第十九章 怪人修道士のクーデター

 

 

 チャースラフの国民会議は大成功で幕を閉じ、そしてプラハ城もフス派の掌中に落ちたため、ローマ教皇マルティヌス5世の憂慮は深まるばかりであった。

 「これ以上、異端者を野放しには出来ぬ。チェコ国内を統一平定した異端者たちは、いずれはその凶暴な兵力と歪んだ思想を国外に撒き散らすことだろう。そうなる前に、巨大な外圧の力で撲滅しなければならぬ」

 教皇は、特使を派遣して、出陣を渋る神聖ローマ皇帝の尻を叩いた。

 「教皇は、フス派の強さを知らぬからな」ジギスムントは、ブダ王宮の執務室で頬杖をついた。「先の十字軍に参加した諸侯も、もう懲り懲りだと思っているだろう。この十字軍は成功しまいよ・・・」

 しかし、先の十字軍に参加しなかったドイツ諸侯、その急先鋒であるブランデンブルク辺境伯フリードリヒやライン諸侯は、この第二次十字軍の発向に大乗り気だった。ターボル軍の恐さを知らぬ彼らは、弱気なジギスムントを無邪気に突き上げたのである。

 皇帝ジギスムントは、大いに悩んだ。

 神聖ローマ皇帝は、本質的にドイツ諸侯によって擁立される存在である。その地位はドイツ諸侯の選挙によって保証され、その権威はローマ教皇によって担保される。それゆえ皇帝は、ドイツ諸侯やローマ教皇の意向を無視するわけには行かないのだった。

 フランスの思想家ヴォルテールがいみじくも看破したように、「神聖でもなければローマ的でもなく、そもそも帝国ですらない」。これが、神聖ローマ帝国の本性であった。

 そんな矢先、悩める皇帝に希望を与える出来事が起きた。

 プラハで、クーデターが勃発したのである。

 

 クーデターの首謀者は、言わずと知れた、ヤン・ジェリフスキーである。

 チャースラフの演壇上で笑顔を見せ続けたこの修道士は、しかしあの国民会議を「妥協」だと考えていた。そして彼は、「妥協」を決して許しはしなかった。

 1421年6月30日、数名のシンパを連れた彼は、聖母教会の鐘を乱打し、驚いて集まってきた新市街の群衆を卓抜な演説で扇動。これを引き連れて旧市街庁舎に乗り込み、そして穏健派の執政官や参事会議員を恫喝して印章を剥奪し、この街の市政を乗っ取ってしまったのである。

 ヤン・プシーブラムらプラハ大学の首脳たちは大いに憤ったが、ジェリフスキーを押さえ込む具体的な手段は無かった。何しろ、プラハ城の陥落を見て安心した大貴族たちが、軍勢と共に各自の所領に引き上げた矢先だったからである。

 ジェリフスキーは、プラハの新旧両市街の合併を宣言し、そして両市街の庶民の中から15名づつの参事会員を選出させ、自分はその背後におさまり黒幕となった。

 そして、狂信的な改革が始まった。

 まず、偶像崇拝を嫌うジェリフスキーは、旧市街や小地区の聖像や宗教画を片端から破壊した。

 続いて、従来からの急進派の懸案であった地代(レント)の問題に踏み込んだ。ジェリフスキーは、「聖書には地代や金利に関する記述が無い」ことを根拠に、全ての地代と金利を無効としたのである。

 旧市街の商人たちやユダヤ人たちは、生活の道を奪われて非常に窮乏した。穏健的なプラハ大学も、この極端な改革には頭を抱えた。

 だが、プラハは今や、完全にジェリフスキー率いる急進派が支配する都市となったのである。怪人修道士が脳裏に描く理想の社会は、いよいよ現実のものとなろうとしていたのだ。

 「この世から、貧困も差別も無くなるだろう。この街の全ての住人が、手に泥をして働き、互いに労働成果を平等に分かち合う社会となることだろう」

 旧市街庁舎の一室で、ほくそ笑む怪人修道士の姿があった。

 城壁の警護について指示を得るために訪れたイジーは、この同志の言葉を聞いて顔をしかめた。

 「・・・聖職者から財産を奪うのは分かります。俺も、それには大賛成だ。でも、商人やユダヤ人を苦しめるのはどうだろうか」

 「難しい話じゃない。彼らが、不労所得を諦めれば良いのだ。手に泥をつけて農作業や手工業に勤しめばよいのだ。・・・ベロウンのイジー、君は地代で食っている商人ではなかったはずだ。いったい何が不満なのだ」

