34.赤壁の戦い

 

東呉の軍勢は、準備が整ったものから順番に出帆した。

江陵に陣取る曹操軍主力を迎撃する作戦である。

大都督に任命された周瑜は、程普、黄蓋といった宿将を左右に置いて、旗艦の楼台上にその美麗な鎧姿をさらしている。その総勢は精鋭三万である。

賛軍校尉(総参謀長)・魯粛の艦隊は、後衛を守る。その中に諸葛亮の姿もあった。

「兄君とは、じっくりお話できましたか」魯粛が、兜を小脇にしながら語りかけた。

「いやあ、開戦が決まった興奮で、それどころじゃなかったです。戦略や戦術の話に夢中になってしまい、これじゃあ兄弟再会の意味がなかったですな」諸葛亮は、笑顔で応える。

「なあに、これからは、ちょくちょく会えますよ」魯粛は優しい目をして、客の肩を叩いた。「今度は、三人で飲み明かしましょうよ」

「・・・兄は、あまり強くなかったと思うのですが」

「先生は」

「私も、それほどには」

「じゃあ、いいですよ、私一人で飲み干すから」

「それを見ているだけでも楽しそうだ」

二人の哄笑は、冬の青空に吸い込まれていった。

 

さて、江夏では。

諸葛亮の自信に満ちた説明とは裏腹に、劉備の焦燥ぶりは痛々しいばかりだった。城の望楼から、毎日毎晩、長江下流の河面を眺めつづけていた。

「遅い、遅い」左将軍は、爪を噛んだ。「やっぱり来ないんじゃないか。孔明の首を手土産にして、降っちまったのじゃあないか」

「もしそうなら、今度はどこへ逃げましょうか」関羽は、寒風に巻き上げられた長い髯を指で押さえながら言った。

「南の交州かなあ。南蛮かなあ」

「完全に、逃げ癖が付いちゃいましたね」簡雍が苦笑した。

「馬車の護衛は、もう懲り懲りです」趙雲が、横目で睨んだ。

「橋の上の殿軍もな」張飛は、ぶっきら棒に言う。

彼らの傍らで、もっと不安げな様子を見せているのは、江夏太守の劉gだった。弱気な客たちの言葉を聞きながら、自分の人生がどこでどう間違ったのか、必死に計算を始めた。彼は四十歳になるが、生まれつき気が弱く、いつも何かに怯えているような人物だった。

すると、青々とした長江の下流に、ぽつりぽつりと白い点が浮かび始めた。穏やかな流れを遡るその姿は、見る間に大きくなる。大船団だ。

「東呉の水軍です」劉gの側近・伊籍が、喜声を上げた。「味方です」

「東呉の水軍と言っても、味方と決まったわけじゃないだろう」劉備は横目で睨む。

「いいえ、味方です。だって、あれは主戦派の周瑜の軍勢ですから」

「どうして、一瞥しただけで所属まで分かるんだ」

「東呉の軍隊は、豪族単位で自主管理されています。だから、兵の軍装も軍船の形状も、豪族ごとに全部違うのです。私は、ここに赴任するさいに、その全てを暗記して来ました。だから間違いありません。あれは周瑜水軍です」伊籍は胸を張る。

「そうか」ようやく劉備は喜んだ。子供のように伸びあがってはしゃぐ。「ようし、これからだぞ。おおい、みんな、頑張ろうな」

満座を歓声が埋め尽くし、兵士たちは抱き合って踊り狂った。神経質な劉gも、ようやく胸を撫で下ろし、過去のことをくよくよと思い悩むのをやめた。

劉備と劉gの兵士たちは、手を振りながら桟橋へと駆けていき、狼煙や旗を使って艦隊を港に誘導した。

周瑜座上の旗艦は、純白に塗装された巨大な闘艦だった。船体の至るところに龍をあしらった美麗な装飾が施されている。その装飾を背景にして屹立する周瑜は、純白の兜に陽光を浴びて、神々しいばかりの姿であった。

