「キリストの謙遜」二章一−十一節

 先週の日曜日から教会は受難節に入っております。イエス・キリストが十字架の道を歩まれたことを覚える季節になっているわけです。今日学ぼうとしております聖書の箇所は、イエス・キリストの受難を覚えるのにふさわしい箇所であります。

 「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。」

 イエス・キリストは神の子でありましたが、神と等しくあることを固執しようとはせず、人間になった、神の子である栄光を捨てて、人間になるためにこの地上におりてこられたというのであります。

 神の子が人間になった。しかしここは注意深く読みますと、ここではすぐ「人間の姿になられた」と言われているのではなく、「僕の身分になり」ということがまず言われているところが大事だと、ある人が指摘しております。
 「僕の身分となり、そうして人間になったのだ」、そのことが大事なのだというのです。

 神の子が人間になったのだから、人間になってもどこか神の気品が残っているだろうとわれわれは思いたくなるのであります。だからイエス・キリストを描くとき、画家たちは、そのキリストに後光がさしているキリストを描きたくなるのです。あるいは、後光がさしていなくても、神の子が人間になられたのだから、その人間は人間の中でも最高に立派な人間になったのだろうとわれわれは想像するのではないでしょうか。

 しかし聖書はそうではないのだと言うのです。イエス・キリストが人間になられたのは、なによりも僕のかたちをとられたのだ、それがイエス・キリストが人間になられた姿なのだというのです。

 僕とは、奴隷のことです。奴隷ですから、身なりもきれいとはいえないだろう。汚いかっこうだったろう、だからイエスは社会の底辺にいる人と同じような生活の仕方をなさったのだと想像するかもしれません。

 しかしそういう意味の「僕」という意味ではないのです、そういう意味での奴隷という事ではないのです。聖書によれば、イエスは大工の子として生活し、金持ちではありませんでしたが、そうかといって極貧の生活環境のなかで過ごされたわけではありません。ですから、僕のかたちをとり、という事で、この世で最低生活を送った人と考える必要はないと思います。

 僕のかたちをとり、ということは、奴隷のかたちをとり、ということで、奴隷というのは、主人がいるということで、主人に仕えるということで、つまり、イエスは「仕える」生活をするために、この世に誕生し、そうすることによって、人間の姿になられたのだという事です。

 だれに仕えるのか、何よりも神に仕えるのです、そうして人間に仕えるのであります。

 つまり「僕のかたち」をとりという事で聖書が言いたい事は「おのれをむなしうして」という事は、「おのれを低くして」という事であり、そしてさらに大事なことは、「へりくだって、おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた」と記されておりますように、主人に「従順」になられたということなのです。

 ですから、キリストの謙遜という事は、それはキリストの従順であったと言
う事なのであります。

 パウロはここでフィリピの教会の人に、始めは「へりくだった心をもって」と、へりくだりの心を勧めているのですが、それがいつのまにか、従順になりなさいという「従順」の勧めの言葉に変わっていってしまうのであります。

 パウロはへりくだりを勧めるために、キリストのへりくだりの生涯を述べるのです。そしてそのキリストの生涯、特に十字架の死に至るキリストの歩みはへりくだりの道だった、と述べたあとは、いつのまにか、へりくだりとか謙遜という言葉はどこかに忘れてしまったかのように、従順ということを勧めるのであります。

 一二節から、「だから、わたしの愛する人たち、いつも従順であったように、わたしが共にいる時だけでなく、いない今は、なおさら従順でいて、恐れおののきつき自分の救いを達成するように努めなさい」と、従順という事を勧めるのです。もうこの時には、へりだりとか謙遜という言葉はどこかにいってしまって、従順ということをいうのです。

 つまり謙遜になるためには、従順にならなければならないということであります。われわれは謙遜になれたらどんなにいいだろうなと思いますが、自分一人で謙遜になろうとしても、それはなかなかなれないのです。

 われわれは自分ひとりの力で謙遜になろうとしますと、謙遜ということは、少し控えめにすることだと考えてみたり、慎み深くすること、遠慮深く生きることだとしか考えないのです。

 そうしたことは人とつきあっていくという意味では、有効な手段だとは思いますが、しかし、それは結局は生活手段にすぎないのではないでしょうか。
 「能ある鷹は爪を隠す」というような謙遜は、結局は人をあざむくための手段なのです。そうまでいわないとしても、自分が結局は得をする手段としての謙遜にすぎないのです。

 パウロが教えようとしている謙遜は、ひかえめにするとか、遠慮深くとするとかということではなく、従順という道をとらなければならないのだということであります。

 そして謙遜という場合には、ある意味では、何か抽象的観念的に終わってしまいかねませんが、従順となりますと、そうはいかない、極めて具体的です。
 つまり、謙遜という場合には、自分の心のなかでそう思っていればいいという面がありますが、従順という場合には、そういうわけにはいかないで、誰かに従順に従うということで、具体的に誰かに仕えるという事になるのではないかと思います。

