「霊的な賜物」 コリントT 一二章一ー一一節

 コリントの信徒への手紙Tは、一二章から霊の賜物について、パウロは述べるのであります。それは前の一一章とどう関連するのか。これは別に論文ではないのですから、それほど前のことと関連がなくてもいいのですが、一一章までのところでは、礼拝の秩序のことが扱われてきております。礼拝で女性はかぶりものをかぶらなくてはならないとか、主の晩餐の乱れについてパウロはコリント教会の混乱を警告しているのであります。

 その礼拝を正しく導くのは、聖霊であるといいたくなったのではないかと思われます。それで一二章で霊の賜物について述べることになったと考えてもいいと思います。

 パウロは聖霊の賜物について述べる時にまず第一にのべることは、それは異教の礼拝との違いであります。
 「兄弟達、霊的な賜物ついては、次のことをぜひ知っておいて欲しい。あなたがたがまだ異教徒だったころ、誘われるままに、ものの言えない偶像のもとに連れて行かれたことを覚えているだろう」というのです。

 この「誘われるままに」というのは、どういう意味か、これにはいろいろ解釈があるようですけれど、これはおそらく何とも知れない力に引きずれて神々のところにいって、物言わぬ偶像の前で礼拝したということをさしているのだろうと思われます。

 つまり、異教の神々の礼拝のひとつの特徴は、何か得たいの力に誘われる、そういう熱狂的ないわゆる霊的な礼拝だったようなのであります。その礼拝の対象である神々は、それはキリスト教からいったら偶像といわれるものですが、その神々、偶像は「物言わぬ神」だということであります。
 
 ものいわぬ神という表現は、旧約聖書の偶像についての表現で、一種の悪口であるかもしれません。そういう表現は何カ所かにありますが、その一つの例をとりあげますと、ハバクク書の二章一三節にこう記されております。
 「彫刻師の刻んだ偶像や鋳像、また偽りの教える者が何の役にたつのか。口の利けない偶像を造り、造った者がそれにより頼んでも何の役に立つか。災いだ、木に向かって『目を覚ませ』といい、物言わぬ石に向かって、『起きよ』と言う者は。それが託宣を下しうるのか。見よ、これは金と銀をかぶせるもので、その中に命の息は全くない。しかし、主はその聖なる神殿におられる。全地よ、御前に沈黙せよ」とあります。

 異教の神々の前での礼拝の特徴は、熱狂的な狂乱だったようであります。酒によって、踊ったりしたようであります。それはモーセがシナイ山に行って不在だったときに、不安を感じた民衆がアロンに頼んで、偶像を造ってもらい、その金の子牛の前で、民は座して飲み、踊ったということによくあらわれております。

 偶像の一つの特徴は物言わぬ神だということであります。それをいいことにして、人々は自分勝手に心を高めて霊的に興奮状態にもっていって、踊り狂うのであります。

 それに対して、預言者ハバククは、「主はその聖なる神殿におられる。全地よ、御前に沈黙せよ」というのです。自分勝手に興奮するなというのです。なぜなら、主なる神はわれわれの祈りに答えてくださる神だからだ、われわれの信じている神は語りかける神で、われわれの信じている神は必ず答えてくださる神だからだ、だから今われわれのほうで沈黙しなくてはならない、ただ黙して神を待つことが大事だ、というのです。

 このごろ、キリスト教でも礼拝が音楽などが主流になって、それもオルガンではなく、エレキギターとか、パーカッションとか、あるいはゴスペルソングとかというような、なにかわれわれの心を躍らせるような音楽、われわれの心を鎮めるようなオルガンという楽器ではなく、われわれの心を興奮させるような音楽が主流になっいる礼拝が盛んであります。アメリカなどでは、そういう教派のキリスト教がものすごいいきおいでその教勢がのびているそうであります。それが今、日本にもはいってきて、日本でもそういう礼拝の教会は若者を中心にしてのびているそうであります。

 そこでは、おそらく説教は重要視されていないのではないかと思います。牧師が語る聖書の言葉よりは、会衆のほうが主体的に参加する、霊的に燃える、そうしないと礼拝に参加したと言う気分にならないようであります。

 しかし礼拝というものは、そういうものなのだろうか。もちろん、礼拝は会衆の応答がなくてはならないものであります。そのためにわれわれの礼拝でも、公読文の朗唱があり、讃美歌を歌うのであります、あるいは信徒の祈りがあります。しかし、それはみな神の御言葉を聞くということが中心で、その神の言葉を聞いて、それに応えるということでなければならないと思います。

 ハバククが言っているように、「全地よ、神の御前に沈黙せよ、そして神の語る言葉を聞け」ということが大切だと思います。会衆が熱狂的に参加する礼拝が本当に正しい礼拝といえるのか。それが霊的な礼拝といえるのかということであります。

