前川 徹 著 「ECビジネス最前線」 (アスペクト刊 1999年11月15日発行)

ECビジネスとはエレクトロニックコマース、電子商取り引きつまり電子通信を使った商売のことなのだが、本書も含めて、多くの場合ECビジネスとは、インターネットを使った商品販売、早い話がWebページを使った通信販売を中心としたものを意味していることが多い。本書ではインターネットがもっとも発達、普及している米国における、インターネットを使った通信販売の数多くの事例を、売り上げ額の成長や営業損益等の数値を示しながら詳しく解析、紹介している。そしてそれぞれについて「日本の状況」という項を設けているところがおもしろい。これを見れば米国でこれだけ成功しているのだから日本でもと、起業家に示唆を与えそうである。

前著「インターネット最前線」では米国におけるインターネットの進歩の技術的内容が多く含まれており、「ネット・ビジネス最前線」ではインターネットとビジネスの関係に言及していたが、本書ではビジネス、すなわちいかに稼ぐかに焦点が移り、よりエコノミスト的視点となっている。もちろんそれこそが現在の米国の活況の原動力であり、かつてエコノミックアニマルと呼ばれた日本人にとってもやはり最大の関心事であることに違いない。ただ、欲をいえばその裏には前著で述べられているように数多くの新規な技術開発があったわけであり、確かに米国と日本を比較すれば米国で成功した事例を日本に持ってくればひと稼ぎ出来そうなケースが多数見つかるのは事実としても、それだけでは相変わらずの米国に追随する国、日本であり、独自の地位を築くことはできない。本書でも紹介しているプライスラインの「リバース・オークション」のように全く新しいビジネスモデルを開拓するというのも一つの方法であろう。商取り引きである以上、安定性の確立されていない最新技術をすぐに導入するわけにはいかないが、現在進行中の新技術に着目したり、将来の技術動向を占うことも大切に思う。

各論では、本書では最初に書籍販売を取り上げている。私も本やCDの注文にインターネットを使っている。その便利な点は、コンピューターならではの検索機能である。かつてはニフティーなどから有料のデーターベースに入って検索していた。しかし延々と接続料を払った挙げ句に見つからなかった時のダメージは大きい。出版社のサイトではその会社の本しか検索できない。普通は知っているのはタイトルや著者だから、これでは検索できない。「検索だけなら無料」というサイトは魅力的であり、とりあえず検索してみよう、という気になる。見つかったところで、そこをそのままクリックすれば即注文、それともメモに控えて在庫を持っている現実の店を探しに出かけるか。そのどちらへ客がどれだけの比率で別れるか、そのあたりが商売なのだろう。ただ、支払い方法や送料、どの時点で注文が確定してキャンセルは、など取り引き条件を明示した部分を探しにくいサイトが結構ある。これではクリックすれば即注文などと書いてあっても二の足を踏んでしまう。ひどいところになると注文の手順を一通り終わってからでないとそういうものが出てこなかったりする。2回目からはその方が良いのだが、初めての場合はこれでは困る。本やCDがもう一つECに向いているのは、乱丁・落丁でもない限り返品交換をする必要がないし、アフターサービスも無用な点だろう。さて日本の現状だが、本書が指摘しているとおり、紀伊国屋の有料会員制度では今後継続して使うかどうかわからないものに入会金を払う気はしないし、送料分だけ高くつくとなれば、まずは通勤の途中に近所の本屋へ寄ってみるだろう。新星堂のCD販売も試してみた。機械ではなく、メールで生身の人間が親切に応対してくれた点は好感が持てたが、結局のところ品切れで手に入らなかった。駄目もとで職場生協の売店に注文を入れておいたら、時間はかかったものの、ちゃんと入荷した。なるほど本書の指摘通り、我が国の現状はまだまだのようである。

現在我が国で最も簡単にインターネットか出来そうな通販は本書の78ページでも指摘されているように食料品などを届けてくれるあの「生協」である。もともとOCR注文紙をコンピューターで集計しているのだから、そのインターフェースをWebに接続するだけである。自宅で加入している地域生協にももちろん提案してみたが、まだ実現していない。昼間荷物を受け取りに行くような主婦ほど計算機に縁遠いのが我が国の現状である。テレビでワイドショーを見るのと同じぐらいの手軽さが実現できなくてはならない。同時に提案したFAX注文の方は実現した。この程度なら我が愚妻にもできるようだ。注文書を出し忘れた時に便利だといっている。

