HONDAのバイクが好きなのだ。

私の血液はA型である。従って性格もA型なのだ。「几帳面、気が小さい、臆病、頑固、寄らば大樹の陰」、こうして並べてみると、うーん確かに自分自身だ。嫌な性格だと思う(A型の人すべてが嫌な性格と言っているわけではありません。私のことです)。しかしそんな性格だから「大きくて安定的なものを好む」、「安心で、経済的なものに引かれる」、「人と違ったことはあまりやりたがらない」。保守、安定派なのだ。そうなるとバイクを選ぶ時も、性格が出て、なるべく穏やかに、安全に選ぶ。バイクで目立ちたいために、突飛な車種を選ぶなんて、本当に全然、まるっきり考えない。選び方は、かなり理詰めである。自分を納得させることが大切なのだ。現在のバイク「X4」を選んだ理由も、足つきがいいマルチで、できる限り大きなエンジンだから。しかも、安心できるメーカー「HONDA」だから。デザインとか、人気とか、目立ち度なんかは全く考慮の外。へーっそんな選び方もあるのかー、と驚いてしまうほどである。もともと歴代のバイクの中でも、HONDAが圧倒的に多い。YAMAHAのセロを除いて新車で買ったバイクはすべてHONDAである。XL-250、TLR-200、クラブマン、CB-1が2台、そしてX4。だがHONDAが特別な理由があって、積極的に好きだと言うほどでもない。どこか安心できるのだ。日本で(世界かな)一番大きなバイクメーカー、本田宗一郎、世界GP、F1。HONDAを取り巻くイメージが、何故か安心感を与えているのだ。YAMAHA、SUZUKI、KAWASAKIには、これほどの大きさや安心感を感じない。HONDAに保守本流を感じるのだ。たとえ平均的と言われても、平凡な選択と言われても、別にバイクの車種で、主張したいとは思わない。結局、ごく当たり前のA型人間なのである。
そして大型を取るまでは、HONDAで満足していた。400ccで十分だった。CB-1などは最高のバイクだった。性能的にこれ以上のものはいらないと思っていた。自分は一生400ccでいいと固く信じていた。バイクの乗り方もいわゆる「ちょいのり」が主で、長距離のツーリングにはあまり出なかった。だからそれほど不自由をしなかったというのが正直なところだ。ところが、突然考えが変わり大型を取った。嬉しくてできるだけ大きな大型を買った。当然その大型に乗った。そんなに差があるとは予想していなかった。しかし走り出してからの軽さ、力強さ、加速感、いままで味わったことのない別次元だった。これには驚いた。全く違う乗り物なのだ。400ccで走る長い道程の100キロは、大型で走ればほんの一瞬の出来事のようだ。楽で快適、何のプレッシャーも感じない。自然に遠くに行きたくなった。夢だった北海道にも行けると実感した。大型を買った年、函館まで1日で走り抜け、翌日は宗谷岬に着いていた。初めての経験でかなり疲れたけれど、爽快だった。大型の力を強く実感し、心から感謝した。そして、それはそのままHONDAへの信頼であり、感謝でもあった。X4こそが、生涯で巡り会えた最高のパートナーだと全身で感じ、喜びに震えたのだった。
「X4生産中止」、昨年このニュースが聞こえてきたとき、まさかと思った。すぐには信じたくなかった。ローライドとなって、シート高もまた下がり、ますます乗りやすくなったX4。何年かして、いまのX4がそろそろ替え時になったら、次もX4にしようと心のどこかで決めていた。一生X4に乗ることが当たり前のように思っていた。だが、生産中止ではそれができなくなる。今すぐというわけではないが、必ず次のバイクを考えなければならないときが来る。その時にX4が存在していない。これには困った。何だか夢を奪われてたようで、元気さえも失せてしまった。「であれば、CB1300しかないのかなあ」、渋々そんな風に感じていたのだ。それでもHONDAに裏切られたとは思わなかった。メーカーにはメーカーの都合もあるのだろう。海外で売れそうにないX4では、採算がとれないのだろうと、まだHONDAを信じていた。やはりA型。根っからの保守派なのである。


