第十七章 ヴィトコフの戦い 

 

 全身を銀色の装甲に覆われた騎士たちは、赤や青の紋様に彩られた旗指物を振り立て愛馬を駆り立て車砦に迫った。その左右では、ハンマーや長槍を抱えた従兵たちが主を守って雄たけびを上げ、それに呼応して、丘の上からイングランドの長弓兵が撃ちまくった。

 空を真っ黒に染める矢の雨を受け、ハリネズミのようになった車砦に、まず、ハンマーを抱えた歩卒たちが襲い掛かる。しかし、鉄板で補強され、鉄鎖で連結された荷車は、ハンマーの一撃くらいではビクともしない。大きく得物を振りかぶってさらに一撃を加えようとする歩卒たちに、車砦の背後に潜んだイジーたち弓隊の放つクロスボウの矢が突き立った。負傷してバタバタと倒れる彼らの後ろから、装甲騎士たちがいよいよその威容を現す。長槍を振り回しながら突貫を挑む彼らは、しかし車砦の列に阻まれてその鋭鋒を鈍らせる。

 ジシュカは、傍らで恐怖の眼を見開くペトルに向かって叫んだ。

 「これから起こる事を、しっかりと見ておくのだ」

 そして、大きく振り上げた腕を勢いよく下ろした。

 次の瞬間、轟音と煙の黒色と硝煙の臭いとが周囲を圧し、十字軍の誇る騎士たちは、またもや阿鼻叫喚の地獄に叩き落とされた。至近距離から発射される銃弾は、容赦なく騎士の胸甲を打ち抜き、鉄兜を粉砕する。それだけではない。鉄砲300丁分の大轟音が、100丁づつ3回に分かれて途切れることなく軍馬の鼓膜を直撃したため、狂乱状態になった馬の列は、口から泡を吹きながら騎士を次々に振るい落とし、落馬した騎士たちの多くは、その身につけた甲冑の重さで自力では起き上がることもできず、味方の馬蹄にかかるのを恐れ、悲鳴をあげながら戦場をゴロゴロと転がりまわった。

 一面の黒色に包まれた戦場は、丘の上からは見通すことができない。黒煙の中心がこの世の地獄と化していることが分からない後続の騎士たちは、手柄を先陣に独占されることを恐れ、我先にと地獄の中に突撃して行った。

 ウェストファーレン伯やクラコフ卿は、戦線の位置が全く動かない状況を眺めて、戦況が予想以上に悪いことを察知した。しかし、彼らとて頽勢を挽回する妙案など思い浮かばないから、騎士たちの人海戦術が、いずれ効果を発揮することを期待するしかなかったのだ。

 しかし、銃撃音と硝煙の臭いが途切れることはなく、黒煙の中に飛び込んだ騎士は、彼方にも此方にも姿を見せようとしない。

 ようやく、丘を駆け下りる騎士たちの双眼に、恐怖の色が浮かび始めた。あの黒煙の中には、地獄の口が待ち受けているのではないか。フス派の異端者どもは、何か恐ろしい魔法を用いているのではないか。

 ターボル軍が、「切り札」を使い始めたとき、彼らの恐怖はその頂点に達した。

 ジシュカは、全部で5門の青銅砲を荷馬車に載せて運んで来ていた。発射準備が整ったこの超兵器は、巨大な砲弾を、 黒煙の中のみならず丘の中腹にまで送り込んだのである。石弾の群れは、鈍い空気音とともに、行く手を遮る人馬の鮮肉と鉄とを、委細構わずゴチャ混ぜにして、これを空中高く撒き散らし、その後には、真っ赤な霧が驟雨のように立ち込めていった。

 血のカーテン。

 ペトルは、黒煙越しに地獄を見た。人間が粉みじんになって四散する様を見た。

 「これが、これが本当に神の正義だというのか」若き修道士は、誰かに聞きたかった。

 しかし、傍らのジシュカは、無言で戦況を睨んでいた。その表情からは、何一つ窺い取ることが出来なかった。

 一方、車砦の反対側に立つウェストファーレン伯には、自分の眼前に展開される光景が現実のものとはとても思えなかった。唇はカラカラに渇いていた。

 突撃態勢を取りつつあった後続の十字軍は、丘の下から吹き上げる血の臭いや肉片に直面して浮き足立った。あの鉄の塊に人馬をぶつけても、騎士道の勲にはなりそうもない。犬死には嫌だ。彼らは、心細げに指揮官の顔を見たのだが、その顔面は死人のように真っ青となり、先刻までの楽天的な自信は、影も形も無く消えうせていた。