 こんなことをいうと怒られるかもしれませんが、わたしは仏像を見るときに、若い時だったならば、これは単なる偶像にすぎないといって、一蹴することができましたが、この頃は寺院にいって仏像の前に立つと、どうしてもこれは単なる偶像にすぎないとけなす気持には到底なれないのです。

もちろん、仏像を拝みはしませんが、しかし、ある彫刻家が、あるいは、仏師と言われる人が、何年もかけて心をこめて堀り刻んだ仏像を前にすると、それはやはりすぐれた芸術品を前にしたように、一種の荘厳さに打たれるのであります。それはそうした優れた仏像というものが、その前にたつとわれわれは沈黙したくなる、その仏像が何かをわれわれに語りかけてくれる、そういう思いに立たされるからではないかと思います。仏像の前にたったときには、熱狂的にただこちらの思いのたけを歌う気持にはなれない、むしろ沈黙したくなる、そうしてみると、仏像というのは、単なる偶像とは言えなくなるのではないかと思うのであります。
ほんものの前にわれわれは立つときに、いつでもわれわれ人間のほうで沈黙したくなるのではないか。

パウロは霊的な礼拝とは、そうした熱狂的な霊にもえるようなものではないというのであります。そうではなくて、そこに集っている者が心を一つにして、われわれ人間のほうが沈黙して、「イエスは主である」と告白する礼拝、われわれ人間が主ではなく、イエスが主であると告白する礼拝なのだというのです。

 三節のところで、パウロはこういいます。「ここであなたがに言っておきたい。神の霊によって語る人は、だれも『イエスは神から見捨てられよ』とはいわない」といいます。「イエスは神から見捨てられよ」というところは、口語訳では「『イエスは呪われよ』とはいわない」と訳されているます。神から見捨てられよ、という訳のほうが原文に忠実な訳でしょうが、それは当時は呪いの言葉だったのでしょうから、「イエスは呪われよ」と言う訳のほうがいいように思います。

 「イエスは呪われよ」という言葉がどういう状況のなかで発せられる言葉なのか。ひとつ考えられるのは、異教の礼拝の熱狂的な集まりのなかで、キリスト教徒を排撃する時に、そこに集まった会衆がいっせいに「イエスは呪われよ」といって、クリスチャンを呪ったのではないかと思います。

 呪うという言葉は大変いやな言葉であります。それは相手を批判する言葉のなかでも、なにか決定的な言葉ではないかと思います。それは相手に対して、おまえなんか地獄に行けというような意味をあらわすからであります。

 それは普通の生活においては使わない言葉であります。なにか大変な激情にかられて、それこそ霊的なものに動かされて思わず吐いてしまう言葉ではないかと思います。

 われわれもこれだけは絶対に言ってはならないと言う言葉というものがあると思います。「言葉の暴力」という言葉がありますが、言葉は本当に恐ろしいもので、これだけは言ってはならないと言う言葉というものがあると思います。特に親しい関係の中にある者に対して、これだけは言ってはならないという言葉というものがあると思います。親に対して、舅や姑に対して、これだけは言ってはいけないという言葉があると思います。妻や夫に対して、子どもに対して、やはりこれだけは言ってはいけないという決定的な言葉があると思います。憎むとか、嫌いだとか、という言葉もそうでしょうが、そのなかでも「呪う」という言葉は言ってはいけない言葉であると思います。

 われわれはそういう意味では言葉というものに慎重にならなくてはならないし、子どもに対しても、これだけは友達に使ってはいけないよという教育しておかなくてはならないと思うのです。それは今日問題になっているように、殺人に結びつきかねない言葉というものがあるからであります。

 「呪う」なんていう言葉は、われわれが使ってはいけない言葉の一つではないかと思います。ところがパウロはこのコリントの信徒の手紙の結びの言葉でこの言葉を使っているのです。

 一六章の最後の結びの言葉です。「わたしパウロが、自分の手で挨拶を記す。もし、主を愛さない者があれば、呪われよ。マラナ・タ(主よ、来たりませ)。主の恵みがあなたがたにあるように」と記されております。
 「主を愛さない者があれば、呪われよ」とパウロは書いているのであります。パウロはそれまでは口述筆記をさせていて、彼が最後に自ら書いた言葉がこの言葉だったというのは、なにか嫌な感じをしてしまうのです。パウロはよほど「イエスは呪われよ」という言葉をあびせられたことに腹にすえかねていたのかもしれません。ここはパウロの激情的な性格をのぞかせているところかもしれません。そういうパウロの印象をやわらげるために、新共同訳では、「呪う」という言葉を避けて、「主を愛さない者は神にみすてられよ」と訳したのかもしれません。