検索した結果を一覧比較する、しかもそれが頻繁に変動するようなものの場合にはコンピューターは威力を発揮する。本書122ページに出ているように自動車の場合、リクルート社の中古車のページは便利だ。かつては分厚い情報誌を端から端までめくって、条件にあう中古車を探し、メモに書き出して自分で比較表を作ったものだ。これが条件を入れれば一覧表になって出てくる。紙の本だと出版頻度に限りがあるし、条件の良い物件は出版直後に売約済みになっていたりする。これはやはりインターネットの勝ちだ。

同様な意味で本書75ページで「極めて評判のよい」と紹介されている「旅の窓」もビジネスホテルと十分な数だけ契約していて、成功しているといって良いだろう。大都市だと条件を絞って検索しても結構なの数のホテルがリストアップされる。これは結構ホテル業界に影響を与えるのではないかと思う。これまで時刻表のおまけでついていたホテルリストの価格は当てにならなかった。肝心の日に空室があるのかどうかは電話をかけてみなくてはわからない。「旅の窓」なら簡単に空室があるホテルの中での条件と価格の比較ができる。試しに今度の出張の条件を入れて検索するとリストの中に過去に泊まったことのあるホテルが2軒出てきた。そんなにしょっちゅう行くわけではないので、値段ははっきり記憶していない。どうせ似たようなものだと思っていたがこうしてリストで比較すると、価格差は歴然としている。そして狭くて汚い、と思っていた方が実は高かった。このサイトには利用者の声の書き込みもあり、そういうのはえてして営利が絡んでくると結構サクラが体のいいことを書いていたりするものだか、ここには私が感じたのと同じことが書いてあった。掲載は匿名でも投稿時は実際にここから予約して泊まった人が実名で投稿するわけだからあまりデタラメも書けないだろう。こうなると利用者は安くてきれいな方を選ぶわけで、また初めて泊まる場所でもこのサイトの情報を信用して選んでみようという気になる。

ポータルはこれからまだまだ変革していくだろう。消費者は最も良い条件を求めてできるだけ多くの比較をしてみたい。ポータルが系列化されて花屋が一軒しか掲載されていないのでは、ポータルの役に立たない。ポータルのポータルが必要になる。

ポータルがたよりにならなければ、自分で検索することになる。Webで公開される情報量は日増しに増え、今やいったいどのくらいあるのか見当がつかない。しかし検索している人が求めているのは、ごく僅かの肝心な情報だけである。相手先の住所が配達範囲に入っていて、好みの花が商品構成に含まれていて、価格が予算の範囲内の花屋だけわかれば良いのであって、世界中の花屋の一覧や、ましてや「宅配花屋のはじめかた」なんていうページが出てきてもどうしようもない。従って現在のところ検索の結果得られるものは多くの場合ゴミの山である。きっと「宅配花屋」という検索をしたらこの読書感想文が出てきてしまった人もいるに違いない。検索手法も含め、目的とするページにいかにして最短で辿り着くかは、いまインターネットで最も必要とされている技術開発要素の一つだろう。少なくともそれができるまでは、本書に書かれているように「マインド・シェア」が重要となり、各社が赤字覚悟で膨大な経費を使ってレガシィー・メディアに大々的な広告を打つことになる。この状態が続く限り、まだまだ既存のマスメディアが大きな影響力を持つ時代が続く。やはりインターネット時代といえども頼りになるのは大手マスメディアだろうか、それとも単に棲み分けの問題か。

現在商用のWebページを作成しようとすれば、問題になるのは、作成にかかる人件費だろう。個人のページだって維持していこうとすれば相当にめんどくさい。ずっと同じ内容を掲載しておくだけなら紙のカタログと大差ない。もちろん紙のカタログのようにすぐにどこかになくしてしまうことはなくなるわけだが。やはりせっかくの電子メディアだからと頻繁に更新したくなる。ところがそうなると猛烈な人件費がかかる。このあたりが問題だろう。書籍やCDなど検索可能でほとんどすべてを網羅したカタログを備えている必要があるが、その維持管理コストは膨大になるはずだ。「今月のお勧め」しか売っていないような店なら、べつに通勤の途中の地下街で買えば済むのだから。従って254ページの「常識1」は、全くそのとおりなのだが、問題はその人件費である。