 次の瞬間、砲弾に吹き飛ばされた騎士の腕が、ブーメランのように弧を描きながら飛来し、クラコフ卿の顔面を直撃した。首の骨が折れる鈍い音と共に、ポーランド貴族は愛馬の上から大地に叩きつけられ、そして二度と起き上がることが出来なかった。

 隣に駒を沿わせていたウェストファーレン伯は、退却命令を出そうとしたが、とても声にならない。その全身は水浸しだ。顔中は涙でぐしょ濡れとなり、上半身は汗みどろ、いつしか失禁までしていたからだ。

 その次の瞬間、彼の体は粉みじんとなって空中に吹き飛んでいた。

 戦場は、大混乱に陥った。退却しようとする者と、なおも前進しようとする者とが押し合いへし合いで、もうどうにもならない。

 もともと、この十字軍は、35カ国もの封建騎士の寄せ集めで構成されているため、統一的な指揮命令系統が設置されていなかった。それでも、軍勢の数だけは無闇に多いから、戦局が順調のときは問題ない。ところが、これが逆境に陥ると、たちまち収拾が付かなくなる。

 いつしか射撃音が止み、黒煙が薄れたとき、騎士たちは信じられない情景を見た。

 鎖を解かれた荷車の隙間から、群雲のような農民兵が現れ、そして雄たけびを上げながら丘を駆け上がって来たのだ。みな、典型的なボヘミアの白い農民服を纏い、鎌や斧や長大な穀竿を振りかざしている。必死に逃げる騎士の後ろに追いすがった農民たちは、穀竿をその鎧に引っ掛けて馬から次々に引きずり落とし、大地に叩きつけられた騎士たちは、後続の農民の鎌に甲冑の隙間を抉られて血しぶきをあげる。

 「た、たかが農民兵ぞ」

 「戻れ、戦え」

 何人かの諸侯は必死に督戦したのだが、何しろ、丘と敵陣に挟まれたこの1キロにもならぬ狭い地帯に人数が集まりすぎている。後から後から駆けつける援軍を含めて3万人はいただろうか。その全てが混乱の中で自分の居場所を見失い、状況を見失い、そして戦意を見失い、そして2千名の農民兵の津波に押し流されていったのである。

 このころになって、ようやく旧市街のチェコ貴族たちが、ヴルタヴァ川の敵を撃退して援軍に駆けつけて来た。彼らは、ターボルの農民兵とともに猛烈な追撃を開始したのである。

 陽光が西の空に傾く頃、ヴィトコフの勝敗は、誰の目にも明らかになっていた。

 車砦から丘にかけての大地は真っ赤に染まり、数知れぬ騎士や軍馬の死骸で埋め尽くされ、丘の上には、置き捨てられた旗指物や、進軍ラッパ、果ては教皇庁の「異端討伐令」の写しまで転がっていた。これらの持ち主たちは、完全に統制を失い、後ろも見ずに逃げ出したため、ハンガリーやポーランドやドイツに向かう道筋は、敗走する騎士たちの群れで一杯になったのである。

 やがて、プラハ市から、城門を通って大勢の市民が戦場にやって来た。みんな、信じられない大勝利に呆然となり、そして大喜びとなり、ついには互いに抱き合って感涙にむせんだ。

 「おお、神よ。やはり、我らの正しさを認めてくださったのですね」旧市街の書記官であったブジェゾヴァーのヴァヴジネツは、大地に接吻して叫んだ。「正しい信仰は、どんな大敵にも負けぬ力なのですね」

 彼の言葉を裏付けるように、ターボル軍の損害は軽微だった。農民兵も新市街自警団も、みんな硝煙で真っ黒になり、また、長時間にわたって爆裂音を聞いたために耳が利かなくなっていたのだが、市民たちの輪に入り、そして肩を叩かれ感謝の接吻を受けたのである。

