「神の言を証する」   列王記上一三章二○ー三二節
ヨハネ福音書一章一九ー三○節


 列王記一三章の記事は大変不思議な記事であります。どうして聖書にこんな記事があるのかと思うほどに不思議な聖書の箇所であります。わたしは牧師になって、この聖書の記事に出会ったときに、自分の牧師としての原点はここにあるとおもったものであります。こういう話です。

 イスラエルが南と北と二つの国に分裂していた時の話であります。北のイスラエルは、自分達の神をないがしろにして、外国の異邦の神々を拝み出した、真の神を捨てて、偶像礼拝に陥っていったのです。それで、南のある一人の預言者がわざわざその北の国イスラエルの首都ベテルにいって、北イスラエルの王様ヤロブアムの所に行って、「こんなふうにしていたら、神の裁きがくだる」と警告したのであります。

 すると、王は怒って、その預言者をつかまえようとした、そうしたら、その延ばした手が麻痺して動かなくなってしまった。王はあわてて、その預言者に、「どうかあなたの神に祈って自分の手を元通りにしてくれ」と、懇願するわけです。

 預言者は神に祈り、その王の手を元通りにしてあげた。すると王は喜び、あなたに感謝したいから、わたしの家にきて食事をしてくれと、丁重に申し出ます。しかしその南から来た預言者は、「たとえ王宮の半分をくださっても、わたしは一緒に行きません。神から厳しくこういわれている。「この所では、パンも食べず、水も飲んではいけない。行くとき通った道にもどってはならない言われている」。そう言って、きっぱりと断り、来た道をとおらずに、ほかの道を通って帰っていった。

 ところが、そのことを北イスラエルにいた老預言者が伝え聞いた。
この老預言者は、その南から来た預言者の帰り道を待ち伏せした。そして「わたしも預言者です。わたしと一緒に食事をしてください」と誘うのです。するとその南から来た預言者は「いや、わたしはあなたの家に行きません。わたしは神からこの北の国ではパンも水の接待も受けてはいけないと言われているから、あなたの接待を受けるわけにはいきません」と、ここでもきっぱりと断るのです。

 すると、その老預言者は、「自分もあなたと同じように神に仕える預言者だ。天からの使いがあって、『その人を一緒に家に連れ帰り、パンを食べさせ、水を飲ませて接待してあげなさい』と言われている」と嘘をつくのです。
 すると、南から来た預言者は、老預言者が神の言葉を聞いたというので、あっさりと、簡単にだまされてしまい、その食事の接待に応じてしまいます。

 彼らが食卓に着いているとき、老預言者に主の言葉がのぞんだ。「主はこういわれる。あなたは主の命令に逆らい、あなたの神、主が授けた戒めを守らず、パンを食べ、水を飲んだので、あなたのなきがらは先祖の墓にはいれられない」と告げるのです。そして食事のあと、老預言者は南から来た預言者のろばに鞍を置き、彼を見送ります。

 そしてその帰り道、その途中で一頭の獅子がでてきて、彼をおそい、彼は殺されてしまった。その死体は道に捨てられたまま、ろばがその傍らに立ち、獅子もその死体の傍らに立っていた。

そのことが老預言者に伝わりますと、彼は息子たちにろばに鞍を置かして、それに乗り、でかけていきますと、道に捨てられていた預言者の死体を見た。獅子は死体を食べず、ろばも引き裂かずにいた。

 老預言者はその死体をかかえてろばの背にのせて、自分の町に帰り、彼をともらい、丁重に葬った。そして老預言者は自分の墓にその死体を納め、「なんと不幸なことよ、わが兄弟」と言って、彼をとむらった。そして埋葬のあと、彼は息子たちに言った。「わたしが死んだら、この預言者を葬ったこの同じ墓に葬り、この人の骨のそばにわたしの骨を納めてくれ」といったというのです。

 まことに奇妙な話です。しかもこの記事は、列王記のこの一三章の前後とほとんど関係のない記事なのです。この一三章がなくてもなんにも問題が異な記事なのです。なぜこんな話がここに出てくるのか。

 ここにはその預言者たちの名前は一つも明記されていないのです。ただユダから来た神の人、そしてベテルのひとりの年老いた預言者、と記されているだけなのです。南から来た預言者、神の人は「若い」とは記されてはおりませんが、この北の預言者については、老預言者と記されておりますから、ちこの南から来た預言者は、若い預言者という印象を与えますし、その言動からして、いかにも血気盛んな若い預言者として考えて間違いがないと思います。