 「うちは、馬具や雑貨を営む小さな商店ですから、個人的な利害は関係ありません」イジーは言った。「ジェリフスキー、あんたは突っ走りすぎる。過激なやり方で、敵を作り過ぎる。昔からの仲間として、俺はそれを危ぶんでいるのです」

 「『神の戦士』か、懐かしいな」修道士は、遠い目を天井の漆喰に向けた。「トマーシュは裏切ったがな」

 「裏切りですって」イジーは、口をぽかんと開けた。「彼は、彼の立場から『真実』を捜し求めているだけでしょう」

 「ローマ教皇や皇帝との妥協を模索して、何が『真実』なものかよ」ジェリフスキーは、吐き捨てるように言った。「教皇も皇帝も、もともとはこの世界にあってはならぬものだ。人間の愚かさと、カトリック教会の横暴が、あのような邪悪を生んだのだ。我々は、それらの過ちを全て矯正しなければならない。奴らを滅ぼし、庶民たちの平等な世界を築かなければならぬのだ」

 イジーは、修道士の白髪頭を寂しげに見やった。修道士の言うことは正しいのかもしれない。しかし、その正しさを理解できる人間がどれほどいるだろうか。

 「イジーよ」修道士は、新市街の防衛隊長を頼もしげに見やった。「君は勇敢だし実直だ。何よりも、手に泥をして良く働いてくれる。心から頼りにしているぞ」

 「俺は、新市街を守り抜いてみせますよ。でも、誤解しないで欲しい、あんたのためじゃない。俺の愛する家族のためです」

 「ふふん」修道士は鼻で笑った。「それで良い。その純朴な心こそ我らが力なのだ」

 イジーは一瞥すると、厚い胸板を反り返らせ、そして退出して行った。

 正午の陽光の中、旧市街広場に立ったイジーは、『第二革命』ですっかり活気を失った家々を眺めた。普段なら大勢の人で賑わうこの広場も、今は閑散としていた。

 プラハの市政は出鱈目だった。何しろ、30人の参事会員は、無学な庶民から集められたのだから、政治の要諦を知らぬ者たちによる施政は試行錯誤の朝令暮改となり、多くの市民をいたずらに疲れさせていたのである。

 「平等が、本当に正しいことなのだろうか」イジーは、音を立てて動き出した広場の天文カラクリ大時計を見やった。「そうだ、ヤコブやクララに話を聞いてみよう」

 彼は、久しぶりにユダヤ人街に足を向けた。

 旧市街の北部に位置するユダヤ人街は、いつもと変わらぬ、落ち着いた雰囲気を漂わせていた。ちょうど礼拝が終わったところで、シナゴーグから大勢の人々が街路に溢れ出している。

 イジーは、例の盗難騒ぎの件以来、ユダヤ人たちから好意と信頼を勝ち得ていた。街路で行き交う人々と笑顔で会釈を交わし握手をしていると、やがて笑顔の若夫婦が彼の前に立った。

 「久しぶりだな、イジーさん」ヤコブは、顎鬚をたくわえていた。

 「あたしたちの家に案内するわ」クララは、長い黒髪をなびかせて、黒い瞳を輝かせた。

 二人の住まいは、しかしヤコブの実家の一室だった。狭いユダヤ人街には、もともと新居を築く余裕が少ない。この傾向は、戦争による経済的困窮と、今度のジェリフスキーの改革による、ユダヤ人全体の貧困化によって拍車がかけられていた。

 ヤコブの家の庭には、小さな菜園が出来ていた。最低限の食料を、自給自足するためだそうだ。

 「鶏を飼い始めた家も多いよ。そういう家からは、野菜と引き換えに卵を分けてもらうんだ」ヤコブは、土間の入口から庭を興味深げに眺めるイジーを楽しげに見やった。

 「君たちは、悔しくないのか」イジーは、真摯な目を異教徒の友人に向けた。「君たちユダヤ人は、我々に協力し、潤沢な資金を供給してくれた。そればかりじゃない。街の防備を手伝い、負傷者の介護に尽くしてくれた。それが、こんな形で裏切られるなんて」