 だが、最高殊勲者のジシュカは、周囲で浮かれ騒ぐ部下たちを尻目に、硝煙と血で彩られた戦場に立ち、無表情に丘を見渡していた。

 そして、修道士ペトルは、ジシュカの隣に立って、鮮血に彩られた悲惨な戦場を見つめていた。そこには、彼が想像していた騎士道の華も、高潔さも勇気も無かった。そこにあるのは、鉄の雨に打たれて不潔な血袋と化した、悪臭を放つ人体の残骸があるだけであった。

 「これが戦争なのか。これが、戦いだというのか・・・」

 「そうだ、これが戦いだ」ジシュカは、かすれた声で応えた。

 フス派は、思想だけでなく、戦争技術の面でも新たな時代のフロンティアを築いたのであった。ジシュカの胸中にある苦い想いは、あるいは、古き良き騎士道の時代へのノスタルジアだったかもしれない。

 やがて、騒音に気づいて背後を振り向いた隻眼の将軍は、たちまちプラハ市民の歓呼の声を浴びた。

 「ジシュコフだ」市民たちの先頭にいたヴァヴジネツは叫んだ。「あの丘の名は、今日からジシュコフ(ジシュカの丘)だ。いや、もっと良い名を与えよう。聖杯だ。聖杯の山がいい」

 そして、革命の歌が流れ出した。

 

さあ、立ち上がれ、立ち上がれ、プラハよ、黄金の街よ

エルサレムを犯すバビロンの暴君を懲らすのだ

 

 ターボル軍の戦士たちは、夕日に照らされる草原に腰を下ろし、市民たちが樽に入れて運んできてくれた清水やビールで喉を潤していたが、この歌を聴くと自分たちも唱和を始めた。

 

神の戦士であり神の法である汝たちよ

神の加護を祈り、神を信じなさい

 

 ウ・クリムの親爺は、娘マリエと息子ヤンを伴って、荷車に載せた大きな樽にビールを満載してやって来た。マリエは、赤ちゃんを母親に預けてきたのだと言う。

 「イジーくん、怪我はないのね」マリエは、泥まみれの夫の顔を手ぬぐいで拭う。

 「うん、俺は大丈夫だ。だけど、自警団に随分と犠牲が出た」イジーはうつむいた。「石工のハシクは逃げ遅れて殺された。ヴィリームは、重傷を負って、さっき旧市街に担ぎ込まれたよ」

 「かわいそうに」

 「でも、君が無事で良かった。息子も無事で良かった。親爺さんも、無事で良かった」イジーは、激情にかられ、嗚咽をもらした。

 マリエは、そんな夫を優しく抱きしめた。

 ペトルは、友人たちの様子を、唱和するターボル軍の輪の中から優しく見つめていた。

 若者たちの感興を尻目に、ジェリフスキーは、赤い陽光を全身の甲冑に浴びながらジシュカの隣に歩み寄る。

 「ヴルタヴァ川の守りは、どうなった」ジシュカは、丘に隻眼を向けたままで問う。

 「この方面の敗報を聞いて、敵は浮き足立っているから、一両日中に姿を消すかもしれぬ」

 「そうか」

 「でもな、ヤン・ジシュカ」ジェリフスキーは、声を潜めた。「本当の戦いはこれからだぞ。旧市街のインテリどもは、きっと和平を目論んで、皇帝と妥協することだろう」

 「・・・・・」

 「我々『神の戦士』は、それを阻止しなければならない」

 「それは、君の役目だ」ジシュカは、ゆっくりと怪人修道士を振り返った。「俺は、この兵を連れてターボルに帰るよ」

 「そうか」ジェリフスキーはうつむき、この人物らしからぬ言葉を吐いた。「寂しくなるな」

 「危急のときは、すぐに来てやる」ジシュカは、笑顔で同志の肩を叩いた。「いつでも、俺を呼べ」

 「ああ、『真実』のためにな」

 「『真実』のために」

 人間たちが去った後、死臭の漂うヴィトコフの丘は、やがて静かな夜風に洗われた。

 余談であるが、この丘は今日ではジシュコフと呼ばれ、その上に全高3メートルの巨大なジシュカの騎馬像が立っている。また、ターボル軍がこの戦いで用いた鉄砲ピーシャラチは、今日の「ピストル」の語源となっている。

 