物足りないぞHONDAのバイク。2003年モーターサイクルショー

昨年のモーターサイクルショーは、あいにくの雨だった。しかしそれが返って来場者数を減らしていて、比較的のんびりとバイクを見て回れた。もちろん、いつかは必ず来る次のバイクを考えてのパートナー選びというわけだ。新しいCB1300が発表されてまもなくのことだったから、ひとまずこのバイクに跨り、足つきを確認できればいいなあと思っていた。足さえつけば、CB1300もX4と同じように乗り回せる自信があった。だから真っ先にHONDAのブースに向かい、少しドキドキしながらCB1300に跨ってみた。「うん、なんとか足は届くぞ。これならいけるかも知れない」と思った次の瞬間、ハンドル回りが眼に入り、愕然とした。「何だこのちゃちさは。おもちゃじゃねえか。」。しかもデザインの悪さ。頼りなさ。X4で慣れた眼には、CB1300のハンドル回りは、250ccのそれくらいにしか見えない。失望で気が遠くなりそうだった。このバイクではダメだ。足が届いてもダメだ。ハンドルを替えてもダメだ。とてもパートナーとして愛せないと、見事に失恋してしまったのだ。(CB1300のオーナーの方を悪く言うつもりはありません。これは私の感じ方であり、個人的な問題です。怒らないでくださいね。)次にはたと困った。X4の次に乗るバイクがない。ネイキッド、マルチ、1100cc以上、足つきがよく、カウルだけは後付でも付けたい。この条件で、残念ながらHONDAには候補がない。ならば、YAMAHAは、と隣のブースに駆けつける。XJR1300、これならどうか。うーん、違う、どこか違う。だいいちいまさら空冷はないだろう。シート高790はないだろう、と気になるところばかりが目立つ。YAMAHAのプラモデルぽさが、最も気になってどうしても欲しくならない。SUZUKIといえば、GSX1400。油冷エンジン、6速ギア。なかなか興奮のスペックだ。でも、いらない。欲しいのは信頼性、安心感。スピードでも、革新的な技術でもない。これも失格。次にKAWASAKI。男らしくていいバイクばかりだと思う。ZEPHYR1100、ZRX1200。とてもいいけど、やっぱり違う。どこか違う。自分の場合、このバイクでどうやって長距離ツーリングをやれと言うのか。設計者の意志が全然伝わってこない。・・・・困った、ない、次のバイクがないのだ。

最初から自分には、外車は全く視線の中になかった。自分がHarley-DavidsonやBMWやDUCATIに跨り、旅をすることが想像できないのだ。経済的にも、欲求的にも、海外のバイクに乗りたいとは全く感じていなかった。確かに仲間には、たくさんの外車ファンがいる。走りの味が違うなどと言うことをよく耳にもする。だが、それほど魅力には感じなかった。同じ距離をバイクで走るなら、最優先すべきは安心感だと決めつけていた。むしろ外車には、マルチが少なく、楽そうなポジションのバイクが少ないため、自分は決して選ばないバイクと決めつけていた。BMWにしても、乗っている仲間の後ろを走ると、タイヤの細さ、音の軽さなど、乗ってみてではない体感に、何だかがっかりしていたのだった。検討しても無駄かなと思っていたが、でも、ここはモーターサイクルショー。目の前にあるんだから参考に跨ってみてもいいじゃないか。そんな気持ちで、BMWのブースに入ってみた。高いステージの上では、発表されたばかりのR1200CLが、可愛いおねーちゃんのアナウンスで紹介されていた。見るからにどでかいバイクだ。これは大きすぎて、家の車庫には入らないや、とまずは諦めた。それに足も届かないだろうと勝手に決めつけた。ところが、後ろを振り向くとその実車がそこにある。お触り、跨り自由である。(誤解されるようなそんな卑猥なところには行ってませんよ。)恐る恐る跨ってみた。するとどうだろう、意外や意外、不思議不思議、足がかなり楽に届くのだ。まか不思議である。ポジションもめちゃくちゃ楽。ハンドル回りのデザインも、とてもとても素敵。降りて眺め回すと、トップケースもついている、サイドパニアもついている。カウルも大きく、雨でも濡れない。足だって濡れそうにない。走っている限り、突然の雨でも2、30分は凌げるだろう。「これは、すごいバイクだ。ちゃんとロングツーリングを想定して作られている。しかもタンデムでもツーリングできることが前提になっている」。これには参った。いままで見てきた国産車と設計の思想そのものが違う。デザインの出発点自体がが違う。もし、これで北海道に行っていたら、もっともっと楽に、楽しく、大人っぽく走れただろうと痛感した。が、しかし、240万円、マルチではなく水平対向2気筒エンジン。やはり買うまでには至らなかった。ただ、視野の中に「外車」が入ってきたことは確かだった。静かな保守本流「国産党」も、自ら革新を起こしつづけない限り、大衆に見放されていく典型みたいだった。


