第十三章       みんなで築く真実の街

 

 

 プラハ市が、王妃や大貴族たちと連帯して秩序の回復に努めていたころ、南ボヘミアでは、『山への巡礼』が大規模な集会を開いていた。

9月17日のブジー・ホラの大集会は、「終末論」を中心に据えた論題であったが、その決議内容は、偶然にもプラハ13箇条と同一であった。自由な説教、二重聖餐、そして聖職者の財産所有を否定したのである。

フス派が、最も基本的な部分で一致団結していたことが良く分かる。

司祭アンブローシュは、結びの言葉を叫んだ。

「現在の教会は、聖性と善の名において、神のあらゆる正義への嘲弄、中傷、圧迫、非難が行われ、反キリストの名が最高の賞賛を浴びている。彼らは、今やサタンの僕と化したのだ。これを放置してはならない。主なる神と、国王、大貴族、騎士、小貴族、あらゆるキリスト教徒の共同体の力によって、あらゆる違反、悪行、逸脱が除かれ、罰せられるべきである。この世は、終末の一歩手前まで来ている。身分の高下に関係なく、最後の時に備えるべきである。そして、終末の後には、キリスト自身が支配する至福の王国が訪れるであろう」

千名をゆうに越える群衆は、大歓声をもって師の熱弁に応えた。

しかし、ブジー・ホラの山麓には、家財道具を満載した荷車が列をなしていた。この集会に参加した人の多くが、カトリック派の貴族や聖職者によって住処を追われて来たのであった。この巨大な難民の群れを、何とかして救済しなければならない。

アンブローシュは、群衆に注いでいたその瞳を、青い空に向けた。

「ペトルくん。頼みますぞ・・・」

彼は、「共同体」の必要性を理解するようになっていた。

 

そのころペトルは、プロコプ青年と共に、南ボヘミアのアウスティ城に入っていた。ここは、プロコプの父親ヨハンの所領である。彼らは、この地を基点に据えて、「共同体」の建設を模索していたのだ。

ドイツ系の小貴族であったプロコプの父は、騒乱が続くプラハを避けて、8月の初めにこの所領に帰ってきていた。この人物は、二重聖餐を認めてはいなかったが、フス派に対して比較的寛大な立場を取っていたので、ペトルとプロコプにとって格好の宿り木だったのである。

「アンブローシュ師が、難民を抱えて困っているようだ」ペトルが、書状を読みながら言った。彼は終末論には反対だったが、増加の一途を辿る難民の姿に心を痛めていたのである。

「ブジー・ホラだけではあらへん」プロコプも呟いた。「プルゼニ、ジャテツ、ルーニ、スラニィ、クラトヴィでも、二重聖餐派の集会が、カトリックの弾圧を受けているようや」

「この城に収容できないだろうか」

「親父の目が黒いうちは、難しいやろうな。親父は、面倒に巻き込まれるのが大嫌いやから」

そのとき、城外から慌しい馬蹄の音が鳴り響いた。居間の石壁の窓から首を出した彼らの眼下には、甲冑に身を包んだ数十騎の騎士団が、跳ね橋を渡って城内に飛び込んで来る姿が広がっていた。

