「ヨセフの夢」 創世記三七章一ー一一節

 

今日から、ヨセフ物語に入ります。ヨセフ物語は創世記の中でも一番長い物語であります。あらかじめ、簡単にその筋書きだけ紹介しておきますと、ヤコブの子ヨセフがヤコブの年寄り子であったために、ヤコブから偏愛されるのであります。それで兄弟の妬みをかい、エジプトに奴隷として売られてしまう。しかしヨセフはそこで王様の不思議な夢を説いてあげたために、エジプトを襲った飢饉から救い、とうとうエジプトの大臣にまで上りつめるのであります。その時襲った飢饉はエジプトだけでなく、ヨセフの兄弟たちが住んでいたカナンにまで及んでいた。

 それでヨセフの兄弟たちは、ヨセフがエジプトで大臣にまでなっていることも知らずに、エジプトに穀物を買いに来て、かつて自分たちが奴隷として売り渡したヨセフと再会するのであります。ヨセフのほうはすぐ自分の兄弟たちを知りまして、いろいろと嫌がらせをいたしますが、しかし最後には兄弟たちがした悪を赦し、父親をはじめ、ヤコブ一族をエジプトに呼び寄せて、イスラエルの一族を救うことになるという物語であります。ヨセフを奴隷として売った兄弟たちはそれがヨセフだと知って、恐れおののきますと、ヨセフは「神はあなたがたの命を救うために、あなたがより先にわたしをこのエジプトにつかわしたのだ。それゆえにわたしがこのエジプトにいるのは、あなたがたの妬みとか悪ではく、神なのだ。神があなたがたを救うためにわたしをエジプトにつかわしたのだ。神はあなたがたのたくらんだ悪を良きに変わらせて、あなたかだの命を救ったのだ。だから恐れることはいりません」と、兄弟たちに言うのであります。そういう物語であります。

 物語としても大変感動的な物語だし、まだ聖書の思想としても、大変重要な物語、つまり神の摂理ということをよく語る物語であります。それは後にパウロがローマ人への手紙のなかで、「神は神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにしてくださることを知っている」という言葉をまさに物語っているのであります。これがヨセフ物語であります。
 
 今まで学んでまいりましたヤコブ物語よりも長い物語であります。それは創世記の最後の章五十章まで続き、創世記はヨセフの死をもって終わるのであります。しかし創世記の最後の章、五十章は同時にヤコブの死についても語るのであります。そしてヨセフの死については大変短い、あっさりとした記述で済ましておりますが、ヤコブの死について大変丁寧に記しているのであります。ヨセフ物語というのは、そうしてみますと、実はヤコブ物語の中に組み込まれた形で語られているのではないかと思わせられるのであります。後にモーセに神が現れた時に、主なる神はご自分のことをモーセに語る時に、「わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」といいますが、「ヨセフの神」とはいわないのであります。創世記の記事の中で一番長い物語ともいうべきヨセフ物語があるにも拘わらず、ヨセフの神とは言わないのであります。それはこのヨセフ物語はヤコブ物語のなかに挿入される形で語られていて、ヨセフ物語はヤコブ物語の枠の中で学んで始めて、その意味を知ることが出来るのであるということを示唆しているのではないかと思います。そのことはこれからヨセフ物語を学んでい くうちに考えていきたいところであります。

今日はヨセフ物語に入る前に、先週学びましたところ、三十五章からいきなり、三十七章にとびましたので、途中の記事に少しふれておきたいと思います。先週学びました三十五章で、主なる神がヤコブに対して「ベテルの上れ」というところで、ヤコブ物語は事実上終わっているのであります。その後、三十五章では、三人の人の死の記事と、三十六章では、エサウの系図、それは実質的にはエドム人の系図がながながと記されていて、これは到底説教のテキストにはなりませんので、そこをとばして三十七章からのヨセフ物語に入ろうとしているわけであります。ただ三十五章に記されております。三人のの死、すなわち、ヤコブの母リベカの乳母デボラの死、そしてヤコブの最愛の妻ラケルの死と、ヤコブの父イサクの死について触れておきたいと思います。
 
