四柱推命の実占 ~ 寿夭


はじめに

 ここでは、とくに死亡した時期についての例を取り上げます。死因についてはとくに問いません。寿夭を論じることは天機を洩らすと言われますが、あえてそれに挑戦しようというわけです。

- 内 容 -



例1 ある地方都市の前市長の例

読者からの情報

1941年2月19日生時不明 男命

(戊).6555453525
(午).
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【"hiroto"的審査】
 五行強弱:土金火木、水はなし
 七殺格  喜神:金木  忌神:火土(水)
 寅午戌火局、寅巳刑



【命式】
 とある方から意見を求められていた命式です。意見を求められてからすでに1ヶ月以上たってしまいました。その間忙しかったせいもありますが、時柱をどうするかで考えあぐねていました。
 前書きはともかく、まずは時柱を除く三柱をざっと見てみましょう。
 戊は季節としては弱いのですが、日支に通根しています。庚は巳と戌に通根しており、また辛がありますから、三柱だけみれば、金が強く土が弱い構図です。地支を見てみますと、巳寅戌はいずれも火を蔵しており、寅戌は俗にいう半会ですから、地支の中では火が最も強いといえます。行運に丙丁がめぐると、その影響は強いといえます。
 さて、この方はさる地方都市の市長でした。その前は学校の先生で、校長、教育長までやられています。2000年に市長選初当選。2003年に合併市長選で当選しています。2000年といえば59歳で、そのときすでに教育長であったわけです。
 さて、時柱ですが、この命式を紹介してくださった方は、時柱を戊午と推測していました。私もその方の推測のとおり戊午時だと考えます。12通りの時柱について検討しましたが、最もしっくりくるのは、戊午時であるという結論にいたりました。戊午時だとしますと、戊は2干あることになり、巳寅午は土気を含むうえ(ここは異論のあるところでしょうが)火支で土を生じますから、土金ともに強く、まあどちらかというと土が強い命式となります。すると、木は喜神と考えられます。一種の通関用神的な取り方であります。三柱だけみると、土が弱いのですから木は忌神となりますが、この時柱であれば木は喜神となるわけです。

【判断】
 甲運は、この前市長にとっては、単に喜神運であるだけでなく非常によい運です。それは、午が戊の羊刃(陽刃)であり、甲は七殺ですから、蔵干の甲と呼応して七殺が十分強く、いわゆる「羊刃駕殺」となり、しかも七殺が強くなりすぎないよう「食神制殺」となっています。そもそも、官殺羊刃は権威を持つことになるといわれますから、まさにこの時期に教育長あるいは市長になるべくしてなったというべきでしょう。
 さて、この方は、題にも前市長と書いたとおり、すでに市長ではありません。実は、この方は今年4月に心筋梗塞(新聞報道による)で出張先で突然死しています。
 今年は65歳で、癸運に入っています。癸運は忌神運です。癸は戊と干合し、火と化します。春生まれですが、私は化火すると考えます。というのは、地支が寅午戌で火局をなし、年支巳はバリバリの火支ですから、地支は極端に火が強いためです。化する干合については、いまだに論が定まらないのですが、私は地支において化する五行が強い場合に干合は化するという考えをとっています。
 すると、癸運では火が極端に強くなることになります。しかも流年は丙戌ですから、強い火が金を剋しまた火は土を生じますから、この命式の土と金の強さが同じぐらいという特徴が大きく崩れてしまいます。(両神相生格が破格したという言い方ができるかもしれません)しかも、庚は食神で寿星と呼ばれ、食神が壊されることは、即寿命に跳ね返るとされます。したがって癸運は、この命式にとっては最悪の大運であり、この運で亡くなるというのは年齢から考えてもおおいにありえますし、実際そのとおりになってしまいました。
 死因の急性心筋梗塞ですが、心筋梗塞を引き起こす原因は酸素供給量の不足であり、肺もその原因に大きく関わります。(心筋梗塞の初期に酸素吸入を行います)すなわち、火は心臓であり金は肺ですから、火剋金の場合は肺や心臓疾患が多いのです。(皮膚病や火傷も多いですけど)
 最後に、ではなぜ辛卯月(4月3日か4日)になくなったのか。卯が金の根である戌を合するためと解釈できるでしょうが、必ずしも辛卯月と断定できるほどの根拠ではないように思います。庚寅月でも十分危ないでしょうし、乙未月(7月)もかなり危険です。私ならば、丙戌年乙未月がもっとも危ないと判断するところです。が、その前にお亡くなりになりました。心からお悔やみ申し上げます。