「あれは・・・」

「まずいぜ、こりゃあ」プロコプは、右手で両目を覆った。「ウルリッヒ叔父が来た」

「誰だい」

「バリバリのカトリック派やねん。しかも、所領の取り分を巡って親父と不仲と来た」

「・・・最悪だなあ」ペトルは、肩を落とした。

 城内は、異様な緊張感に包まれた。居間に顔を見せた小間使いの話によると、城主とその弟は、声高に客間で口論を戦わせているらしい。

やがて、居間にやって来た城主ヨハンは、白い顎鬚をしごきながら、難しい顔で息子とその友人に言った。

「ウルリッヒが、異端を放置するのは許さぬと言って来おった。逆らうなら、城ごと馬蹄にかけると、物凄い剣幕でな・・・」

「父上は、弟の脅迫に屈するのですか」プロコプは、哀れむような視線を投げた。

「すまんな、息子よ」ヨハンは、弱々しく目を伏せた。「わしは、二重聖餐のために、血を分けた弟と争う気はないのだ」

「父上、異端うんぬんは、ウルリッヒの口実ですよ。あの叔父の本当の狙いは、父上の所領にあるのです」

「滅多なことを言うなよ」気の弱い城主は、両目を閉じた。

「分かりました。出て行きます」ペトルは言った。「行こうよ、プロコプ」

「そうやな」プロコプは、大きな吐息とともに、切なげに窓外の青空に目をやった。「一から出直しや」

「すまんなあ」ヨハンはそう言うと、息子に背を向けた。

二人は、その日のうちに城を出た。

跳ね橋を渡るとき、左右に屯していた騎士たちが、侮蔑的な視線を投げてきた。そして、聞こえよがしに声を交わした。

「あれが異端者か・・・」

「見かけは、人間みたいだけどなあ」

「心臓に悪魔の毛が生えているんだとよ」

「まだ若いのに、かわいそうになあ」

ペトルとプロコプは、無表情に、まっすぐに前方を見て、城主が付けてくれたロバを曳いて堀を越えた。

城が遥か後方に消えてしまうと、城主の御曹司はきっぱりと言った。

「わいは、必ず帰ってくる。そして、叔父を追い出し、あの兵士どもを素っ裸にひん剥いて、木の枝から逆さに吊るしてやる」

「・・・その相談は後にしようぜ」ペトルは微笑んだ。「これから、どうする?」

「まあ、あんたの好きなようにしなよ。わいは、文句なんか言わん」

「とりあえず、アンブローシュ師のところに寄ろうか。向こうの状況が知りたい」

ロバの背に乗せた家財道具一式の頭陀袋を撫でながら、二人の青年はのんびりと北に向かった。黄色い椛に彩られた野山は、秋の気配にどっぷりと浸かっていた。

 

そのころ、フス派の難民の群れは、三々五々、フス派貴族の所領に逃げ込んでいた。幸い、南ボヘミア地方には、フス派の大貴族であるロジュンベルク家の所領が多くある。この地に逃げ込めば、この冬を越せるだけの生活は保証されるはずであった。

しかし、これら大貴族の当主たちは、大勢の騎士を伴ってプラハに滞在中である。その隙を狙って、「異端討伐」の口実のもとに領土を侵犯するカトリック派貴族が、日増しにその数を増していた。彼らは、軽装の騎士たちを派遣して、森に火を放ち畑を荒らし、あるいは難民を捕捉して暴行を振るったり、家財を奪い取ったりした。

難民たちの間に高まる不安を前にして、アンブローシュ師と合流したペトルとプロコプは、鳩首して善後策を協議した。

「プラハ市は、今や完全に二重聖餐派の掌中にあるそうだ」アンブローシュは言った。「噂では、カトリック派の聖職者や市民が大勢で退去したため、家屋が70軒ほど余っておるらしい。難民を、プラハに移すというのはどうだろう」

「70軒ってことは、70家族」ペトルは呟いた。「難民の一部しか救済できないということですね」

難民の総数は、今や500家族を超えているものと思われた・・・。

「やはり、真実の街を新たに築くしかあらへんな」プロコプは言った。

「でも、これから厳冬だぞ。春までは動けまい」アンブローシュは頬杖をついた。

そのとき、この粗末な炭焼き小屋に、歓声をあげながら鋳鐘士のフロマドカが駆け込んで来た。

「先生方、朗報ですぞ。プラハの王宮警護隊長だったミクラーシュ殿が、大勢の兵士を連れて駆けつけてくれたのです」

「なんやて」プロコプも喜声をあげた。「そいつは、ほんまに朗報や。兵隊は、全部で何人来たのや」

「30人ほどです」

「なんや・・・」プロコプは肩を竦めた。「いないより、マシって程度やな」

それでも、非武装の難民の群れに武装兵が加わったことは、この流浪の集団に、幾ばくかの勇気を与えた。今年の初頭に、ヴァーツラフ4世との口論の末、プラハを退去したミクラーシュ隊長は、仲間たちと共に各地を転々とした後、『山への巡礼』の危機を知って駆けつけたのであった。