 福音書をみますと、イエスも呪ったことがあるではないかといわれかもしれません。それは、イエスがお腹がすいていて、いちぢくの木の実を食べようとしたら、実がなっていなかった、それでイエスは、「今後この木から実を食べるものがいないように」というと、そのいちじくの木は枯れてしまったという記事であります。これは悔い改めることのないイスラエルの民を語った比喩ですが、少しイエスのことを弁護しますと、イエス自身はいちじくの木を呪ったわけではなく、その木がすぐ枯れてしまったのをみて、弟子達が「あなたが呪ったイチジクの木が」といっているだけだということで、すくなくも福音書はそういう書き方をしているのだということであります。

 「イエスは呪われよ」という言葉は、異教の熱狂的な礼拝のなかで会衆が口々に言った言葉だとも思われますが、もうひとつは、パウロなんかが迫害を受けたときに、お前はイエスを呪う言葉を吐くように強制されたのではないかとも思われます。
 使徒言行録の二六章の十一節にパウロが自分自身の経験を語っている中で、こういっているのです。「また至るところの会堂で、しばしば彼らを罰して、イエスを冒涜するように強制し、彼らに対して激しく怒り狂い、外国の町までも迫害の手を伸ばした」とあります。「イエスを冒涜するように強制し」というのは、イエスを呪わせたということではないかと思います。
 一種の踏み絵のようなことをして、イエスを呪うことができるか、といって、迫害したのではないかと思います。

 それに対して、パウロは「神の霊によって語る人は、だれも『イエスは呪われよ』とは言わない、というのです。
 主イエスもまた迫害に会うかも知れない弟子達をはげまして、その時に何をいうべきかを考えるな、そんなことを前もって取り越し苦労して心配するな、その時には聖霊が何を語るかを教えてくれる」と言われたのであります。
 聖霊の導きを信じいれば、われわれはどんな迫害にあっても「イエスは呪われよ」という言葉はいわないというのであります。

 そして、パウロはこういいます。「聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』とは言えない」といいます。
 パウロは十二章の最後で、聖霊の賜物の最大の賜物は、愛だと語りますが、パウロはその前にまず聖霊の賜物の第一は「イエスは主である」と告白できるようになることだというのです。

 ここでは、「イエスは」ということが大事なのだとある人がいっております。つまり、イエスというとき、これはあのわれわれと同じ肉の弱さをまとい、十字架で惨めにも死んでくださったイエス、神に見捨てられたかのように、それこそ神から呪われて十字架の上で死んだイエス、ということであります。

 そのイエスがわれわれの主だ、われわれの救い主だという、そのイエスこそ、キリストだという告白であります。それを告白させるのが聖霊なのだというのです。

 聖霊はわれわれをなにか霊的な気持に高ぶらせるものではない、あるいは当時流行した異言を語らせるようなことではない、人を熱狂的な宗教的な高揚に導くものではない、「イエスは主である」とわれわれに告白させてくださる神からの働きだというのです。

 ここでパウロは、「聖霊によって『イエスは主である』と告白するのだ」とはいっていないのです。同じことですが、そういういいかたはしないで、「聖霊によらなければ」というのです。「聖霊によらなければ誰も、『イエスは主である』とはいえない、いうことができない」というのです。
 
 これはどういうことかといえば、われわれがかつて、今でもそうかもしれませんが、「イエスは主である」と告白するとき、そこに聖霊の働きがあってこそ、そう告白できるのだというとであります。つまり、言葉をかえていえば、そのときにことさら、聖霊の導きなど感じていなくても、われわれがまるで自分のただ自分の気持ちで、あるいは、自分の決断で「イエスは主である」と告白したとおもっていても、それはただそれだけのことではなく、その背後にしずかな、しかし強力な聖霊の導きがあったのだということであります。

 それは逆にいうと、われわれは「イエスは主である」と一度は告白しても、その後なんどでも、その告白につまずいたり、それを撤回したくなることがあるかも知れない。自分にはもともと信仰などなかったのではないかと疑いたくなることがあるかもしれない。その時に、いやあの告白は、自分の単なる決意とか熱に浮かされての一時的な告白ではなかったのだ、その背後に静かな、強力な聖霊の導きがあったのだ思い起こすことができるということであります。だから大丈夫だということであります。そうして信仰にたちもどることができるというこであります。

 パウロが「聖霊によって『イエスは主である』と告白できる」という言い方ではなく、「聖霊によらなければ、それはできない、できなかったのだ」といういってくれているということは、われわれの弱い信仰にとってどんなにありがたいことかということであります。