バイクでは、3回目の北海道だ。
それ故、緊張感もなく、準備も楽だった。
行かなくてもいいかな、と言う気持ちも少しあった。
でも、やはり旅立った。
心に、言葉が浮かんだからだ。
走ろう、夕陽が落ちる前に。

■旅の全行程
昨年、雑誌の取材で知り合いになった根室の歯医者さん山口先生。東京でお話ししただけで、私自身は撮影に根室までは行けなかった。まだ行ったことのない根室。話を聞くと根室に行ってみたくなった。知床も行っていない。そして、「北の国から・遺言」の舞台、羅臼。次に北海道に行くときは、ここだな、と決めていた。
前回までの2回は、行きはは、自走した。1回目はともかく北の果て宗谷まで、自分の力で辿り着いてみたかった。だから、1日目に函館まで行き、2目に稚内まで走った。2回目の北海道は、東北で2泊して、のんびりと函館に渡った。富良野から美瑛の風景だけ見ればそれでいいと思った旅だった。いずれも帰りはフェリーを使った。
今回は、最初から往復フェリーと決めていた。なるべく楽してもいいじゃないかと思うようになっていた。調べてみると、大洗から苫小牧のフェリーが一番楽だ。で、それにしようと思っていたが、苫小牧の到着時間が午後になり、1日半、フェリーに潰されることが分かった。そこで、仙台発を選んだ。この便だと、午前中に苫小牧に到着できる。午後からの動きの選択肢がずいぶん広くなる。どうせ、1日つぶれるのだから、仙台まで走っても同じこと。関東からの北海道入りは、この手がなかなかお勧めである。
苫小牧からは、襟裳、根室、羅臼、層雲峡と4泊。帰りは、また苫小牧から、今度は大洗へ。昼頃に大洗に着くので、夕方にはのんびりできる予定となる。出発前は、のんびりした旅をしようと思っていたが、行ってみると一日350キロは走っていた。それでも楽。北海道ならではの旅だ。

■1日目 出発 東京から仙台へ。
仙台からのフェリーは出航が20時ジャスト。仙台までは、せいぜい400キロだから、5、6時間あれば、いやでも着いてしまう。逆算すると午後2時に出れば、8時には着く計算になる。しかし相手はフェリーだ。ぎりぎりに行くのはあまりにも危険。今までの経験でも1時間から、1時間半前には乗船が始まる。だいたい2時間前には着いていたいというのがフェリーの常識となる。となれば、12時には東京を出発したい。それにしてものんびり、ゆっくりの出発だ。仙台まではすべて高速道路。外環に乗り、東北道、仙台南ICで仙台南道路に乗り、仙台港北で降りれば、フェリー乗り場は10分ほど。那須の近くで30分ほど激しい雨に降られたが、6時過ぎには無事到着。乗船手続きをしていると、
「植野さんですか・・・」と声をかけられた。
「私、ゲールですう」。

ゲールさんは、私が登録している「不良中年友の会」の同じくメンバーで、実は初対面である。東北にも何人かのメンバーがいて、連絡を取り合い、ゲールさんが代表で、なんとお見送りに来てくれたのだ。「うわーーっ、嬉しい。はじめまして」となんだか変な挨拶になってしまった。塩竃からわざわざ私のために来てくれる。何ともありがたい話なのである。しばらくお話をして、お土産までいただいて、記念写真を撮って、お別れをした。「気を付けて言ってきてください。私は船は苦手で、フェリーはどうも・・」と仰っていたが、仙台からなら北海道は近い。ぜひ北の大地を訪れていただきたいと思ったのだ。
フェリーにはバイクは比較的速い順序で乗れる。6時半には乗船開始で、出航1時間前の7時には、船の上となっている。このときすでに風呂には入れるし、レストランも営業開始している。今回は、A寝台を予約していたので、乗船後すぐに自分のベッドを見つける。なかなか豪華な二段ベット上段で、スライド式の出入り口や、中には照明、テレビまで付いている。なんとも、カプセルホテルのような気分である。これならば、個室なんていらないぞ。明日の朝までぐっすり眠るだけだもの。
まだ、乗客の少ないうちにと早速風呂に入ろうと着替えと財布だけを持って風呂場に。確かロッカーがあって、鍵が掛かるはず。貴重品はその中へと思って行って見ると、やはりロッカーがある。よしよしと全裸になって、ロッカーの鍵をかけようとすると、な、なんと100円玉が必要なのだ。小銭は持ってきていない。もうすでに全裸。参ったなー、しかしこのまま置いても行けないし、としかたなくもう一度パンツを穿こうとして下を見たら、なんと床に100円玉が落ちている。自分のものでないことは確か。でも、これこそ神様の思し召し。ありがたく使ってしまいました。
「これは、旅の出発になんともラッキーな出来事だろう」。この旅は素晴らしいものになる予感がしたのでした。

