駅に別れを告げて、「かぼちゃ」の色が名残雪の中へと、
消えて往く。これでまた「国鉄」の面影がひとつ・・・・・峠の向こうで
は達者なのだがこれが。



 折角の雪模様なので、丸山まで歩いてみることにする。廃止後の最初の
冬に、大雪の後を行軍(笑)したことがあったが、あれ以来だろうか。

 体験運転のロクサンの汽笛が聞え、おおそうだったかと、道すがらまず
はこれをぱちり・・・・・シェルパくんが運転シーズンに入っている筈だっ
たが、雪を嫌ったか、動く気配すらない。雪模様のシェルパくんだけは、
撮り鉄のハードル高いよな(悩)。

 そこそこ積もった雪に先客の足跡が残るアプトの道を進んで、変電所前
まで。建物のそばの木は桜と思ったが、まだ蕾も固く小さいところへ、枝
にびっしりと付いた雪が、すぐ先の季節の満開を思わせて、これに暫し見
入る。あーでもないこーでもないと撮りながら、段々帰るのが面倒臭くなっ
てきた。暮れる情景の中ではさぞや・・・。

 そうもいかぬかと来た道を戻り、碓氷関所の様子を見に行く。今日の駅
の賑わいを他所に、積もった雪に足跡一つ無い。これはイタダキと、自分
の足跡入れないように、ぱちり、ぱちり。

 そういえばここの資料館が、老朽化のため丁度閉館したのだった。文化
むら横の麻苧茶屋に場所を移して、史料の展示を行うという。報道では
「あるべき場所」を離れることへの苦渋を滲ますようなニュアンスも見受
けられたが、駅から「アプトの道」へ向かう動線に面する、麻苧茶屋の方
がむしろ人目・・・・・特に一見さん・・・・・に付きやすく、関所跡へ
の関心を引く機会を得やすくなる側面も、ある。資料館もこれまではボラ
ンティア頼みで「たまに開いてる日がある」といった印象だったが、今後
は麻苧茶屋の営業日には、公開されることになる由。



 とうに昼も回っているが、朝から何も食ってない。

 今丁度、釜めしの掛け紙が、60周年記念バージョンなのだ。和テイスト
を通り越して、北斎の富嶽三十六景は「神奈川沖浪裏」の中で、写楽のよ
く見る役者絵の人物と思しきが、おぎのやの釜に乗ってサーフィンしてい
るという絵面。

 やりたい放題である。

 ともかく、これは食べておきたかっ・・・・・正確には掛け紙が・・・・・
たので、カメラ乾かしがてらでドライブインへ。

 売り場カウンターで、釜めしひとつ、とオーダーした目に「残り1つ」
と貼られた紙切れが映った。「60周年記念釜めし」・・・・・この記念掛
け紙のことでなく? 値段がちょっと高い。こんなのあったっけか。

 ちょっと待った。

 訊けば、掛け紙からまた違うらしい・・・・・落とせないな、これは落
とせない。ええい、両方食っちまえ!

 掛け紙だけ 2枚持ち帰るつもりでいたら、この60周年かまめし、そのハー
トマークの掛け紙を捲ると、なんと釜が赤い(驚)・・・・・ああ、還暦
ということか。色味としてはローズピンク、赤13号より気持ち濃い目か。

 荷物、増えましたな。



(終)