「信仰をもって召された人々と共に」  ヘブライ人への手紙十一章一三ー


 ある修道院では、修道士たちの朝の挨拶は、「メメント・モリ」というのが挨拶だそうであります。メメント・モリというのは、ラテン語で「死を覚えておきなさい」「死を忘れるな」という言葉だそうです。自分がいつ死ぬかわからないのだから、いつも今日死ぬかも知れないという覚悟をもって、生きようではないかということのようであります。
 このメメント・モリという言葉は、そうした信仰的な意味で使われるだけでなく、メメント・モリといいあって、どうせわれわれは死ぬのだから、生きてるときに大いに人生を楽しもうではないかといって、酒を飲み交わしたともいわれております。

 もちろん、修道院のなかでの朝の挨拶の言葉「メメント・モリ」は、いつも死を覚えて今日という一日を生きようという厳粛な挨拶の言葉であります。そして修道士達は、ただ「メメント・モリ」といっただけでなく、「死を覚えよ、そして主を覚えよ、神様を覚えよ」といったということであります。

 ある人の言葉に「死を見つめたら、死に見つめられる」という言葉があります。死だけを見つめていたら、逆に死に見つめられて、怖くなって、ノイローゼになってしまうということであります。だから大切なことは、死を見つめたら、死と同時に、主イエスを思い起こさなくてはならない、「死を忘れるな」ということと同時に「主を忘れるな」という言葉が大切なのであります。

 旧約聖書にダビデというイスラエルの王様の話が出て参ります。ダビデという王様は、イスラエルの中の王としては、傑出した王で、のちにメシア、救い主の代名詞になったぐらいの人であります。

 そのダビデが王になってまもなく、国が安定してきたときに、気のゆるみがあったのでしょう、あるときに、バト・シェバという女に一目惚れしてしまった。王という権力をふるってそのバト・シェバを自分の女にしてしまい、あげくの果てに妊娠させてしまった。そのバト・シェバには、ウリヤという夫がいたのであります。困った王は、そのウリヤを戦場の一番激しいところに立たせて、敵の手によって戦死させてしまうのであります。そしてバト・シェバを自分の妻として迎えて知らん顔をしていのであります。

 当時の王としたら、そんなことはなんでもないことだったのであります。ところがそれは神様の怒りをかった。神は預言者を派遣して、ダビデにその罪を指摘し、悔い改めを迫ったのであります。ダビデは、自分の犯した罪に気づき、「わたしは主なる神に罪を犯しました」と、罪を告白し、悔い改めたのであります。

 それを受けて、預言者は「神はあなたの罪を除かれる。あなたは死ぬことはない。しかしこのことを通して、あなたは神をを侮ったので、あなたに生まれる子は必ず死ぬことになる」と、告げたのであります。そしてその預言通り、ダビデとバト・シェバとの間にできた子は重い病気になった。

 ダビデは必死に神に祈った。断食をして、家にこもって祈った。王の家臣たちは非常に心配した。しかし、ダビデの必死の願いにも関わらず、子供は死んでしまった。家臣たちは、そのことを王に告げることをとても恐れました。病気のときですら、あれほど弱り果てていたのに、死んだと知ったら、どうなるかと恐れたのです。そのことを王に告げられなかった。しかしダビデはなんとなく、周りの様子から我が子の死を知ると、「子は死んだのか」と聞くのです。彼らが「死にました」と、告げますと、王は、地から起き上がり、身を洗って香油を塗り、衣を替えて、神殿にいって礼拝をした。そして王宮にもどると、家臣達に食事の用意をさせた。

 これを見て、家臣たちは驚いた、いやとても不快におもった。それで王に詰問するのであります。「どうしてこのようなふるまいがおできになれるのですか。あなたはお子様が生きておられるときは、断食してお泣きなっていたのに、お子様が亡くなられると、起き上がって、食事なさろうとします」というのです。「そんことがどうしてできるのか」ということであります。