「劉将軍が、俺を呼んでいるだと」船橋の周瑜は、伝令に不愉快げな視線を投げた。「俺には、話すことなど何も無い。用があるなら、そっちから来いと伝えよ」

伝令から報告を聞いた劉備は、思わず両耳たぶを引っ張った。

「失礼な男ですな、周瑜は」劉gは、珍しく怒りを顕した。「陪臣のくせに、左将軍を船の上に呼びつけようとは」

「そんなに怒ることはない」劉備は、平静な口調で応えた。「こっちがお願いして来てもらっているんだから、礼を言いに行くのが当然だろうよ」

こうして劉備は、関羽と張飛を伴って桟橋に下りていった。驚いたことに、東呉の艦隊は、桟橋から離れたところに勝手に停泊していた。あたかも、劉備たちを警戒しているかのように。

周瑜の旗艦は、多くの小型船に守られる形で、桟橋から遠く離れた中州に繋留されていた。十人の衛士を伴った三兄弟は、小船で向かう。

「感じ悪いな」張飛が呟く。

「しっ」関羽は、指を口の前に当てた。

中州から船板を使って旗艦に入った三兄弟は、屈強な兵士たちに取り囲まれた。やがてその隙間から、大都督が姿を現す。純白の鎧兜と真紅のマントを翻した「美周郎」は、切れ長の目で客を見つめた。

「ご安心ください。もう大丈夫ですぞ」と、落着いた口調で語る。

劉備は、旗艦の甲板から、広がる長江の河面を返す返す見やった。大小取り混ぜて五百艘が、中州や川岸に並んで、補給船との間に艀をやり取りして物資の積み込み作業をしている。半裸の水夫たちは、独特の訛りで何やらしゃべりながら、陽気で元気一杯だ。

「これでは、数が少ないのでは」劉備は、周瑜を見た。「曹操軍は強力ですぞ」

「これで十分」冷ややかな眼だ。「我が軍は、貴殿のとことは質が違う。貴殿は、陸上の安全なところから、我が軍の勝ちっぷりを見ているが良い」

劉備は、全てを察した。この美青年は、俺の勢力を恐れているのだ。この戦争での俺たちの活躍を妨害して政治力を弱め、立ち枯れにしようと企んでいるのだろう。

「うちの諸葛亮は、どこですか」劉備は、表情を変えずに尋ねた。「あるいは魯粛どのは。会って一緒に話をしたいのだが」

「二人は忙しい」周瑜は、つっけんどんに応えた。「今日は会うことはできません」

三兄弟は、半ば追い出されるような形で船を退去した。

「なんだ、あの若造。曹操より性質が悪いぞ」張飛は、帰りの小船の中で歯軋りした。

「彼は、曹操を追い出して荊州を支配する上で、我々を邪魔に思っているのです」関羽は、思慮深げに顔を傾けた。「この戦争で曹操を破ったら、今度は周瑜との抗争になるかもしれませんな」

「なあに、魯粛と孔明の目の黒いうちは、そこまで酷い展開にはならないと思うよ」劉備は、こういう場合はいつでも楽天的なのだった。

その翌日、劉備と劉gの軍勢一万五千は、二百艘の軍船に分乗して出陣した。周瑜水軍の後ろに付いて、長江の流れを遡るのだ。

諸葛亮は、出発の直前に小船に乗って帰ってきた。

「孔明、良くやってくれたなあ」旗艦で待っていた劉備は、抱きしめんばかりに出迎えた。

「安心するのは早すぎます。問題は、これからなのです」諸葛亮は、厳粛な面持ちで主君を見た。「人払いをお願いします」

司令室にいた衛兵たちは、無言で部屋を出て行った。

「やはり、苦戦は必至だろうか」劉備は、真摯な目つきになる。

「周瑜は勝つでしょう」

「そうか・・・」劉備の脳裏に、自信家の切れ者の美貌が浮かんだ。

「しかし、その後が問題です。荊州は、必ず我々が手に入れなければなりません。我が軍もなるべく大きな戦果を挙げて、荊州の領有を孫権に認めさせる必要があるでしょう」

「なるほど」劉備は、大きく頷いた。「周瑜に勝たせすぎてはいかんのだな」

「御意。あまり、大きな声では言えませんが」諸葛亮は、声を落として微笑んだ。

部屋を出た諸葛亮は、懐かしい面々に迎えられた。関羽、張飛、趙雲らは、勇敢な軍師の背中を叩いてその功績を労ったのである。

 