 デボラの死については、三十五章八節に記されております。デボラという人物はここだけにいきなりでてまいりますので、よくわかりません。

 三十五章一六節からはラケルの死について記されております。ラケルの最後の子は難産だった。彼女はその子を産んで自分は死んでしまうのであります。彼女は死に臨み、この名を「ベノニ」と名付けようとした。「ベノニ」とは、「苦しみの子」という意味だそうです。しかし父親のヤコブはその名前を変えて、「ベニヤミン」「幸いの子」という意味にしたというのであります。母親は自分の苦しみを印象づけようとして、「苦しみの子」という名前をつけようとした。自分の死を賭してこの子を産んだのだということを名前で訴えようとしたのでしょう。しかし父親であるヤコブはそれはよくないと思って、それと全く正反対の名前に変えたのであります。ここにあるいはヤコブの信仰をうかがうことができるかも知れません。

 それまでのヤコブの歩みからいったら、ヤコブの被った苦しみを神はことごとく幸いなものに変えていってくれた、それならば、この子もまた必ず幸いな子になると信じて、「ベニヤミン」と名付けたのであります。ヤコブという名前、それは「押しのける」とか、「かかと」という意味をもつ言葉ですが、彼が母の胎を出る時に兄エサウを押しのけて先に出ようとしたところから、つけられた名前のようですが、そのヤコブは後にイスラエルと名前をかえられるのであります。イスラエルとは「神が支配する、神が支配してくださるように」という名前であります。ヤコブ自身が名前をかえられているのであります。そういう経験があって、父親のヤコブは生まれた子がたとえ難産の末、母の命を奪うようにして生まれたとしても、そういう現象面だけをみて、「ベノニ、苦しみの子」という名前ではなく、われわれの背後にあってわれわれを救いに導いてくださる神の支配を信じて、「ベニヤミン、幸いの子」と名付けたのであります。

 そして三人目の死はヤコブの父イサクの死であります。二八節にあります。「イサクは年老い、日満ちて息絶え、死んで、その民に加えられた。その子エサウとヤコブとは、これを葬った」。まことに簡潔な描写であります。この三人の死についての記述は実にあっさりと記されております。なんの感傷的な思いいれもなく、創世記は人の死について記すのであります。特にこのイサクの死についての簡潔さは印象的であります。

 イサクは、神の命令によって、一度は父アブラハムによって燔祭の子羊として葬られることになる筈だった人物であります。それが神の命令によって、代わりに山羊が備えられて、その命が救われた不思議な運命をもつ人物であります。そういう人物ですから、イサクの人生はさぞかし信仰深いというか、敬虔にあふれる生涯を送ることになるのかと思いますと、すでに学びましたように、このイサクという人物については、創世記はもっとも普通の人、ある意味ではもっとも世俗的な人として記しているのであります。自分は鹿の肉が好きだったので、狩猟家であるエサウを偏愛し、そして自分の死を感じ取ったときに、死ぬ前に最後に望んだものが鹿の肉を食べたいということだったというのであります。そのために自分の息子ヤコブに騙されてしまい、山羊の肉を鹿の肉とだまされて食べさせられ、エサウの代わりにヤコブを長子として祝福してしまうのであります。

イサクの年は百八十歳であったと記されております。イサクが自分の死を感じ取って鹿の肉を食べたいと熱望した時が何歳だったかは記されておりませんが、それから少なくとも四十年以上生き延びたことになります。もっともこの三十五章の記事は、二七章の記事とは資料が違いますので、そのままこれをつなげるわけにはいきませんが、しかし最終的に編纂された現在あるままの聖書の記事をわれわれは受け取らざるを得ないわけです。少なくともイサクはあの死を自覚して、すぐ死んだわけではないことは確かであります。われわれ人間は自分で自分の死を準備したり、自分で自分の死の葬りの用意などできないということであります。いつ死ぬかは最後には神に委ねる以外にないことであります。

