私の足は、短い。歩いたり、走ったり、物を蹴ったりするのには、取り敢えず不自由はしないが、世の中で平均的な足の長さを要求される条件に直面すると、途端にその短さが露呈し、困ったことが起こる。たとえば、いま流行のショットバー。高めのスツールだけの店だ。どんなに足の長い人だって、あのスツールに座れば、床まで足は届かない。だから途中に足を乗せるためのパイプがある。普通の人はここに足を掛け、カッコよく足を組んだりして、カクテルなどを飲む。私の場合、途中のパイプまでも足が届かない。ブラブラになる。お尻だけがスツールに乗っている。なんか落ち着かないし、カッコ悪い。小学生のような気持ちになる。たとえば、電車の中。両隣が若い人だったりすると、同じように座っていても、私の前だけ立っている人がごく近い。他の人の場合、ひざ小僧の位置がもっと前にある。だからそこに人が立つ。私の場合、ひざ小僧がずいぶん手前に位置する。ひざの前に立たれると、もうすぐ前が人になる。満員の場合、どうも窮屈だし、ゆれると、立っている人のお腹が顔に当たるなどと言うことが起きる。ああ、数えれば限がない。しかし、バイクで起きることに比べれば、こんな事どうってことはない。足の長さは、いや、短さは、バイクの世界では、もっと過激な事件を起こす。

誰でも想像がつくのは、バイクの足つき。きっとオフ車なんかに乗ると、苦労すると書きたいのだろう、と勘ぐられる。もちろんそうです。でもそれだけじゃないんです。そんな甘いものじゃないんです。ご期待に答えて、足つきの話からしましょう。私の足の長さ、いや短さは、銀座三越の紳士服売り場のオーダーメイドのスーツ係りの計測によれば、67センチ。松屋の同係りによれば、67.5センチと言うことになるらしい。これは、あくまでもスーツのパンツのすその長さである。足の長さは、まだ少しある。かかとの高さ。つま先の長さである。これを足してようやく70センチそこそこだろうと思う。かつてホンダのXL-250Rに乗っていた。シート高73センチ。届くわけがない。でもね、シート高79センチのモトクロッサーに乗っていたこともある。シート高自体が問題ではない。お尻を精一杯ずらせば、なんとか届く。足の短いのは、持って生まれた宿命だから、それを怨んでも仕方がない。汗と涙と努力で克服するだけだ。現在のバイクは、ホンダのX4。このクラスでは最もシート高が低い。だから選んだ。しかし、現実は全然違う。何が違うのかといえば、シートの幅である。クラス最高にシートの横幅がある。ボディの横幅も太い。それでなくても短い足がこのバイクの横幅に食われてしまう。だからX4は、見た目よりずっと、シートが高いのと同じ事になる。

X4に跨る。もちろんサイドスタンドははずさない。無用なトラブルは避けるためです。乗ってからはずす。この状態だと、左足がやっとついている。右足は、ようやくステップ。どっこいしょとバイクを立てる。この状態で、両足が爪先となる。つまりこれが最大限の足の長さというわけです。しかしこれでは安定しない。どちらでもいい、足がペタリと着くまでお尻をずらし。片方は、ステップで安定させる。まあ、この方が精神的に安心と言うことになる。瞬間的にシートの上でお尻をずらし、足をペタンです。この「瞬間的に」が結構恐怖となる。右の足がペタンの状態だとしましよう。何かの理由で左足がつきたくなる。するとまず、右に少し傾いているバイクを真っ直ぐの状態にし、左にほんの少し傾ける。ほんの少しだけ。その瞬間に右足は大地を離れ、(両足が大地と無関係になる瞬間だ)お尻が左にずらされ、バイクが大きく左に傾く前に、左足が大地に着地しなければならない。たいがいはうまくいく。でも、たとえば風。左に傾く計算が、風によって右に戻されたりする。大地を離れ、お尻がずらされるがままに、さらに短くなった右足が、再び緊急出動しなくてはならない。こんなはずじゃなかった右足は、焦り狂ってしまうのです。