 なぜ、聖書の中にこんな奇妙な記事があるのかと不思議に思うのです。
 しかしわたしはこの記事に大変慰められたり、励まされたりする聖書の箇所の一つで、印象深い聖書の箇所の一つなのです。

 ここには預言者どうしの一種の権力争いの話があります。権力争いというと、少し大げさですが、少なくとも北の国の老預言者の側からいったら、この南からのこのことやって来た預言者に対する妬みがあった、闘争心があった事は確かだろうと思います。

ししに殺された預言者の死は、われわれに何を語ろうとしてるのでしょうか。神の言葉に従う厳しさについてでしょうか。彼は老預言者の「わたしもあなたと同様の預言者で、み使いの言葉を聞いたのだ」という言葉に簡単にだまされてしまうのです。

 しかしどうやって本当の神の言葉と偽の神の言葉と見分けることができるというのでしょうか。最初に語られた神の言葉がいつまでも正しくて、途中で、神の言葉の変更などあり得ないというのでしょうか。だから、神の言葉を受けたという預言者の言葉にだまされてはいけなかったのだというのでしょうか。

 しかし預言書を読んでいけば、ホセア書を読んでいけばわかりますが、神の言葉が途中で変えられることはいくらでもでてくるのであります。神は決して教条主義者ではないのです。

 南から来た預言者は、自分は神の言葉を告げる唯一の預言者だ、北の預言者は何をしているのかという自負が、誇りがあっただろうと思うのです。だから、王の接待をきっぱりと断る時なんか、気持ちよかっただろうと思います。さぞかし格好よかっただろうと思います。「たとえ、王宮の半分をくださっても、わたしは接待はうけません」というときの若造の預言者の誇らしげな顔が見えてくる気がします。

 人は人に裁きの言葉を告げる時、うれしいものであります。自分は正義の代弁者だ、という自負が出てしまうものです。彼には、自分は神の言葉をうけているのだという自負があったのでしょう。それがこの預言者の若気の至りというものだろうと思います。だから、老預言者から「自分も神の言葉を受けたのだ」と言われた時、その言葉に簡単にだまされてしまったのではないかと思います。

 それにしても、そのあとの老預言者の言動は不思議であります、奇妙であります。
 老預言者はその南から来た預言者が獅子にかみ殺されたと聞きますと、息子達にろばに鞍を置くようにと、命じたあと、恐らく、たったひとりでその死体がすてられている場所に出かけていくのです。するとその死体は道に捨てられていた。しかし、獅子は彼の死体を食べていなかった。彼をのせたろばと獅子がこの哀れな預言者の死体をじっと見ていた。

 老預言者は、その死体を抱えてろばに乗せ、自分の町に持ち帰り、彼を弔い葬った。その老預言者は自分の墓にその死体を納め、こういった。「なんと不幸なことよ、わが兄弟」。自分がだまして神の裁きを受けて死んだいった人に対して、それはないだろうと思いたくなります。

そのあと、彼は息子たちに「わたしが死んだら、この預言者を葬った墓に、自分もまた葬ってくれ。あの人の骨のそばにわたしの骨を納めてくれ」というのです。
 一つの墓のなかに、だまされて死んでいった預言者と、だました預言者の死体が並べられるのであります。

そしてそのあと、この老預言者は息子達にこういうのであります。「あの人が主の言葉に従ってベテルにある祭壇とサマリアの町々にあるすべての聖なる高台の神殿に向かって呼びかけた言葉は、必ず成就するからだ」。

 老預言者は南から来た預言者を妬みました。しか彼が神の言葉を述べた事は疑わなかったのであります。この老預言者は、南からきた預言者を妬み、闘争心をむき出しにして、またある意味ではそのおごり高ぶりを軽蔑していたかも知れない、しかし彼が神から授かった神の言葉は信じていた、という事であります。老預言者は人間を信じなかった。もちろん、自分自身も信じなかった。ただ神だけは信じることができた。

 この老預言者は、自分の中にある嫉妬心、闘争心をよく知っていた。そして自分もまたこの南から来た若造と同じ弱さをもった人間であることをよく知っていた。だから、自分の息子達に、彼を丁重に葬り、自分もまた死んだ時に、この男の傍らに並べてくれと、息子達に頼んでいるのではないかと思いま
す。