 「長い目で見ればそうでもないさ」ヤコブは微笑んだ。「ジェリフスキーさんは、平等という言葉をよく口にする。それが本当なら、我々ユダヤ人も、キリスト教徒と同様に正業を自由に選べることになるじゃないか。我々は、カトリック教会の方針によって、職業を金融業に縛り付けられていた。ところが今や、あのカリスマ修道士は、我々に新たなチャンスを与えてくれたのだ」

 「前向きなんだなあ」イジーは、心から感心した。

 「そりゃあ、そうよ」クララは、台所仕事を続けながら、黒い目をクリクリさせた。「この程度の試練で腐っていたら、あたしたち異教徒は、この先、生きていけないわ」

 「君たちを支えているのは、信仰か・・・」

 「もちろん、そうさ」ヤコブは、妻を助けてテーブルに皿を並べながら答える。

 「やっぱり、ユダヤ教は、俺たちの信仰よりも優れていると思うのかい」

 「優劣の問題じゃないよ」ヤコブは笑った。「信仰とはそういうものだろう。魂にとって、水や空気のようなもので、そこにあるのが当然。あれこれ考えるようなものではないんだ」

 「でも・・・プラハ大学は、トマーシュやペトルは、いろいろなことを考えているぜ」

 「まあ、それは民族性って奴だろう。我々の眼から見れば、チェコ人もドイツ人も同じような民族で、とても理屈っぽいな。似たもの同士、どうして喧嘩ばかりしているのか、分からなくなるときがあるよ」

 「近親憎悪じゃないかしら。・・・さあ、オムレツが出来たわ。イジーさん、遠慮なく、召し上がってね。ほら、クネドリーキ(蒸しパン)も付けておいたから」

 「そうか、本当の信仰は、頭で考えるようなものじゃないのか。もしかすると、フス先生の言われた『真実』への道は、その辺りにヒントがあるのかもしれない」イジーは、ぽつりと言って匙を手に取った。

 

 そのころ、プラハを南に遠く離れたターボルでは、新たな『異端』問題が発生していた。

 ピカデリー派から転向した修道士の中に、ペトル・カーニシュという者がいた。彼は、独自の理論をもとに聖書を研究し、そして驚くべき結論に到達したのである。

 「二重聖餐は、単なる儀式に過ぎない。そして聖書は、単なる哲学書に過ぎない。イエスは一人の哲学者であり、その死は単なる処刑にしか過ぎない。つまり、この世に神聖なものなど何も無い。人間の理想は、むしろ聖書以前の創世記に求められるのだ。そう、あのアダムとイブの時代に・・・」

 これは、まさしくキリスト教の否定であった。

 あまりの荒唐無稽さに、ターボルの指導者たちはカーニシュを放置していた。しかし、「アダム派」と呼ばれる彼のシンパは急激に勢力を増し、ついに500人を超える人々が、ターボル市を捨てて南ボヘミアの丘陵地帯に引き移ってしまったのである。

 アダム派の勢力拡大が可能となったのは、ターボル内で、指導者層の交代があったためでもある。

 年初に、元プラハ衛兵隊長だったミクラーシュが落馬によって事故死した。その後任は、誰もが認める天才将軍ジシュカである。この世代交代は実にスムーズに運び、今やターボルの軍事権は、隻眼の大男の一手に握られたのである。

 また、終末論を唱えたアンブローシュ司祭は、ターボル市が次第に俗化していく様子を苦々しく見つめていたが、この初夏、シンパとともに近郊のフラデッツの街に移住してしまった。その後任は、プラハからやって来たペルジモフのミクラスという司祭であったが、この文才溢れる人物は、ターボル派の正義を謳ったいくつもの著作をものにした。