「30人のベテランがいれば」アンブローシュは、プロコプに目をやった。「アウスティ城を奪還できるのじゃないか」

「ウルリッヒの叔父だって馬鹿じゃない」プロコプは、右手を打ち振った。「だいたい、わずか30人で城攻めだなんて、無茶もいいところや」

「敵も、そう思っているのでは?」

「城門は、不意打ちでは開きまへんで」

「城門は、きっと開きますよ」鋳鐘士が、口を挟んできた。

「どうして」アンブローシュとプロコプは、同時に声をあげた。

「私の従兄弟が、アウスティに住んでいるのです。彼の話によれば、あそこの住民はみな、二重聖餐派の理想を知って心を動かされているようですぜ」

「なるほど、内応を呼びかけるというわけや」プロコプは、大いに感心した。「フロマドカさん、あんた、鋳鐘士にしとくにはもったいない軍師やなあ」

「いやあ、そう言われると照れるなあ」純朴な鋳鐘士は、頬を染めて頭を掻いた。

 

これまでは当てもなく逃げ惑っていた難民の群れは、アンブローシュらの活躍によって、次第に統制を持った組織体へと姿を変えていった。南ボヘミアの貴族の所領に分宿している彼らは、互いに横の連絡を緊密に取り合うことによって、出身地ごとに4つの団体に区分けされた。また、それぞれ戸籍調べなどを経て、自前の自警団を持つようになっていた。この自警団に訓練を施すのは、もちろんミクラーシュ隊長とその部下たちである。

また、ミクラーシュの働きかけによって、フス派貴族たちも少しずつ援兵を送って寄越すようになっていた。さらに、貴族たちはクリスマスに大量の鯉を贈ってくれたので、難民たちは、大いに年末を楽しむことが出来たのである。

やがて、運命の年、1420年の陽光が昇った。

アンブローシュら終末論者たちは、かねてより、この年の2月に「世界の終末」が訪れると主張していた。そのため、新年を迎えた難民たちの熱狂は、すさまじいばかりであった。彼らは、この時を待ち望んでいたからこそ、家財道具を荷車に積み、住み慣れた故郷を捨てて、難民生活に甘んじて来たのである。

「終末なんか、来るものか」ペトルは、吐き捨てるように言った。「2月が過ぎて、終末が来ないことを知ったら、みんなどうなると思う?もはや、故郷には帰れない彼らは、自暴自棄の混乱状態に陥るぞ」

「その前に、受け皿を作っておかねばあかんな」プロコプは気張った。「アウスティ攻略作戦、そろそろ発動してもええころや」

部屋を出たプロコプは、会議室として用いている炭焼き小屋にミクラーシュやフロマドカらを集め、作戦の打ち合わせを開始した。

一人残されたペトルは、古ぼけた納屋で沈思していたが、やがて、喧騒に誘われて小屋の外に出た。

戸外には、この草原の各所に仮小屋を作って生活している人々の息吹が漲っていた。小さな子供たちは、この寒空にも負けず、犬を追って走り回っている。男たちは、森から切り出した木々を広場に積み上げ、女たちは、せっせと薪拾いに精を出している。

みんな、やがて来る神の救済を信じ、純粋な気持ちで信仰に縋っている人々だ。

「この純粋な人たちを、救わなければならない。それが、この俺に与えられた使命なのだから」

そう呟いたペトルの視界の片隅に、白いドレスのようなものが映った。

驚いて振り向いた彼の前には、寒々しい冬の木々がたたずむのみ。

幻か。

ペトルは、自問自答した。

「どうして、ヴィクトルカの幻を目にしたのだろう。これは、何かの啓示かも知れない。いや、きっとそうに違いない。俺は、そこから何を読み取るべきなのか」

そのとき、プロコプが後ろから彼の肩を叩いた。

「ペトルさん、決まったぜ。今から準備して、明日の午後には進発や」

「えっ、何が?」

「何がって、アウスティ城や。決まっているやろ。あんたも一緒に来るかい」

「俺が行っても足手まといになる。任せるよ、君たちに」

「・・・さよか。まあ、朗報を待っときいな」

「ああ、頼んだよ」ペトルは、友人の肩を二度叩いて激励した。

 

