成田空港の第1ターミナルは改装されてきれいになっていた。中央にあった出国検査場へのエスカレーターが端に移動している。で、これに乗って出国検査場へ行ってみて驚いた。なんと超満員である。夏休みも含めて今年3回目のフランス行きであるがこんなに満員なのは初めて。満席の機内は久々に花のOLが多い。なんでも料金の高い7, 8月を避けて9月に海外旅行をするのがここ1〜2年のトレンドだそうで、多くの企業で夏休みが7〜9月の間でとれるかららしい。ま、これはフランス人のせいではない。問題はこれから。AFのサービスが悪いのも「国営航空」だからしょうがない。JALだってそんなにいいわけじゃなし、落ちた時の賠償金が高いのがメリットなぐらいだ。今年は3回行って全部違う航空会社で行ったが、接客面ではANAが昔の飛行機みたいで一番良かった。唯一AFがいいのは、喫煙コーナーがあること。映画ビデオは最後までいかないうちに「間もなく着陸」のアナウンスが入り、ぶちっと終わってしまった。2本とも、前回ANAで見たのと全くおんなじという、なんともしょうもない組み合わせだったので、見る気もなかったけど。で、パリについて、次は国内線でボルドーへ行かねばならない。チェックインカウンターでは5〜6人の客が搭乗手続きのために並んでいる。大して時間はかかるまい、と思っていたら、あちこち電話をかけたり、端末を操作したり、隣のカウンターまで相談にいったりと、やたらに手間取っている。ま、たまにはいろいろ文句をつけて手間のかかる客もいるもんさ、とおうように構えていたら、10分たっても次に進む気配がない。やっと終わってやれやれと思っていると、次の客がまた何やらもめている。次も、またその次も、、、で、結局自分の順番が来るまでに1時間以上立ったままわずか5〜6人の行列を待っていたことになる。いったい何が問題なのだろうと、自分の順番になったが、何事もなく、ものの数十秒で搭乗手続きは終わってしまった。
さて、ボルドーに着いて、会議の参加者の宿泊は指定の旅行業者が一括して予約してあるはずである。旅行業者から受け取ったFAXに書いてある住所のところに行ってみると、違う名前のホテルになっている。いつの間にか名前が変わったらしい。しかも旅行業者が教えた電話番号とFAX番号は入れ代わって逆になっていた。ともかくも会議指定の宿であることは間違いないようだ。フロントで名前を告げると、予約されてないという。予約リストには顔なじみの同業者の名前はあるが、自分の名前はない。旅行業者が送って来たFAXを見せると、フロントも旅行業者が送って来たFAXを出して来て、なるほど業者からの発注はあったようだという。要するにホテル側が転記し落としたのだが、「問題ない。空いている部屋があるから泊めてあげよう。」という。(当たり前だ。こっちは予約金まで払い込んでるんだ。そうでなきゃ怒るよ)。そういえば春に行った時のホテルでも、フロントでキーを受け取って、行く部屋行く部屋次々となぜか先客がいて、フロントと客室の間を荷物をかかえて4往復したっけ。でたらめにキーを渡すフロントもフロントなら、勝手に空いている別の部屋に入ってしまう客も客だ。部屋番号をはっきり大きく表示するとか、間違いやすいのならもう少しなんとか工夫すればよかったのだ。
実質的な会議は月曜からだが、日曜日の午後から事前受付を行なっている。前日遅くならないうちに着くようにしたのはそのためで、あらかじめ資料を受け取って下読みしておけばあとの行動が取りやすい。で、会議の受付へ行ったら、資料が足りなくなったので資料を渡すのは明日になったという。それじゃわざわざ事前受付なんかやる意味がないじゃないか。居合わせた日本人参加者の中には飛行機に預けた荷物が出てこなくなったとかいう人も。ま、これはフランスに限った話じゃないけど。ボルドーが開催場所になったのは、近くで建設中の最新施設を見学するためだと思っていた。しかし会議が始まってみると見学は中止だと言う。じゃなんでわざわざボルドーでやるんだ、パリでやったっておんなじじゃないか、とはるばる日本からやって来た参加者達からは不評の声も。