 そしてそれはわれわれが一番嫌うことではないでしょうか。

 謙遜という事は、慎み深さとか、遠慮深さということで、ある意味でかっこういい事かも知れませんが、従順となると、何か屈辱的ではないでしょうか。従順であるということは、具体的にある人に仕えることです。いわば、その人のいいなりになるという事であるかも知れない。そうすることによって、おのれを徹底的に捨てて、自分を低くして、おのれを空しくすることです。その時にわれわれは始めて具体的に謙遜になれるという事なのであります。

 これはわれわれが一番嫌っている道なのではないでしょうか。特に、われわれ日本人にとっては、かつて国家とか目上の人に対して従順であることが美徳とされて、それが奨励されて、われわれはひどい目にあったという苦い経験がありますから、終戦後はもう従順ということは美徳ではなくなったのです。それだけ、われわれは謙遜でなくなり、慎み深くなくなったのです。

 しかし、われわれは自分ひとりで謙遜になることはできないことも確かだろうと思います。謙遜という事は、誰かに従順になるということであって、それを避けて、謙遜になることは出来ないと思います。

 問題は誰に対して、従順であるかという事であります。イエスは父なる神に従順であったのです。だから八節からみますと「しかも十字架の死にいたるまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました」と記されていて、イエスは神に従順であった事がわかります。

 そして七節をみますと「自分を無にして僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって」とありますから、父なる神に従順になる事によって、われわれ人間に仕えたという事であります。

 ここで大事な事は、イエスが従順であられたのは、神に対してであって、人間に対して従順であったとは書かれていないという事です。

 われわれ人間に対しては、従順ではなく、「仕える」という姿勢をとられたという事です。神に対して従順であったが故に、われわれに人間に対しておのれを無にして、おのれを低くして、仕えたという事であります。

 従順ということと、仕えるということは似ているかも知れませんが、違うのではないでしょうか。従順ということは、その人を心から尊敬し、その人を愛して従っていくので、その人を全く信頼して従っていくことで、そうであるがゆえに、言葉は悪いですが、いわばその人のいいなりになるということ、その人のいいなりになってもいいと思って従って行くという事であります。

 しかし、仕えるということは必ずしも、その人のいいなりになるという事ではないと思います。その人を愛することなので、その人のためにならないと思ったら、その人に逆らう事もあるかも知れない、その人が一番幸福になることを望んで仕えるからであります。その人のためにならないと思ったら、その人に逆らうということだってあるわけです、そのようにしてその人に仕えるということもあり得ると思います。しかし従順ということは、そういうことではなくて、その人のいいなりなることです。

 イエス・キリストはそういう意味で神に従順だったのです。

 イエスは神に従順でありました、神に信頼して、神様のいわばいいなりになりましたが、われわれ人間のいいなりになったわけではないのです。神に従順に従って、その神の指示を受けて、人間のために徹底的に仕えようとなさったのであります。

 そしてイエス・キリストが神に対してどんなに従順であられたか、そしてそうであるが故に、われわれ人間に対してどんなにおのれを空しくして、僕のかたちをとり、おのれを低くされたかは、「死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで、従順であられた」ということでわかるというのであります。

 「十字架の死に至るまで、従順であられた」という事は、「おのれを低くする」ということであったのであります。

 われわれは十字架のことを今思う時、イエスがその十字架から三日後によみがえったこと、そしてそれがわれわれ人間にとって救いの根拠になったことから、十字架というと、なにか大変輝かしいこと、美しいこと、崇高な事だと考えてしまっていないか。そのために十字架は、女性の首飾りになったりしてしまうのであります。
 もちろん、クリスチャンが、つまり、十字架によって救われた人が、そのことを覚え、そのことに誇りに覚えて、十字架のことをいつも思い起こすためにネックレスにして飾ることは、決してわるいことではないかと思います。

 しかしクリスチャンでもない人が十字架像をネックレスにするのは、それがなにか崇高なことの象徴として飾ろうとするのではないかと思います。十字架はそんなものではないということなのです。

 今日では、もう十字架は屈辱の象徴ではなく、崇高な殉教者の象徴になってしまっているので、イエスの十字架の意味がわからなくなってしまっているのではないか。

 イエスの十字架の事を考えるときに、キリシタンの迫害の時に用いられた「踏み絵」のことを考えてみたらどうだろうかと思うのです。

 キリシタン迫害の時、その人がクリスチャンであるかどうかを判断するために、キリストの像が描かれた絵を信者に踏ませて、それをどうしても踏めない者は信者だということで、処刑していったのであります。しかしそのようにして、処刑すればするほど、かえってそれは信者の信仰を鼓舞することになって、殉教者がふえていった。それで役人たちは、知恵を働かせて、その処刑の仕方をできるだけ屈辱的なものにし、残酷なものにして、そこになんの崇高さも発揮できないような処刑の仕方を次から次へと考案していったということであります。