 そしてこのイサクの死の記事で注目したいのは、「その子エサウとヤコブとは、これを葬った」という記事であります。かつては憎しみあっていたエサウとヤコブが共に父イサクの死を葬った。エサウとヤコブが和解したことはすでに三十三章で学びましたが、そこでは確かに根本的には和解したのですが、エサウがヤコブに一緒に住もうという好意ある申し出をしても、ヤコブのほうでは警戒心からか、それを断るということがあって、これが本当の和解なのだろうかという一抹の不安を残しておりましたが、しかしここでエサウとヤコブが父イサクを共に葬ったという記事を読むと、ああ、二人は本当に和解したのだなあと、思わせられるのであります。一人の人間の死は遺産相続などを引き起こして、争いの種にもなるかもしれませんが、また一人の死というものは、家族の間でひとつの和解が起こるきっかけにもなるかもしれないのであります。その死をわれわれがどう受けとめるかによって違ってくることなのかも知れません。
 
 ヤコブ物語は、実質上はここで終わっているのであります。これからもヤコブは登場しますが、もうこれからはヤコブは主役ではなく、ヤコブは脇役で、ヨセフが主役であります。ヤコブ物語は実質上はこのイサクの死で終わっております。それはヤコブの物語はイサクという人物、人間的には実に平凡な人物、愚かといってもいいくらいのお人好しの人物、しかしそのイサクは神の前にいつも立たされた人物、ヤコブを誤って長子として祝福してしまった後、エサウから「わたしをも祝福してください、祝福はただひとつなのですか」と、迫られた時にも、神の前で祝福したものを決して取り消そうとしなかったイサクという人物、そのイサクという人間の生涯を通して、あのずるがしこい、人間的には知恵者であったヤコブの生涯を見直していかなくてはならないのではないかと思います。

さて、これからヨセフ物語を学んでまいりますが、今日はその発端、ヨセフが夢を見て、それを兄弟たちに話をした、それが兄弟たちの妬みと恨みを買い、ついにエジプトに奴隷としてうられてしまう発端になったところを学んでおきたいと思います。

 ヨセフは父ヤコブの年寄り子であったために、他の子供たちよりも偏愛したというのであります。そのためにヨセフだけには、長袖の着物を作ってきせた。それは作業着ではないことをあらわしているそうです。ほかの兄弟たちは羊を飼育するために草を求めて遠いところまでいくのですが、ヨセフだけはそういう労働はしないですんでいたようなのであります。そ四節をみますと、「兄弟たちは父がどの兄弟よりも彼を愛するのを見て、彼を憎み、穏やかに彼ら語ることが出来なかった。」というのであります。偏愛というのも、聖書にしばしば出てくるテーマであるかも知れません。聖書は神の愛を語るとき、特別にイスラエルの民を愛するというように、しばしば偏愛の愛、いわばえこひいきの愛として語ろうとするのであります。深い愛を語ろうとするときには、しばしば、この人だけを愛するという表現でしか愛は語れないのではないと思います。

 偏愛というものは、しばしばそれは親の側のわがままさの現れにもなるわけで、それはいつも人間の側に混乱と争いを引き起こすのであります。ヨセフの兄弟たちは、ヨセフだけが特別に愛されるのを見て、彼を憎み、彼に穏やかに語ることが出来なかったというのであります。偏愛の問題、えこひいきの問題を考えるときに、不思議に思われることは、われわれはいつもえこひいきする人間のほうを憎んだりしないで、えこひいきされる者を憎み、妬み、いじめるということなのであります。

 学校でも教師がえこひいきする場合、子供達はしばしばその先生を非難するというよりは、えこひいきされる子供をいじめるのではないかと思います。それは結局は愛の公平でないことを非難するということよりは、その愛が自分たちに向けられていない、自分たちもえこひいきされたいのに、その対象になっていないということに不平を唱えているという事なのではないかと思います。本当に愛の公平さを求めるならば、えこひいきする先生を非難すべきなのであります。もちろんそういうこともあると思いますが、その先生が好もしい先生の場合には、えこひいきする先生よりも、えこひいきの対象になっている子供をいじめることのほうが多いのではないかと思います。

兄弟たちは、父親であるヤコブを恨み、憎むということはしないで、ヨセフのほうを憎み、恨むのであります。そしてそれにはまたそれだけの原因をヨセフは作っているのであります。「ヨセフは十七歳の時、兄弟たちと共に羊の群を飼っていた。彼はまだ子供で、父の妻たちビルハとジルバとの子らと共にいたが、ヨセフは彼らの悪いうわさを父に告げた」と記されております。十七歳なのに、「彼はまだ子供で」というのは、おかしい訳ですが、ほかの訳では、「まだ若かったので」、と訳されております。また三節では、ヨセフだけは長袖を着ていたということで、これは作業着ではないから、羊の飼育に参加していないことを現しているのだと先ほどいいましたが、ここでは「兄弟たちと共に羊の群を飼っていた」とあるので矛盾しますが、これは一節二節と三節からは資料が違うようでそういう矛盾が起こっているのであります。