例2 夭折横死の命

『八字応用学宝典』

1975年11月8日酉時生 男命

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夭折。乙酉運癸酉年子月淹死。


【"hiroto"的審査】
 五行強弱:木金火土水
 財帛格  喜神:火土  忌神:木水金
 亥卯半会、


【訳文】
 夭折。乙酉運癸酉年(18歳)甲子月に溺死した。

【命式】
 戊は、通根支はなく(午に土を含むという考えもある)、丁印もあるものの弱いといえます。この命式で強いのは乙木です。これが、木生火、火生土、土生金というふうに五行が生じる関係になっています。このような命式は好命であることが多いのですが、冬の乙木は丁を生じる力は弱く、戊はあまり強くなりません。

【判断】
 行運をみると酉運は卯と冲し、さらに辛を強めますので乙木は弱くなり、丁は弱くなります。よって戊を生じる作用も弱くなります。癸は戊と合して弱めますので、さらに戊は弱くなります。最悪は甲子で、これはまさに日干支の天剋地冲で、戊は頼みの綱の午を冲されて、さらに甲の剋を受けて弱まります。
 天剋地冲は横死しやすく、まさに溺死という結果になりました。通常天剋地冲は太歳干支がもっとも危ないのですが、この例では流月干支です。まさに天剋地冲恐るべし、でしょう。
 ただ、私ならば酉運よりは甲運の方が危ないように感じます。


例3 車禍身亡の命

『子平命学弁証』

1964年8月18日卯時生 男命

.28188
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此造是一薪水階級平凡人物、不幸於37歳亥運庚辰年因車禍身亡。


【"hiroto"的審査】
 五行強弱:木水土火金
 傷官格  喜神:火土  忌神:木金水
 亥卯半会、申辰半会、申亥害


【訳文】
 この命は普通のサラリーマンという平凡な人物であるが、不幸にして37歳亥運庚辰年に交通事故で死亡した。

【命式】
 己は辰に通根しており、また丁の印もあります。しかし壬は申辰亥に通根して申辰は水の半会、甲は亥卯辰に通根して亥卯は木の半会ですから、土よりも強いでしょう。財官に気があり、日主もそこそこ強いですから、成敗的には悪くはありません。しかし、壬と己はあまりいい干関係ではありませんから、苦労はするはずです。印がもう少し強ければいいので、火運になれば発達する命でしょう。(ただし丁火は壬水を合去してかえって悪くなります)

【判断】
 残念ながら、この命は丙運に入る前に交通事故で亡くなりました。交通事故というのは本人に原因がない場合もありますが、多くは本人の何らかの不注意が起こすものです。(被害であっても)日主が弱いので財も官も忌神です。もっともこの命式の並びでは、甲は壬を洩らすので必ずしも忌神とはいえず、むしろ作用的には喜神といえます。すると庚金は、己土を洩らして弱め、壬水を生じて強め、甲木を剋して弱めますから、これははっきりと忌神です。辰は己の根となるのですが、辰は自刑であり辰と辰の関係はあまりよくありません。しかも水の根となります。亥も水の根となりますが、亥も自刑でよくない象意があります。地支の方は方(卯辰)があったり局(亥卯、申辰)があったり、刑があったりで関係が複雑です。このような時期は判断ミスを犯しやすいものです。はっきりこれという決め手は大運と年運ではわかりませんが、現代社会においてはちょっとした判断ミスが命を落とすことにつながるという、ある意味怖い世の中であります。