これをスムースにするためには、やっぱり練習なのです。私の場合幸いにも狭い駐車中のため、壁を右側にして、ギリギリにバイクを止め、スタンドを立てたまま、この「お尻ずらし訓練」をやる。左にコケそうになってもスタンドが、右にコケそうになったら壁に手を付く。右足を着き、お尻をズリッで左足に変える。次は、右足。随分やりました。まあ、お尻の皮が剥けるほど、は大げさにしても、「ヒョイ」と言う感じで右左の足が変えられるようになりました。いまでも時々やっています。乗り初めの頃、何をするのも恐かったので、交差点で止まっても、止まった時の姿勢でじっと我慢。癖で右足を着くタイプなので、右足の爪先は、必死でバイクを支えていました。それがいまでは、「ヒョイ」とお尻移動。右足だけばペタンです。ただスタートするとまたお尻移動が必要になる。これが後ろのクルマから見られると、結構カッコ悪いだろうなあ、と感じるのです。そこでこれをなるべく目立たなくする。こんどは、ヒョイではなく、ジワッ、スーッで移動です。大した差があるとは思えないのですが、まあ、乗ってる人間の心理です。

一度交差点のど真ん中で、右折を待っている時、右足が「つった」ことがありました。まあその時責任重大な右足が、職場放棄にも近いことをしたわけです。「馬鹿者。お前なんかクビじゃ」と叫びたい気持ちです。でもそうはいかない。前を見ても赤信号。行くわけにもいきません。得意の「ヒョイ」をやるにも右足に一時的に体重を乗せなければできません。信号が変わるのを待つだけです。歯を食いしばって、「イテテテテ」をこらえて、耐えました。こういう時って長く感じます。ようやくそのまま走り出して、右折して、ステップで足を伸ばします。「死ぬかと思った」。そんなことでは死なないのですが、あそこでバイクを倒して、足を持って座り込んだら、死んだ方がましなくらい恥ずかしかったでしょう。
両足が同時に「つった」こともあります。
冬のツーリングで、2時間くらい高速を走り続けてきました。適当に防寒具を付けているので寒さは耐えられるくらいだったのですが、足は、両足とも冷え切っていたのでしょう。サービスエリアに入り、ガソリンスタンドに進入しました。冷えている上に、ほとんど運動のなかった両足です。スタンドに止まり、足を着こうとした瞬間、まず左足の腿が「ガキーン」とつったのです。これは痛かった。慌てて右足を着こうとしたら、慌てていたせいもあって、変な足の出し方になったのかも知れません。力を入れたとたん、まず足の裏。そしてふくろはぎがつったのです。これまた痛い。思わず「イタタタタタッ」と声を上げたとき、スタンドの兄ちゃんは、驚きの表情です。すぐにバイクを押さえてくれたお陰で少し安心し、サイドスタンドを痛い左足で出して、バイクを転がるように降りました。ちょっと軽めに、
「足が、つっちゃった。へへへへ。」と言うと、なんだと言う感じで、スタンドの兄ちゃんも少し安心顔です。
「りょ、両足だよ。」まだ痛がっている私の顔を見ながら兄ちゃんは、笑顔を取り戻し、
「両足ですか。」と少し馬鹿にした感じ。人の痛さなんて、他人には分からない。
「マンタンにして。」
「はい。中でお休みください。暖かいっすよ。」
うるせーな、よけいなお世話だよ。こちっとらまだ真剣に痛いんだ。それどころじゃねーんだ。と思いながら、
「ありがとう。大丈夫だよ」とさすが大人である。
これもおそらく短足のなせる技だと思う。余裕がないがために、無理が生じるのだ。