そのころ江陵は、孫権軍出陣の報を受けて慌しさを増していた。

港は、兵士と物資の積み込みで大混雑である。

「孫権は、周瑜を大都督に任命し、三万の軍勢で長江を遡上させました。周瑜は、既に江夏で劉備軍二万と合流。さらに遡上を続けております。孫権はまた、諸葛瑾と雇雍にそれぞれ一万の兵を与えて北上させ、寿春と徐州の押さえとしました。孫権自身は、紫桑にて二万の兵とともに遊軍となっている模様」曹仁の報告である。

曹操は、しばし沈思していたが、やがて意を決して立ち上がった。

「我が軍も出陣する。周瑜を迎え撃つのだ」

曹操軍十二万は、二千艘の軍船に分乗して長江を下った。天下統一への、最後の試金石である。

古来より、中原の大軍の攻撃を受けて、江南が勝利した例はない。その理由は、江南地方が未開地であって、人口も経済力も中原に遠く及ばなかったからである。しかし、この時代は、必ずしもそうではなかった。開拓が進んだために経済力は増進し、しかも中原の戦乱を避けて江南に流入した人口も多かったからである。つまり、勝敗の行方は、まったく予断を許さないものがあったのだ。

曹操の水軍は、まずは戦略要地の陸口の占領を目指した。その指揮は、降伏した荊州の諸将に委ねられたのだが、実戦経験が不慣れの彼らは、水路を間違えて洞庭湖に入り込むなどの不手際を重ねたため、東呉軍に先に陸口を押さえられてしまったのである。

東呉軍は尚も西進を続けたので、両水軍は、奇しくも江夏と江陵の中間地点で遭遇した。

周瑜は、旗艦の望楼から敵の大船団を望見した。

「思ったとおり。数こそ多いが、寄せ集めで統制が取れていない。しかも、士気もあまり高くなさそうだ」

周瑜が右手を掲げて合図をすると、旗艦の帆に赤い旗が揚がる。正攻法による突撃命令である。

闘艦(戦艦)を中心に集めた陣形の艦隊の左右から、蒙衝(巡洋艦)と走舸(駆逐艦)の群れが軽快に走り出た。これらの快速部隊の甲板上には、巨大な強弩が弓を番えて立ち並んでいる。兵士たちは、足に全体重をかけて弦を引き絞り、敵船が射程に入るとすぐに、矢の雨をお見舞いした。先手を打たれた曹操軍は、陣形を変えようとして右往左往したため、互いに衝突して大混乱に陥ったのである。

「ようし、今だ」周瑜は、左手を高く掲げる。帆に翻るは青の旗。

黄蓋、程普、韓当たちが率いる闘艦部隊は、一斉に動き出した。狙うは、損傷して動きが鈍い敵艦だ。舳先から体当たりして、次々に穴を開けて浸水させる。河面は、溺れる兵士たちで一杯になった。その殆どは、曹操軍の兵士である。

「いかん」後方の旗艦に座する曹操は、戦局の不利を感得した。「北岸に撤退して陣地を築け」

曹操艦隊は、進撃を止めて北岸の烏林に集結を始めた。

その様子を見て、東呉水軍も南岸の赤壁に戦力を纏める。敵の勢力の大きさを鑑みて、一撃で勝負を決めるのが難しいと考えたからである。

曹操は、江上陣地を構築して消耗戦に持ち込もうと考えた。正攻法では、東呉水軍には適わないと、素直に認めたのである。彼は、主力艦船を縄で互いに繋ぎ合わせ、一個の巨大な要塞に変えて、その広大な甲板上に強弩部隊を並ばせたのである。これに不注意に攻撃をしかけた東呉軍は、しばしば大打撃を受けて撃退された。

「さすがは曹操だな」周瑜は、素直に感心した。「古今東西のあらゆる兵法に熟達しているだけのことはある」

「大都督、敵は大軍ですから、補給に難渋しているのではありませんか」魯粛が言った。

「なるほど、官渡の戦いを再現しようというのか。いや、さすがに曹操には抜かりが無いぞ。陸路の補給路は、華容道という隘路一本だが、ここは山と森に包まれた険しい地形だから、こちらからは襲撃しにくい」

