Tateyokology SPIEGEL編

Tateyokology


2.「パノラマ」って何?

「タテの景観」は緊張感、「ヨコの景観」は安らぎ。パノラマ感覚の不思議さ。




●万葉人のパノラマ感覚
万葉集に柿本人麻呂の詠んだ有名な和歌があります。

東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ

『東の空が明るくなり始め、振り返ると西の空ではまさに月が沈もうとしている』という、冬の夜明けの情景を表現したものですね。

1300年前に作者が大きく見渡した範囲は東から西へ180度。薄明の東空からまだ月が残る藍色の西空へと、視線を移す途中の景色は薄暗く、遠方の山並はシルエットになっていたことでしょう。感性豊かな万葉人が見事に明暗を対比した雄大なパノラマ風景が目に浮かびます。万葉集では広い視野の情景を表現した歌はめずらしいといいます。

一方、こんな対照的な和歌もあります。

春過ぎて夏きたるらし白たえの衣乾したり天の香具山

奈良・飛鳥の風景
Asuka, Nara

『春が過ぎて夏が来たようだ。真っ白な衣が干してある、天の香具山に』という、持統天皇が詠んだこれもまた写実的表現の代表作です。
香具山の麓をふと見ると、鮮やかな緑を背景に夏着の真っ白な衣が干してある。「いつのまにか夏が来たんだなあ」と作者の感動した様子が手に取るように伝わってきます。広視野な範囲を柿本人麻呂が詠んだパノラマ情景とは対照的に、視角を絞った望遠的視野で季節の移り目を見事に表現しています。


●「額縁」を通して京都を観る

京都の洛北・大原の「宝泉院」には面白い庭園観賞法があります。「額縁庭園」といって、部屋の開口部を左右二本の柱で仕切った「額縁」を通して庭園を観るのです。正座するとちょうどいい高さに横長の大きな「額縁」が見え、室内が少し暗い演出効果もあって、縁取りされた庭園風景が映画のワイドスクリーンのように浮き上がります。
宝泉院の「額縁庭園」
Hosen-in Temple, Kyoto
遠方の山並を竹林で透かしながら中景の庭園に関連付けて奥行き感を出し、すぐ近くの「額縁」で景観を仕上げてメリハリのある立体感覚を作り出しています。ワイドな「額縁」に沿って視線が自然に移動する「横長額縁の効果」もあって、借景を取り入れた京都庭園のパノラマ景観は心に安らぎを与えてくれます。

源光庵の「悟りの窓」と「迷いの窓」
Genkoan Temple, Kyoto
また、京都・鷹ガ峰の「源光庵」にある二つの窓はこれと対照的です。「悟りの窓」では望遠鏡を覗いたように丸く縁取られた円窓を通して庭園風景を観賞するのです。円窓では視線が中心に集まり、瞑想時に意識を集中させやすくなります。特に紅葉の季節には中央の色付いた楓に視線が集まるように、円窓の視野が構成されています。
正方形をしたもう一つの「迷いの窓」では、四つ角へ向かい視線が均等に動こうとして意識が拡散します。横長の窓のように視線をうまく横方向に誘導してくれません。座禅を組み角窓を通して庭園を観賞していると、名付けられた通り意識に迷いが現れてくるようです。視野を縁取る形によって、庭園を観賞する感覚がずいぶんと変わるものですね。


●「パノラマ」の語源とは

「パノラマ」という言葉は、イギリスの画家ロバート・バーカーが18世紀末に発明した円形絵画装置が語源になっています。これは大きな円筒形施設の内壁全周に珍しい風景や歴史的な戦闘場面の絵画を描いたもので、観客は中央にある展望台に上って観賞します。
「パノラマ館」の内部
Panorama Theater
ヨーロッパではオランダのデン・ハーグなどに、この歴史的な装置を見せる「パノラマ館」が保存されています。日本でも19世紀末に上野や浅草で「パノラマ館」が公開され、大人気を呼んだといいますが、映画の発達に伴って衰退し残念ながら現在では残っていません。

「パノラマ館」では絵に描かれた風景を眺めるのですが、遠景とその距離感を錯覚させるための近景展示物以外は、展望台の床や屋根のひさしで巧く隠されています。観客はあたかも本物の景色の中にいるように感じてしまうのです。現代のコンピュータ・ゲームなどのVR(仮想現実感)に通じるところがあります。

本来の語源からすると、「パノラマ」とは水平方向360度を見渡す「全周」という意味合いが含まれています。しかし今日では、首を振って見渡すような広い範囲の「見晴らし風景」だけでなく、単にタテヨコ比が大きい横長のワイド映像も「パノラマ」のカテゴリーに入るようになりました。



●「ヨコの景観」は気持ちに安らぎを与える

超高層ビルからの眺望(浜松町・世界貿易センター展望台)
Hamamatsucho, Tokyo

「パノラマ」とは室内で観賞する疑似景観装置でした。現代では、山頂や見晴らしのよい小高い丘だけでなく、都会にもテレビ塔や超高層ビルの最上階にパノラマ展望台があります。これらの施設からは、本物の景観があたかも円形絵画装置のように見られるわけです。

都会に増えてきた超高層マンションでは、窓やベランダから見える景色も分譲価格や賃貸料に含まれていて、上層階ほど高額になります。これは「パノラマ」の眺望を楽しむことに価値があるという考え方が理由の一つですが、それだけでは商品にならないので、上層階ほど部屋数が多く豪華な内装の物件構成にしています。高さに比例する価格システムは、1968年に竣工した日本初の超高層ビル「霞が関ビル」(147m・36階)のテナント料に採用されてからといいます。

展望台から下界を見下ろしたとき、まるで自分が神になったような不思議な気持ちを感じたことはありませんか。水平方向に見渡す『ヨコの景観』では、自分の足元から遠くの景色までの連続性が視覚上不明確なため遠近感がはっきりせず、下界と遮断されたような非現実感覚を受けます。しかし、常識的な意識レベルでは連続性を理解しているので心は乱れません。かえって、曖昧な隔離感のある方が安らぎを感じやすいのです。ヨコ方向に首をゆっくり動かしながら視線を移動して眺める景色は気分がすっきりします。

これに対して、断崖や超高層ビルの上から真下を覗き込んだり、下からビルの最上階を見上げるような鉛直方向の『タテの景観』では、自分の足元から見ている物までの連続性がはっきりしているので、「自分が落下する」とか「上から物が落ちてくる」という重力の方向に恐怖を感じて緊張感が発生します。高所恐怖症の人は展望台から真下を見ないで、『ヨコの景観』だけ見るようにすれば気持ちが楽になります。

見下ろす景観に価値があることは、超高層マンション上層階の分譲価格や展望台施設の入場料だけでなく、ヨーロッパアルプスに代表される登山電車やケーブルカーの料金にもみることができます。しかし、標高が高く見事な眺望が得られる場所ほど気候の変化が激しく、霧や雨のために期待を裏切られた人も多いでしょう。円形絵画装置ではない実物の「パノラマ」を楽しむには、コストよりも余裕のある時間と天気運のパラメータが必要です。

超高層ビルから下を見ると
Shinjuku, Tokyo



updated : January 1, 2003
released : August 4, 1996

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