 ヴィトコフの丘で十字軍が粉砕されたころ、プラハ城のジギスムントは、聖ヴィート大聖堂で戴冠式のリハーサルを行っていた。

 やがてドヴォー卿が敗報をもたらしたとき、豪奢な毛皮を纏った皇帝は、膝まずいて聖堂の大理石の床に接吻しているところだった。

 「陛下、プラハ東郊から迫った3万は、遺棄死体数千の大打撃を受け、全軍が壊走中です。小地区の5万も、もはや戦意をなくして逼塞しております」

 「そうか」起き上がったジギスムントは、腹心に向けて小さくうなずいた。「ヤン・ジシュカの仕業か」

 「ヤン・ジシュカです」

 「この戦は、負けか」

 「負けです」

 ジギスムントは、眩暈を抑えた。彼がこの地で失った政治的威信の大きさは、恐らく想像を絶する大きさとなるだろう。また、異端討伐に失敗した教皇庁の宗教的威信も、大いに失墜するはずだ。

 「挽回は出来ぬか」

 「無理でしょう」ドヴォーは、冷たく言った。

 十字軍は、いわば教会のためのボランティアである。軍費も滞在費も、全て参加者の自弁だ。それでも彼らが戦争に参加するのは、この行為によって何か現実的なメリットが見込めるからである。そのメリットとは、例えば近隣諸邦への威信が増すとか、略奪に参加できるから、といった事柄である。いずれも、敵が弱くて勝利が確実であることが前提なのだ。

 もちろん、純粋な宗教的情熱で挑む、ドン・キホーテのような者もいただろう。しかし、中世も爛熟したこの時代では、そのような人物はむしろ少数派となっていた。何しろ、キリスト教の大元締めであるカトリック教会が腐敗し、しかもその事は高位の封建諸侯には自明なのだ。十字軍に参加することで魂が救われるなどと、本気で思う者は少なかった。

 そのため、チェコの軍勢が予想以上に強力で、プラハを陥落させる目処が立たないのなら、この地に滞在していても無意味な事である。期待されるメリットよりも、現実のデメリットの方が遥かに大きい。

 そう考えた諸侯が、口実を設けて脱落して行ったため、十字軍の威容は、日を追って減衰の一途を辿った。

 ジギスムントの戴冠式が、ようやく7月28日に終わったとき、プラハ城下に残っていたのは、皇帝直卒のハンガリー軍と、オーストリア公アルブレヒトの軍勢のみであった。チェコ貴族の軍勢に包囲されかけた彼らは、王冠を戴いたジギスムントを引っ手繰るようにして城外に連れ出し、夜陰に乗じて撤退したのである。

 「朕は、これでボヘミア王じゃ・・・」ジギスムントは、馬上で夜道を逃げながら低く呟き、そして自嘲気味に笑った。「国民のいない国王だがな」

 

 ジギスムントと十字軍の完全撤退を見て、プラハは連日の祝宴となった。百塔の鐘は鳴り響き、市内はビールを呷りダンスに興じる人々で一杯になった。人々は、自分たちの信仰が『真実』であり、それが神に認められたことを確信したのである。

 欧州全土から集められた連合軍を一撃で粉砕した事実は、チェコ人たちを大いに勇気付け、そして自分たちの信仰への狂信を生み出したのであった。

 旧市街庁舎に集うフス派の要人たちは、この勝利を記念して、フス派の統一シンボルを制定した。

 それは、「聖杯」であった。

 聖杯とは、イエス・キリストが最後の晩餐で葡萄酒を飲んだとされる杯である。これは、信仰の象徴として、アーサー王伝説などでも取り上げられている。

 この聖杯は、フス派にとって象徴以上の意味があった。

 彼らが標榜する二重聖餐は、一般の信徒でもミサで葡萄酒を用いるところに特徴があるから、葡萄酒を入れる「杯」は、まさにフス派のアイデンティティの核だったのである。

 人々は、旗指物や衣装や鎧などに、「聖杯」を模った刺繍や絵を描いていった。そして、この頃から、フス派は聖杯派(カリックス派)とも呼ばれるようになる。

 この聖杯の紋章は、今日でもフス派のシンボルとなっている。

 