「やはり、烏林の敵主力を撃破するしかないのですか」魯粛は、しきりに頷く。「どうでしょう。劉将軍の意見を聞いてみませんか」

「どうしてだ」周瑜は、切れ長の目で睨む。「あのような負け犬将軍の知恵を借りるほど、この公瑾、落ちぶれてはおらぬぞ」

「そう、馬鹿にしたものでもありますまい。劉将軍は、軍師の孔明どのや、関羽と張飛といった虎将を従えるだけの徳の持ち主ですぞ」

「子敬よ、そこが問題なのだ」周瑜は、声を低めた。「劉備は、一筋縄ではいかぬ梟雄だぞ。俺は先日、江夏の沖合いで奴と会見した。奴の人物を量ろうとして、わざと侮蔑的な態度をとったのだが、奴は何の反応も見せなかった。それどころではない。俺は最後まで、奴の心底を読むことが出来なかったのだ。かえって、こちらの考えを読まれた公算が高い」

「実に頼りがいのある人物ではないですか」魯粛は微笑む。

「甘いな。奴が牙を剥いたら、孫討慮は敵ではないぞ」

「そのときは、我々で守れば良い」魯粛は、目を光らせた。「公瑾どのと私が手を組んで、孫将軍をがっちりと守り抜くのだ」

「確かにそのとおりだが」周瑜は、ようやく眉を開いた。「とにかく、劉備の勢力を強くしてはならない。奴は、常に蚊帳の外に置くべきなのだ」

「彼の力を借りずに、勝てますか」

「勝って見せるさ」美周郎は、唇をきつく結んだ。

だが、戦局は膠着状態に陥っていた。曹操軍は、亀の子のように烏林に閉じこもり、長期戦の構えを見せている。

長期戦になれば、もともと足並みが揃わない東呉軍は乱れ始め、内部分裂を起こすかもしれないし、降伏派の政治力が盛り返すかもしれない。曹操は、これを期待していたのである。東呉の将軍たちの陣営には、内応を勧める書状が続々と届けられた。

そんなある日、将軍の黄蓋は、曹操の書状を片手に周瑜の帷幕を訪れた。

「大都督、これを使いましょう」

周瑜は、その意味を直ちに悟って黄蓋の手を取った。「公覆どの、頼みますぞ」

黄蓋の密使は、小船に乗って曹操の陣営に書状を届けた。

「降伏したいと言ってきた」曹操は、書状を片手に諸将と相談した。「勝ち目が無いのに戦いつづけるのは愚行だ。降伏するから所領を安堵してくれと言ってきた。信じられるかな」

彼の眼は、無意識のうちに郭嘉の姿を探した。だが、この天才軍師は、今年の初頭に病死してしまっていた。ここに座す軍師は、程cと賈詡である。

「黄蓋は、孫堅以来、三代に渡って孫家に忠義を尽くした武将です。いまさら裏切るでしょうか」賈詡は疑問を持った。

「だが、彼はもともと降伏派でした。それに、年少の周瑜に指図される立場は面白くないでしょう。信じて良いのでは」程cは、反論する。

「かつて、許攸の投降は、官渡で窮地に立った我が軍を救った」曹操は、顎鬚を撫でながら言った。「信じてみる価値はある」

曹操は、半信半疑ながらも、投降を受け入れる趣旨の密書を黄蓋の陣に送ったのである。

その数日後、黄蓋から返書が来た。三日後の夜、自分の全部隊を率いて烏林に向かうので、受け入れて欲しいとの内容である。東呉軍は、軍勢の管理を豪族単位で行なっているから、このような行為が可能なのである。

「黄蓋軍は、精鋭水軍三十艘、兵員は二千人。これが味方に参ずれば、我が軍の勝利は間違いありません」水軍都督の蔡瑁は、小躍りして喜んだ。

「これで、天下は定まる・・・か」曹操も、安堵の溜息をついた。

休みなく走りつづけてきた半生を振り返り、感無量であった。

約束の日は十一月二十日。黄蓋の船団は夕闇を抜けて、闘艦部隊を先頭に北岸へ突き進んできた。その甲板からは、「降伏」の声が連呼されている。

曹操軍の将兵は、大喜びで沿岸や艦船の舳先に立ち、手旗を振って降伏船団を誘導しようとした。しかし、船団は手旗の指示には従わず、まっしぐらに繋留中の艦隊に突っ込んでいく。将兵が、これはおかしいぞと思い始めた時、先頭の船から火の手が上がった。自然発火とは思えない。誰かが火を放ったのだ。