さらには晩餐会への送迎バスが客を置いてきぼりにしたため、空腹を抱えて路上で1時間半も立ち尽くし、挙げ句の果てにタクシーで駆け付けて、高い金を払った割にろくに食べることもできなかったみなさん、御苦労さまでした。最後の極め付けは会議が終わった翌日、参加者が帰国しようとボルドーの空港に行ってみると、パリ・ド・ゴール空港が霧のため出発できないと言う。私はもともとパリの研究所に寄って打ち合わせをしてから帰国する予定になっていて、すぐには帰国しないのでどうでも良かった。私の場合はド・ゴール空港よりオルリー空港の方が便利だったのだが、すでに日本で予約する時点で満席になっていた。そしてオルリー空港は霧ではないようで、次々と出発していた。私は月曜の朝までにパリに着けばいいのだから気楽なものだが、直接日本に帰国する人たちはそうはいかない。チェックインカウンターでは、どうせ霧で飛べないんだからみんな遅れるさ、と気楽なことを言っている。果たしてパリに着いてみると、日本行きはとうに出たあと。やむなくパリでもう一泊する羽目になったみなさん、花の都の夜を満喫されたでしょうか。帰国してみると担当事務係がAFの延着証明書を何枚も整理していた。被害にあった人は結構いたらしい。自分の帰国日はいい天気だったのでその心配はない、と思っていたら、チェックインカウンターで、オーバーブッキングで座席が足りないので待ってくれ、といわれてビール券をもらってバーでビールを飲んで待つ羽目になった。ディスカウントチケットなので後回しにされるらしい。結局チェックイン終了時刻迄待たされて、高いチケットを買った客が予定程現れなかったらしく、出発間際に乗ることが出来た。おかげで今回は高いけど荷物が重いからお土産は空港で済まそう、どうせ時間はたっぷりあるはずだし、という予定が狂ってしまった。ビジネスにしてくれるかと思ったらエコノミー、それも通路に挟まれたまん中だった。数を数えたわけではないので本当のところは分からない。でも、オーバーブッキングで足りなかったのはエコノミー席の数?、もしかしてビジネスに回すつもりがあれば最初から足りてたとか。で、客をああいうふうに待たせたわけ?。ドケチ。
ね、「いちいち腹を立てていては身がもたない」でしょ。こんな時、思い起こされるのが、11年前、初めて長期滞在のためにフランスに到着直後の会議でお目にかかった山中千代衛先生からいただいたお言葉。「別に彼等にわるぎがあってやってるんじゃないんだけどね」。今でもフランス滞在時には座右の銘です。
日本から参加の皆様、さぞかし御立腹の点も多かったと存じますが、懲りないで下さいね。そういう国なんだから。
会議の日程が全て終了し、夕食をしてボルドーの街を歩いていると、「ピクニック・ボルドー、今夜7時半から、場所:各町内」の看板。英語のピクニックは主にスポーツだがフランスでは食事。はたして、旧市街の路地に入っていってみると、教会の前でワインとつまみを振る舞っている。教会は特別にライトアップされてとってもきれい。そして中からはオルガンの音が。音につられて入ってみると、オルガンコンサートにフォーレのレクイエム全曲。入場無料、出入り自由の気楽な雰囲気ながら、合唱はボルドーオペラ座合唱団と本格的だ。ゴシック様式にしては柱の多い建物で、それ程残響は多くはないが、それにしても酔っぱらった頭に天から降り注ぐサウンドはなんとも言えないものがある。日本のコンサートホールではこの音は出ない。CDやラジオで聞いても特に感動しなかった曲だけど、やっぱりこういう場所で演奏するための曲だったんだ。ちょっとだけのつもりが、結局最後まで聞いてしまった。