ますますがっかりだぞ、HONDAさんよ。2004年モーターサイクルショー

今年のモーターサイクルショー、4月3日に東京ビッグサイトまで行って来た。すごくいい天気、暖かい。その分人出もわんさか。会場は人だらけで、ゆっくり見てはいられない。しかし、次期バイクがどうしても気になって、来られずにはいられなかったのだ。昨年同様まず、HONDAのブース。一年経ってCB1300に変化はあったのか。・・なかった。カラーリングが変わっただけ。あの重いだけの印象しか残らないデザインも、ライダーが最も長い時間見つめ続けるハンドル回りのデザインも、何か頼りなく、「Big1」などという風格はどこにも感じられなかった。また、このバイクを誰が、どう使うのか、バイクそのものの使う側への思想が全く伝わってこない。ただ性能良く、信頼性高く動きます、と言うだけのバイクでしかなかった。確かに、今のX4と同じくモトコのカウルを後付けし、GIVIのトップケースを付ければ、ツーリングには使える。今まで通りのツーリングはできる。でも何だかそれでは満足できなくなっている自分がいるのだ。世界には、自分のようにツーリングだけが目的で、しかも別にバイクじゃなくても良いのにバイクで出かける人間がいて、その人達のために、設計の出発点から考えたバイクがあることを知ってしまったのだ。もちろんバイクは、人それぞれに乗り方も、乗る目的も違う。だから、どのような使われ方にも対応できることも大切ではある。すべてのバイクがいま言うようなツーリングバイクである必要はない。でも、日本のバイクは一体そのバイクが何の目的なのか全く分からない。街をサーキットのように走らせるイメージだけのバイクか、機械として良くできているでしょうと言うバイクか、お金がなくて車が買えない人には便利ですというスクーターぐらいしかない。最も大切なバイク乗りのライフスタイルへの提案がない。バイクが喜んで使われることへの開拓がない。バイクを愛する人への愛情がない。ただの機械でしかない。技術という名のハードウエアしかない。バイクを使うことへのソフトウエアが入っていない。よくもまあ、みんな我慢して乗っているなあ、とさえ思ってしまうのだ。