「火攻めだ」陣地の望楼から眺めていた曹操は、とっさに駆け下りて愛馬に飛び乗った。

その背後で、ひときわ大きな光が炸裂する。硫黄と煙硝を山ほど積んだ三十隻の闘艦が、激しい炎を上げながら、次々と曹操軍の艦船に体当たりしたのだ。縄で互いに繋がれている北軍の艦船は、分散して逃げる暇もあらばこそ、相次いで延焼の憂き目にあってゆく。激しい炎は強風を誘い、その風は南から北へと吹きつけたため、炎は瞬く間に全艦隊を巻き込み、そして陸上陣地へも飛び火していったのである。

黄蓋は、昔この地に住んでいたことがあるので、この時期の風が南から北へ吹くことを知っていたのだ。

その間、特攻艦隊を操船していた水夫たちは、艦の後ろに繋いできた走舸に乗り移って後方退去していったのだが、入れ替わりに夕闇の中から姿を現したのは、周瑜率いる東呉主力艦隊の威容なのだった。

「総攻撃」周瑜の合図と同時に、大型強弩の発射音が夜のしじまを引き裂いた。

混乱に陥る北軍は、有効な反撃が行なえないままに、矢に射抜かれ炎に巻かれて倒れていった。

しかし、烏林河岸の左右から上陸した甘寧と呂蒙の陸戦隊は、延焼する炎に飲まれつつある陸上陣地が、既にもぬけの殻であることを知った。

「しまった」「陸路から逃げたのだ」「何という見切りの速さよ」

曹操と北方の精鋭部隊は、最初の火の手が上がると同時に撤退を始め、華容道を江陵目指して一目散に落ちていったのだ。そのため、戦場に取り残されて南軍の猛攻を受けたのは、旧荊州水軍と傷病兵のみであった。水軍司令官の蔡瑁と張允は戦死し、五万を数える旧荊州軍将兵は、次々に東呉軍に投降していったのである。

「このまま曹操を逃がすな。華容道へは誰か向かったか」艦の望楼で状況を把握した周瑜は、側近たちを振り返った。

「劉左将軍の水軍が、すかさず江を遡上して行きましたぞ」側近の一人が応える。

「劉備か」周瑜は、顔をしかめた。「奴に手柄を浚われてはならぬ・・・」

だが、彼の心配は杞憂だった。曹操の逃げ足は極めて迅速だったので、道を遮断しようとした劉備の作戦は、全て後手後手に回ったのである。華容道は、起伏の激しい低湿地の中を走る狭い道である。曹操は、泥濘で馬が走れなければ容赦なくこれを捨て、脱落した歩卒は容赦なくこれを見捨てながら逃げた。そのため、江の北岸に進撃した劉備軍は、逃げ遅れた脱落者を捕虜にする以外の戦果を挙げることが出来なかったのだ。

「玄徳は俺のともがらだが、計略を思いつくのがいつも遅い。俺なら、早目に待ち伏せして、行く手に火を放っただろうに」曹操は、そう豪語して側近たちを勇気付けたのである。

しかし江陵に帰り着いた曹操は、失われた兵力の大きさに唖然とし、失われた政治的威信の大きさを思い見て愕然とした。逼塞していた朝廷勢力や保守派士大夫たちが、また力を盛り返すかもしれない。これを心配した彼は、曹仁に江陵の守備を任せると、主力部隊を引き連れて許昌に帰っていった。

「おのれ孫権、おのれ劉備め。この屈辱、いつか必ず晴らしてやるぞ」馬上で歯軋りする丞相の姿があった。

彼は、既に五十四歳である。

  この赤壁の戦いは、天下の趨勢を大きく変えた。時代は、天下統一へのレールを大きく踏み外し、三国鼎立へ向けて動き始めたのである。