「常識3」は全く同感である。超重たいページの担当者やそこの社長は消費者の身になって自宅からモデムでアクセスしたことなどないのだろう。やってみればすぐにわかることだ。コンテンツ請負業者にきれいなカラー写真入りページを提案され、社内LANで動画のデモなどされれば、その方が良く見えるし、請負業者にしてみれば高い料金を吹っかけることができるからなのかな。

見た目の美しさよりも、物を売りたければ、手数料や送料、支払い条件など明示して客に安心感を与える方がよっぽど重要である。

「常識5」では「電子メールの利用が基本」となっているるが、私はもはや電子メールは限界を越えていて、早く過去の遺物になってほしいと思っている。いろんなところで電子メールアドレスの記入が必須になっていて、それがないと受け付けられないようになっている。で、後からやってくるのはゴミメールの山である。複数のアドレスを使い分ける、メーラーでフィルターする、等でしのいでいるが、10年前から進化しないこの通信形態はいいかげん何とかしなくてはいけないと思う。パーソナライズされたWebページもいくつかあるが、実のところあまり見に行っていない。過去の情報を保持していてくれるところはそれなりに嬉しい。同じものや続編が簡単に買えたり、逆にすでに買った本をもう一度注文してしまうことを防げたりする。パーソナライズされたWebページの場合には、その人専用のURLに行くだけでとても簡単なのだが、過去の情報を出そうとすればユーザー名とパスワードを入れることになる。これが結構うっとおしい。仕事上やプロバイダーに接続するために覚えておかなければならないIDやパスワードがいくつもあり、またキャッシュカードや果てはスーツケースや自転車の鍵まで、世の中暗証番号だらけである。小学生のころから暗記大嫌い人間の自分には苦痛でしかない。まさかメモを作ってキャッシュカードと一緒に財布に入れておくわけにもいかない。従ってサイバーショップのパスワードなどあっという間に忘れて、次に使う時にはまた登録しなおすことになる。暗号の認証局を使って身元を保証するとか、何らかの方策が欲しいところだ。

最後に本書では我が国における最大のネックは通信料の高さだとしている。これも全く同感である。そしてそれがNTTの雇用問題等も絡みそう簡単な問題でないこと、しかしそうして既存の会社の雇用を守ろうとしているうちに日本全体の雇用が怪しくなってしまうことも、著者は十分承知しているのだろう。

私は技術的見地からADSLなど24時間365日つなぎっぱなしのサービスが低価格で提供されるようになると、インターネットの業務形態がまた一つ変わったものになってくるだろうと考えている。現在では多くの個人ホームページはプロバイダーのサーバー上にある。しかし常時つながっているのであれば、Webページのサーバーは自宅においても構わないのである。高々10MBや20MBのディスクスペースをプロバイダーから借りなくても、今時のパソコンには何十GBものディスクスペースが当然のようについてくる。メールホストだって同様だ。現在のIPv4ではもうアドレス枯渇状態としても、IPv6で拡張し、各家庭にサーバーを置いてしまえばメールアドレスは自分で作り放題になる。もちろん大量のアクセスを受けたり、顧客に対する少しでも速い転送速度をサービスしようとすれば、サーバーはバックボーンに近い方が有利だし、個人でもプロが管理してくれるサーバーを頼った方が安心で手間がかからないと思う人も少なくないだろう。しかし少なくとも現在のようなISP=サーバーという図式は必須ではなくなる。接続業者とレンタルサーバーは好きなところが別々に選べる時代になるのではないだろうか。

ともかくもインターネットの世界の変化は速い。次々と新しい技術が現れ、そして消えていく。業界大手や大資本をバックにした会社が鳴りもの入りで大々的に広めようとし、これができなきゃインターネットじゃない、みたいないわれかたでマスコミに騒がれた新方式が、やっと覚えたころには自然消滅している。一方でごく一部の人向きと思われていたものが、いつの間にか多くの人の常識になっている。著者は続刊を書くネタに不自由しないことだろう。いずれまた著者ならではの観点からの次作を期待しよう。

1999年12月


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