太平洋フェリー 仙台〜苫小牧
毎日就航 仙台20時発 苫小牧 翌10時45分着 14時間45分 560キロ
A寝台料金 9,500円 バイク(400cc以上) 7,500円
※インターネット予約は10%割引 

写真左 仙台港のフェリー 何じゃこの写真は。
写真中 ゲールさんのお土産。仙台名物の笹蒲鉾と乾燥ほや。食べきれないくらいたくさんでした。
写真左 船内の夕食バイキング。1500円もしたけど、まあ満足。風呂上がりのビールがうまかったなぁ。

■2日目 苫小牧〜襟裳岬 180キロ
10時45分、予定通りにフェリーは苫小牧に接岸した。考えてみれば、苫小牧から北海道にはいるのは初めてだ。昨年の北海道では帰りの便が苫小牧発大洗行き。乗ったことはあるけど、降りたのは今回が初体験。苫小牧と言えば、王子製紙の大工場がある。フェリーからも煙の上がる王子製紙の工場の煙突がよく見えた。ああ、北海道だなあ、と胸がジンとしてきた。
何故北海道なのか、それまで深く考えたことはなかった。最初は日本最北端が北海道にあったから北海道に行っただけだ。その後、日本最南端を目指した。それが終わって、旅の楽しさが次第に分かってきて、バイクで走ることを考えるたびに、時間が許せば、北海道を走りたいと感じるようになっていた。まず何と言っても夏涼しいのが嬉しい。道が広く、真っ直ぐで、快適なのが嬉しい。食べ物がおいしく、様々なものに出会えるのが嬉しい。でもそれが北海道の魅力かと言えば、それだけではない気がする。北海道の持つ自由さ、開放感、都会から離れたという充実感が格別なのだ。自分自身の日常とはかけ離れていることが、何度も北海道に来たくなる理由かも知れない。
フェリーを下り、苫小牧を離れ、海岸沿いにどんどん南下、襟裳を目指す。ウイスキー・メーカーの取材で、クルマで北海道の各地を訪ねていた頃、サラブレッドのテーマで、浦河まで行ったことがある。でも、南下もその時はそこまでで、襟裳岬には行かなかった。だから今回が初めてとなる。今夏の旅を計画しはじめた頃から、すこし丁寧に北海道を回りたくなっていた。バイクで旅をするとついつい走り通しになる。なるべくバイクを止め、バイクを降りて、いろいろな場所を見てみたくなったのだ。それには旅に慣れてきたことと、バイクに対するほんの少しの自信が生まれたことに理由がある。走って、目的地に着くことだけで精一杯だった気持ちに、余裕が生まれてきている。旅をますます楽しくしたくなったのだ。
苫小牧から襟裳に向かうルートは235号から、いつの間にか336号に変わる。日高本線沿いに門別、新冠、静内と下っていくと、回りはサラブレッドの牧場ばかりだ。サラブレッド銀座などとも言われるくらいたくさんの牧場が次々現れる。競馬好きの人なら感動するのだろうが、あまりに興味がないため、なんだか素朴さが無いなあ、などと感じてしまう。そんなわけで、確かにグリーン一色の牧草地に馬がぽつんぽつんといる風景は北海道らしく、ワクワクさせてくれるはずだが、なんだかあまりにも整備されているためか、かえって単調で、つまらなく感じてしまう。人の気配がありすぎるのだろうか、広々とした開放感が少ないのだろうか、やはりこの辺りはサラブレッドで稼ぐ人間の欲望が少し強すぎるのかも知れない。静内を通り越す当たりから風景もだんだんと素朴になっていく。ああ、北海道だなあ、となんだかニヤニヤしたくなってくる。同時になんだかお腹もすいてきている。2時を過ぎている。お腹もすくわけだ。ちょうど三石に道の駅がある。運良く何か食べ物にありつけるかも知れないと言うわけで、駐車場にバイクを入れる。駐車場には難題かのバイクが停まっている。ライダーが2、3人話をしている。すぐ近くにバイクを停めると、なんとなく目で挨拶をした。ナンバーは、千葉。ずいぶん遠くから来ているのだ。