国産のブースを一通り見て、DUCATIのブースを覗いた。あれれ、と倒れてしまいたいと思うほど、デザインがいい。きれいを超えて艶めかしくもある。これにはこれの思想がある。乗る人に、乗っているだけで快感を与えようとしている。ツーリングバイクとしての機能性なんか微塵も求めてはいない。機械としての信頼性や技術力だけを求めているのでもない。このバイクを作った人が求めているのは、エクスタシーだ。艶やかさだ。DUCATIに乗る人は、たとえ他の全てが不便でも、このエクスタシーと共にいることに満足を感じるのだ。わかる、わかる。このバイクでのロングツーリングは、ある意味で、最高に楽しいものになる。わかる、わかる。最高に美人でグラマーな愛人と二人だけの愛欲の逃避行をしているあの気分だ(そんなことしたことはありませんが)。これならば、機能性がなくても許せる。むしろない方がいい。ただ、このバイクは自分には合わない(愛欲の逃避行がしたくないわけではありません。)。バイクには、それを求めていない。
Harley-Davidsonのブースにも行った。え、えっと思うほど、全体のデザインが変わっている。いままで抱いていた何となくごつい感じのHarley-Davidsonではない。主なる仕様は変わっていないのだろうが、ひとつひとつのパーツが洗練されている。少しずつ、気がつかれなくても変えてきたのだろう。その組み合わせと努力によって、ずいぶん違う印象になっている。これが進化だよな、と思う。また、新しい領域のVRSCに至っては、美しさが際だっている。プレーボーイに出てきそうな知的な方のアメリカグラマー・モデルを感じる。こうした開発が国産車にはどうしてできないのかと思う。世界で一番たくさんのバイクを作っている国じゃなかったのか。技術的には最も進んでいる国じゃなかったのか。一度は経営の危機に立たされ、今なお苦しんでいるHarley-Davidsonにさえ、国産車達は、その思想と努力に負けてしまっているのだ。ただの負けではない、完敗している。結局、競争力は価格だけになっている。でもそれも、いずれは負けてしまうかも知れない。いまのような商品しか作れなければ、新しい時代のバイクのニーズに置いて行かれてしまう。なんとも情けないのだ。

さらに、BMWのブースに行ってみる。去年ショックを受けた場所だ。すごい人で、ほとんどバイクが見えない。近づくこともできない。でも、我慢、我慢。腹を立てて帰ってしまっては、何のために来たのか分からない。我慢強いのもA型だ。我慢しながら、遠くからいろいろな車種を眺めている。たくさんの車種がある。でもエンジンはほとんど同じ。水平対向の2気筒だ。実はこのエンジンこそが、BMWを好きになれない理由なのだ。バイクの横に突き出したエンジンのヘッドがどうしても馴染めない。格好良いとは見えないのだ。禿のオヤジの頭が、穴から覗いているようなのだ。それに転けると怖いのだ。おまけに4気筒ではないのだ。このエンジンである限り、決してBMWには乗るまいと不思議に決心していた。あくまでも個人的な好みの問題で、どうしても許すことができないのだ。勿論「Kシリーズ」があることも知っている。縦置き、横倒しの4気筒マルチだ。マルチであることは、好みではある。しかし、エンジンが倒れているのが気に入らない。ピストンが上下じゃなく、左右に動いている。これが理想的だとは、カタログなどに書かれているが、じゃあ、BMWのクルマでも採用しろよと言いたくなる。このレイアウトは、け?こう苦しまぎれのような気がする。なんだか万有引力の法則に反している気がする。ニュートンに申し訳ない。HONDAのノーマルな横置き、垂直ピストンにあまりにも慣れすぎなのかもしれない。そんな思いを持ちながら、K1200RSに跨った。「おおっ、楽に足がつく」、当然です。シート高は770と800の二段階に調節できるのです。しかもシートもボディも乗車部分がスリムだからスッと足が届くのです。「ハンドル回りが美しく、機能的」、そりゃそうでしょ、全体のデザインコンセプトがしっかりしているから、どの部分のデザインも矛盾がない、まとまりがある。国産のあまっている部品の組み合わせではないのです。ウインカーのスイッチも左右のグリップの根本に付いている。これの方が便利に決まってる。「なんだこのスイッチは」、おおグリップヒーターだ。すべてがなんとも切ないくらいに嬉しい仕様ではないか。スイッチ自体があることより、それをつけようとした思想に感動する。縦置き、横倒しエンジンでもいいか、という気になってくる。しかし、しかしだ、240万円なのだ。CB1300より140万円も高いのだ。この価格差には愕然とするばかりか、諦めろと言う声にも聞こえる。240万円は、高すぎる。無理して買うことが正しいとは思えない。たかがバイクに、たかがツーリングに行くだけの道具に、この金額は投資できない。CB1300をコツコツ改善して、この思想に近づけることが現実的なのだろう。そして、普通みんなそうなんだろうと、A型の諦めが顔を覗かせた。