フランスでは日曜日に店を開けているのは、ヴァージンメガストアーぐらいのもので、あとは映画館ぐらい。フランス人にはそれなりの日曜日の過ごし方があるわけだが、日本人にとっては随分ひまである。今回の週末はたまたま「お宝公開」の日にあたって、ふだんは公開していない場所を見ることが出来た。数年前から始まった"Journees du patrimoine"は通常は観光客に公開していない史跡を年に一度特別に公開する催しである。そこでPalais Royalとフランス銀行を見に行った。Palais Royalは中庭は観光客がいつでも入れるが、建物の中の文化通信省と国務院が使っている部分は普段は用のない者は入れない。それが特別に公開されていて、歴史的に価値のある建物もさることながら、それが実際に大臣室やら普通の事務室やら議場とかに現役で使用されている様が興味深かった。さらにフランス銀行の大広間は圧巻だった。ベルサイユ等観光客向けに常時公開されている施設だけが王朝時代の豪華な建物ではなかったことを思い知らされた。
フランスに行ったら食べ物の話をしないわけにはいきません。今回感激的だったのは会議の昼食。会議はボルドー大学構内で開催されたので昼食は学生食堂。一応セルフサービスの一般学生とは区切られていて、会議参加者専用のメニューが用意されていたが、前菜、デザート、コーヒーにワイン飲み放題まで付いた本物のフランス料理。これだけの味のものを一度に300人分用意できるレストランは日本ではそうどこにでもあるというわけにはいかない。普段解凍食品しか扱っていない日本の学生食堂や社員食堂では調理人の配置や設備面から技術的に不可能ではないだろうか。これが一流ホテルの宴会場でもなんでもない、国立大学の学生食堂で出来てしまうところが凄い。
これに比べると会議の晩餐会は、送迎バスのトラブルで開始が一時間半も遅れる等の問題もあったせいか、ちょっとお粗末。生牡蠣が幾らでも食べられたのは評価できるけど。フランスでは上質の牡蠣はとっても高価で珍重される。日本人には手長海老の方が人気のようだったが、海辺へ行くと小型の海老は安くで山盛りにしてくれるが、上質の牡蠣はやっぱり高い。それがふんだんに用意されいてたのだから、一応豪華な食事ということになるのだが、でもやっぱり洗練された豪華さで日米の参加者を驚かせてほしかった。
パリは物価が高いといわれる。ホテルはどちらも同じぐらいの値段のところに泊まって、どちらも値段相応にボロだったが、ボルドーの方が星が一つ多い分だけこころなし豪華。朝食もクロワッサンとカフェオーレだけでなく、バイキングでハムやチーズあった。ただし、カフェオーレはおいしくなかった。パリのいつものおばさんが入れてくれるほうがいい。もっとも、美味しいカフェオーレが飲みたければ外のカフェまで行けばいいのだけれど。台所付きの短期アパートに泊まれば自分で作るという手もある。レストランもボルドーの方が安くて豪華なものにありつけるようだ。特に海産物は海に近い分だけいいような気がした。飛行機の窓からボルドー空港付近の住宅地を見下ろすと、ほとんどが自家用プールをもっている。そのあたりが特に高級住宅地であるとか、地価が安いとか、工費が安いとかあるのだろう。パリの近郊ではそんなにたくさんは見かけない。もっともパリでは屋外で泳げる程暑い日はそれほど多くないし、だいいち真夏にはバカンスでプロバンスやコートダジュールなど地中海沿岸に行って、いなくなってしまうので、意味がないのかもしれない。
10月上旬は自宅の地下室をワインで満たす季節なのだそうで、帰る頃にはスーパーマーケットの店頭にはワインの箱が山積みになっていた。せっかくボルドーに来たのだけれど、会議の日程は朝から晩までしっかりつまっていて、ゆっくり探す暇はなく、ショッピングセンターのスーパーマーケットでは山積みになっていたけど、あとは観光客向けの店がいくつかあったぐらいで、市内では一般の人が買う店で日本に送ってくれそうなところは見つからなかった。またこの秋出回るボルドー産は97年もので、聞くところによると98年ものの方が圧倒的に出来がいいので来年まで待った方がいいとか。ラジオではインターネットでワインが買えると盛んに宣伝しているし、今回は飲んだだけで買って送ることはしなかった。
着いた頃は、夕方には気温が30度を越え、結構暑かった。それでも朝夕はぐっと気温が下がるし、雨の日もあったが日中はおおむね軽井沢のような爽やかさで、帰る頃には大分と涼しくなっていた。成田に着いて、気温はそれほど高くなかったが、じっとりとした湿気に東南アジアの国に戻って来たことを実感した。