例4 夭折の命

『達人命理通鑑』

1897年2月25日丑時生 男命

.27177
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甲木、活木也、生於春初木嫩、喜火暖為栄、忌金戕賊、年時酉丑会金、喜得丁火出干為救、故生於富貴之家、運行辛丑、自幼多病、庚子運庚申年卒、得年二十四、木被金傷故也。


【"hiroto"的審査】
 五行強弱:木水火金土
 化木格  喜神:木水火  忌神:金(土)
 丁壬化木


【訳文】
 甲木は活木であり、春の初めではまだ柔らかいので、火のぬくもりを喜び栄え、金が木を損なうのを忌む。年時の丑酉は金の会であり、丁火が透干して救いとなる。よって富貴の家に生まれた。辛丑の行運なので、幼いころから病気がちであり、庚子運庚申年に亡くなる。数え24歳。木が金に傷つけられたためである。

【命式】
 年干月干は壬丁の合であり、季節は春で、日干支、時干が木で木が非常に強いので、この合は木化すると考えるべきでしょう。したがって、木が強い化木格であり、喜神は木水火、忌神は金で、土は時と場合によるといえます。木の強い化木格は富貴の命になる可能性があります。年月干が木化して喜神となりますので、富貴の家に生まれたというのもわかります。
 年時丑酉は会となると著者は言いますが、年と時では遠すぎて会の作用はほとんどないと言っていいでしょう。もちろん金としての作用はあります。
 この命式で悪いのは丁火が合化してしまうことです。著者のいうように丁火は暖の作用があり、丁火が合したり化したりしなければ、金を抑えることができるため、行運に金がめぐってきてもある程度の強さであればたいして問題ないのですが、丁火が合化して木に変化するために金を抑えることができません。したがって、行運で金がめぐってくると非常に悪くなります。

【判断】
 辛丑運は行運の丑が酉と半会して金が強まりますし、庚運では乙木が合されてしまいます。子運では丑と合して子の印の作用がなくなり、庚申年は日月干支との天剋地冲で、忌神の天剋地冲ですから非常に悪い年といえます。寅に火はあるのですが、それも冲されて金を剋すことができず、亡くなったといえそうです。ちなみに数え十四歳は庚戌年で、この年は戌が寅と火局をなすため、金の剋をある程度抑えることができたと思います。


例5 行運喜神、長寿の命

『達人命理通鑑』

1879年3月31日午時生 男命

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中国民主社会党主席徐伝霖先生之造。民国47年元月12日以心臓病逝世、亨寿八十歳、是年為丁酉冬月。



【"hiroto"的審査】
 五行強弱:土火水木金
 食神格  喜神:水金  忌神:土火木)
 戊癸干合、丑午害


【訳文】
 中国民主社会党主席徐伝霖先生の命式。民国47年(1958年)正月12日心臓病で亡くなる。八十歳、この年は丁酉年(前年)の冬月である。

【命式】
 癸水日主の春生まれで季節としては弱い日主です。日支が丑で根となるので従格とはなりません。戊は丑に通根し午に坐しており、とくに日干と合ですから日干に対する作用は強いです。丁火は午に通根しており、季節は春ですからやや強いです。
 五行の強さは土が最も強く、ついで火水の順となります。木は地支にのみあり癸を弱めるというところまではいきません。金は丑中にありますが最弱です。したがって喜神は日主を強める金水、忌神は土火木ということになります。

