「リンゲル液を創った男」

生理学者シドニー・リンガー伝

シドニー・リンガー(Sydney Ringer, 1835-1910)
イギリスの生理学者・薬学者・小児科臨床医。
リンゲル液の発明者。
1835年ノーフォーク、ノーリッジに生まれる。
生まれ年については謎が多く、欧米のリンガー研究者の間でも、彼が所属していたヨークシャーのラスティンガム教会教区の記載資料などをめぐって「1835年」とするか、「1836年」とするか意見がわかれるところだが、英国生理学会のアーカイブでは公式に1835年としている。
リンガーの父・ジョンマンシップはクエーカー教徒として教区のリーダー的存在として知られていたようである。一方母のアンは、後のリンガーの訃報記事(1910年)に付された短いいくつかの評伝によると、非常に気が強い性格であったとの記述が散見される。
リンガーの2人の兄弟、ジョンとフレデリックはそれぞれ貿易商として海外(上海・長崎)で活躍する。弟のフレデリックは同僚のトーマス・グラバーとともに戦前の長崎で貿易商として成功し、外資系銀行の誘致や、捕鯨、近代建築などの技術も日本に伝え、わが国の近代化に多大な貢献を果たす。
フレデリックとその一族、子孫は、日米開戦まで長崎に定住し、日本の文化人・財界人とも交流を持っていた。現在、長崎でグラバー邸とともに観光地になっている「リンガー邸」は、戦前までフレデリックの住まいだった邸宅を修復し保存したもの。
兄のジョンについては上海に渡ったあとの詳しい記録は現在のところ公式アーカイブには残っていないが、現在調査中である。
兄弟たちが外国で活躍したのに対して、リンガーは、現存する記録ではイギリス国外に出向いたことは一度も無く、ロンドン大学時代はキャバンディッシュ・プレイスに居を構えていた。妻のアンはヨークシャーに起源を持つ伝統と格式のあるダーレー家の女性で、地元でも代々資産家として有名であった。
リンガーは、19世紀のイギリスの生理学、臨床学の発展に大きな貢献をしたが、中でも輸液(点滴)に使用されることで有名な生理的電解質溶液リンゲル液の発明者として世界的に名が知られるようになった。その有名な論文は以下のとおりだ。
Ringer, S. Concerning the influence exerted by each of the constituents of the blood on the contraction of the ventricle. Journal of Physiology, 1882, 3:380-393.
Ringer, S. A further contribution regarding the influence of the different constituents of the blood on the contraction of the heart. Journal of Physiology, 1883, 4:29-42.
リンガーはこの論文が認められて英国学士院会員となる。その後も内科、小児科の臨床に携わりながら、薬学・生理学の分野で精力的に研究を続け、不慮の事故で妻を失うまでの間、論文を書き続ける。
晩年はヨークシャーに移り住み、家族や近隣の住人らとともに静かに暮らし、1910年、脳卒中の発作のため永眠。享年75歳。
リンガーの墓は、ヨークシャー州ラスティンガムのセントメアリーにある。(テキスト/井上リサ)

著者略歴
井上リサ
現代美術作家,医学史・医学概論研究者。
名古屋芸術大学非常勤講師(芸術療法,疾病論,医学概論)
身体と現代テクノロジー,また医学と芸術との関わりをテーマに,最新医療機器を駆使した現代アート作品を制作する。
また日本とイギリスで主に18世紀から19世紀における内科学,外科学,生理学の歴史を一貫して研究し,現在は,点滴のリンゲル液を発明したことで知られるイギリスの生理学者シドニー・リンガーの伝記に着手している。これは,2010年に英国生理学会などが計画している「リンガー没後100年祭」のセレモニーまでに完成させる予定。
伝記執筆にあたっては,リンガーの親族とも交流がある。

リンク
シドニーリンガー伝 http://www.t3.rim.or.jp/~lisalabo/Ringer/S.Ringer.html (英語版)
シドニー・リンガーブログ http://ringer.cocolog-nifty.com/biography/ (英語版)
シドニー・リンガーブログ http://ringer.cocolog-nifty.com/blog/ (日本語版)
井上リサ公式サイト http://www.t3.rim.or.jp/~lisalabo
E-mail: lisalabo@t3.rim.or.jp   

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この史料は、伝記執筆のためにリンガーの親族の一人であるアン・リンガーさんより提供していただいた史料の一部です。
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