 それに対して、王はこう答えたのであります。「子がまだ生きている間は、神様がわたしを憐れみ、子を生かしてくださるかも知れないと思ったからこそ、断食して泣いたのだ。だが死んでしまった。断食してなんになろう。あの子を呼び戻せるのか。わたしはいずれあの子のところに行く。しかし、あの子がわたしのもとに帰ることはできない」。

 ここのところで、ある説教者がこういっているのです。「ここには悲しみはあった。しかし、不平はない。悔いもない。神のなさることに、すべてをお任せするだけであった」。

 愛する子供を亡くして、ここには悲しみはあったというのです。しかし、愛する子を亡くして、不平はないというのです。そんなことが言えるだろうか。 

 われわれは悲しみと同時に、神に対する不平で一杯になるのではないだろうか。どうして、あなたは子の命を助けてくれなかったのですかと訴えたくなると思うのです。

 確かに、ダビデは、子供が死んでしまったことを知ると、断食をやめて、食事をしました。しかし、ダビデは子供が死んだことを知ると、ただちに断食をやめて食事をしたのではないのです。「地面から起き上がり、身を洗って香油を塗り、衣を替えて、主の家、神殿に行って礼拝をしたのです。そしてそれから家に帰り、食事の準備をさせたのであります。

 まず礼拝をした。まず神の御顔を仰ぎに行った。この子の死が神のなさったことだと改めて、信じようとして神の御顔を仰ぎに行ったということであります。

 わが子の死を神に委ねたのです。それは神がなさったことで、もうどうしもうないと思ったのです。だから礼拝をすますと、断食をやめ、食事をしたのです。

死は神の領域です。神がなさることであります。自殺すら、それは神の領域であります。神が許すことをしなければ、われわれは自分勝手に自分の命を絶つことも本当はできないのであります。

 それは神の領域ですから、だれが死に、だれが生き残るかは、われわれ人間には最終的にはわからないことであります。いろいろと死の意味づけをすることはある程度できることかもしれませんが、しかしそうした死の意味づけは、ほとんどの場合、自分の身勝手な解釈ではないかと思います。

 とくに自然災害における死は、あの人は津波にさらわれた、しかし自分は生き残った、それはどう意味づけてもわからないことであります。生き残った故に、苦しむ人はたくさん出てきていると思います。

 死を意味づけることはできないことであります。しかし、この時のダビデの場合には、この子供の死は、ダビデの犯した罪の罰としての死、ダビデ王の身代わりとしての死であることははっきりしております。

 すべての死がそうだということではありません。しかし、しばしば、誰かの死が、特にわれわれが愛し、またわれわれを愛してくれた人の死は、われわれが生かしてもらうための死である、われわれが生き延びることが許されるための身代わりの死であるという場合があるのではないか。

 主イエスが、「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが死ねば、多くの実を結ぶ」といわれて、ご自分の十字架の死を説明しているのであります。

 われわれが生きることができる背後には、このイエスの十字架の身代わりの死があったということであります。

 死というと、少し大げさになるかもしれませんが、誰かの死ということでなくても、われわれは誰かの犠牲によって、誰かが我慢してくれることによって、自分が許されて生きているという事実があるのではないか。われわれはそのことに気づく必要があると思います。そのこに気づいたならば、われわれもまたあるときには、人のために犠牲になる覚悟をもつことができるし、事実、犠牲になることもできると思います。

 ダビデ王は、晩年にも罪を犯しました。自分の権力を誇示するために人口調査をしたのです。それは神の怒りをかった。ダビデは自分の罪に気づき、「わたしは重い罪を犯しました。どうかおゆるしください」と神に赦しを乞うたのです。それに対して預言者を通して神は、「三つの罰を下す、お前はその一つを選べ」といわれるのです。
 一つは「七年間の飢饉が国を襲う」という罰、二つ目は「三ヶ月敵に追われて逃げること」そして、三つ目は「三日間疫病が国に起こる」ということでした。この三つの罰のうち、一つをお前が選べといわれるのです。
 ダビデは「それはみな大変な罰です。主の慈悲は大きいから、人間の手にはかかりたくない。主の手にかかって倒れたい、すべては主の手に委ねます」と答えたのです。
 すると神はイスラエルの民の間に三日間の疫病をもたらせた。民のうち七万人が次々に疫病にかかって死んでいった。