【判断】
 大運を見てみると、8-18歳こそ丙寅運となりますが、その後は北西の行運、すなわち金水の行運となり喜神運であることがわかります。しかも38歳からは天干も金水運であり喜神運です。
 原文は数え年で表示しているので80歳となっていますが、西方運が終わる、すなわち転角(接木)である78歳がちょうど丁酉年にあたります。大運己はもちろん喜神、いわゆる官殺混雑となります。年干丁は土を生じて忌神、年支酉は卯と冲であり決して忌神とはいえませんが、喜神とも言いがたく閑神に近いでしょう。大運流年だけみれば必ずしも死ぬかどうかは判断つきがたいですが、いわゆる転角であり、年齢も年齢ですから、寿命が尽きたものと思われます。
 また、この命式では丑と午が六害です。癸の根となる丑が作用を失うことを恐れるのですが、行運に子が来ても、合冲が牽制しあい丑の作用が消失することを免れています。この六害が幸いしたというべきでしょう。ただ78歳からの大運は己未であり、未は丑と冲であり、さらに日干支の天戦地冲です。これだけでこの大運で亡くなったというのはちょっと無理がありますが、年が年だけに危ない時期であることは間違いありません。


例6 有名人ながら夭逝の命

『古今七政五余析義』

1956年9月12日巳時生 男命

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【"hiroto"的審査】
 五行強弱:火水木金土
 偏印格  喜神:金水  忌神:木火土
 丁壬干合、巳午火方、申酉金方



【命式】
 正直いって、この命式については私にはかなり難しいです。
 壬水日主で秋生まれですから、季節としては強い日主です。また申に通根しています。一方丁火は日主と合しており、その作用は日主に向かい、さらに丙火、地支に巳午もありますから、火が最も強いといえます。乙木は地支に根がありませんから弱いです。月令は庚金で申もありますからその次。土は最も弱い五行となります。
 格局は迷うところで、従財格ととれそうな気もしますが、月令は偏印ですし秋生まれの水で申にも通根していますから、結論としては内格とします。すると、金水が喜神、木火土が忌神ということになります。

【判断】
 この命の持ち主は中華圏ではかなり有名であり、日本にも多くのファンがいます。残念なことに、2003年丑運癸未年、46歳(満年齢)で自殺しています。
 丑運は酉と会して印となり、また丑中に水もありますから、喜神運といえます。癸未年は癸が火を弱めるため喜神ですが、未は巳午未と南方を形成しますから、火が非常に強くなり明らかに忌神です。年干支は水火交戦状態でこれは全体としては凶といえるでしょう。財強身強なので、財は入ってくると思われますが、精神的にはつらいでしょう。さらに術者によっては、大運丑が流年未を冲していることを指摘するかもしれません。むろんこれも凶意を含みますが、自殺に至るまでの影響力があるかどうかは疑問です。
 実は、私がこの命式を難しいと評価しているのは、夭逝したこともさることながら、この命式が、少なくとも東洋においては有名なスターになれるような命式かと言われると、はなはだ自信がないことにあります。財印が強く傷官もあるので、確かに芸能界向きとは思いますが、世界的とまではいかずとも東洋で名を馳せるとまでは読みきれません。


例7 被槍夭折の命

『星命術語宝鑑』

1921年10月15日巳時生 男命

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 18歳戊寅年被槍死。



【"hiroto"的審査】
 五行強弱:金土水火木
 従旺格  喜神:金土水  忌神:火木
 巳亥冲、酉戌西方


【訳文】
 18歳戊寅年に銃で撃たれて死ぬ。

【命式】
 18歳(満17歳)戊寅年に銃で撃たれて死亡した男性の命です。
 秋の辛日主なので強い日主といえます。また、酉にも通根し印と比肩がありますから、最も強いといえます。癸は亥に通根していますが、亥は巳と冲であり働きはあまりありません。巳火も作用がありません。したがってこれは従旺格といえる命式です。
 喜忌は金土水が喜神、火木が忌神ということになります。
 この命式での癸は戊の生を受けた辛の強さを上手く流す作用となり、喜神といえます。むしろ年干辛が戊の印の作用を奪うため忌神といえなくもありません。