 だまされた人間とだました人間が同じ墓の中に横たわるのだというのです。

 神の言葉は、こうした若造の預言者と、こうした妬みと闘争心を一杯かかえた老預言者たちによって、宣べ伝えられていくのだという事であります。「彼が主の命によって告げた神の言葉は必ず成就する」という事なのであります。福音はこのようにして前進していくというのです。

 神の言葉というのは、こうした人間によって宣べ伝えられていくのだという事であります。

 ピリピの信徒の手紙には、パウロが福音を宣べ伝えたために、迫害にあい、獄にとらわれたときに、それまでパウロによって押さえられていた伝道者たちが、パウロがいないことをいいことにして、力を発揮しはじめた。その人たちについて、パウロはこういっているのです。「キリストを宣べ伝えるのに、ねたみと争いの念にかられてする者もいれば」というのです。

 そのあとパウロはこういうのです。口語訳でよみますと、「すると、どうなるのか。見えからであるにしても、真実からであるにしても、要するに、伝えられているのはキリストなのだから、わたしはそれを喜んでいるし、また喜ぶであろう」といっているのです。ずいぶん大胆なことをいうと思います。

 もしかすると、パウロ自身も、自分の心の中に見栄とか、誇りとか、闘争心とか、野心とか、妬みとかを一杯かかえながら、そうしたどろくさいものに駆り立てられながら、福音の宣教にあたったのではないか。もちろんパウロは自分の中にあるそうした世俗的な思いと懸命に戦いながら、伝道者として神の言葉を語ったのではないか。だからこそ、彼は他の伝道者の気持ちもするどく推測できたのではないか。

 福音というのは、そうした生身の人間によってしか宣べ伝えられないのではないか。だからといって、そうした党派心や妬みを手放しで、それは仕方ないとパウロは言うのではないのです。パウロはその手紙の二章三節では、「何事も利己心や虚栄心からするのではなく、へりくだって」といっているのですから、そんな利己心や党派心や見栄とか妬みとか野心によって福音が宣べ伝えられていくのは福音にふさわしくはないのです。

 語る内容が福音なのですから、神の真実と愛を語るのですから、その福音にふさわしい宣べ伝えられかたをし、それを語るにふさわしい伝道者の生活態度が要求されるのは当然であります。
 しかしそれでは福音は、完全無欠な人によって宣べ伝えられればいいかというと、そうではないのです。そんなことだったならば、その任に耐えられる伝道者などいるでしょうか。

 大切なことは、その自分の中にあるどろどろした野心、妬み、党派心を否定し、それと戦いながら、福音を宣べ伝えるということなのではないか思います。

われわれは完全な人間だから福音を証しできるのではないのです。また完全な完璧な人間になってから福音を証しできるわけでもないのです。われわれは土の器なのです、もろいもろい土の器なのです、その土の器のなかにキリストという宝、福音という宝をもっているのです、宝石箱に入っている宝を人々に指し示すのではないのです。

 弟子のテモテに宛てた手紙のなかで、パウロは、「たとい、わたしたちは不真実であっても、彼は常に真実である。彼は自分を偽ることができない」と言っているのです。「たとい自分自身は不真実でも、キリストは常に真実だ」といっているのです。だから伝道者として自分は立っていくことができるのだというのです。

 われわれはもう自分の中にある不誠実とか汚れとか、妬みとか野心とか闘争心を完全に除去しようなどと思っても仕方ないことであります。そういう生身のわれわれを神が用いてくださる、そういうわれわれを通して、神は神の言葉を人々に伝えよとして、福音を証そうとなさっていることを信じていきたいと思うのです。

 イエスの道備えをしたバプテスマのヨハネという人がおります。イエスこそ神がお遣わしになったメシアだと証をした人物です。人々がこのヨハネのことを尊敬して、「あなたはメシアですか」と尋ねると、ヨハネは「わたしはメシアではない。イエスこそ本当のメシアである。そのかたの前では、わたしなどはそのくつのひもを解く値打ちのないものだ」といって、自分は「主の道をまっすぐにせよと荒野で呼ばわる声だ」というのです。

 自分はイエスというメシアを指し示す「声」にすぎないというのです。またイエスを指し示す「手」だというのです。自分はただ「声」にすぎないというのです。大事なのは、自分ではなく、自分の声とか自分の手ではなく、自分が証ししようとするキリストなのだということであります。