 それを見て、ダビデは神に訴えたのであります。「罪を犯したのはわたしです。わたしが悪かったのです。この民の群れが何をしたというのですか。どうかあなたの罰の御手がわたしとわたしの家に下してください」と訴えたというのです。

 もうこのときには、ダビデは自分の犯した罪のために、民が身代わりに苦しむことは耐えられなかった。そのために、どうぞ、直接、自分を罰してくださいと訴えのです。かつては、自分の犯した罪のために、罪のない我が子が自分の罰を受けて、死んでくれたのです。それによってダビデは生かされたのです。
 しかし、今は、自分の犯した罪に対する罰は自分が受けます、どうか自分を罰してください」と神に訴えたのです。それで神は民に疫病をおくることをやめたというのであります。

ダビデは、自分の犯した罪のために、我が子が身代わりになって、その罰を引き受け、死んでくれた、そして自分自身が生かされた。そういう経験をダビデはしたのです。それはその後のダビデの生き方に大きな影響を与えたようであります。
 自分の息子に反逆を受けたときも、ダビデはそれにただちに、復讐しようとはせずに、その屈辱を甘んじて受けたのであります。

 そして自分の犯した罪に対する罰を、だれか他の人が身代わりに受けることには、もう耐えられなくなって、自分自身を罰してください神に訴えるようになったのであります。
 
 それはやがては、他の人が罪を犯し、それに対する罰がくだされる時、その罰を自分が身代わりに引き受けますという思いがもてるようになるということなのではないか。

 誰かの犠牲によって、罪赦されたという経験をした人は、今度は人の罪を赦せる人間になっていくということであります。主イエスの十字架によって罪の赦しを受けた者は、今度は人の罪を七の七十倍まで赦せるようになるということであります。

 死というものを、ただ人間的な思いだけでなく、自分の思いだけでなく、その死には神が関わっておられるのだという視点が与えられますと、死を信仰をもってうけとめられるようになりますと、愛する者の死はただ悲しいというだけでなく、もっと深いものをわれわれに与えてくれるのではないか。

 愛する者が亡くなったときに、その人の愛によって自分がどんなにか助けられ、生かされてきたかがわかるようになる。それはその人が死ぬことによってはじめてわかるのではないか。親の愛などというもの、あるいは夫婦の愛というものも、その人が死んだときにはじめて、あらためて分かってくるのではないか。

 死は、どんな人の死にも神が関わっているのであります。主イエスは、神はわれわれの魂も体も地獄で滅ぼす権威と力をもっておられるのだといわれたのです。しかし神はその権威を、われわれを地獄で滅ぼすことに用いないで、われわれを天国に導くために用いてくださるというのです。

 一アサリオンで売られている価値のない雀の死ですら、神は関わっておられるというのです。ましてわれわれの頭の髪の毛までも一本残らず数え尽くしておられて、われわれの弱さもわれわれの心の奥底に潜んでいるわれわれの意地汚い心も、ご存じの上で、われわれを救ってくださる、その神がわれわれの死に関わってくださるのだから、恐れることはない、と主イエスはわれわれに教えてくださったのであります。

 ヘブライ人への手紙の十一章一三節には、「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました」とあります。そうして信仰をもって死ぬと、どういう死に方をするか、そしてどういう生き方をするかが次ぎに述べられております。

 それは一言でいえば、このわれわれが生きているこの地上だけが、われわれの生ではない、この地上だけがわれわれの人生ではない、本当の故郷は天にあるという信仰をもって生き、そして死んでいったのだということであります。

それは人間的視点だけで、自分の視点だけで、人間の死を見ない、愛する者の死を見ないということであります。もっと広い、もっと深い神の視点から、その死をみることができるということであります。

 もうすでに亡くなられた、われわれの愛する人達は、われわれが想像する以上にもっと豊かな、もっと楽しい天国に、本当の故郷に帰っていったのであります。そうであるならば、われわれは愛する者の死については、悲しみはあると思いますが、不平はないといえるのではないか。