道の駅「みついし」は、出来立てとばかりに綺麗な施設で、海のすぐ脇に建られてる、海沿いにはキャンプ場もあって、素晴らしい環境となっている。こんな所でキャンプもいいだろうなあ、と思いつつ2階のレストランへ。これがまた見晴らしが素晴らしく、気持ちのいいレストラン。お客さんも結構は行っている。張り紙で、名物「穴子天ぷら丼」とあった。いいじゃないですか、これにしましょう。というわけで出されたのが、写真の「穴子天ぷら丼」。このボリュームは凄かった。でっかい穴子がどんぶりのご飯に刺さって、立っている。しかも3本、4本と凄い量。いくらお腹がすいているとはいえ、とても食べきる自信がない。しかも、2時過ぎ。全部を食べたら夕食も入らなくなってしまう。でも、残すのも悔しいし、レストランにも悪いなあ。

そんなことで食べはじめると、確かにおいしい。おいしいけど少し大味。食べているうちにさすがに飽きる。2切れ目まではおいしい穴子だったのに、3切れ目からは、少ししつこい。4切れ目まではどうしても箸が進まない。おいしいのに勿体ないのだ。しかたない。ここは馬の国。すべてが馬並にできているのだろう。
三石を離れ浦河に辿り着くと、標識の行き先も「えりも」に変わる。ちょっと苦しいお腹を抱えて、「なにもない」襟裳を目指す。襟裳岬は、風が強いことで有名だそうだ。岬の最も先端には「風の館」と言う施設があって風の研究が行われているという。自分のホームページのタイトルが「いつも風のように」なので、ここはきちんと知っておかなければなどと考えていた。しかし、風が強いと言ってもどの程度凄いのか、興味がありつつも、少し怖かったのも事実だ。バイクは、風に強くない。自分も強すぎる風には吹かれたくない。きっとすごいのだろうと覚悟はしているものの、近づくに連れ、やはり怖くなってゆく。

歌別で国道から右に折れて、襟裳岬に入ってゆく。道自体は全く変わらないいい道が続く。しばらく走ると、風景が一変する。怖ろしくなるようなグリーン一色の台地の上を走る。風も確かに強い。昨年行ったイギリスの南端、ビーチー岬の風景にそっくりだ。広大な緑の大地。風が強すぎて、高い草木は生えることができない。いやいや、凄い凄い。こんな所ならもっと早く来たかった。岬自体より何故ここをもっと観光化しないのだろうか。この凄さを知らせることができれば、これを見たさにやってくる人は多いのではないだろうか。その台地を通り越して下りはじめると、すぐに襟裳岬の駐車場の入り口だ。そこはもうどこにでもあるような観光地になっている。なんとなく安心できる。カメラを持って岬の先端まで歩く。風の館の先がもう、襟裳の最先端。お約束の写真を撮った。

その日の宿は、襟裳岬の展望台から、歩いていける距離のはず。何しろ襟裳岬の先端に最も近い宿屋と言うことで予約したのだ。今回も、泊まるところは東京からインターネットで探し、すべて予約してあった。いつもはビジネスホテルを中心に予約しているのだが、今回は旅館や民宿にしようと思った。ビジネスホテルだとどうしてもある程度の大きさを持つ町になる。なんとなくそれが嫌で、ビジネスホテル並の値段の宿屋を探したのだった。宿屋の名前は「山水閣」。名前は凄く立派。東京から電話で話したときは、一泊2日2食付きで8000円。食事を少し良くすると10000円と言われ、せっかくだから10000円を予約した。夕食は、お部屋ご準備いただけると言うことだ。
展望台を出て、すぐに右に曲がる小道に入る。注意しないと絶対に見落とすような看板で、「山水閣駐車場」と書かれている。ただの砂利をひいたスペースで、その横のただの民家が「山水閣」らしい。期待はしていなかったものの、あまりに普通の家で驚いてしまった。それでも、中にはいるとかろうじて旅館だ。少なくとも部屋は分かれていて、鍵も掛かる。通された部屋は、6畳ほど。二階の角の部屋。窓からは海が一望だ。一番いい部屋じゃないのかな、と思って少し喜んだ。後の部屋は廊下沿いに並んでいて、海は見えそうにない。冷蔵庫も付いていて、冷えたビールも入っている。まだ残っている笹蒲鉾を冷蔵庫に入れ、保冷材を氷室で冷やした。まだ、「穴子天ぷら丼」が胃の中にいて、笹蒲鉾にも手が出ない。しかも夕食は6時半だと言っていた。あと1時間じゃないか。