 それはともかく、ヨセフは自分が特別に父の偏愛を受けているということで、少しいい気になっていて、兄弟の悪口を父に告げ口をしていたようなのであります。そういうこともあって、ますます兄弟たちの恨みをかうようになっていたようなのであります。偏愛を受けるということ、人から特別に愛されるということは、愛されるほうも大変難しいのであります。その特別に深い愛をどれたけ謙遜にそれを感謝をもって受けとめられるかということがあります。イスラエルの民は選ばれた民として神から特別に愛されました。しかしそれを受けたイスラエルの民がどれだけおごり高ぶってしまったかということであります。

 愛は高い愛として、あるいは広い豊かな愛として、表現されますが、しかしまた愛は深い愛として表現されるのであります。そして愛が愛としてもっとも発揮されるのは、この深い愛ということだと思うのです。深い愛がなければ、高い愛も広い愛も豊かな愛も、その内容を失ってしまうのであります。しかし愛がこの深い愛として現されようとする時に、しばしばわれわれ人間の間にどんなに深刻な亀裂と争いを引き起こしてしまうかということであります。それはなぜか、それは人間のエゴイズムとぶつかるからであります。自分だけが愛されたい、自分だけが特別に幸せでありたいという人間のエゴイズム、人間の罪が、この深い愛を正しくうけとめさせないのであります。

そのヨセフがある時夢を見た。その夢を兄弟たちに語った。一つの夢は「畑の中で束を結わえていた時に、わたしの束が起きて立つと、あなたがたの束が周りに来て、わたしの束を拝んだ」という夢。もうひとつの夢は「日と月と十一の星とがわたしを拝みました」という夢でした。兄弟たちは「お前は本当にわたしたちの王になるというのか。お前は実際にわたしたちを治めるようになるというのか」と言って、この夢の故に兄弟達はヨセフをますます憎んだというのであります。父であるヤコブもこの夢の話を聞かされた。父ははじめヨセフをとがめた。「お前が見た夢はどういうのか。ほんとうにわたしとあなたの母と、兄弟たちが行って地に伏し、お前を拝むのか」というのであります。しかし、兄弟たちはただヨセフを憎み妬んだだけでしたが、父ヤコブは彼らとは違って、十一節をみますと、「しかし父はこの言葉を心にとめた」というのであります。

 ヨセフの見た夢は確かに兄弟たちからみれば、また父親のヤコブからいつても、傲慢不遜な内容の夢であります。しかしヨセフはそういう夢を見てしまったのであります。見たからにはそれを語らざるを得なかったのであります。夢はこの時代には、しばしば神のみ告げとしても現れるのであります。すべての夢がそのまま神のみ告げとはかぎらないのですが、すくなくも神のみ告げという可能性をもったものであります。事実この夢は後にその通りとなって、ヨセフがヤコブの一族を救うことになる夢だったのであります。
ですから、その夢を見たという事実そのものに、それが不思議な夢であればあるほど、その夢そのもののなかに何か神の啓示を読みとろうとしてもよかった筈であります。しかし兄弟たちはただヨセフに対する自分たちの邪な憎しみと妬みのために、それを見ようとはしなかった。その夢はただヨセフをねたみ、憎んむ思いを増しただけでした。しかしそうした中で、さすがに父ヤコブだけは「この言葉を心にとめた」というのであります。われわれの心が自分の思いだけで満ちてしまっているときには、神のみこころを読みとれなくなってしまうということであります。

 さきほど読みましたへブル人の手紙では、「信仰とは望んでいることを確信し、まだ見ていない事実を確認することである」とあります。信仰とはただ人間の可能性、人間の理性で理解できることだけでなく、その奥にる見えない神の働きを見抜くことだというのであります。兄弟たちには自分たちの心の中の邪さがそれを見ようさせなかった。しかし父ヤコブは見ようとした。「この言葉を心にとめた」というのであります。