 そんな喧騒の中、ペトルは、父オンドジェイとともにプラハ橋の袂に立っていた。

 橋は、投石によって所々破損しているが、使用に耐えないほどではない。その下を流れるヴルタヴァは、人間たちの所業にお構いなしに、いつでも静かで清らかな表情を忘れない。水鳥たちも、いつのまにか浅瀬に帰り、楽しそうに泳いでいた。

 「父さん、ありがとう」流れを見下ろしながら、息子は言った。

 「どうして、礼を言うのだ」オンドジェイは、驚いて息子の横顔を見る。

 「父さんは、フス先生の教説には興味なかっただろう。それなのに、戦ってくれた」

 「あの皇帝は、我々チェコ人とチェコの言葉の敵だ。だから戦ったのだ。お前に礼を言われる筋合いではないよ」

 オンドジェイの言葉は、フス派戦争における貴族の立場を雄弁に語っていた。貴族の多くは、信仰上の教義などには興味なかった。彼らはただ、自分たちを侮辱したジギスムントを憎み、また、彼に加担するカトリック教会の横暴を憎むから立ち上がったのだ。多くの貴族たちの戦争目的は、ジギスムントを排除し、そしてカトリック教会が保有する利権や領土を自分たちが奪い取ることにあったのである。彼らは、あくまでもその目的に沿う範囲において、フス派の味方だったというわけだ。

 「腕は、まだ痛むの?」

 「いや、大したことはない。ヴィトコフの勝利の知らせを聞いた嬉しさで、跡形も無く吹っ飛んだみたいだ。・・・いやあ、こんな事を言ったら怒られるだろうが、父さんはターボル軍の実力を軽視していたよ。俺が傷を推して出陣したのは、待ち望んだ援軍が、農民の群れだと聞いてがっかりしたからなのだ。こんな緊急時に、寝ている場合じゃないと思ったのだ。いやあ、本当に見損なっていたよな」

 そこで、父は真顔になった。

 「これは、何かの大きな前兆かもしれないな。やがて、王も騎士もいなくなって、純朴な民衆が自分たちで国を治める社会が来るかもしれない。ターボル軍の勝利は、神が我々に示してくれた一つの啓示だったのじゃないだろうか」

 「ターボルの街は、まさにそれを目指しているんだよ」ペトルは言った。

 「でも、貴族たちは迷惑がるぞ。俺のような貧乏地主はあまり関係ないけどな。いずれは、貴族たちとターボルが、敵同士になるかもな」

 「そうはならないよ。だって、同じチェコの言葉を話す同胞じゃないか」

 「・・・そうだな」オンドジェイは、笑顔でうなずいた。

 そのとき、トチェンプロッツが姿を見せた。どうやら、ペトルを呼びに来たらしい。

 「じゃあ、父さん、僕はこれで。母さんや兄さんや姉さんたちによろしくね」

 「ああ、お前も気を付けるんだぞ」

 父子は、手を振って別れた。

 

 トチェンプロッツとともに旧市街広場に戻ったペトルは、そこでイジーやトマーシュ、そしてヤコブやクララと出会い、旧交を温め別れを惜しんだ。それから、懐かしいプラハ大学で先生方に挨拶し、ようやくみんなが待つ新市街に出てきた。

 ジシュカは、馬広場の片隅でジェリフスキーと密談していたが、ペトルの姿を見かけると話を打ち切った。ジェリフスキーの前には、5門の大砲を積んだ荷馬車が置いてある。どうやら、この秘密兵器を怪人修道士に渡す算段をしていたらしい。

 「新市街の自警団で、『高い城』を攻略するのだ」ジェリフスキーは、ペトルに向かって得意げに高言した。

 「・・・頑張ってください。陰ながら応援しています」ペトルは、怪人修道士の中に、好戦的な嫌な臭いを嗅ぎ取って不快になったのだが、そう言って取り繕った。

 馬広場の左右に並ぶ市民の歓呼に応えながら、ターボル軍の勇者たちは、荷車を曳きつつ荷馬車を曳く馬匹を撫でながら家路を辿る。

 城門の手前で、赤ん坊を抱いたマリエが、ペトルを見つけて手を振った。

 「俺たちは、この善良な人々を守ったのだ」

 親友の妻に笑顔を返しながら、若き修道士は思った。

 ふと、何かを期待して群衆の中を探す。

 ヴィクトルカの白い姿は見えなかった。