写真右 ぽつんと停められた愛機。良く走ってくれた。ありがとさん。
写真中 夕食のすべて。なかなか豪華。右側の毛蟹にご注目。右足がない。
写真左 刺身の皿。イカあり、さざえあり、つぶ貝ありの豪華版。

■3日目 襟裳岬〜霧多布岬〜根室 343キロ
今回の旅の中で北海道では一番距離を走る日だ。もう一日あれば、釧路で一泊して、辺りをうろうろしても良かったのかも知れない。その後の予定も考え、ともかく根室を目指すことにした。この日も天気は上々。朝、旅館のおばさんと昆布取りをしている漁師たちを見ながら話していたら、今年これだけ晴れたのは今日が初めてだという。5月頃からずっと天気が良ければ、波が高く、海が静かだと天気が悪かったらしい。「天気が悪いと昆布が取れないの」と聞くと、「あたりまえだがね。昆布は干せなんだらとれんがね」と言われた。なるほどである。
昼までに釧路に着ければ、あとは悠々だ。ともかく釧路まで急ごうと、あまり景色も名所も気にせずに走った。まあ、あまり見たくなる、行ってみたくなるところもないのがこの辺りなのだろうか。釧路まであと20キロくらいになって、昼までには到着できるめども付いた頃、この日は暑くてたまらなかった。またまた都合良く道の駅があって、一息入れた。白糠町の道の駅「しらぬか恋問」だ。

「しらぬか恋問」、なんだか怪しい名前だ。面白がって付けてしまうところに道の駅の気軽さが出ていると思う。少し無責任なくらいがちょうど良く面白い。海岸まで出て、しばらくのんびりとした。そう、今日は日曜日。家族連れが遊びに来ている。この辺りなら釧路までクルマで30、40分。充分通勤できるし、商売もできる。いい環境で暮らしているのが羨ましい。しかし、冬はそうはいかない。
釧路に近づくにつれ、クルマはどんどん増えてくる。市内の中心を抜けるルートだったので、思ったより時間が掛かる。それでも昼過ぎには釧路を通過。あとは、遊びながら根室を目指すだけ。根室にはまだ連絡していないが、歯医者のM先生がいる。突然の連絡で驚くだろうか。まあ、ご挨拶だけでもできればいいなあ。

釧路を抜けて、根室までの間でどこか行くところはと、地図を開いてみる。「霧多布岬」、なんだか凄い名前だ。行ってみよう。
霧多布に行くには厚岸から国道をはずれ、あやめが原方面に向かう。国道を走っているよりなんだか嬉しい気分だ。さすがに国道ほど広くはないが、昔からの町中も通り過ぎてゆく。この地に住む人たちのための道路だ。所々、暗い感じの鬱蒼とした林を通る。霧の多い地域らしく植物の様子も少し違う。湿原も多くあるらしくなんだか夜は走りたくないような場所も多かった。くねくねと走っていると突然開けた台地になる。その先が「霧多布岬」。駐車場は完備されているものの、土産屋の一軒もない。訪れる人も少なそうな場所だった。それでも景色は素晴らしくて、高い断崖にしばらく見とれてしまった。

ここは、東側に面しているので、日の出が綺麗だろうなあ。厳寒の大晦日にここに泊まって初日の出を見る人もいるのだろう。なんだか、いろいろな時間の過ごし方が、人それぞれにありそうで、面白いなあと感じる。こたつで、紅白を見ながらの大晦日しか知らない生活もそれはそれでいいのだろうが、もう少し違うことをしても人生面白いのではないだろうか。
最近少し年をとったせいか、残された時間の短さを感じるようになってきた。人の一生を一日に例えるならば、35歳がちょうどお昼。52歳で夕方の6時頃になる。もう夕陽が落ちてしまう時間なのだ。せめて夕陽が落ちる前に、自分ができることをしてみたい。バイクに乗るのもひとつだし、人を愛するのもひとつ。優れた芸術に触れること、感動できる映画を見る、本を読む。自分で何かを創作する。何だかこの年になって初めて、人生でなすべきことが多く感じるようになった。夕陽が落ちる前に、もう少し人生を走ってみたい。