【判断】
 丁酉運は幼時なので影響は少ないでしょうが、一応丁運は忌神運、酉運は喜神運といえます。
 次の丙運は忌神というべきですが、年干辛を取り去るので、忌神といっても日主を傷める作用はほとんどありません。むしろ比肩の奪印の作用をなくすので好作用といってもいいかもしれません。
 問題は次の申運で、巳と合するので巳亥の冲が解かれ巳申亥の作用が出てきます。巳亥申の作用が出てきます。申酉戌の方と巳酉の局が生じます。辛金は確かに強くなるのですが、局と方が地支で混じるのはあまりよくありません。
 16歳丁丑年は七殺年でよくありません。地支も丑がそろい方局ともそろいます。金の方と局は互いに刑となりますからなおさらよくありません。ですから、この年には何やら不穏なできごとがあったに違いありません。
 翌戊寅年ですが、今度は大運申と寅が冲となり、巳亥の冲が復活します。また戊は癸を合して取り去りますから、忌神運となります。これは変則的ながら天剋地冲の状況です。このような年には災禍がつきものです。おそらくは何らかのいざこざが前年に起きて、この年に至って災いとなったと判断されます。銃で撃たれるかどうかはもちろん命式からだけではわかりませんが。
 仮にこの年を無事に過ぎても、忌神運が続きますから、この命はあまりいい命とはいえません。
 似たような命式が「三命通会」にありますが、年支が巳です。申運は年支巳と合となるので、丁丑年でもこの命のような悪さにはなりません。


例8 某俳優の例

『四柱推命術の見方』

1929年4月9日生時不明 男命

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 1984年12月7日(甲子年丙子月乙亥日)55歳 肝臓がん(腸からの転移)にて亡くなる。



【"hiroto"的審査】
 五行強弱:木土水金火
 月刃格  喜神:土火(金)  忌神:木水
 申辰半会



【命式】
 たまには三柱で寿夭を論じてみましょう。この例を挙げた理由はとくにありません。古い本の中からすでに亡くなった方を選んだだけです。
 甲木は月令に旺じており、強い日主です。また戊己土は二干あって辰に通根し巳火の印もありますので弱くはありません。時干支がわからないのですが、一応財旺身強の命といえるでしょう。木土が強いので両神成象格ともとれ、その場合は金は通関で喜神となります。
 丑運から俳優としての地位を確立していったので、おそらく財は喜神だろうと思います。これはあくまで勘ですが、時柱は丙寅ではないかと思います。すなわち食神生財です。

【判断】
 さて、壬運甲子年に肝臓がんで亡くなったのですが、甲子年では申子辰の水局が成立します。壬運ですから甲木は浮木となります。季節が冬になりますと浮木の害がひどくなります。甲年ですが、甲は己と合して土を取り去ります。木土ともに弱くなるので、これは腸から肝臓へがんが転移したというのに符合すると思います。
 では30代後半の子運はどうだったのでしょうか?35歳は甲辰、そのあとは順に乙巳、丙午、丁未、戊申、己酉 と続くので、水が溢れることはありません。大運と年運のからみで亡くなったと判断します。