この奇襲攻撃は、大成功だった。

鋳鐘士の内応策は予想以上に見事に決まり、アウスティの城門は、次々に内部から開かれ、予期せぬ敵襲に浮き足立ったウルリッヒは、ほとんど抵抗出来ぬまま、着の身着のまま逃げ落ちていったのである。

城主ヨハンは、弟から「異端に加担した罪」を問われて、城内の一角に軟禁されていた。息子に助け出された彼は、新たな支配者への協力を約束したのであった。

やがて、貴族の所領に分散していた難民たちが、続々とアウスティの街に入城してきた。占領軍を歓迎したフス派の住民たちは、カトリック派の住民を街から追い出して、その空き家に難民を迎え入れたのである。

「ちょっと手狭かな・・・」城の窓から城下を眺め渡したアンブローシュ司祭は、軽く溜息をついた。

「この城は、防衛上も堅固とは思えません。なにしろ、私の数少ない手勢にさえ、有効に対処できなかったくらいですからね」城内に一番乗りを果たしたミクラーシュ隊長は、自らの成功を恃むことなく、冷静に言った。

「もっと多くの人数を収容できるような、要害の地に移った方が良いということか」プロコプは、首をかしげた。「どこにあるかな、そんな都合の良い土地が」

「セジモヴォ・ウースチーの丘なら」精悍な武人ミクラーシュは、静かに言った。「あそこなら、打ってつけです。近くに綺麗なルズニチェ川があり、しかも周囲を丘に囲まれています」

「セジモヴォ・ウースチー・・・」ペトルは懐かしさに胸を一杯にした。かつて、親友のイジーとフス先生を見舞いに行ったとき、寒風の中を一緒に歩いた場所ではないか。

「これは、私個人の考えではありません」ミクラーシュは、言葉を継いだ。「プルゼニでヤン・ジシュカ隊長と会見したとき、彼もそう言っておりました・・・」

「おお、ヤン・ジシュカ殿・・・」壁際で大人しくしていた城主ヨハンが、頓狂な声をあげた。「かの人は、息災であるのか」

「ジシュカどのは、プルゼニやピーセックの共同体を纏めていられる。やがて、我々に合流してくれるであろう」精悍な武人は、白い歯を見せた。

ジシュカさんか。ペトルの胸の内で、再び懐かしさが込み上げて来た。これは、何かの運命の導きかもしれない。

「それでは、さっそく彼の地に測量隊を派遣しよう。各共同体から、建築家や測量士を選出してもらうとしよう。・・・その丘こそ、我らが『真実の街』となるやもしれぬ」アンブローシュの言葉で、その日の会議は解散となった。

 数日後、測量隊が帰ってきたのだが、その報告は極めて希望に溢れるものであった。

さっそく、アウスティに集う各共同体は、それぞれの中から屈強な労働者を抜擢し、これをセジモヴォ・ウースチーに送り込んだ。彼らは、将来の希望に全身を躍動させながら、『真実の街』の建設に励んだのである。

 

わしらの国は神の国

わしらの血潮は神のもの

サタンの手先に渡すまい

サタンの尻尾は掴むまい

 

木槌や斧の音が鳴り響き、荷車の車輪の音が空をつんざく。

その異様な光景を、山のキツネや河原のカワウソも遠巻きに見て、その眼を丸くしていた。

ペトルも、しばしばこの喧騒を訪れた。休憩時間に説教を行い、あるいは自らがモッコを担いで働くこともあった。

市域は、約150ヘクタール。その周囲を堅固な石壁で囲み、出入口を東西の2箇所に限定する。また、市域内に広大な地下道を設け、いざというときの非難所や脱出路にする。街の中央には、教会に囲まれた大きな広場を造る。その教会では、誰もが自由に神について語ることが出来るであろう・・・。