 つまりその時には、踏み絵を踏まないで、殉教の死をとげるという事は信者にとっては、そしてそれは信者にとってだけでなく、それを見る一般の人々にとっても、崇高なことになっていたという事であります。踏み絵を踏まないで、堂々と十字架について死んでいくことは、崇高なことであり、かっこよいことだったのであります。

 そういう時にイエスだったらば、どうなさっただろうか。
イエスはわれわれと同じ姿になってくださった。へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順であられたというのです。われわれと同じ姿で、ということは、われわれ弱い人間、われわれ罪人と同じ姿で、ということであります。

 パウロの言葉に、「わたしたちが弱かったころ、キリストは時にいたって、不信心な者たちのために死んでくださったのである。まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリストが死んでくださったことによって、神はわたしたちに対する愛を示されたのである」という言葉があります。

 そのことを考えたら、イエスは、踏み絵を決して踏まないで堂々と殉教の死をとげた崇高な人の側に立ったのではなく、踏み絵を踏んでしまう弱い人間の立場に立たれたということではないかと思うのです。

イエスは踏み絵を踏んでしまう、しかし、役人達にその踏み絵の踏みかたのぎこちなさを見透かされて、結局は捕らえられて、処刑されてしまう、それがイエスの十字架だったのではないか。堂々と踏み絵を踏まないで、殉教の死をとげるのではなく、踏み絵を踏んでしまって、しかもそのだらしない信仰を見透かされて、みんなに馬鹿にされながら、十字架につけられていく、それがイエスの十字架だったのではないか。イエスは最後に「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばれて息を引き取ったのであります。

 辱められ、つばきされ、あれが神の子なのかとののしられて十字架の道を歩んでいくのですから、踏み絵を踏まないで、栄光の十字架で処刑される、そういう栄光に満ちた道を取らないで、踏み絵を踏んでいくことによって、むしろ背教者として、ののしられる道をイエスはお取りになったのではないか。

 しかもそれを神に従順に従いながら、踏み絵を踏んでいくという道をお取りになったのではないかと思います。

 それがゲッセマネの園でのイエスの苦渋の神への祈りだったのではないか。「どうか、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの思いではなく、みこころのままになさってください」という祈りだったのです。また、それがあの十字架の叫び「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という叫びなのではないかということなのです。

 イエス・キリストが「おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた、その有様は人と異ならず、おのれを低くして、死に至るまで、十字架の死に至るまで従順であられたという事はそういう事だったのではないか。

 イエスは、信仰を守り通して殉教の死を立派にとげた人の側に立とうとしたのではなく、それができないで、自分の弱さのためにキリストの絵が描かれている踏み絵を踏んでしまう、そういう人の側に立とうとして十字架についてくださったからであります。

 もし十字架がただ殉教者の崇高さをあらわすものであったならば、それはもはや「わたしたちが弱かったとき、不信心なもののために、罪人であったときにイエスは死んでくださった」という言葉は意味を失ってしまうのであります。

 もちろん、踏み絵を踏まないで殉教の死をとげた人よりも、踏み絵を踏んでしまった人の方が、信仰的に立派だったというような事を言いたいのではないのです。

 あの時のイエス・キリストの十字架の死にいたるまでの従順を考えてみたら、踏み絵を踏んでしまう道の方が十字架の意味をよりよくあらわすのではないかと言いたいだけなのです。それほどそれはイエスにとって辛い事であった、自分が十字架につくことはサタンに勝利を与えることになるのではないかと思い悩んだことだった、だからイエスはあのゲッセマネの園であんなに悩んだのではないか。

 それはいわば背教者の道を歩むことになるのではないかと思い悩んだのであります。

 しかし、主イエス・キリストはこれが神のみこころなのだと信じて、十字架の道を歩まれたのであります。それほどに、おのれをむなしくして、低くして、人間に仕え、僕になろうとしたという事なのであります。

 われわれの傲慢さが打ち砕かれ、われわれの罪が救われるためには、このキリストのへりくだり、キリストはわれわれ人間の弱さのために、自分のだらしなさのために、踏み絵をふんでしまう側に立ってくださった、このへりくだりのキリストの愛がなかったならば、われわれ救われなかったのです。われわれが本当に謙遜になろうと思ったら、このキリストの謙遜な愛によって救われなければならないのです。

そしてそのキリストに従順に従うときに、われわれははじめて謙遜になることができる、へりくだることができる。そしてそして大変逆説的になるかもしれませんが、このへりくだられたキリストに従順に従うときに、われわれはキリストの描かれた踏み絵を踏まないで、自分の信仰を貫き通すという勇気も与えられるかもしれないのであります。そういう強さもまた与えられるのではないか。われわれは弱い時に強いからであります。弱いときにこそ、強くなれるからであります。

 そして、そのキリストのへりくだりの愛によって救われて、そのキリストに対して、天上のもの、地上のもの、地下のものなど、あらゆる者とともに、ひざをかがめて「イエス・キリストは主である」と告白して、栄光を父なる神に捧げたくなるのであります。その時にわれわれは謙遜になることができるのであります。