しかし足が短くてバイクに乗ることは、損なことばかりなのでしょうか。もちろん「いいえ」です。足が短いから、良いこともあるのです。短足の皆さん、安心してください。
皮のパンツが欲しくて、上野に行きました。D’sが私のよく行く店です。3階に皮のパンツが売っている。足の長さと、ウエストのバランスには、まず他の人では代え難い得意なバランスを持っていることには自信がある。まず、ウエストで選ぶ。当たり前です。たいがいのジーンズは、ここで挫折する。なぜならば、太股がダブダブになってしまうのです。なにしろウエストは88センチ。パンツの股下が67.5センチ。凄いバランスでしょう。そんなもん無いかもしれん、と思いつつのショッピングです。でも、自分よりもっとアンバランス・オヤジが皮のパンツ履いてたぞ、それだけが安心材料です。ずらりと並ぶ皮パンを見てみると、おお、結構あるぞ。90センチ、95センチもある。どんなもんだい、と偉そうです。これ履いてみよう。取り出したのは、88センチ、ジーンズスタイルのごくごく普通の皮パン。
「履いてみていいっすか」店の人に尋ねる。
「どうぞ、こちらです。」
カーテンの中の試着室で、その皮パンは、私を待っていたのかのようにピッタリである。値段は、38000円。予定より随分高い。まっ、いいか。一生もんだもんな。
「これ高いね。」試着室から出て店の人に呟くと、店の人は、不思議そうな顔である。同じくらいの歳のオヤジである。
「ウエストは・・・」と言って脱いだ皮パンを奪うように取る。
ちょっと待って買うよ、まけてくれるかと思ってちょっと言っただけだよ、と思っていると、
「お客さん、ちょっと待っててください」と言い残すや、その皮パンは残したまま何やら店の裏に消えてしまったのだ。待つことしばし、奥から出てくると透明ビニールの袋に入った皮パンを持っている。「高い」と言ったので、安物を持ってきたのだろうか。
「これね、偶然なんだけど、ウエスト88。あれと同じ会社。履いてみる。」
ほんと同じだ。店のオヤジは続ける。
「こないだね、お客さんがこれ買うって事で、その人に合わせて裾を切ったのよ。そん時、間違えちゃって、切り過ぎちゃって、その人に合わないわけ。つんつるてん。それで返品になっちゃったのよ。お客さんに合えば、半額でいいよ。」
他の人には「つんつるてん」。複雑な心境である。納得はいかないが、しかし、いい話である。
「履いてみるよ」。やや不満そうにパンツを受け取る。
再びカーテンの中、ウエストは実証済み。あれれ、長さもピタリである。いや、やや長め。
「どうかなあ。」子供ぽく親父に尋ねる。
「いゃー、ピッタリだね。バイク乗るんなら、少し長めがいいよ。乗ると膝で食われるからね。そうそう、ちょうどいいよ。いい長さだよ。」
あんまりいい長さだって言うなよ。他の人が短すぎたやつだろ。「つんつるてん」なんだろ。お前が間違えて切っちゃったやつだろ。ピッタリと言うことは、少し長めがいいと言うことは、俺の足がはるかに長くない、と言う事じゃないか。
「ほんと、半額でいいの」またまた子供っぽく尋ねる。
「半額でいいよ。商品にならないもん。」
むっ、だから、言い過ぎだつーの。それでも、ニコニコ顔で、
「ありがとう。これ買うよ。」大人の会話である。気分は表に出ない。
やったー、半額である。19000円である。足が短かっただけで、19000円も得をしたのである。気持ちは確かに複雑だ。納得できない部分もある。でも凄く嬉しかった。

これは、特別な偶然かも知れません。でも短くていいことは、まだあるのです。
バイクを乗る場合、足の長い人は、その足の長さに頼り気味です。つまり、何でも足を着いて解決してしまう。金持ちが、金で何でも解決するようなものです。例えば、Uターン。我々短足族は頼る足がないので、何とかバランスを取り、両足をステップに乗せたままUターンする。足長族は、ペタリと足を着き、そこを円の中心にしてクルリと回る。でもね、バイクのUターンは、足を着くのは格好悪いのです。下品なのです。両足をステップに乗せたまま、あっと思うくらいバイクをバンクさせ、スルリと回るのがカッコいいのです。従って、短足族の方が、必要に迫られて、カッコよくなれる可能性が高いのです。上手になれる才能をもともと持っているのです。思い出してご覧なさい。有名な日本人のバイクのライダーで足が長い選手がいますか。モトクロスで世界一になったW選手だって、短足でした。たいがいはちんちくりんの短足です。教習所のバイクの講師だって、ほら、どの人も短足じゃないですか。桶川のバイクスクールのインストラクターも、足の長さを自慢できる人は、まずいないと思います。でもバイクの技術は凄い。短いことで、足に頼らず、バランスで克服しようとする。だからテクニックが身に付く。かっこよく乗れる。それが安全に繋がる。これは、良いことですよ。

全国の短足の皆さん、自信を持ってバイクに乗りましょう。ほんの少し、慣れるようになるまで練習すれば、けっこうでかいバイクも乗れるようになりますよ。でかいバイクは、世界が違う、やっぱり楽しいですよ。だいち走っている間は、足の長さは関係ないのですから。