有能な設計士や測量士の活躍で、ここまでの青写真は出来上がった。

しかし、肝心の「街の名前」が決まらなかった。

建設現場からアウスティに帰ってきたペトルは、埃まみれの僧衣を脱ごうともせず、その足で城の本丸に駆け上がった。

「思いつきました」修道士は、アンブローシュに微笑みかけた。「神の啓示を受けました。急に閃いたのです」

「待て待て、何の話だね」

「『真実の街』の名前ですよ。ターボル、ターボルはどうでしょうか」

「ターボル・・・」アンブローシュは、口をぽかんと開けた。

ターボルは、イスラエルにある山の名である。ここは、イエスが群衆を集めて「山での説教」を行った場所なのだ。

「なるほど、我々にぴったりの名ではないか。ペトルくん、良くぞ思いついたね」

その夜の臨時会議で、建設中の新しい街の名は正式に決定された。

ターボル。

その名は、この6ヵ月後、全ヨーロッパに恐怖の響きを轟かせることになる。

 

1420年2月は、何事も無く過ぎ去った。

約束された「終末」は、訪れることがなかったのである。

フス派の難民たちが、それでも挫けずに勇気を保ち続けられたのは、徐々に輪郭を現していく『真実の街』のお陰であっただろう。彼らは、この街に根を下ろし、誰からも邪魔されることなく安らかに神の教えを実践できるものと信じていた。もう、十分の一税もない。贖罪状という名の強制的な喜捨もない。みんなが直接、神と心を通わせることができる、そんな夢の街、そんな希望の街がターボルだった。

アウスティの城に、ヤン・ジシュカが姿を見せたのは、3月初旬の事だった。

 「ご無沙汰ですな、アンブローシュ師。久しぶりだねミクラーシュ。やあ、アウスティのヨハンどの。すると、そちらがプロコプさんだね。噂には聞いているよ」

要人たちと挨拶を交わした隻眼蓬髪の大男は、もう50の坂を越えているはずだが、いつまでも若々しく精悍に見える。

「ちょうど良いところに来てくれましたね」アンブローシュは、ジシュカの両手を握った。「ウルリッヒが、カトリック派諸侯と共同戦線を組んで、この城に攻めかかろうとしているとの噂がしきりなのです」

「ふうん」ジシュカは、どこ吹く風で広間を見渡した。「引越しはいつになるので?」

「早ければ、来月までには・・・」

「それまでなら、さしたる苦労も無く守りきれるでしょう」

そのとき、農民の若者が、血相を変えて広間に飛び込んできた。

「ウルリッヒの襲撃です。城下でペトルどのの一行が襲われています。早く救援を」

「来やがったな」プロコプは、眦を剥いて椅子から立ち上がった。

「ペトルって、もしかしてヘルチツェのペトルか」ジシュカが首を向けた。

「あれ、ペトルさんをご存知なので?」

「うん、腐れ縁で、ドイツまで旅をした仲だ。プロコプ殿、俺も一緒に行くよ」

「願っても無い」プロコプは、満面の笑みを浮かべた。

ジシュカ直卒の30騎と、プロコプの20騎は、寒風を巻き上げて跳ね橋を渡った。

ペトルの一行40名は、10台あまりの空の荷車を押しながら、ターボルからアウスティに向かっているところを、威力偵察に来たウルリッヒの騎馬隊に捕捉されたのだった。ペトルと農民たちは、荷車の下に潜り込んで、周囲を駆け回る馬蹄から身を守っていた。弱敵と侮って慢心した騎馬隊は、「異端め」「腰抜けめ」などと罵倒しながら、荷車の下で震える農民たちを槍で田楽刺しにしようとしている。

瞬時に以上のことを見て取ったジシュカとプロコプは、喚声をあげながら、敵の横腹に襲い掛かった。

予期せぬ強敵の登場に驚き慌てたウルリッヒの騎馬隊は、荷車を捨てて一斉に逃走に入った。もともと偵察が目的だから、戦意は高くないのである。ジシュカとプロコプも、深追いしないで荷車のところに引き上げて来た。

「ありがとう、助かった」荷車の下から這い出したペトルは、泥まみれの顔を両手でこすり、再び顔をあげた。そこには、騎乗のジシュカの姿があった。

「おお、ペトル、生きていたかよ」隻眼の大男は叫んだ。「悪運の強い野郎だぜ」

「あははは、ジシュカ隊長。それは、こちらのセリフですよ」ペトルも、喜びのあまり、その泥だらけの顔をくしゃくしゃにした。