 レオナルド・ダビンチの絵に「洗礼者ヨハネ」という作品があります。それは 洗礼者ヨハネが、二人の弟子と一緒に歩いていたときに、歩いておられたイエスを見つめて、イエスを指さして「見よ、神の小羊」といったという聖書の記事を題材にして、ヨハネが天を指さしている手が前面に描きだされている絵であります。それは「洗礼者ヨハネの手」あるいは、「洗礼者ヨハネの指」という題をつけたくなるくらい、「手」が印象深く描かれているのであります。

 しかしそこには、手だけが描かれているのではないのです。洗礼者ヨハネの全身像がなまなましく描かれているのであります。このヨハネは後にイエスに向かった、本当にあなたはキリストなのですか、メシアなのですか、と躓いて、弟子にイエスのところに尋ねさせたという記事が福音書に残っております。

 わたしは牧師になって、どんなにキリストを証する「声」「手」だけになれたら、どんなにいいだろうと思ったものであります。しかしそうなれなかった自分自身を四十一年間を通して味わってきたのであります。

 二八節にこう記されております。「老預言者は出かけて行き、道にうちすてられている死体と、そのかたわらに立つろばと獅子をみつけた。獅子はその死体を食べず、ろばも引き裂かずにいた」。

 ここは、獅子がでてくるのですから、荒野であります。その荒野に老預言者はたったひとりで、立っているのであります。自分が神の言葉を使ってだまして、いわば自分が殺してしまった若造の預言者の死体の前に、立っているであります。 普通だったならば、かみ殺した死体を食べ尽くすはずの獅子は、それを食べないでその死体を見下ろしていた。そしてこの若造の預言者を乗せてきたろばも、いわば自分の主人の死体を引きさかずに、じっと見つめていたのです。
このとき、老預言者は、そのことに神の憐れみを見たのではないか。

 もし預言者に対する神の憐れみというものがあるとするならば、せいぜいこれだけなのかもしれない、ここには、神の厳しい裁きがある、しかし神の憐れみもある、わたしはここを読むときに、荒野でたった一人で立っている老預言者とともに、伝道者に対する神の厳しい裁きと、それ以上に深い神の憐れみと慰めを覚えるのであります。

 牧師にも、というよりは、牧師こそといったほうがいいかもしれませんが、牧師どうしの虚栄とか名誉心とか、そういうものがあります。そういうものを自分の心の中に発見するたびに、苦い思いをしてきたのであります。あのユダからきた若造の預言者の気負いと誇り、そしてその挫折が身にしみてよくわかります。そしてその若造を神の言葉を使って、欺いた、欺かざるを得なかった老預言者の妬みと憎しみもわかりすぎるほどよくわかります。

 しかしその神の言葉を伝えた二人の預言者にもやがて死がやってくる。彼を乗せたろばと彼を殺した獅子が、あわれそうにその死体を見つめている、そういう死がやってくる。しかし、神の言葉はそのしかばねを越えて、伝えられていくのではないか。

 預言者イザヤは「草は枯れ、花はしぼむ。しかし、われわれの神の言葉はとこしえに変わることはない」と預言しているのであります。枯れてしまう草、しぼんでしまう花である人間の口を通して、神の言は宣べ伝えられていくのであります。しかしその神の言葉は永遠に変わらないというのであります。

 先週、あるひとから週報の説教題の予告に「神の言を証する」という題がのっていますが、そこには、言葉という普通使われる字がつかわれないで、「葉」という言葉がぬけいますけれど、それでいいのですかと問われました。

 これはある人がいっていたのですが、日本語の「言葉」という字は、「言」という字に「葉っぱ」という字がつかわれていて、葉っぱとなるとなにか吹けば飛ぶように軽い感じがしてしまう、しかし神の言葉は、吹けばとぶようなそんな軽いものではない、だから神の言葉というときには、わざと「葉っぱ」を現す「葉」という字を抜かしてもちいたほうがいいというのです。

 そのためかどうかわはりませんが、現にヨハネ福音書の冒頭の言葉、「はじめに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。」という訳には、口語訳も新共同訳も、そして文語訳も、葉っぱをあらわす「葉」という字はぬけているのであります。

 老預言者が語った言葉、「あの人が主の言葉に従って呼びかけた言葉は必ず成就する」という言葉を信じていきたいと思います。神の言葉、それは具体的には、聖書の言葉ですが、その聖書のみ言葉を信じていきたいと思います。