例9 百歳命の例

『星命説証正編』

1534年12月23日戌時生 男命

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一生多成多敗。99歳壬申年沖丙運十月寿終。



【"hiroto"的審査】
 五行強弱:火土木金水
 食神格  喜神:金土  忌神:木金水
 申辰半会


【訳文】
 一生の間に成功、失敗が数々あった。99歳壬申年丙運を冲し10月に亡くなる。

【命式】
 辛は冬生まれで戌に通根しています。丙は辛と合しており冬なので化水しそうですが、子午は冲で力がありませんし、命中に水は少ないので単なる干合となります。丙は午未戌に通根しています。甲は未に通根し、戊は未戌に通根しています。強さからいえば火が最も強いことになります。よって金土が喜神、木金が忌神となります。水は官殺を抑えるのですが、癸は戊を合するので明らかな忌神です。
 地支を見ると子午が冲、子未が害、未戌が刑です。地支に合刑冲害が入り乱れる命式は波乱が多いものです。
 丙正官は辛を焼くというよりも冬の辛を暖める作用であり、また戊は辛を生じて支えますから、日主と正官はバランスが取れているといえます。行運でも丁は忌神ですが、戊が護身の役目を果たして無事です。最もよくないのは癸で、喜神の戊を取り去るので凶です。ただ地支に戌土があり、かろうじて辛を生じるということになっています。それを過ぎると、とくに危ない大運には当たりません。

【判断】
 さて問題の丙運ですが、争合となって正官が強くなります。また壬申年は申が子との会で子午の冲を解き火が出現します。これは壬では丙を抑えられません。ただ、この時代に90歳以上となればいつ死んでもおかしくないわけで、ことさら壬申年に死ぬ理由を命式中に見つける必要はないかもしれません。
 この命は官印双全で財がありますが、財が印から離れているため印を壊すことがないため、天干の配置が絶妙です。辛が戊によって守られるため長寿の命であるといえます。

[2011年8月6日追加]


例10 夭折命の例

『星命説証正編』

1574年3月10日辰時生 男命

.59493929199
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55歳戊辰年死於旅、有児二枝不近枕。



【"hiroto"的審査】
 五行強弱:水木火土金
 傷官格  喜神:木火  忌神:水金土
 卯戌合


【訳文】
 55歳戊辰年になくなる。二人の子供は枕に近づかなかった。

【命式】
 癸水は月令に旺じていませんが、丑辰に通根しています。丙丁火は戌に通根していますが、卯戌の合で力は弱いです。甲は季節に旺じて辰に通根して強いといえますが、地支に水が多く湿木のため丁を生じる作用は弱いといえますが、喜神であることには変わりありません。

【判断】
 さて数え55歳はまだ壬運ですが、壬は丁を合去し、癸は丙を強く剋すことになります。喜神の財を剋したり取り去ったりするのは生命の危険が生じます。戊は癸と合して抑えるのですが、辰は癸の根でもありますので、強弱は拮抗します。
 確かに戊辰年は忌神年ですが、必ずしもこれで死を迎えるかというと、そこまで言い切る自信はありません。ただ、喜神の財が影響をうけるときに命を失うことは少なくありません。

[2011年8月6日追加]


例11 夭折命の例

『星命説証正編』

1595年1月18日辰時生 男命

.56463626166
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果於二十一歳乙卯年十二月、病染吐血寿終。



【"hiroto"的審査】
 五行強弱:火水木土金
 正官格  喜神:水金  忌神:木火土
 丁壬争合、子丑合、丑午害、子未害


【訳文】
 21歳乙卯年12月に、病に侵されて吐血して亡くなる。

【命式】
 壬水が冬生まれで子丑に通根していますが、子丑は合であり弱いといえます。丁壬は争合となっておりあまりよくありません。丁火は午未に通根しており強いといえます。甲は未に通根しています。財が強いので従財格ととれそうですが、壬は陽干で季節は冬ですからなかなか従財格とはとりにくいです。

【判断】
 財強身弱ですのでなかなか財に任じがたく、このような命は夭折することが多いです。初運から忌神運が続きます。26歳までいけば金水運に入りますのでよかったのですが、そこまではいきませんでした。
 己運は甲と合して、月令は土用で未もありまた火は土を生じますので、化土して日主を強く剋します。乙木は丁を生じて財を極端に強めます。また卯は壬の死にあたります。この命式では前年の甲寅年で生命を落としても決して不思議ではありません。

[2011年8月6日追加]


作成 2011年 8月 6日  例11追加
改訂 2020年 9月 5日  HTML5への対応、一部見直し