2年後HONDAがこのままだったら、ビーマーになっちまうぞ!宣言

しかし、帰り道に考えた。眼に焼き付いたK1200RSが、頭から離れない。高い、確かに高い。でも、今すぐ買おうというのではない。いまのX4が今年の10月に車検で、まる6年。あと2年くらいは乗るつもりだ。その時どうせ下取りはたかが20万円くらいだろうから、税金、保険を考えればCB1300でも100万円の金はかかる。だとすれば、あと150万円あれば、K1200RSは夢じゃない。クルマを新車で買うことを思えばそんなに高価でもないではないか。2年で150万円。一年75万円。時間をかけて節約すれば、不可能ではない。そして、このバイクを買えば、一生物でしょ。最低でも10年は乗り続けられるでしょ。その時自分は幾つなんだと思ったら、人生最後のバイクなのかも知れないと思い、ゾクッとしたのだ。そのくらいの贅沢、我が儘、自分の好きなことをやっても罰は当たらないと思う。考えれば30年間、よく働いた。夜も昼もなく仕事仕事の毎日だった、人生の最後に、乗りたかったバイクに乗れなかった悔いを残すのは、あまりに惨めだ。なんてちょっとおセンチになって、心の奥底に「ビーマーになってやる」と思い始めたのだった。東京駅までのバスの中、桜が満開、ぽかぽか陽気。何かいいことが起こりそうな予感がしたのだ。「俺もビーマーか・・・」。
ただし、HONDAよ、もっともっと深くバイクと、バイク乗りと、バイクの未来を考えて、本当に求められているバイクを作ってくれたら、やっぱりHONDAを選ぶよ。本当は、HONDAに乗りたいのだよ。ドイツでも、アメリカでも、イタリアですら(イタリアのみなさま、失礼)できたことなんだ。どうして世界で最も高性能なバイクを作ることのできるあなた達に、それができないのだ。それをしようとしないのだ。もしやらなければ、これからのバイクメーカーとしての未来はないよ。売れない、売れないと嘆いているより、図体ばかりのプラスチック・スクーターを作っているより、堂々とバイク乗りの気持ちに向かい合ってくれよ。どんな人の心の中にも「バイク乗り」は潜んでいる。そのバイクを見たとたん、そんな気持ちを駆り立てて、バイク乗りがじゃんじゃん増えるような、そんなバイクを作ってくれよ。そのためによーく考えてほしい。考えて、考えて、考えぬいて欲しい。考えてもできないなら、しかたない、いまここでヒントをあげよう。まず、バイクを機械として愛しちゃダメなんだよ。バイクがもたらす世界全体を愛さなくてはいけないんだよ。それには人を知ることだ。人間を知ることだ。気持ちを感じることだ。バイクを愛する人ばかりでなく、孤独だったり、悲しかったり、哀れだったりする人間が、希望を持とうと努力する人間本来の「上に働く」気持ちを理解することなんだ。バイクは、人が生きようとする「力」であり、「糧」のひとつの表現だ。その表現をしやすくすることこそ、バイクメーカーHONDAに求められるものだと思う。分かってくれるかなぁ。鉄のかたまりではなく、ワクワクする感性の固まりを、お願いだ、頼むから作ってくれよ。猶予は2年間。2年経ってもそうしたバイクが作れなかったら、わたしゃさっさと「ビーマー」になっちゃうもんね。そして二度とHONDAのバイクには乗らないもんね。A型だって、一生に一度くらい強気になることがあるんだぞ。