 さらに、ターボル市民を構成する貴族の中では、アウスティのヨハンが病死した。その遺領は、全て息子のプロコプが引き継いだので、市政の大局には影響は無かった。

 ただ、こうした指導者層の交代劇の陰で、アダム派勃興の隙が生まれたことは否めない。

 さて、ミクラスとジシュカを中心とした新体制が纏まりを見せると、明白な『異端者』であるアダム派の存在が目障りになって来た。

 「どこまで本当か分からぬが」ジシュカは、ペトルに語った。「アダム派の連中は、結婚をしないそうだ」

 「・・・どういうことです」

 「アダムとイブの時代に帰るんだとさ。つまり、男と女が、相手を取っかえ引っかえして乱交しているのだそうな。だから、男も女もいつも素っ裸なんだとさ」

 「なんという不道徳な・・・」さすがのペトルも唖然とした。

 「アダムとイブとか奇麗事を言っているが、その本質は性的異常者の集まりなのかも」

 「それは許せませんね。ピカデリー派とは比較にならないほど堕落している・・・」

 「それにしてもさあ」ジシュカは、悪戯っぽく笑った。「冬はどうするのかな。真冬でも素っ裸なのかな」

 「・・・あと数ヶ月で分かるでしょう」

 「それは無理だな」ジシュカは頬を引き締めた。「ミクラス司祭から、アダム派追討令が出たのだ。冬が来る前に撃滅しなければならぬ」

 「・・・私は、行きたくありません」

 「そう言うと思った。だが許さぬ」ジシュカは、大きな欠伸をした。「お前は、従軍修道士だ。全てを見届ける義務がある」

 

 勇躍して出陣したターボル軍は、山間でゲリラとなったアダム派の戦士たちに苦戦した。

 アダム派の戦士たちは、ヴィトコフの戦いをはじめ、ジシュカの征戦に付き従った歴戦の勇士である。しかも、かつての上将であるジシュカの手の内を知り尽くしていた。

 ジシュカ得意の鉄砲戦術も車砦戦法も、山間を猿のように動き回るゲリラには通用しない。かつて仲間であった歩兵同士が、深緑に覆われた山中で、血みどろの肉弾戦を繰り広げたのである。

 「手ごわいなあ」さすがのジシュカも、額の汗を拭う。

 「敵がかつての仲間ですから、部下たちの士気は低迷しています」のっぽのオチークが、苦虫を噛み潰したような顔を向けた。

 「逆に、敵の士気は旺盛です。ピカデリー派の先例を見て、負けたら皆殺しになることを知っているからでしょう。奴らは、こちらの降伏勧告には絶対に応じません」ちびのパヴェクも不安げだ。

 「奴ら、ちゃんと服を着ているんだもんなあ」ジシュカは、笑みを浮かべた。「あれでは、大事なところが毒草でかぶれることも期待できぬわ」

 「冗談を言っている場合かいな」前線から帰ってきたプロコプは、呑気な主将の様子に鼻を鳴らした。「この山を突破できなければ、敵のアジトへは攻め込めないで」

 「なあに、手はいくらでもある。雨は降りそうか」ジシュカは、気象に独特の勘を持つパヴェクを振り返った。

 「当分、大丈夫でしょう」

 「ならば火攻めだ」

 臨機応変で冷酷なところが、ジシュカの天才たるゆえんである。彼は、風向きを見計らって絶妙のタイミングで火を放ち、敵の陣地を山ごと焼き払ったのである。

 予期せぬ戦術に勢いをそがれたアダム派は、ルテニチェ川の中州に築いた「共同体」に追いつめられた。

 しかし、新兵器のクロパーチ(一種の鎖鎌)を振り回しながら渡河突貫するターボル軍の前に、アダム派の絶望的な抵抗は、もはや蟷螂の斧であった。

 従軍修道士ペトルは、ジシュカの本営とともに「共同体」に突入し、そして、またもや悲惨な光景を目の当たりにした。アダム派戦士たちの血みどろの死骸が転がる中、それに取りすがるように事切れた妻子の姿が胸を打つ。あちこちに建てられた家屋や小屋は、次々に火を放たれて紅蓮の炎を巻き上げていく。

 ペトルは、額を押さえ、強烈なデジャブに襲われた。

 「これと全く同じ光景を見たのは、つい半年前じゃないか。俺は、いったいどれだけ見続けなければならないのだ。どうしてこのような試練を受けなければならないのだ」

 感極まった修道士は、踏み荒らされた一軒の庭園に分け入り、そして花壇の上に嘔吐し、そのまま倒れこんだ。

 どれだけ時間が過ぎたか分からない。

 現実感覚を喪失したペトルにとっては、自分が気を失っていたのか、それとも眠っていたのかさえ定かでなかった。

 いつのまにか仰向けに横たわり、青い空と白い雲を眺めていた。彼にとって、世界はただそれだけだった。それだけで十分だった。視線を横にずらす勇気は、もはや体内のどこにも残っていなかった。