※余談
トライアル・ショーを見た後、BMWのブースでもう一度「K1200RS」に跨っていたら、BMWのセールスの女性が近づいてきて、話しかけてきた。
「いまもオートバイにお乗りなんですか。」
余計なお世話だけど、ボーイッシュでなかなか可愛い女の子なので、答えちゃおう。
「・・・ええ、・・まあ。」
ナイスミドルぼく、ちょっとカッコつけたつもり。
「何にお乗りなんですか。」
ふふふ、足は短いけどこれでも大型に乗ってんだい。聞いて驚くなよ。
「X4です・・・。」
ポカンとせずに、何か反応しろよ。
「X4って、400ですか。」
てめー、このやろー、X4も知らねーでBMW売ってんのかよーー。X4の4は、400の4じゃねーんだよ。4気筒の4なんだよー。帰れ、帰れ、ざけんじゃねえ。
「お前とは、口きかない。」
おっ、驚いてる。まずいこと言っちゃったって感じだ。ざまあみろ。勉強してから出直してこい。
「失礼しました。このバイクいかがですか。」
おいおい、X4を400のままで放っておくのかよ。1300だって答えさせろ。
「あのねえ、X4はこのバイクよりでかいの。1300cc、HONDAのバイク。このバイク? いいと思うよ・・・・」
って喋っている途中に、
「大森のショールームでは、ただいま試乗キャンペーンを実施しています。レンタルバイク並にお貸しして、自由に乗っていただけるキャンペーンなんです。バイクは乗ってみないとその良さは分かりません。特にBMWのバイクは、お乗りいただくといままでのバイクとの違いがはっきり分かります。ぜひ、ご来社ください。お待ち申し上げております。」
と一気に喋った。悪かったなー、違いが分からない男でよー。
「あっ、そう。いいね。ぜひ、乗ってみたいね。」
どうだ、買いそうなそぶりだろ。年齢も、いま所有のバイクも買い換えターゲットにピッタリだろ。売り付けようと思い始めたかな。
「お買い求めにならないで、試乗だけでもいいですよ。」
こらこら、買わないとは言ってねーだろー。買うようには見え、つーこと。
「このシートは、高さが変わるんだっけ。」
知っているけど、ちょっと説明させてやろうと思って、聞いてやった。
「いいえ、このバイクのシートは固定式です。でも足つきはいいはずです。」
てめー、しまいにゃ殴るぞー、このバイクのシートは770と800mmの可変式なんだよー、このやろー、てめーのバイクのことも知らねーじゃねーか。べんきょうしろ、べんきょーしろ。
「そうだね。私は足が短いけど、一応着いてるよ。」
短いのは本当だけど、客だぞ、そんなことないくらい言えよな。
「そうですね。」
もう、やになった。こんなねーちゃん相手にしててもしょうがない。
「カタログもらえる。」
これで最後だ。すんなり渡せよな。
「あちらに並んで、アンケートにお答えください。順番にお渡ししています。」
そうかい、そうかい。ことごとく期待を裏切る奴だな。
「ここでくれればいいのに。」
嫌みのひとつも言わせろ、ってんだい。
「決まりですから。」
誰が決めたんじゃい。そんな決まり聞いてねーぞー。勝手に決めといて、知ったことじゃねーえんだよ。
「あっ、そう。並ぶわけね。」
はじめから、わかってらい。ならびゃいいんろー、並べば。
「ショールームでお待ち申し上げております。」
待ってなくていいよ。またムカッとすんだろーが。
「ありがとう。」
ムカムカしながらも、大人っぽく答えたのです。それにしても、こんなねーちゃん立たせておいていいのだろうか。コンパニオンならまだしも、BMWの制服を着たセールスだぞ。名刺もちゃんと持っている奴だぞ。って、ちゃんと名刺もらっているところは、さすが、俺もオヤジだねぇ。どっちもどっちってことだよな。ははははは。


※お断り
無断でカタログからの写真を使用しています。お許しいただけない場合は、即座に中止いたします。ご連絡ください。