 しかし、聴覚はそれとは別だった。家屋が焼け落ちる音に混じって、不思議なウエーブが耳朶に響く。

 ペトルは飛び起きた。そして、庭のはす向かいにある道具小屋へと走った。その小屋は、火の粉を被って屋根から燃えかけていた。

 小屋の中には、若い女の死体があった。蝋のように白くなった肌のいたるところに、真っ赤な血の跡がこびりついている。その女の白く細い腕には、3歳くらいの少女が抱かれ、獣のような声で泣き叫んでいるのだった。

 助け出そうとしたペトルは、死後硬直に陥った女の腕にてこずり、そして興奮して噛み付いてくる少女の小さな歯にも悩まされた。それでも、どうして無事に外に出られたのか。泣き叫ぶ少女を抱えたペトルの前で、道具小屋は音を立てて燃え落ちたのであった。

 その後の記憶は、あまりはっきりしていない。

 ジシュカたちと落ち合い、そしてターボルに凱旋行軍したこと。アダム派の指導者カーニシュが、全裸で礼拝堂に隠れていたところを捕縛されたことは、漠然と意識の中にあった。

 ターボルの市民教会で日常業務に戻ったペトルが、ようやく自分の中で現実感が回復されつつあることに気づいたとき、街は『異端』の根絶に大いに浮かれていたのである。

 ペトルを最終的に現実に引き戻したのは、フースカとカーニシュの末路についてであった。

 「火あぶり・・・焚刑だって・・・」

 「うん、プラハの旧市街広場で、立て続けにな。大司教コランダと、大貴族たちが打ち合わせの末にやったことや。まあ、見せしめやな」プロコプは、事も無げに言った。

 「フス先生やイエロニーム先生の末路と同じというわけか」

 「それは違うで。フス先生たちは正しい教えを説いたのに、謀略に嵌って殺されたのや。それに対して、フースカやカーニシュは、丸っきり異端やないか。これは、大きな違いやで」

 「本当にそうかな」ペトルは、祭壇の前に座って頭を抱えた。「フースカ師たちが異端だという根拠はどこにある。彼らは滅ぼされ、我々は生き残った。それだけのことじゃないか。我々にはジシュカがいて、彼らにはいなかった。それだけのことじゃないか」

 「・・・しっかりせんかいな。どうしたんやペトルさん」

 「俺には分からなくなったよ。何が『真実』なのか。だって、そうだろう。俺たちが奉ずる『真実』の根拠は、皇帝やカトリック派よりも戦争が強いことと、フースカ師やカーニシュ師よりも多数派だったというだけのことだ。ジェリフスキーが演説上手だっただけだ。ジシュカが戦上手だっただけのことだ」

 「・・・それこそが、正しい信仰の証拠やないか。ジェリフスキーもジシュカも、神からの授かり物や。そうとしか考えられへん。ペトルさんは自分の目で見たやないか、あのヴィトコフの見事な勝利を。全欧州から攻めてきた十字軍を一撃で粉砕したなんて、神の恩寵としか思えへんで」

 「だけど、未だにチェコは孤立しているぞ。あの勝利は、たった一度の戦術的勝利にしか過ぎないのだ。全欧州のこの無理解については、いったいどう説明するのだ。そして、後から後から輩出される新たな『真実』については、いったいどう解釈すればいいのだ」

 「・・・それは、愚かな人間が、より一層神に近づくための産みの苦しみや」

 「その苦しみはいつまで続くんだ。永遠に続くのじゃあるまいな」

 「その苦しみを早く終わらせるのが、我らの使命やないか。努力やないか」

 誰もいない講堂の中で、二人の若者の議論は続く。

 いつのまにか入って来た鋳鐘士フロマドカが、二人の後ろで咳払いをした。

 怪訝そうに振り向いた二人に、禿げかけた頭を撫でながら、彼は言った。

 「ペトルさん、あんたの悩みに答えが出そうだぜ」

 「どういうことだ」

 「また、奴らが来た」

 「・・・奴らって」

 「ジグムントだ。第二次異端撲滅十字軍が発動されたらしい。コトノフ砦のジシュカ将軍は、大忙がしだ」

 ペトルとプロコプは凍りついた。

 フス派運動は、本当に神の『真実』なのか。

 その試金石となる戦いが、始まろうとしていた。